一話 何でも屋の日常風景
季節はすっかり春なのだが、何故だか雪がしんしんと降り注いでいた。
四月上旬。
とある田舎というほど廃れていない、しかし都会というほど盛りのない、名前が読み辛いと評判の市。
北海道でも東北地方でもないこの地で、桜並木が出来上がり始めるはずの道に冬の時期でも珍しい雪並木が出来上がっていた。
その人気のない道を、どこか幼さの残る顔つきの少年――夕凪南風が、紺色マフラーに顔を埋めながら寒そうに歩いていた。
「……何で冬でもないのにこんな厚着しなくちゃいけないんだろう」
はあ、と軽い溜息をつく。それと同時に寒さが原因で目に見える白い息が、空しく空に溶けていった。
「まあ、愚痴っても雪が降らなくなる訳じゃないし。仕方がないとは思うけれど」
にしても最近の季節ごとの気温おかしすぎるでしょ、と人がいないことをいいことに、辺りに響き渡るくらいの声量で独り言を漏らす南風。傍から見れば、若いくせにグチグチ言っている気の小さい変人野郎である。
雪並木を抜け、これまたこの地の冬でも珍しい雪の塀が自然に作られた雪道を数分歩くと、右に溜め池、その奥に中学校。左に少し年季の入った軒並みのある道に出た。
その途中にある、一軒家に板挟みされた一つだけの四角い建物の前で、南風は立ち止まった。
汚れが異様に目立つ白く塗られた外壁に緑色の掲示板が打ち付けられており、手描き感満載のポスターが一枚貼られていた。
それにはこう書かれていた。
『何でも屋<saison~セゾン~>
この市で起こる様々な問題や現象から個人のお悩みや人手不足、ペットのお散歩などなど何でも!依頼に赴けば無償で解決致します!
時間帯 平日:十六時~二十一時まで
休日:十四時~二十二時まで
※電話での依頼は受け付けておりませんのでご了承願います』
『場所はこちら!』と無駄に大きい字面の横に、そこだけWord機能で作り、印刷されたことがまるわかりの地図が載っていた。
――そういえば最近これ街頭で配ったりしてないなあ。ただでさえ真新しい客少ないのに。
南風はポスターを見てそんな他愛のないことを思いながら、白い扉の横にあるインターホンを鳴らす。数秒後、鍵を開けた音を聞くなり建て付けが悪くなり始めた扉を勢いよく開けた。
「ナギっち~!」
開口一番、あまり好きではない仇名を呼びながら抱き着いてくる金髪の男性を南風は華麗にかわし、次いで背後から足を股の間に入れて蹴り上げる。
小さな子供が転んで泣き叫ぶ程のものに匹敵する悲鳴を上げ、金髪男性はその場に崩れ落ちた。
「煩い。股間蹴られたくらいで声上げるな」
「いや何馬鹿なこと言ってんですか貴方」
部屋の中央から少し上に位置する文机。そこで椅子に座りながら読書をしている白い肌が目につく男性――雨水陽炎の発言に南風は思わず突っ込んだ。
彼は何でも屋<saison~セゾン~>を起ち上げた張本人であり、元々小さな事務所だったこの建物を改修したと南風は聞いている。そして、「趣味」としてやり始めたということも。
そのためこの何でも屋は、ポスターにも書いてあった通り、無償でやっている所謂ボランティアなのだ。
だが、雨水はこれ以外の仕事はやっていない。つまりニートである。
それでも何故バイトとして雇っている南風に給料を与えることが出来ているのかは、誰も知らない謎である。
「玉なんて一個なくなっても損しねえよ」
「いやだから何言ってんですか貴方は。大事な部品ですよ。損はしますよ損は」
「生きていけたら腕もげたって耳無くしたって関係ないだろ」
「サイコパスか!一日一日懸命に生きている人たちに謝れ!」
「腹減った」
「知りませんよ糞猫が」
「猫を侮辱するな」
「あんたのことだよ!そしてその言葉猫の部分を人間にしてそのまま返しますよ」
「え、さっきの話マネキンのことじゃなかったのか」
「それ燈火さんをマネキンって言ってるようなもんですよ」
「酷いッスよカゲさん!」
「あ、生き返った」
「元々死んでないッスよナギっち」
まだ股を押さえながら痛そうにしている金髪の男性――鮗燈火は苦笑しながら答えた。
建築デザイン系の専門学生である彼は、二年前のある依頼で雨水に出会って以降、お手伝いとして何でも屋で働いている。
現在学校で模型作りを夜までやっており、数日間休みをとっていたが、ひと段落したため、久方ぶりに出向いたのである。
「お久しぶりなんスからハグぐらいしてくれたっていいじゃないスかー」
「不審者はそうやって撃退しろと姉に教えられたんで」
「オレ不審者扱いッスか!?というかナギっちお姉さんいたんスね」
「武術習ってる男嫌いのBL好き女です」
「色々おかしくないッスかそれ!?弟いるんスよ!」
「僕は男じゃないから別らしいです」
「どういう偏見!?BL好きなのもおかしいッスよ!」
「二次元ホイホイ現去れらしいです」
「ひょっとして阿保か。お前の姉さん」
「ひょっとしなくても阿保です」
「弟にこれだけ言われるお姉さんって」
「何でも屋でバイト始めたって言ってナンを売る店と勘違いする人ですよ」
「それ逆に天才ッスね」
そういえば、と突然雨水が何か思い出したように呟く。
「お前がここに来て一か月以上は経ったんだな」
「お、確か二月の中旬あたりからッスよね。早いっすねえ」
――もうそんなに時が過ぎていたんだ。
南風はそう思いながら約一ヶ月前の出来事を懐かしく感じてしまう自分に少し笑った。
そもそも南風は、一月から一人暮らしを始めたばかりの高校二年生である。
理由は単純明快。親元を離れたかったためである。
高校一年から一人暮らしはしたかったのだが、母親が病で倒れ、それどころではなくなってしまったのである。現在は手術と南風の懸命な看病の甲斐あってか、主婦に戻れるくらいまで回復している。
両親の許しが出て、いざ一人暮らしを始めた南風だったが、家賃や携帯代など、前の生活では両親が払ってくれていた賃金を、今度は自分で働いてやり繰りしていくしかない、という現実を突き付けられた。
そんな状況で偶々見つけたのが、この何でも屋である。
二月からバイトを始めて、初日から予想だにしていなかった事柄に巻き込まれ、その後も色々と大変な目にあい現在に至るが、南風はここで働いて良かったと思っている。
特に雨水は命の恩人でもあるのだ。それ以外でも二人は文句を言いながらも世話を焼いてくれており、南風は二人に対して多大な感謝をしている。雨水や燈火の役に立ちたいという思いも、南風がバイトを続けている一環である。
――まあそんなこと、死んでも本人たちの前で口に出したくないけど。
「あ、忘れてた。学校で友人から米菓子大量に押し付けられたんで皆さんで食べません?」
南風がマフラーを学生鞄にしまい、入れ違えに煎餅やおかきなどが入った袋を取り出す。
「いいッスねえ!一部は来客用に使うッス!」
「腹が減ってたから丁度いい」
「あんまり食べ過ぎて猫から豚にならないで下さいよ」
「できれば豚になりたいのだが」
「何で遠回しに言ったんですか。普通に太らない体質だからとか言って下さいよ逆に腹立ちます」
「あ、そういうことだったんスね」
「ほらこういう姉みたいな阿保が出てくるんですから」
「オレナギっちのお姉さんと同類の阿保なんスか!?」
「サルだからな」
「サルですしね」
「出来れば人間に進化させてくださいッス」
和気藹々と米菓を片手に雑談をしていると、突如インターホンが室内に鳴り響く。
南風が率先してモニターを確認し、はい、と返事をしながら白い扉を開ける。
キーッ、と耳障りな音を立てながら開けた先には、藍色のブレザーに、黒のロングコートを身に纏った一人の少女だった。
「初めまして。依頼をするために赴いてきました」




