剣士の裏切りのおはなし3
とにかくその日は散々だった。
次の目的地に行くため、山越えをすることになったラジたちは、山中で賊に襲われた。
どうやらここを通る人間を襲うことを生業としているらしく、やたら奇襲の手口が鮮やかだった。その街に行くには山越えしかないと教えてくれたあの宿の店主も、今思えばグルだったのかもしれない。
とにかく散々だ。
「ラジ! さがれ!」
鋭いレヒトの叱責が飛んだ。はっとしたラジが反射的に足を引くと、賊が振りおろした剣がざくりと地面を抉る。相手の舌打ちの音が、やけに耳に響いて聞こえた。
うるさいな、と思いながら、ラジはそのまま賊を切り捨てた。
いつもなら返り血を浴びないように立ち回るのだが、今日はなぜかうまくいかない。戦闘が終わる頃には、血を吸った外套が血生臭く重かった。身体も鉛を抱えているかのように重い。
近づいてきたレヒトが、厳しい目でラジを見据えた。
「何のつもりだ」
「は?」
「戦闘中に考えごとか? 随分と余裕だな」
そう皮肉ったレヒトは、返り血ひとつ浴びていない涼しげな姿だ。唯一血塗れだった剣も、一振りするだけで血脂が綺麗に流れ落ちる。
ラジはそっと目をそらした。
「……悪かったよ」
「…………」
レヒトは黙ったままラジを見つめると、やがて息をついた。
「最近のおまえはおかしい」
「はい?」
「自覚がないのか?」
「自覚って何の?」
ラジはとぼけて聞き返した。本当は嘘だ。最近、ラジはずっと同じ事を考えている。たったひとつのことを、ずっと迷っている。
「……もういい」
と言って離れていくレヒトに、ラジはほんの少しだけ安堵した。
夢を見た。
ラジが夢だとすぐに分かったのは、もう側にいないはずの相手が目の前にいたからだ。
真っ暗な暗闇の中、一人の少年が剣を抱えてうずくまっていた。自分を守るように、自分の殻の中に閉じこもるように彼は身を縮めていた。
ルイン、と名前を呼ぶ。しばらくして、少年はゆるゆると顔をあげた。ラジと同じ顔立ちがこちらを向く。
憔悴しきった表情が、かろうじて笑みらしきものを形作った。
「ああ……。ラジ。そこにいたんだね」
「ルイン」
ラジは彼が抱えていた真っ黒の剣を見つめた。
鞘を抱きかかえていた彼の指先が黒く染まっているのに気づいて戦慄する。まるで剣の黒色が肌を浸食しているかのようだった。
「ルイン! その剣はもう捨てろ。頼むから」
少年は笑みを浮かべたまま首を横に振った。柔らかな拒絶だった。
「無理だ。もう無理なんだ、ラジ」
「なんでだよ!」
「これは僕から離れない。僕は……」
「ルイン!」
声を上げて、ラジは少年の元まで行こうとした。けれど、どれだけ進んでも全く距離は縮まらない。焦りばかりが膨らんでいく。
前を見ると、少年の姿は少しずつ闇に溶けはじめていた。
「おい、ルイン!」
「……ラジ、僕は待っているんだ。勇者が、彼がここに来るのを」
静かに告げられた言葉に、背中が粟立った。
なんで、どうしてそんなことを言うんだ。レヒトがしようとしてることを、ちゃんと分かってんのか。あいつは、あいつは、おまえを殺そうとしてるんだぞ。
「ラジ」
宥めるような優しい声で、少年が呼んだ。もうその身体のほとんどが闇と同化している。
「もういい。もういいんだ。きみは、普通の生活に戻れ。そのパーティから抜けるんだ」
ふざけんな。
「!」
飛び出しかけた怒声を何とか飲み込んで、ラジは自分の瞼をこじ開けた。まだ夜中なのだろう、室内は暗かったが、窓から入ってくる月明かりだけが不自然なほど明るい。
心臓が嫌な音を立てていた。喉が乾く。吹き出した冷や汗が気持ち悪く、吐き気がした。
「……」
ラジは上半身を起こして、深呼吸をした。落ち着け、と自分の心に言い聞かせる。しばらくしてから時間を確認しようと視線を巡らせた所で、また息が止まった気がした。
月明かりで浮かび上がる室内の中。ラジの隣のベッドにはレヒトが眠っていた。当然だ。二人部屋をとったのだから、彼がいないはずがない。
それなのになぜか酷く動揺した。
「……」
ラジは立ち上がって、足音もなく隣のベッドへと近づいた。
レヒトは眠っている。意志の強いあの目が、今は見えない。
視線を動かすと、彼の枕元には剣が立てかけてあった。彼を勇者たらしめる白の剣だ。
ラジ、僕は待っているんだ。勇者が、彼がここに来るのを。夢の中の彼の声が聞こえる。
「…………」
ほとんど無意識だった。
その剣に手を伸ばし、刃を抜く。どれだけ魔物を屠っても刃こぼれひとつしない刀身が、月明かりに煌めいた。それが魅入られるほど綺麗だった。
片膝をベッドに乗り上げ、刃をレヒトの首に当てる。レヒトは目覚めない。耳が痛いほどの静寂の中、ラジの肩が少しだけ動いた、その瞬間だった。
剣を持った右手に冷ややかな熱を感じて、ようやく手首を掴まれたことに気づいた。
「……何のつもりだ」
レヒトが言った。彼はもう眠ってはいなかった。ラジの腕を掴んだ彼は、射抜くような鋭い視線を向けてきていた。
「……起きちゃった?」
「当たり前だ。あんな殺気を浴びせられて、寝ていられるか」
「ああ、うん。だよなぁ」
へら、と笑ってラジは同意した。腕はまだ掴まれている。切れ味のいい刃はまだレヒトの首にあてがわれていた。
「なぁ、レヒト」
いつもどおりの口調で呼びかけると、レヒトは軽く眉を寄せた。あー、しかめっ面だ。こいつ顔は悪くないくせに、絶対その皺で損してるよなぁ、なんてどうでもいいことを思いながら、ラジは訊いた。
「おまえはさ、なんで旅してるんだ?」
「……何が言いたい」
「魔王を倒すため? 倒してどうするんだよ。また何年か経ったら誰かが新しく魔王になるだけだろ。なのに、なんでそんな無駄なことするんだよ」
淡々と言葉を投げつけるラジを、レヒトはただ真っ直ぐに見上げていた。本当に、嫌になるくらい迷いのない目だった。
そうして彼は当然のように言った。
「無駄かどうかは俺が決める」
レヒトらしい返答に、ラジは唇を歪めて笑った。そんなラジをレヒトは真っ直ぐ見据えている。
「なぜ、そんなことを聞く?」
「……さぁ、なんでだろ」
低い声で誤魔化すと、ラジは剣を持つ腕に力を入れた。刃が皮膚を傷つけ、うっすらと赤い線が浮かび上がる。
「……何の真似だ」
「なぁ、レヒト。頼みがあるんだけど」
「頼み?」
そう、と頷くと、ラジはあえて軽い口調で告げた。
「旅なんてやめろ。やめて、家に帰って、悠々と暮らしてればいいじゃねーか」
「悠々と、世界が滅ぶまで、か?」
静かに返された言葉に、一瞬頭の中が真っ白になった。
「……は、馬鹿らし。そんな簡単に世界なんてもんがなくなるとでも思ってんのかよ」
「未来のことなんて誰にも分からない。俺にも、おまえにも」
「……世界は、滅んだりなんかしない」
「なぜそう言い切れる?」
「あいつは、そんなことしない!」
反射的に言い返した言葉を、耳聡くレヒトが聞き返した。
「あいつとは誰だ」
「……」
ラジは黙ったまま答えなかった。答えられるわけがなかった。
そんなラジの様子を見ていたレヒトは、やがて呆れたかのように小さなため息をつく。その直後だった。
「!」
掴まれていた右手が引かれ、思わずバランスが崩れる。持ち前の反射神経で体勢を整えようとしたが、遅かった。
左脇腹にレヒトの蹴りが叩き込まれ、容赦なく身体が吹っ飛んだ。とっさに受け身をとったものの、思い切り壁に激突する。
さらに迫ってきていた拳に反応が遅れ、強烈な一撃を食らわされる。一瞬、視界が真っ暗になった。
「どうした? もう終わりか?」
「……ってぇな。もうちょっと加減してくれたっていいだろーが」
「ふざけるな」
レヒトは鋭く舌打ちすると、座り込んだままのラジに近づいた。途中、足下に落ちていた剣に気づくと、それを拾い上げ、彼は面倒くさそうにベッドへと投げる。ってかおまえ、それ大切なやつじゃねーの?
白の剣に対する随分な扱いに呆れていたら、目の前に立ったレヒトからじろりと見下ろされた。
「ラジ」
「……何だよ」
「何を迷っている?」
降ってきたのは真剣な声で、ラジは軽く苛立ちを覚えた。
迷ってるって何だ。どうしてそんなことを聞くんだ。どうしてそんな目で見てくるんだ。
(俺は、おまえの仲間なんかじゃないのに)
「話せ。おまえが言ったんだ。自分の目で見て、相手が何を考えているのか想像しろと。だが、おまえは隠すばかりで、何も伝えようとしない。アキリやセティが待てと言うから待ったが、どうやら無駄のようだな。さっさとためこんでいるものを吐いてしまえ」
レヒトが言った。実に彼らしい、ぶっきらぼうな口調だった。面倒くさそうな声音の向こう側に、彼なりの気遣いが見えた気がして、それに気づいたラジはひどく動揺した。
なんだこれ。
そう思った。
「……おまえに」
喉からこぼれた言葉が、みっともなく掠れていた。
レヒトは黙って待っている。
「ルインを、殺させるわけにはいかない」
レヒトは表情を変えないまま、口を噤んでいる。まるで促されているような気がした。
「あいつは昔から争いことが苦手で、部屋の隅っこで本を読んでるようなおとなしい奴だった。双子なのに、俺とは全然違ってた。優しい奴なんだ」
「……」
「ある日、あいつは一振りの剣を拾ってきた。柄から鞘まで、真っ黒なやつだ。どこで拾ったのかと聞けば、自分の部屋に落ちてたとかいう。おかしいだろ?」
レヒトは目を細めた。
「……黒の剣か」
そうだ、とラジはため息と共に肯定した。
「……俺がそれに気づいたのは、あいつが……ルインが剣を抜いた後だった。その後は覚えてない。気がついたら、俺は満身創痍で、村は半分以上吹っ飛んでたんだ」
「……」
正直に言うと、あの時のことは詳しく覚えていない。全身を苛む激痛と大量の出血に、意識が朦朧としていたからだ。
数日後、ようやく会話ができるほどに回復したラジが知ったのは、村が崩壊したという事実だけだった。家屋は倒壊し、死傷者は100人を軽く越えたという。
何とか動けるようになったラジは、すぐさまルインを探し始めたが、彼はどこにもいなかった。何の痕跡も見つからない。にも関わらず、眠ると彼は夢にでてくるようになった。
夢の中では、必ずルインは剣を抱えている。真っ暗闇の中、他に縋るものなどないかのようにそれを抱きしめているのだ。
「それからすぐだ。魔王が現れたって話を聞いたのは」
最初はルインと魔王なんて結びつきもしなかった。それはそうだろう。誰がいきなり行方不明になった双子の片割れが、いきなり魔王になってるなんて思うのか。
けれど、それをラジに気づかせたのも夢だった。
ある日眠りについたラジは、いつの間にかルインの側に立っていた。
彼の隣で、彼が街を焼き払う様を、目をそらすこともできずに見ていた。悲鳴が聞こえた。誰かが泣いていた。ルインは、楽しそうに笑っていた。
その後夢から飛び起きたラジは、すぐさま夢の中の街のことを調べた。前の日、魔王によって消滅した街だった。
そこでようやくルインがどうなったのか悟った。
その後も度々ルインは夢の中に現れた。ラジが知っている優しい彼の時もあれば、人を惨殺して愉快そうに笑う魔王の時もあった。ただどの夢も必ずルインは黒の剣を持っているのだ。
「……なるほどな」
「あいつは、ルインは、魔王みたいに言われてるけど、そんなんじゃないんだ。ただ破壊衝動が抑えられないだけで……まだ、前のあいつは残ってる。まだ、遅くないはずなんだ」
黙って耳を傾けていたレヒトが、小さくため息をついた。
「だから、殺すな、か?」
「そうだよ」
「代わりに世界が滅んでもか」
「……」
ラジはレヒトを睨みあげた。
「だから、あいつはそんなことしねーって言ってんだろ」
「それはおまえがそう信じたいだけだ。現実に魔王は村や街をいくつも潰している。それはおまえだって知っているはずだ」
「……」
ラジは苛立ちまじりに舌打ちをすると、ふいと顔をそむけた。気配だけで、レヒトがまたため息をついたのが分かった。
「……魔王が元々は人間だということは知っている。魔王が黒の剣を選ぶのではなく、黒の剣が魔王を選ぶのだとも聞いた。はっきり言うが、おまえの双子には黒の剣を引き寄せる何かがあったはずだ」
「何かって……何だよ」
「何かは何かだ。俺だっておまえだって、人間なら誰しも醜い感情はあるものだろ。そういった類のものだ」
醜い感情。
確かに自分の中にはそういったものも存在する。人間なのだから当然だ。けれど。
けれど、ルインの中にも存在していたのだろうか。あのいつも穏和な笑みを浮かべていた片割れにも。こんなどろどろとした醜いものが。
あったのかもしれないと思うと、どうしようもない気持ちになった。唇を噛みしめて俯く。
「……あいつを殺さないでくれ」
こぼれ落ちた言葉は、みっともなく掠れていた。自分でも格好悪いと思ったが、レヒトは茶化すことなく耳を傾けている。
「あいつはきっと抵抗しない。言ってたんだ。勇者が来るのを待ってるって。あいつは……」
死にたがってる。
その一言が、どうしても言えなかった。
黙り込んだラジの代わりに、レヒトが穏やかな声で告げた。
「……俺の役割は魔王を止めることだ。おまえの話を聞く限り、ルインという奴もそれを望んでいるんだろう? ラジ、おまえが言っているのは、おまえ一人の感情論だと気づいているか?」
「…………もちろん。気づいてるけど」
「そうか。ならいい」
レヒトはそう言うと、いきなりラジに背を向けた。
ベッドの上に放り投げられた剣をきちんと鞘におさめた彼は、それを再び枕元に立てかける。そしてそのまま自分のベッドの中にもぐり込んだ。
さすがのラジもこれには唖然とした。
「……お、おい。レヒト? 何してんの?」
「もう寝るぞ。明日も早いんだ。おまえもさっさと横になれ」
「は!? ちょ、おい! まだ話は終わってねーんだけど!?」
「うるさいな」
背を向けて横になっていたレヒトは、煩わしそうにこちらを睨みつけてきた。
「そもそもお前は一体どうしたいんだ。俺を殺したいのか? 旅をやめさせたいのか?」
率直に尋ねられ、ラジは少し困惑した。
「……やめてくれたらいいのになーとは思ってる」
「そうか。なら結論は簡単だ。俺は旅をやめるつもりはない。付け加えるならお前に殺されるつもりもない。諦めろ」
「うわ、何終わらせようとしてんだよ……」
「俺の話はとっくに終わっている。後はお前の問題だろうが。そんなのまで面倒みきれるか」
レヒトはそっけなくそう言うと、もそもそと布団の中に潜っていった。ラジの「寝るのかよ!」という突っ込みは盛大に無視された。
結局その夜、ラジは一睡もできなかった。
不思議なことに宿から出ていくことも、もう一度レヒトに刃を向けることもできず、ただベッドの上で片膝を抱えて、人の気も知らずに眠るレヒトを眺めていることしかできなかった。
後はお前の問題だ。彼の言葉が頭の中を巡っている。勝手なものだとラジは思う。言いたいことだけ言って暢気に寝やがってと心の中で悪態をついた。
お前は一体どうしたいんだ。そう問いかけられて、とっさに浮かんだ答えは一つだった。
ルインを元に戻したい。ラジの本当の望みはそれだけだった。
翌朝、時間通りに目覚めた時も、レヒトの様子はいつもと全く変わらなかった。まるで昨日のことが夢だったかのような態度にラジが困惑していると、部屋の扉を叩く音がした。
「あの、おはようございます。レヒトさん。ラジさん」
現れたのはセティとアキリで、どうやら朝食に呼びに来たらしい。はよ、とラジが挨拶を返すと、セティはちょっと困ったような顔つきでこちらを見上げてきた。
「あの、ラジさん」
「ん? なに?」
「顔、大丈夫ですか……?」
「顔?」
言われて初めて、自分の頬が腫れているのに気づいた。もちろん原因は昨晩のレヒトの一撃である。
「あの、私、治癒術で治しましょうか?」
「え。……あー、いや。大丈夫。そんな酷くないし。うん」
ありがとな、と礼を言うと、セティはほっとしたように表情を緩めた。
ドア口で話し込んでいた三人の横をレヒトが通り抜け、さっさと食堂に行ってしまう。慌てたようにセティもそれについていった。
「……随分と派手にやったみたいね」
声をかけられて振り返ると、アキリが小さく笑みを浮かべていた。ラジは「あー」と意味のない声をあげて、腫れた頬を隠す。
「……もしかして、気づいてた?」
「ええ。すごい音がしたから」
確かにレヒトに蹴飛ばされた時、壁にぶつかった覚えがある。隣部屋にいた二人が気づいてもおかしくはなかった。
「えーと。……すんません」
「謝るのならセティにしてあげて。あの子、様子を見に行ったほうがいいんじゃないかってずっと心配していたんだから」
「まじで?」
「ええ」
アキリはそっと頷いた。けれど結局様子を見に来なかったことを考えると、これまた妙に気を遣われた気がして居心地が悪い。
隣に並んで歩きだしたアキリが、世間話のような声音で言った。
「それで、あなたの問題は解決したの?」
「…………ほんと、一体どこまで知ってんの?」
「あなたが思う以上には。ラジ、あなたは意外と分かりやすいのよ?」
アキリはくすっと笑った。からかうような口調の割に、彼女の声は優しい。
「解決しないのなら、そのままにしておくのも方法の一つだと私は思うけど。時がたてば見えてくるものもあるし……だけど」
「だけど?」
「あなたはもう少し、自分自身と周りをきちんと見るべきじゃないかしら」
「……どういう意味?」
さぁ、と言ってアキリは答えを教えてくれなかった。もやもやとしたものが自分の中に残る。
自分自身と周りをきちんと見るとはどういうことなのだろうか。
試しにラジは冷静に自分の状態について考えてみた。考えてみて、あれ、と思った。昨日まで感じていた頭が鈍くなるような重さが薄らいでる。
「……」
「アキリさん、ラジさん。こちらです」
たどりついた食堂の前で、レヒトとセティが待っていた。遅い、と文句を言いつつもレヒトは待っていたし、セティはにこにこしている。
それは和やかな空気で、以前のラジが入り込めなかったものだ。
「仲間になれない、と、なろうとしない、というのは全く別問題だと思うけど」
横にいたアキリが、ぽつんと言った。その言葉に目から鱗が落ちるような感覚を覚える。
「……」
なるほど、と痛感した。そして同時にばかばかしくなった。
ラジは腰に帯びていた剣を抜いた。そのまま駆け出し、前方にいるレヒトに斬りかかる。
「レヒト!」
「!」
レヒトは軽く目を見張っただけで、冷静だった。振りおろされた剣を、掲げた鞘で受け止めると、彼は低い声で言った。
「……おい、まだ懲りていないのか。おまえは」
「うーん。やっぱだめかぁ」
へら、とラジは笑う。不意をついたつもりだったのに駄目だった。
レヒトは自分より遙かに優れた剣士なのだ。たとえそれが白の剣の恩恵なのだとしても、彼が自分より強いということは紛れもない真実だった。
自分ではレヒトを殺せない。その事実に気づくと、どうしようもなく笑いたくなった。そうか、俺じゃこいつを止めるなんて、最初から無理だったんだ。
剣を合わせたまま笑いだしたラジを、レヒトは怪訝そうな目で見ていた。
「……頭を殴れば治るのか? こいつのこれは。セティ、どう思う?」
「え、ど、どうでしょう……?」
「って、治るわけねーだろ! やめてくれ!」
本気で殴られそうな気配を感じ、ラジは慌てて身を引いた。剣をおろし、真正面にいるレヒトを見据える。
「なぁ、レヒト」
「……なんだ」
「俺を一緒に連れてってくれ」
あえて前と同じ言葉でラジは頼んだ。レヒトは気づいたのだろうか。ラジを一瞥した後、彼も同じ言葉を返してきた。実にそっけなく。
「……好きにしろ」
今度は勇者を止めるためではなく、双子の片割れに会いに行くために。




