二話 無駄のある談義と辿り着けない依頼
「それでは、こちらへどうぞ」
学生服の少女が予め決めていたような洒落た台詞を、動揺せず、冷めた目を向けることもなく、慣れた仕草で雨水は右端にある本棚へ近づき、先ほどまで読んでいた本を一つ空いていた場所に戻す。
すると、本棚がひとりでに動き出し、壁の間に挟まれるような形にまで引くと、横に移動し、何故か空間のある場所に綺麗に収まった。
まるで、そこが本来本棚が収納されているスペースだとでも言っているかのように。
少女は、先ほどまでは一応呆気にとる側ではあったが、彼女の言動には無反応な挙句、目の前で起きた光景を見て、短い時間で立場が逆転する状態となった。
「いや雨水さん。この子の言葉を無視して急に応接間開けるってどういうことですか」
「……何故か、癪に障った」
「それだけですか!?いや確かに何て返せばいいか困りましたし何漫画の主人公みたいに気取ってんのとは思いましたけど。だからって無駄な対抗心見せつけないで下さい」
「ナギっち。本音だだ漏れてるッスよ」
「本音だから口に出して言ったんですよ。素直な方が信頼も寄せられやすいでしょ」
「寧ろ信頼底辺まで下げちゃってるッスよ!ほら、カゲさんも注意して下さいッスよ」
「……ん?俺は別に素直なのは良いことだと思うが」
「いやでも流石に素直すぎるのも良くないッスよ」
「素直で何がいけないんだ。例え素直に罵詈雑言を浴びせられても、それは自分の人生の成長への第一歩だ。世の中こんな奴もいるんだから頑張りなさいよハゲどもという神様のお告げだと思えばいいんだ」
「なるほど。カゲさんがそう言うなら間違いないッスね!」
「何いいこと言って誤魔化そうとしてるんですか!?周りがそんな人ばかりになったら人生の成長どころかマゾヒストの誕生ですよ!……あ」
男同士の会話に突如、煮え切っていたのだろう少女が思わず突っ込みを入れた。意外な横槍に、自然と三人の目線は少女に向けられる。
傍目からだと小柄で可愛らしい少女に心掴まれた男どもが彼女に視線で愛を語っているというハーレム状態にも見えるが、男どもの訝し気な様子と、彼女の焦りを主張しているような表情からそうでないことは一目瞭然であった。
「わわ、ご、ごめんなさい!あの、つい癖で。わたしの友人もボケをかましている子なので。えっと、その……」
三つの視線に耐えられず、少女は何とか言葉を紡ぐが、威圧があるためか、中々上手くいかない。
それ以上言葉が浮かばず、下を向いていると、
「……ああ、そんなに怖がることないですよ」
「……え?」
俯いていた顔を上げ、発言者である南風の方に向き直る。そして再び、彼が薄い唇を開いた。
「ただ単に、店から引くどころか引かずに尚突っ込みを入れる女性客が珍しいと思っただけてすから」
「……へ?」
予想外の台詞に、少女は高い声を上げた。
「ですが個人の意見としましては、<ハゲども>に突っ込みを入れなかったのがいけないですねえ。確かにあの長い突っ込みに<ハゲども>関連の突っ込みを入れるのは難しいですが、『大体ハゲどもって何ですか!』くらいは入れられたと思うんですよね」
「ナギっち突っ込み評論家みたいッスね。オレも見習いたいッス!」
「おサルさんは宴会芸でも覚えてて下さい」
「……今の時代にマゾヒストと呼称する若い女がいるんだな」
「貴方は至ってはどこ着目してるんですか!?おじいちゃんか!」
「無駄に対抗心見せつけて無駄に熱く語っているやつに言われたくはない」
「さっきあんたも見せつけてたろうがガキ猫!」
「老いとも呼び、若いとも呼ぶ矛盾した突っ込みを入れる突っ込み評論家(笑)ほどガキではない」
「(笑)つけないで下さい悲しくなります。なら本当の年齢教えて下さいよ」
「六十一歳還暦です」
「そんな若すぎる美形還暦いるか!前回七歳天才少年ですとか言ってませんでしたっけ」
「あれから五十四年が経った」
「んなわけないでしょう!?僕定年退職しちゃってますよ!?」
「あ、客が来たんだからちゃんと茶と菓子だせよ」
「話の流れどこいった!?」
「まあまあナギっち頭冷やすッスよ。今回はオレがお茶汲みにいってく」
「カラカラ脳天気さんは黙って硬い煎餅でも食って歯折ってて下さい!」
「八つ当たりが激しいッス!」
川の如く流れるコントのような会話を男三人が繰り広げていると、ふふふ、と愛らしい笑い声が彼女から零れる。
「何だか楽しい所ですね。少し友人のことを思い出してしまいました」
と告げた途端に、表情は笑っていながらも、どこか曇りのある笑みを浮かべながら頬に手を当てた。
「……話、聞かせてくれるか?」
雨水が言葉はきついが優しい声で聞くと、声量はないが、力強い返事が返ってきた。
「そのために、ここに来ましたから」
場所を移し、本棚の入り口から応接間中央の机を挟んだソファに片は男三人、片は女一人で座っていた。
依頼人の名前は、日永蓬。中学三年生。女性。将来の夢は看護師。
「何で将来の夢聞いたんですか」
「なんとなく」
「だと思いました」
「<よもぎ>ってどういう字なんスか?」
「草かんむりに逢魔が時の<逢>で<蓬>です」
「ナギっちナギっち。<おうまがどき>ってどういう字ッスか?」
「年下に聞かないで下さい。そして少しは恥じて下さい」
「ひでいッス。カゲさん教えて下さいッス!」
「海外ドラマとかで驚いたときによく使われる英語だ」
「それはoh my God(オーマイゴット)です。更に燈火さんの知能低下を早まらせないで下さいよ」
「それ常時知能低下が進んでるっていう意味に聞こえるんスけど気のせいッスよね?」
「oh my God(オーマイゴット)のGod(ゴット)は<神>という意味でキリスト教やらなんやらの関係で外国人の怒りを買うから出来ればoh my Gad(オーマイガット)と濁した方が良いらしい」
「ゲームとかで<オーマイガー!>って言ってたのはそういうことだったんスね!」
「後、敢えてoh my God(オーマイゴット)と言うときは、日本語で『南無八幡大菩薩、我が国のなんちゃらこんちゃら』となるらしいから本当に祈りを捧げるときとかに使うと良いらしい」
「おお!なら再来年受ける木造建築士の資格合格祈願のために使うッス!」
「後半無駄雑学ですし神に捧げる言葉を蔑ろにしないで下さい。燈火さんは微妙な年と微妙な階級でマジな祈りを捧げないで下さい。日永さんも無言で頷きながら受け入れないで下さい」
「はっ、バレちゃいましたか」
「目の前に座っているのにバレないとでも思ったんですか!?というか早く依頼内容を」
「米菓子に茶は合うな」
「ッスねえ!流石、どんな茶のつくものを完璧完遂に入れられるお茶入れプロ・ナギっちッス!」
「そ、それはどうもえへへ、じゃなくて!!依頼内容早く聞けえええそして言ええええええ!!!」
南風の虚しい叫びが、部屋中に響き渡った。
「今現在進行形でこの市だけに雪が降っていることはご存じですよね」
頬に手を当てながら自分の湯飲みに茶柱が立っている様子を見ていた蓬の口から、突如そんな他愛のない情報が漏れる。
「え、ここだけなんですか?」
近くの地域全体で降っていると思っていた南風が素直にそう述べる。
「……お前ニュース見てないな。せめて新聞とか読め」
「お金かかるから新聞とってないですし、テレビもないんですようち」
「……捨てずに新聞とってるから今度適当に読んどけ」
「ラジオとか小さいものだと安いし重宝しますよ。えっと、天気予報毎日見ている方なら分かると思うんですが、今日まで連続五日続いているんですよ」
「この時期に、しかも雪が降ること自体珍しいここで五日連続なんて……異常気象にもほどがありますね」
「……で、その現象が、貴女の友人と関係があるのか」
「はい……えっ、何で分かったんですか!?」
平然と、何の前触れもなく言い放った雨水の言葉に、蓬は驚きの声を上げる。
「そんなこと、言ってましたっけ?」
「言っていない。察しやすかっただけだ。お前、こういうことに関しては能力使わないと鈍いな」
「ほっといて下さい。後、能力、なんて単語で呼ばないで下さいと何度も言ってるじゃないですか」
「物事を成し遂げる力だ。別に間違ってはないと思うが」
「能力、という言葉で揶揄してるのがまるわかりだから嫌なんです」
二人の意味深長な会話を耳にして、蓬は首を傾げる。
「能力……?」
「ああ、気にしないで下さい。そんな大したことじゃないです。それより、何で雨水さんが日永さんの依頼内容を察せたのかが、気になります」
いつものことですけど、と自虐的に南風は吐き捨てるように言った。
蓬も説明を促すよう雨水の方を見やる。
「……単純に、彼女の癖を見極めたただけだ」
「癖、ですか?わたし、そんなのないと思うんですけど」
「自分の行動やら言動やら、他人から見たり聞いたりしないと意外と分からないものだ。恐らく、貴女は悩み事を打ち明けているとき、手を頬に当てる癖がある。ただ、それだけ」
そう話すと、面倒くさそうに組んでいた脚を組み換えて再び喋り出す。
「自分のことはいい。早く依頼内容を簡潔に伝えろ。寝たい」
と、床に転がっている燈火を横目で見る。
燈火本人曰く、興味のない話をされたり、自分に話が振られないといつの間にか眠ってしまっているらしく、今回も依頼の話題に入って数秒で夢の中へと旅立っていた。それを見兼ねた雨水が蹴り飛ばして床に転がすのが定型となっている。
「……貴方さっきまで長ったらしい無意味な談義を繰り広げていたんですが」
「……眠い。依頼内容、どうぞ」
「少しは反応しろ!」
「……二月の後半に、突然友人が学校にこなくなったんです」
何事もなかったかのように話を切り出す蓬に、溜息をつきながらも、やっと遠回りをして辿り着いた依頼内容に南風はメモ帳を取り出し、書き留めていきながら質問をしていく。
「それまでは普通に登校はしてたんですよね?」
「はい。友人の名前は柊つぐみ。植物の柊に、鳥の鶫なんですけど、本人が名前の漢字が好きではないらしくて。わざとつぐみは平仮名にしています」
「中々斬新な理由ですね」
メモ帳に<柊つぐみ(柊鶫)>と書きながらそう告げると、蓬は微笑みながら答える。
「ですよね。ただ、名前以外にもう一つコンプレックスがあって、それで小学生の頃も一時期不登校だったらしいです」
「もう一つのコンプレックス、ですか」
南風が反芻すると、はい、と返事をして、少し間を置いてこう告げた。
「……天候を操れる、と言ったら、信じますか?」




