1.私は端正な猫
私は猫ですの。いつどこで生まれたのか、兄弟姉妹がいたのかなんて皆目見当もつかないわ。わかることは宝石かの如く光る黒いシルクのような毛に見るだけで吸い込まれるかのような青い瞳を持つ端正な姿ということよ。
飼い主なる者は存在しないから一応野良猫にあたるのだけれど、この容姿を持ってすれば街中歩き回って餌を持ってそうな人間にニャーニャー鳴いていれば餌を与えてくれるから生活なんて何の苦労もしないわ。けど、餌を与えずに撫で回すだけ撫で回してくる人間もいたけどね。そいつらには心底うんざりさせられる。私の美しき毛をそんな穢れた手で触らないでちょうだいと。
そんなこんなな生活をしている中で私には楽しみがある。それは本を読むことよ。きっかけは公園に落ちていた本を興味本位で読んでみたことよ。その時目にしたのは小説だけれど、字面だけしかないのにまるで吸い込まれるかのように物語に没頭してしまったわ。人間が作る本というのは実に興味深いものだと感じたわ。ニャーニャー鳴いていればすぐに可愛がってくれる単純な生き物かと思ったけど。そこから私は街中に落ちている本を読み漁ったわ。特にゴミ捨て場は宝の山よ。漫画、情報誌、啓発本、雑誌、偶に写真集まで人間どもの趣味趣向というものがよく分かる。猫ながら全知全能の神様にでもなった気分よ。
けど、そんな日々を過ごしている内にこの私に不運が訪れたわ。近所の悪ガキどもに襲われたわ。その様はまるで鬼が人間を滅ぼそうと躍起になっているかの如く石とか砂とかを投げつけて、果てには銃のおもちゃを使って狙撃までしてきたわ。石を頭部に銃のおもちゃの銃弾を腹部に喰らいながらも命からがら逃げ切ることができたわ。幾ら私が美しいからってここまで躍起になるのかと恐怖したわ。激しい痛みが全身に駆け巡る中、私の意識は朦朧としてそのまま意識を失ったわ。
ーー目を覚ますと見知らぬ場所にいた。少し広々した空間に家具やら家電やらが置かれているのを見るに人間の家らしい。外の景色はカーテンで閉められていているが月明かりが差し込んでいることから夜になってしまったようね。気を失っていて身体が動いてないのでノビの体勢をしようとしたらズキッとした感覚が全身を駆け巡る。相当な痛手を負ったようね。
「あ、良かった。気がついたんだ」
突然の声に驚いて声がした方を向くと肩までかかった長い髪に胸が膨らんでいる人間がいた。その見た目から察するに私と同じ女のようね。髪が長くて胸が膨らんでいる人間は女って言われてるからね。本を読んできたから性別の見分けだってわかるのよ。
「びっくりしたよ。家に帰る途中で傷だらけで血を流している猫が倒れているんだもの。このまま見捨てたら死んじゃうんじゃないかと思って急いで病院に駆け込んだんだから」
そう言いながら私の目の前に皿を置いてミルクを注ぐ。
「獣医さんが言ってだけど、安静にして栄養あるものを与えてくださいねって言ってたから先ずはミルクでも飲んで元気になってね」
笑顔を見せながら私がミルクを飲むのを今か今かと待っているようだけど、バカなガキんちょ共に痛めつけられた故にこの女は信用に値するのかしら?ひょっとするとこの女も私を痛めつけようとしているんじゃないかしら?でも倒れた私を介抱してくれたから悪い人間ではない?
「あ、そうだよね、急に知らない所で知らない人からミルク与えられても飲まないよね。元より猫って警戒心強いって聞くし。じゃあわたしはあっちに行ってるから、ゆっくりして行ってね。でもちゃんと栄養あるもの取らなきゃダメだぞ」
この女、少しは私の考えがわかるようじゃない。感心感心。私に気が使えるということはやはり悪い人間じゃなさそうね。バカな人間は大した信頼関係も無いのにむやみやたらに身体に触ろうとしてくるもの。それが一番怖いってのに。けれどもこの女からは華の雰囲気を感じる。声色、態度、そして先程の笑顔。この私が惹きつけられるほどに。ならばこちらも差し出されたものを口にせねば無作法というもの。私は目の前にあるミルクを一口飲む。ただのミルクのはずなのにミルクの甘味の中に優しさが感じられた。どうやら私はこの女のことが気に入ってしまったらしいわね。




