対決
キラの動きは最小限で――上体で狼の攻撃を避け、下半身は凄まじい足さばきで――まるでその場から動いていない錯覚に陥る。クイクイと人差し指を曲げ挑発した。もちろん、挑発スキルではない。まして、ここ重要、白狼に対した行動ではない。それはソウに向けて――だ。
おいおい、煽るんじゃない。おまえの相手は狼だよ……。
ソウはその行為を見て、イラっときたのか――狼の攻撃をすべて避けだした。その程度のことはオレにでもできるだよぉと誇示するかのように。
おまえも間に受けるんじゃない! 蓄積ヘイトが乗らないだろうが。みろ、美和はムッとした顔してるぞ!
キラはその闘い方を一瞥すると鼻で笑う。避けた狼の移動距離を縮めるごとく、ワンステップで近づき、斬りつける。すぐさまツーステップ目には地面を蹴り上げ、2匹目の攻撃を空を舞い躱す。空中攻撃をして、再度体を反転し、位置を変え避ける。
まるで踊っているかのようだ。
いや、まさしくキラは私の歌のリズムに合わせ踊っているのだ。
そして、リズムを正確に刻み直すように狼に避けつつ攻撃を追加していく。
「チッ、あのヤロウ!」とソウはニヤリと笑い、回避には彼に一日の長があると考え、路線変更する。絶対防御に転じたのだ。ただ前に戻ったわけではない。さっきまで避けを挟まないと攻撃間隔が追いついていなかったはずなのに、今度は避けなど微塵もなくパーリングだけで3匹を相手にしている。私は戦いには素人だが、なんだろう攻撃が洗練された感じを抱く。なんか流れるようなパーリング。これは――
歌のリズムで良くなっている?
いや、キラが補正しているリズムか。最初のキラの笑いは、そのリズムじゃないよと。そしてソウの笑いは、じゃ、こうやるのかよぉと。戦いで会話をするんじゃない。
おまえたちはどこの戦闘民族だよ……。
まったく最近入ったキラもソウも――やってくれるじゃない!
「おい、ちょっと。なんか景色が――もうこれ以上スピードはいらねぇぞ」
「まさかこの歌によるアサヒの弱点が露顕するとはね。ギフト自体が本人の意思で制御できない――普通はステアップは上がれば上がるほど有利になるはずだけど、これは……」
「まだ加速するのか!」
「あのヤロウ、このデタラメなスピードでも正確に攻撃と避けを同時に行っていやがる!」
「この歌自体が、キラ専用だから、相性が良すぎるのね」
「ぬぉ、ごめん。酔ってきた……」
洋平の顔色が悪い。
「メインタンクなんだからしっかりしなさい!」
「これだから固定砲台は……」
洋平の一言に美和はキレた。へぇ、そう、そうなのと一人呟くと、
「なら、私も試させてもらうわよ!」
悪魔の笑みを浮かべる美和。
と続け様に、眷属1匹にで連続ファイア2ファイアを見舞い、ヘイトを奪う。
「お、おい」と焦るソウ。
こと美和には焦りの色はない。
いくらシステム的に可視できないヘイト量だからといって、たった3匹のヘイト管理に美和がそんなイージーミスをするとは思えない。
わざと?
ボワっとファイアの炎が杖に現れた。この状態が詠唱中を表している。そしてバックステップする美和。ちょんとカワイイ足の運びだが、移動距離は歌の効果もあってか、かなりの距離ができた。まるでムーンウォークみたいにスゥっと地面と平行に移動する。そして着地後――即魔法が発動した。
キャンセル魔法?!
魔法の注意はたしか――詠唱中に攻撃を喰らうと中止、詠唱途中で魔術士が動くと中止と、この2点だったはず。だが、詠唱後半なら――これはかなりタイミングがシビアらしい――攻撃を喰らっても移動しても詠唱中止にならないみたいだ。一種の裏技的要素。
美和はジグザグに移動する。しかも足にブースターを付けたような移動法で後退しながら魔法を撃つ。
「やっぱりイヌ科なんだから、これはお見舞いしておかないとね」と止めのドッグイーター。
動きの遅い白狼なら、キャンセル魔法を織り交ぜながら魔法連発で仕留めた。ヘヴィは美和にとってここぞという場面の切り札か、もしくは見せ場になっているようだ。
美和は両膝をついて口元を抑えた。
おい、土色になっているが大丈夫か?
動きが止まった美和に洋平は、「おい、やっぱ酔ったんじゃないか?」とガサツな言い草。
「MPが切れただけよ!」と強がる余裕はまだあるみたいだ。
「ほんっと、テメェ等のパーティはやってくれるぜぇ!」とソウはあかねの方を見る。あかねはこちらが安定したことで、ボス戦に集中していた。それを確認したソウは腰を少し落とし、両足を大地にしっかり根付かせた。まるで空手家の構えのように姿勢が整っている。
「2匹ならよぉ――」
白狼達が軸を遅らせ襲ってくる。まず1匹目をパーリング――いや、攻撃を顔面に当てると勢いそのまま地面に、
――叩きつけやがった。
2匹目も同様に地にめり込ませた。
「こっからはヘイトは取られねぇよぉ」
ソウ、あなた――と一驚を喫してる間に、
「ええ」と美和は頷き、魔法連打。ソウの宣言通り、タゲが動ずることもなく呆気なく2匹はポリゴンに帰る。眷属の数が少なくなったので、歌も《脱兎のフリアント》からSTR系の歌に移行。ボス1匹なると、美和希望の《伝説の魔法少女》で幕を閉じた。
ソウが魅せた光景は、終にあれきっり見ることはなかった。
あれは一体なんだっただろう?
「クソ。なんかオレ、全然活躍してなかった気がする」
いやいや、ボスクラスを落ずに引きつけていただけでもかなりの活躍振りですが……。
「わ、わたしも回復しかお役に――」と悄気ているあかね。
シュンとしたあかねちゃんカワイイ!
あかねちゃんのヒラは十分トッププレイヤー並だよ。
「あのよぉ、最後……。リクエストだっけ? 《伝説の魔法少女》って言ってたように聞こえたがよぉ、あれはなんのことだぁ?」
「ああ、あれはわたし専用の歌の題名よ」
へぇ、とあまりピンとしていないソウ。あまりアニメは見ていないのだろう。
「そういえば、キラのも専用曲よね?」
「ええ、あれはキラが――」
「ちょっと待て。STR系ってアサヒよく歌っているけど、固定曲ないよな?」と口を挟んでくる洋平。
あれは、私の気分で曲を変えているからね。
「なんか名前付けた方がカッコ良くない?」
意外に中二病の洋平。
「ブレインマッスルってのは?」と軽く思いついたようにキラは言う。
英語か。英語表記ってなんかいいよね!
あれ? 私も中二病の素質あり?
「ブレインマッスルか――。ブレインは脳、マッスルは筋肉?」
……。
「って、ノウキンじゃないか!」
大爆笑のキラ。私はレイピアを抜き、一閃。
ヒラリと躱される。
くそ、絶対回避め!
ソウも意味は分かってないだろうが、パーティの雰囲気に笑いを堪えている。
なかなかいいヤンキーじゃないか。さすが、あかねちゃんの――と見やると一緒に慎ましく微笑んでいた。
だが、少し涙目になっていたように感じたのは気のせいだろうか……。
ドロップ品:上質な黒狼の毛皮1枚、白銀の毛皮4枚
《氷結都市ペイン》――。
ここは最果ての地、都市の北方には雪に覆われた山脈がすべてを拒むように聳え立つ。
空気は透き通り、時折ワイバーンの鳴き声が澄み渡る。上空を見ると、2匹の番が飛んでいた。
陰鬱な灰色の雪雲のためか、まだ昼過ぎだというのに冬景色のように薄暗かった。
私たちは足早に王国支部氷結ギルドへ向かった。
ギルド受付嬢に今回のクエストを報告。この依頼は連動しているようだった。討伐クリア後には、依頼主の『仕立て屋マジュム』から再度依頼があるとのこと。気が向いたら、そっちへ出向いてくれとあった。
そして念願のクエ報酬でギルドポイントが溜まり、
「おめでとうございます。これでCランク昇級試験が――」とギルド嬢が言うのを遮り、
「すまない」
澱みのない女性の声が聴こえた。
振り向くとそこに独特な甲冑姿の女性と大柄な男性がギルド入口に立っていた。
その女性と男性こそ、なにを隠そう――
八忠将第二団長隊長マリアーヌと八忠将第八団長隊長ガラルドだった。