白魔術師の恋のおはなし2
「え? レヒトとアキリの関係?」
ラジは、問いかけたセティきょとんとした顔で見上げた。
休憩中、彼は木陰で剣の手入れをしている最中だった。剣と布を地面へとおろし、ラジは考え込むように唸る。
「うーん。そういえば俺も知らないなぁ。前に聞いたとき、結構長い付き合いのようなこと言ってたけど」
ラジの話によると、ラジが仲間に加わるより前から二人は一緒に旅をしていたという。
確かにレヒトとアキリの間にある空気は、少し他のものと違う気がする。どう違うのかと言われると難しいが、それが付き合いの長さの差なのかもしれない。
「なに。気になるの?」
「……少しだけ」
「はっはぁー。ヤキモチ?」
ニヤニヤと笑いながら言われた言葉を理解するなり、セティは顔が熱くなった。
「ち、違います! そうじゃなくて……」
「またまた、そんな照れなくても」
「だから、そうじゃないんです」
必死に弁明したが、ラジは照れ隠しだと思っているらしく受け流すばかりだ。
セティは、この間見た二人のことが気にかかっていた。あの時の二人は他人が入り込めないような空気があったのだ。それが気になったからといって、それは断じてヤキモチなんかではない……はずだ。
なんだか自信がなくなってきた。赤い顔のまま俯いていたら、アキリの声がした。
「セティ、今いい?」
「ア、アキリさん!」
いつの間にか、アキリが横に立っていた。驚きのあまり肩をはね上げたセティを怪訝そうに見つめると、彼女はラジに視線を移す。
「ラジ。あなた、何かしたの?」
「俺は何もしてないけど」
「本当に?」
「ちょ、俺って信用そんなにないわけ?」
「あなたには色々と前科があるから」
アキリがくすっと笑ってセティに目配せした。視線で大丈夫か、と問われているようで、セティは慌てて笑顔を返す。
話題はそのまま今日の昼食の話に移った。食事当番はアキリとセティだったので、その確認にきたらしい。
話を終え、その場を離れようとしたアキリをラジが呼び止めた。
「なー、アキリ。ちょっと訊きたいんだけど」
「なに?」
「アキリって、どれくらい前からレヒトと一緒に旅してるんだ?」
思わず固まりかけたセティの肩をさりげなく叩くと、ラジは笑った。
「さっきはその話をしてたんだ。んで、そういやアキリのことって知らねーなって思って」
「言ってなかったかしら?」
「ああ」
アキリは小さく首を傾げて答える。
「……半年くらい前かしら。あの人が旅に出たのが秋の終わりだったから」
今はちょうど夏の終わりの時期だ。単純に頭の中で計算して驚いた。
「ってことは、旅の最初から一緒だったってことか?」
「そうね」
「じゃ二人って、前からの知り合いだったんだ? じゃなきゃ旅についてこないよな?」
いくら何でもいきなり赤の他人と旅を始めたりはしないだろう。ラジが確認すると、アキリは特に隠すこともなくあっさりと頷いた。
「知り合いというか……彼とは遠縁なのよ」
「遠縁って、え? 親戚?」
「簡単に言えば」
ラジとセティは顔を見合わせた。これは予想もしなかった答えだ。
親戚といっても二人は全然似ていないので、本当に血は遠いのかもしれない。
ああでも、雰囲気はどことなく似ている気がした。二人とも言葉は少ないが、本当はとても優しい。そして、意志が強い人たちだった。
セティがその現場に再び遭遇したのは、前回より一週間後。偶然にも前と同じような月の明るい夜だった。
その日、夜中に目を覚ましたセティは、隣のベッドで眠っていたはずのアキリがいないことに気づいた。
「アキリさん……?」
どこに行ったのだろう、と寝ぼけた頭で考えていたセティは、ふとこの間の夜のことを思い出した。
「……」
そろりとベッドから降り、部屋のドアに向かう。
夜中なので音を立てないようにして廊下に出たセティは、そっと隣の部屋の様子をうかがった。隣にはレヒトとラジが眠っているはずだが、もちろん物音一つしない。
アキリは一体どこにいったのだろう、と首を傾げたセティは、ふと階段のほうから人の話し声が聞こえるのに気づいた。
「……」
そっと階段に近寄って階下を見下ろすと、そこにはレヒトの姿があった。誰もいないホールで、向かい合って話しているのは、やはりアキリだ。
この前と同様、押し殺した声だったが、レヒトが苛立っているのは分かった。内容までは分からないが、あまりいい話ではなさそうだ。
アキリは二、三、言葉を交わした後、軽く頭を振って椅子から立ち上がった。それからそのまま宿の外に出ていってしまう。ドアが閉まる音が、小さな音だったにも関わらずやけに響いた。
「……」
セティは迷った末、階段をゆっくりと下りた。気づいたレヒトが少し目を見張った後、苦笑する。そんな表情も、彼にしては珍しかった。
「……セティには、つくづく変な所を見られているな」
「す、すみません……」
「謝らなくていい。俺こそ、すまなかった。気を遣わせたな」
レヒトはそう詫びると、手に持っていた手紙らしき封筒に視線を落とした。それはやけに苦々しい視線だ。
彼のそんな表情に驚いて、セティはレヒトとその手紙を交互に見つめた。
「……あ、あの、どうかしたんですか?」
「ああ……」
いや、と呟いたきり、レヒトは黙り込んでしまった。目は手紙に向けられたままだ。
一体何が彼を悩ませているのだろう、とセティが困惑しきっていたら、長い長い間の後、ようやくレヒトが口を開いた。
「……セティは」
「はい」
「なぜ俺たちと一緒に行こうと思ったんだ?」
まさか自分のことを訊かれるとは想像もしていなかったので、セティはびっくりした。
「なぜ、ですか……? ええと、それは…………すみません。よく、分かりません」
素直にセティは答えた。なぜ、と問われるとよく分からないというのが真実だ。気がついたらセティは彼らを追っていたのだから。
「分からないのか」
「はい」
「そうか」
レヒトはそう言うと、ぽつりと言い足した。
「俺にもよく分からない。あいつが、何を考えているのか」
「……アキリさんですか?」
「ああ」
頷くと、レヒトは持っていた手紙を乱暴に机の上に投げた。
「これは、あいつの身内からの手紙なんだ。……あいつを家に帰すよう、書かれている」
「え」
予想もしなかった内容に、セティはぽかんと口を開けた。
アキリを、彼女を家に帰す?
「そ、それは、どういう」
「俺にもよく分からないが、あいつは……アキリは家族の断りもなく俺についてきたらしい。あいつの家はそれなりに名の知れた名家だ。よく考えれば旅なんて許されるはずがないんだが」
セティは小さく息をのみこんだ。
「……レヒトさんとアキリさんは、遠縁なのだとうかがいました」
「アキリに聞いたのか」
「はい」
そうか、と応じるレヒトの声は、どこか固かった。
「遠縁は遠縁だが、おそらくセティが考えているようなものじゃない。あいつの家は宗家だが、俺の家はその一族から生まれたいくつもの分家のひとつに過ぎないからな」
レヒトがため息をひとつ吐いた。
「……立場的にも、あいつが俺の旅についてくるのを快く思わない奴らも多いはずだ。なのに、あいつは家に戻らないと言う。セティ」
「はい」
「おまえはどう思う? おまえなら、女心とかいうものが分かるだろう?」
「お、女心は……ちょっと私にも難しいですが……」
そもそも女心は関係するのだろうか、と考えつつ、セティはセティなりに思いついたことを伝えるしかない。
「その……アキリさんは、ご自分で納得しないことに従ったりするような人ではないと思います。一緒に旅しているのは、アキリさんがそう望んだからです。それでは、いけないんですか?」
「……」
レヒトからの返事はない。顔をあげて、どきりとした。レヒトがまっすぐにこちらを見つめている。
「……そう望んだから、か」
「は、はい」
「それならいいんだが。……俺は、たまにあいつが」
セティは言葉の続きを待ったが、結局それは語られることはなかった。レヒトは一度口を噤むと、ゆっくりと頭を振る。
「……いや、いい。セティの言うとおりだな。変なことを聞いて悪かった」
「い、いいえ。……それよりも、あの、アキリさんを探しに行ったほうが、いいんじゃないでしょうか?」
「……ああ、そうだな。行ってくる」
「私も行きます。一人より二人のほうが」
早いです、という言葉は言えなかった。レヒトが手を伸ばして、セティの頭をくしゃりと撫でたからだ。温かい大きな手に、セティは硬直した。
「セティは部屋に戻れ。あいつが行きそうな場所なら見当がついてるから、大丈夫だ」
赤くなった顔を見られないようにとっさに伏せ、セティは何度も頭を上下に振るだけで精一杯だった。温かい手はすぐに離れたが、なかなか顔をあげられない。
レヒトはもう一度部屋に戻るように念を押すと、ドアを開けて宿から出ていった。ドアが閉まる音がして、ようやくセティはおずおずと顔をあげる。
「……」
おそるおそる手を持ち上げて、自分の髪に触れてみた。温度のないはずのそれが、なんだか熱く感じる。と同時にどうしようもなく切なくなった。
自分は、もしレヒトがふらりと姿を消したときに、行きそうな場所なんて思い当たらない。逆もそうだろう。そんなに長い間、セティは一緒に旅をしていたわけではない。
それが何故かとても寂しかった。