「特技をいかせ!」その5
ユーマは酒場の床に正座をさせられていた。椅子に座っているシエンが足を組み直して、ユーマに質問する。
「どこらへんれぇ『行ける』っれ思っらのかなぁユーマくんは?」
「気力がみなぎってたんで……つい」
ぐびりとジョッキの中身をあおってから、袖で口元をぬぐってシエンは続けた。
「言ったれしょ。あたしの魔法力は空っぽだったのよぉ。
まぁ……ちょっと意固地になっれデモダッテちゃんを蘇生した、あたしの判断ミスから始まっらことらけろ……これからは、きちんと状況判断しれ、撤退指示も出せるようになってほしいわぁ」
エリーが不思議そうに首を傾げる。
「ユーマくんの判断ミスは経験不足だから仕方ないにしても、他になにか問題なんてあったのかしら?」
デモダッテが無言で、ぴんと伸ばした人差し指をエリーに突きつけ返した。
「わ、わたしはがんばってるでしょ? あなたよりは働いてるわよ!」
シエンがじとっと湿った視線でエリーを睨む。
「今度死んだら、死にっぱなしにしておいれもいいんらけろぉ?」
そのまま頭をふらふらとさせて、シエンはテーブルの上につっぷすと、すやすやよ安らかな寝息を立て始めた。
ユーマは立ち上がって上着を脱ぐと、そっとシエンの背中にかけた。ようやく席についたところでエリーに聞く。
「なあエリー。これからもずっと、可愛い魔物が出てきたらあんな調子なのか?」
「な、なによ! わたしが悪いっていうわけ? 罪があるなら、あの可愛い猫ちゃんたちの存在そのものが罪よ! つぶらな瞳。ぷにぷに肉球。ふりふりしっぽに、もふもふお腹!」
「どっちかといえば、爪とか牙を食らってた気がするぞ」
エリーはぷくっとほっぺたを膨らませた。
「あれも愛情表現よ」
デモダッテが首をかしげた。
「……ゾンビにハグされたり、甘噛みされるのはどう?」
「そんなの嫌に決まってるでしょ。可愛い小動物限定よ」
ユーマがデモダッテに視線を向け直した。
「エリーに思わぬ弱点が見つかったわけだが、どうすっかな?」
「……ボクに聞かないで。コスト1を頼りにしたら、負けだと思う」
「ですよねぇ」
敬語になりながら、ユーマは腕組みをした。
「これから、毎回可愛い魔物と遭遇する度に逃げなきゃならんのか」
エリーが首を左右に振った。ナンセンスとばかりに鼻を鳴らす。
「逃げなくていいわよ。戯れましょ? 冒険の途中の小休止って感じで」
「お前、魔王を倒してエルフの名誉を挽回するんじゃなかったのか? 小休止の度に死なないでくれ。エリーがいてくれなきゃ、前に進むものも進まないんだから」
「で、でも、あんなに可愛い子たちを剣でバッサリなんて、できないわよ」
困ったようにうつむくエリーに、デモダッテが呟いた。
「……魔物はみんな、元は宝石が変化したものだから。可愛い見た目に騙されるな。あっ……ボクは可愛い見た目に騙されて、甘やかしてもいいよ」
エリーが耳をピクンとさせた。
「なら、デモダッテが魔法で猫ちゃんに変身して、わたしにいっぱい可愛がられるといいんじゃないかしら! 猫耳をつけるとかじゃなくて、ガチ小動物の方でお願いね」
「……いつからボクが高度な変身魔法を使える達人だと思ってた?」
建設的な意見も出ず、解決の糸口も見つからず、ユーマは肩を落とした。頼みのエリーが今回ばかりは頼りにならない。
「こんな時、いったい誰に相談すれば……そうだっ! 良いことを思いついたぞ。ちょっと行ってくる!」
言うが早いか、青年は席を立つと酒場を飛び出していった。
夕日が落ちた街を駆け抜け、ユーマは伝奏師の元を訪れると交神を希望した。
手続きを終えて、青年は神との対話を試みる。
伝奏師が呪文を唱えると、ユーマの視界が真っ白に染まった。
白い世界にぽつんと立った青年が空を見上げると、そこに神の姿が浮かび上がる。
「お! ランダムイベントってやつか。どうした勇者ユーマよ?」
「神さま。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「はっはーん。当ててやろう。さては恋の悩みだな?」
「は?」
「いや、ごめん。もし相談されても、恋愛経験皆無な俺には無理っつうかなんつうか。
むしろ先に『できない』と、ここに宣言しておこう。それで、相談事ってのはなんだ? 恋愛以外のことなら、聞くだけ聞いてやるぞ」
「エリーのことなんだ」
「お、お前まさか、ああいうのがタイプなのか?」
「エリーが大変なんだよ! まじめに聞いてくれ神さま」
「ごめん。わかった、もう茶化さないから。つうかよく出来てるな、この会話システム。それでエリーがどうしたんだ?」
「今日は魔法力を温存して外郭迷宮に挑んだんだ」
「どうだった?」
「途中までは、デモダッテが死にっぱなしになったりもしたけど、うまくいってた。けど、可愛い猫の魔物の群に襲われた時に、エリーが骨抜きになっちゃって……可愛くて猫を斬れないって……」
「どれどれ……ステータス画面……っと……あぁっ!? エリーのやつそこそこ安定してると思ったら、なんだよこの『可愛い魔物が弱点』って、そういうことかよ! それにユーマは『猫が弱点』なのか……」
「くしゃみが止まらなくなるんだよ。なんか、思いだしただけで鼻がムズムズしてきた。ブヘックション!」
「こりゃぁ重症だな。しかしまぁ、だいたいの事情はわかった。こういう時のための公式のデータベースだもんな。
検索検索っと……お! あったあった。外郭迷宮第一層の猫系モンスターっていうと、このワイルドキャットって奴だな。うっ……これはエリーの気持ちがわからなくもない可愛さだ」
「神さままでそんなこと言わないでくれよ! 噛まれると死ぬんだぞ!」
「わかってるわかってる。んで、この猫が……あー、こう進化するのか。よし、プリントスクリーンして……ちょっとそっちにファイルを送信するから、受け取ってくれ」
「ファイルってなんだ?」
「別に概念を理解せんでもいいぞ。ほい、送信……っと」
ひらひらと、空から一枚の紙切れが落ちてきた。青年はそれをキャッチする。
「これがファイルか?」
「そういう形で情報が送れるのか。まあ、うまくいくかわからんけど、困った時はその紙をエリーに見せるように。それでダメなら、もう目隠しして戦うしかないな」
ユーマはじっと紙を見つめた。魔物の絵が二つ並んでいる。左側の魔物はワイルドキャットだった。隣に描かれているのは、いかにも獰猛そうな人食い虎で、ワイルドキャットから矢印が伸びていた。
「こんなんでエリーが戦えるようになるのか?」
「いいか勇者よ。ロリキャラやショタキャラがシリーズが変わって成長すると、幻滅する人間だっているんだ」
「神さま、もっとわかるように言ってくれよ」
「ともかく、猫が人食い虎になるから、可愛い姿のうちに倒してやるのが本当の愛だとでも言ってやれ」
「お、おう。わかった神さま」
ユーマは頷いてから、再び神の姿をじっと見つめた。
「なんだ? まだなんかあんのか?」
神の問いかけに、困ったような恥ずかしそうな顔でユーマは小さく頷いた。
「実は……あと、もう一つあるんだ。迷宮の途中で魔法力がなくなって、迷宮の主のいる場所まで行けないんだ」
「なるほど、それで?」
神は微笑を浮かべたまま、ユーマに続きを促した。
「酒場で噂話を聞いたんだけど、他の冒険者の連中は、迷宮に潜ってる途中で神の奇跡を何度も体験するって……たちまち傷が癒えて失われた魔法力が満たされ、死人が甦り万全の状態になるんだとか。
神さまなら、できるんだよな?」
「うわぁ……そういう知恵もつけるのかよ。ま、まぁできんこともないぞ」
ユーマの表情がぱあっと明るくなった。
「ほんとか!? やっぱ神さまってすごいんだな」
「おだててもなにも出ないぞ……ってんじゃかわいそうだし。じゃあ、一回だけな」
「ありがとう神さま。俺たち、がんばるから!」




