「特技をいかせ!」その4
次の戦闘でデモダッテは死亡した。今回は投げ込まれたのではなく、デモダッテは泣きながら自ら敵陣のど真ん中に飛び込んでいったのだ。
誰もそれを止めることはできなかった。
現在、彼女は希望通り無事(?)に霊魂化し、うっすらと透けた身体でふわふわと、ユーマの隣に浮かんでいる。
「ごめんなデモダッテ。俺って、口ばっかりだ」
いつになく鎮痛な面持ちのユーマにデモダッテは小さく首を左右にさせた。
「……気持ちだけでもうれしいよ。それに、死んでる方がむしろ楽だし。ユーマが気にすることじゃないから。中途半端に生きてる方がつらいし。ねえ、約束……憶えてる?」
「約束?」
「……生まれ変わってまた、出会えたら……今度こそ箒に乗せてあげる」
「あ、ああ! 一緒に空を飛ぼう!」
「……うん。だけど、ユーマはまだこっちに来ちゃいけないよ。ボクの分まで生きて……生きて……生き抜いて」
ユーマがデモダッテの幻影のような身体を抱きしめる。実体を失った彼女に青年が触れることはできなかった。
「わかった。俺……お前の分まで生きるよデモダッテ!」
「……なにも出来なかったボクだけど……そんなにもおもってくれるなんて、うれしいよユーマ」
エリーが軽くユーマの頭をこづいた。
「真に受けないでちょうだい。デモダッテもユーマをからかわないで」
「……別にからかってないよ。ほら、次いってみよー」
お気楽にして極楽な霊魂に促され、三人は森の奥へと分け入った。
外郭迷宮は侵入するたびに、その姿形を微妙に変えてしまう。襲ってくる魔物の系統はある程度決まっているものの、なにがどれだけ敵として現れるかは遭遇してみなければわからない。
迷いながらも三人と一霊魂は、ようやく洞窟の入り口にたどり着いた。
シエンが腕組みをして小さくうなずく。
「ユーマくんとエリーちゃんの残存体力は八割強。あたしは無傷で魔法力も九割残ってるし、ここまで作戦通りね」
霊魂化したままのデモダッテがうんうんと首を縦に振る。
「……ボクの魔法力も八割残ってるよ」
エリーがじとっとした視線をデモダッテに向ける。
「せっかく不死身なんだし、偵察に行ってくれてもいいんじゃない?」
「……死んだまま仲間とはぐれると神の加護がなくなって消えちゃうんだよ。単独で死んでみればわかるから」
「へぇ……じゃあ、わたしが死んだらユーマにつきまとい放題できちゃうってことかしら? 背後霊ごっことか楽しそうね」
シエンがにっこりほほ笑んだ。
「あら、やっぱり好きなんじゃない」
「ちがうわよそんなんじゃないってば! べ、別にユーマじゃなくてもいいのよ。背後霊になるなんて普通できないでしょ? つまり、今のは知的好奇心からの発言よ。勘違いしないでちょうだい」
弁明しながらエリーがちらりと見ると、ユーマは彼女の言葉を綺麗に聞き流していた。青年の視線は、ぽっかり口を開けた洞窟の入り口で吹き溜まったような、暗闇をじっと見据えている。
「また群で襲ってくるタイプだな。みんな気をつけろ!」
ユーマが剣を構える。エリーも釣られるように鞘から剣を抜き払った。
同時に洞窟の闇の中から、小さな影がいくつも飛び出す。
「……みんながんばれ」
デモダッテが浮きながらぽつりと呟いた。
「言われなくてもそうするわよ。というわけで、まずは前衛が仕事しなさい」
シエンが後方に下がり、ユーマとエリーが前に出る。二人を取り囲んだのは……猫だった。毛色も様々で、三毛やら縞模様やら斑やらと、統一感がない。
エリーが甲高く黄色い悲鳴をあげた。
「きゃー! なにこの子たちかわいい! ねえユーマいいでしょ。いいでしょ!」
手から剣を落としてエリーがしゃがみこみ、猫を呼んだ。一匹どころか、四匹がエリーに飛びかかって手足に噛みつく。
「噛まれてるぞエリー!」
青ざめるユーマにエリーは満面の笑顔で返した。
「痛いけど気持ちいい。甘噛みよ。これはなついてるだけなの。ほら、ユーマにはこっちの茶虎ちゃんをあげるわ」
左腕に噛みついた猫を一匹、もぎとってエリーはユーマの眼前にもっていった。
「ねえ、一匹でいいから飼いましょ! こんなになついてるんだから、きっとわたしといっしょにいたいに違いないわ」
猫がユーマのほっぺたに猫パンチを食らわせる。
「痛ッ!? ヘクション! おいやめろクション! 顔に近づけんなヘクション!」
「あーん、可愛い可愛い可愛いぃ! チューしたいかも。お腹もふらせてぇ!」
茶虎猫のお腹に顔をうずめようとしたエリーは、顔面をひっかかれた。それでも彼女は笑顔を絶やさない。
エリーは可愛い小動物を前にすると、見境がなくなる。それが普通の小動物だけでなく魔物相手すらも許容範囲内だとは、ユーマも思っていなかった。
「仲間から一匹だけ引き離すなんてヘクション! かわいそうだぞヘクション!」
「なら、みんな連れて行きましょ!」
青年の説得もむなしく、エリーは猫に群がられる。本人は幸せそうだが、確実に彼女は死への階段を転げ落ちていた。
シエンが苦笑いを浮かべる。
「楽しそうね。こっちはすでに一人死んでるし、このままじゃまた全滅よ?」
シエンの視線が「そろそろ仕事をしなさい」と、デモダッテに訴える。
「……迷宮の主に遭遇するまで死んでるよ。それがみんなのためであり、ボクのためだから」
「楽しようったって、そうはいかないんだから。はい、初級蘇生魔法!」
しかし、デモダッテは生き返らなかった。シエンが片方の眉をつり上げる。
「初級蘇生魔法の成功率は五割だものね。べ、別にあたしの腕が悪いっていうんじゃないのよ。ただちょっと運がなかっただけっていうか……初級蘇生魔法! 初級蘇生魔法! 初級蘇生魔法!」
立て続けに三回唱えられた初級蘇生魔法に、デモダッテは抵抗するように生き返らなかった。ぷかぷかと浮遊しながら、霊魂はぼやく。
「……生きたくない」
シエンとデモダッテの視線が火花を散らした。
「強情ね。ならとっておきをお見舞いしてあげるわ。くらえ中級蘇生魔法! その蘇生成功率は八割を越えるわ。
なぜ、あたしが高度な蘇生魔法を使えるかといえば、そもそもあたしは高コストの天才僧侶だから……」
しかし、デモダッテは生き返らない。霊魂少女は不敵な笑みを浮かべた。
「……ふふふ。ボクを蘇生したかったら、上級蘇生魔法しかないからね」
「無事に生き返ったら殺すわよ。必殺……もとい、必生の上級蘇生魔法! その蘇生成功率は十割よ」
シエンが胸を張ると、デモダッテのおぼろげだった身体が光に包まれ、くっきりはっきりとした元の姿を取り戻した。
生き返ったデモダッテが不機嫌そうに口を尖らせる。
「……使えるなんてずるいよ。それ、ぼくの攻撃魔法よりも魔法力の消費が激しいし。普通、そこまでする?」
シエンがフンッと鼻を鳴らした。
「うるさいわね。おかげであたしの魔法力は空っぽよ。責任とって死になさい」
「……嫌がってるのを無理に生き返らせたりするから」
「ほら、ちょうど魔物が一カ所に集まってるし、お膳立ては整ってるでしょ?」
ユーマが声を上げた。
「待て! 敵の中心にはエリーがクションッ!!」
生き返ったばかりのデモダッテが、ぽつりと呟いた。
「……もう、助けるのは手遅れっぽいね」
エリーの身体はすっかり霊魂化していた。
「し、あ、わ、せ……あ、あれ? もしかして、わたし……死んでる?」
唖然とするエリーに小さくうなずくと、デモダッテは指揮棒のような魔法の杖を振るった。
「……じゃ、遠慮なく。中級中範囲火炎魔法」
猫の群の中心に火柱が立ち上った。猫モンスターはまとめて炎の渦に焼かれて、小さな猫目石へと姿を変える。
ふわふわと宙に浮かびながら、エリーが悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと! あんなに可愛いのにひどいじゃないの!」
くしゃみの止まったユーマが首を小さく左右にさせた。
「いくら可愛くても、魔物だからな」
「うう、で、でも……」
猫目石を拾い集めながら、デモダッテが眠たそうにあくびをした。
「……今のでボクの魔法力も、からっぽだよ」
シエンが肩をコキコキとならしてから、頷く。
「あたしもよ。この場でエリーを生き返らせることはできないわ」
不意に、洞窟の入り口に光る目が満天の星よろしく瞬いた。
数えるのを途中で諦めて、ユーマは剣を抜く。
「行ける……か?」
シエンが声を上げた。
「行けるわけないでしょ! 逃げるわよ! ほらエリーも洞窟の方に行かないの」
「で、でも! でも猫ちゃんが……」
シエンがエリーに冷たい笑顔を作る。
「ユーマくんから離れて魂をロストしたら大変よ。永遠に霊魂のまま外郭迷宮をさまよい続けることにもなるんだから。そうしたら、猫ちゃんを抱っこできなくなるわね」
「そ、そんなの嫌よ! 抱っこできないなんて死ぬより辛いわ。うう、無念。恨んでやる化けてでてやる」
「……もう、化けて出てるって」
デモダッテのツッコミにシエンが肩を落とした。
「はいはい撤収撤収。ユーマくんも剣を収めて。そう……良い子ね。じゃあ、回れ右して、来た道に向かって前進しましょ?」
三人と一霊魂は、森の入り口付近まで猫モンスターに追い回されながら、命からがら攻略街へと逃げ戻るのだった。




