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××になれなかった青年のおはなし







 この方が、この度白の剣をとった方だ。

 父親に紹介された相手を見た瞬間、レヒトは驚きのあまり何も言葉にできなかった。

 目の前に立っていたのは、アキリという顔見知りの少女で、遠縁といえど公の場では敬語で話さないといけないような相手だった。レヒトもそれにならっていたが、そうでない場所ではくだけた話もよく交わした。そんな相手だ。

 アキリは白の剣を片手にしたまま、そこに立っている。華奢な腕にある大振りの剣がやけに不似合いに見えた。

 何の感情も映さない彼女の目が、レヒトを見て、すぐに離れた。その仕草に、なぜかレヒトは言いようのない戸惑いを覚えたのだった。



 なぜですか、とレヒトが問いつめると、父親は弱った様子で椅子の背もたれに体重を預けた。

 次に魔王が現れた場合、白の剣をとることになっていたのはレヒトのはずだった。十五才になったときにそう宣告されていたレヒトには、それなりの覚悟もあったというのに、どうして今更。

 更に問いつめたレヒトに、父親は小さくため息をついた。

「私にもよく状況が分からない。が、あの剣はアキリ様がとったんだ。もう主は変えられまい」

 魔王を討たない限り、と続けられた言葉に、レヒトは絶句した。

 魔王を討たない限り、と父親はそういう言うが、魔王を討ったときが勇者の最後だ。白の剣は主の命を食いつくし、そうしてようやく死という形で解放される。

 もしかしてアキリはそんなことすら知らないまま、剣を手にしたんじゃないだろうか。




「どうしてその剣をとったんだ」

「……」

 二人きりになれる機会をうかがい、ようやくレヒトにそれが訪れたのは、アキリが出立する前日の夜のことだった。

 顔を見るなり鋭く切り出したレヒトを見て、アキリは小さくため息をつく。その仕草に軽い苛立ちを覚えた。

「おまえは知らないかもしれないが、その剣は呪われているんだぞ」

「知ってるわ」

「は?」

「知ってる、と言ったの。それで、用件はそれだけ?」

 とてもあっさりとした態度に、レヒトは困惑した。

 本当に知っているとしたら、理解できない態度だった。誰だっておまえはもうすぐ死ぬのだと言われて、冷静になれるわけがない。のに。

「それだけならもう行くけど。明日は早いの。……それじゃ」

 そっけなく告げて自室に戻ろうとしたアキリの腕を、レヒトは思わず掴んでいた。無意識に力を入れてしまったのか、軽くアキリは眉をひそめている。

「なに?」

「俺も行く」

「え?」

 怪訝そうに見上げられ、レヒトはもう一度その言葉を口にした。

「俺も旅に同行する、と言ったんだ。なにか問題があるか」

 元々はレヒトが行くはずの旅だったのだ。だったら自分も共に行っても問題ないはずだろう。ただ黙って見送ることなど、レヒトにはできそうもない。

 訝しげにレヒトを見上げていたアキリの顔から、表情が消えた。それからふいっと視線をそらされる。

「……あなたがついてきても、何もできないと思うけど」

「いないよりかはマシだろう。それに剣なら扱える」

「剣なら私も扱えるわよ」

 傍らに置いた剣に触れて、アキリは呟いた。彼女が得意とするのは黒魔術だと知っているレヒトは、その発言に少しだけ驚いたが、すぐに納得した。

 白の剣は戦わせる為の剣だ。持ち主に人並みはずれた力と回復力を与える剣なのだから、その剣を使えばアキリだって戦えるのかもしれない。

「なら、なおさらいいだろう。戦える者が一人いるより、二人いるにこしたことはない。それとも何か問題があるなら、はっきりと言ったらどうだ?」

「…………問題はないけれど」

「けど?」

 目を伏せ、アキリは黙り込んだ。身長差があるので、そうされるとアキリの表情は見えなくなる。

 そもそも何を迷うのだろうとレヒトは不思議だった。アキリはレヒトと同じく、効率的な考え方をする少女だ。だからすぐに了承すると思っていたのに、何をそんなに考えることがあるのだろうか。

 やけに長い沈黙の後、アキリは細く息を吐き出した。

「……ついてくるのは勝手だけど、簡単に死んだりしないでね。そういうの、本当に困るから」

「死ぬつもりなんてない」

 当然のことのように答えたレヒトに、アキリは何も言わなかった。ただかすかに笑みを浮かべただけだった。




 二人だけの旅は、大変なことも多かったが概ね順調だった。

 アキリは本当に剣も扱えるようになったらしく、後衛と前衛を両方こなしている。やはり白の剣のせいなのかと聞いてみれば、あっさりと同意が返ってきた。彼女曰く、あの剣を持っていると身体が勝手に動くのだと言う。

 そんなわけで多少の困難はあったが、旅はなかなか順調だった。

 最初はレヒトがついてくることにいい顔をしなかったアキリもようやく諦めたのか、ぽつぽつと会話するようになってきて、それが思いのほかレヒトを安堵させた。

 アキリが勇者という立場になってからというもの、彼女はどこか前と変わったような気がしていたのだ。どこが、と問われると難しいが、強いていうなら雰囲気が。





 そんな旅の途中、夏の暑い日のことだった。

 レヒトは一人の男と会った。ラジという名前の、飄々とした雰囲気の青年だ。魔物に囲まれて苦戦していたのを助けたら、なぜか仲間になりたいとついてきたのである。

「こいつが仲間に入れろといっているが、どうする?」

 ついてくるなと言っても聞かないので、仕方なくアキリが待っていた宿に戻って、彼女に事のあらましを説明する。

 アキリは挨拶したラジを見ると、軽く目を見張った。少し驚いたような表情だった。

「どうした?」

「……いいえ、何でも」

 そう否定したアキリは、軽く苦笑していたものの、どこか感情を抑えた目をしていた。彼女が旅の間で、たまに見せる目だった。

「仲間ね……あなたの好きにすればいいんじゃない?」

「俺が決めてどうするんだ。おまえの旅だろう」

「レヒトに任せるわ。私では無理だろうから」

 あっさりと投げられ、レヒトは渋面した。無理とはどういう意味なのか。問いかける間もなく、ラジが「やったーこれからよろしくな!」と騒ぎ始める。うるさいのでとりあえず一発殴っておいた。





 たまにアキリは、ここではない何かを見ている。


 レヒトがそう気づいたのは、旅を始めてから結構な時間が経った後だった。

 最初にそれに気づいたのは、ラジの一件があった時だ。

 ラジが実は魔王と縁があり、勇者を害するために仲間に紛れていたと発覚したあの一件。

 セティ(新しく仲間になった白魔術師だ)はもちろん、レヒトですら動揺したその真実を、アキリはあっさりと受け止めた。

 彼女は襲ってきたラジを容赦なく返り討ちにすると、彼をレヒトの前に突き出してこう言った。

「後はあなたに任せるわ」

 と。

 もちろんレヒトは渋面した。

「……どういう意味だ」

「もちろんそのままの意味よ。言ったでしょ? 私では無理だって」

 そうしてラジをレヒトに押しつけると、アキリは一人でどこかに行ってしまったのだった。これにはさすがのレヒトも唖然とした。彼女が何を考えているのか、さっぱり分からない。

 足下から声がした。

「……何だよ、あいつ。意味わかんねぇ」

「ラジ」

「なんでだよ……」

 ラジが呻くように呟いた。苦しそうだった。レヒトはとりあえず騙していたということでラジを一発殴った後、彼の話を聞くことにしたのだった。






 見当たらないアキリとセティの姿を探して宿を出ると、玄関のすぐ横に座り込んでいるセティがいた。

「セティ」

「レヒトさん。……お話は、終わりましたか?」

「ああ」

「ラジさんは……?」

「部屋に置いてきた。少しは頭が冷えたようだから、一人にしてやれ」

 はい、と頷くセティは、弱々しい笑みを浮かべていた。よほどラジのことが衝撃的だったのだろうが、そのほうが自然な反応だとレヒトは思う。少なくとも、表情ひとつ変えなかったアキリと比べれば。

「……あいつはどうした?」

「アキリさんなら、少し出かけてくるとおっしゃって……まだ戻ってません」

「そうか」

 アキリが行きそうな場所を想像してみるが、いまいちピンとこなかった。前なら思いついただろうが、最近の彼女は何を考えているかさえよく分からない。

「探してくる。もう暗くなるから、セティは部屋に戻れ」

 小さく頷いた後、意を決したようにセティは顔を上げた。

「あ、あの……!」

「なんだ?」

「私、ラジさんと待ってますから。その。……必ず、アキリさんを連れてきてください……」

 とっつかえながら、セティは言った。懸命な声音に、レヒトの頬が緩む。もちろんそのつもりだった。






 アキリを探しはじめて数刻。彼女は、宿の近くにある海をぼんやりと見ていた。夜の帳が、海と砂浜とアキリの境界線をぼやけさせている。

「アキリ、こんなところにいたのか」

「レヒト」

 隣に立つと、アキリはこちらを一度見上げてから、また視線を海へと戻した。水面ぎりぎりの低い位置を黒い影……鳥が飛んでいくのが見える。鴉だろうか。

 しばらくしてアキリが口を開いた。

「ラジは」

「宿に置いてきた。セティもいるから大丈夫だろう。……大分、落ち着いたようだぞ」

「そう」

「おまえと、もう一度話したいと言っていた」

 返事はなかったが、彼女が頷いたのは気配で分かった。

 そのまましばらく、二人の間には会話はなかった。波音だけが満ちている。

「……おまえは、」

 やがて、吐き出すようにレヒトは呟いた。

「知っていたのか? ラジのことを」

「何のこと?」

「とぼけるな。ラジが、何を考えていたのか、知っていたのかと聞いているんだ」

 問いつめると、アキリは肩をすくめて微笑んだ。

「知っていたというか、気づいてはいたわよ。あの人、たまに分かりやすい顔をするから」

「……俺は気づかなかったぞ」

「あなたはそうでしょうね」

 それは自分が鈍いということだろうか。レヒトは顔をしかめたが、確かにたまにラジからも「おまえは鈍感だよな。変な所で鋭いのに」と言われたりするので、そうなのかもしれない。

 レヒトは息をついた。

「……怪我は」

「え?」

「怪我はなかったのか?」

 ラジに襲われた時、彼女は切りつけられたはずだ。あの時は色々なことで手一杯で考える余裕がなかったが、今更ながらそれが不安になってきた。

「おかげさまで。もう治ったわ」

 そう言って彼女が掲げたのは、左腕だった。

 薄闇の中、目を凝らして見るが、確かにうっすらとした傷跡しか見えない。血はもう完全に止まっていたが、レヒトは自然と眉をひそめた。

「……女なんだから、むやみに怪我を作るのはやめろ。痕になったらどうするんだ」

「それはラジに言ってもらえる? そもそも明日になれば、傷跡だって治ってるし」

 それは白の剣があるからだ。

 アキリは分かっているはずだ。白の剣は全ての傷を癒すが、代わりに奪っていくものがある。そしてそれは、傷跡よりもよほどタチが悪かった。

「おまえは……」

 気がついたら、絞り出すように言葉が喉からこぼれていた。

「……分かっていると言ったな。自分がどうなるのか」

「……」

 アキリはちらりとレヒトを一瞥したが、答えない。だが、それは肯定と同じだった。

 なぜか苛立った。

「それでいいのか。後悔しないのか?」

「……」

「アキリ」

 アキリは小さくため息をついた。

「後悔する? 私が? まさか。むしろこうしないほうが、私は後悔する」

 こうしないとはどうしないとなのだろうか。

 旅をすることか。魔王を討つことか。それとも白の剣をとったことだろうか。

 近い将来、アキリは死ぬ。あえて考えないようにしていたその一言が頭に浮かんで、消えた。そして、ぞっとした。

「俺は……」



 アキリに死んで欲しくないのだ。



もやっとする終わり方ですが、『仲間たちの事情』がテーマなので、これで完結とさせてもらいます。この後どうなるかは決まってはいますが、今のところ書く予定はありません。

お付き合いいただき、ありがとうございました!

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