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悠久ラビリンス-とある現代社会のケーススタディ-  作者: 植葉厚史
二章

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30/42

三柱鳥居とキツネの恩返し

ある日宏に会社から連絡が入り、京都に支店を立ち上げるから応援に行ってくれと連絡が入った。


「相変わらず急だな」


と思いながら宏が京都に着くと、また聴力テストのような周波数をチューニングするような「キーン」という耳鳴りが30秒ほど続いた。


宏は耳の奥に注意を向けながら駅から歩き出し、京都タワー方面に向かい、その近くのビルに入った。


支店を立ち上げる予定のフロアはだいたい二十人は入りそうだったがまだ何も準備がされておらずパイプ椅子に折りたたみ式の長机に電話が置かれているだけだった。


横浜と東京から応援に来た三名の同僚が居た。


宏が三人に


「で、何をするんだ?」


と尋ねた所


「僕らにも何もわからない」


というので宏は


「奈良の方でもう少し工事業者が必要なのでそこを探そうか?」


といい二人に頼み自分ともう一人は


「営業できそうなエリアをとりあえず探しておこうか」


と調べ始めた。


しかしそれも昼頃までには一旦落ち着き、一同は時間をもてあまし始めた。


宏は


「まぁ、このあたりの地理やら雰囲気にも慣れておいた方がいいだろうし、オフィスに祀る御札でも貰いに行こう」


と三人に呼びかけ会社を出た。


「同僚の一人がどこに行くのか?」


と尋ねると別の同僚が


「なんか、三角形の鳥居があるらしいから見たい」


というので宏が


「どこだそれは?」


と調べると通称「蚕ノ社(かいこのやしろ)」と呼ばれる秦氏を祀っているとされる「木嶋坐天照御魂神社〈このしまにますあまてるみたまじんじゃ〉」が出てきた。


地下鉄で最寄りの駅まで移動し、地上に出てスマートフォンから地図を見ていると


百メートルほど離れた場所で掃除をしていた五十代後半位の眼鏡をかけた付近の住民の男性が宏と三人に小走りで駆け寄って来ると


「なにをお探しですか?」


と尋ねてきた。


三人は驚いたものの


「『蚕ノ社』に行こうと思ってます」


というと男性は方角を指差し


「あっちですよ」と教えてくれた。


そちらの方向に歩き出すと同僚は


「凄い親切な人だね」と感心していた。


宏も頷いたものの、心の中で妙な引っかかり方をしたのでこれもまた電波で起動させられたシナリオなんだろうと思った。


途中で一人が「タバコが吸いたい」というので目についた喫煙エリアに入ると同様に五十代後半位の眼鏡をかけた男性がガスの切れたライターを「カチカチ」必死に鳴らして火をつけようとしていた。


同僚は特に頼まれたわけでもないが男性にライターを貸した。


男性は「どうも」といってライターを借りタバコに火をつけ、ライターを返したが、二口目の煙をはきながら「ギョッ」とした表情で宙を眺めていた。


喫煙所からは三分ほどで移動し、男性とも特に話はしなかったが宏はまた男性がガスの切れたライターを必死につけようとしている様子が妙に引っかかった。


宏は領域侵入のアラートが出た事を意識しつつ進んだ。


「蚕ノ社」は住宅街の中にある木々の鬱蒼とした神社だ。

平安京の造成に尽力したとされる渡来人の秦氏が養蚕、機織り、灌漑の神々を祀ったのが始まりとされている


また全国的にも珍しい三柱鳥居がある。


肝心の三柱鳥居は柵があり、少し離れた場所からしか確認できなかった。


正三角形の形に柱が建てられ、三正面どの向きからでも普通の鳥居に見える様になっていて、正三角形の真ん中には石が積まれ、御幣が建てられている。


かつては元糺(もとただす)の池という、湧き水の豊かな池の中に立っていたが現在は水が枯れている事が多い。


由緒は色々あって、


天御中主神〈あめのみなかぬしのかみ〉などの神々を祀るための依り代として、三つの方向から拝めるように配置されたという見方や周囲の聖なる山々を同時に拝む為の結界という見方もある


また、秦氏が景教(キリスト教ネストリウス派)の知識を持っていたのではないかとして「三位一体(父と子と聖霊)」を表したものなのではないかという説もある。


宏としてはこの地域の空間の広がりや空、宇宙までも含めて凝縮したモニュメントの様に感じられた。


宏は参拝を済ませると御札をもらった。


* * *


秦氏は、古墳時代から飛鳥・奈良時代にかけて朝鮮半島から渡来し、当時の日本に革命的な技術と文化をもたらした有力な氏族で、彼らが日本に与えた影響は多岐にわたり、現代の日本文化の基礎となる部分も少なくないが謎も多い。


平安京の繁栄は彼らなくしてなかっただろうとも言われていて、朝廷の下「産業」「経済」「宗教」「政治」方面で多くの革新をもたらした。


当時最先端の土木技術を駆使し、桂川に葛野大堰を建設。

川の流れを制御して広大な荒野を豊かな耕作地へと変え、地域の経済基盤を築いた。


また「(はた)」の語源とされる通り、養蚕や絹織物の技術を普及させ、日本の衣類文化と経済を大きく発展させた。その高い事務能力で朝廷の財政も支えた。


伏見稲荷大社や松尾大社、広隆寺といった、現代まで続く重要な神社仏閣も創建し。日本の宗教観や文化の形成に深く関わった。


リーダーの秦河勝は聖徳太子の腹心として活躍し、大陸の知識を活かして政治を支える傍ら、能や狂言の源流となる芸能の礎を築いた。


また、朝鮮半島から麹を用いた先進的な醸造技術を日本に持ち込み、現代の清酒に繋がる安定した発酵技術へと進化させたりもした。


更に祇園祭の前身である御霊会では本拠地だった八坂神社周辺の土地を提供し、巨大な山鉾を造る土木・建築技術と、莫大な運営資金を拠出し、疫病を払う強力な外来神(牛頭天王)の信仰を定着させた。


また大陸の文化を日本に伝えたということはシルクロード経由ではるか西方のペルシャからイスラエル方面の文化もその中に混じる事になり、これが後々の「日ユ同祖論」などに繋がるものの一つになったと考えられそうだ。


* * *


翌日以降もその様な日々がしばらく続いた。会社的にはその様な形で周辺地域に何人かを精通させてから呼び戻すつもりのようだった。


宏の会社は非上場の中堅で縁起担ぎの好きな会社で、横浜の本社の至る所に神棚があり、休憩室は「稲荷」と呼ばれ扉に至っては朱塗りで左右に狐の置物が置かれていた。


会社は住宅関係という特性上「幸せなライフイメージ」を重視していて、内外問わず催事を派手にやる事を好んだ。


社内の催し等は逐一従業員の趣味を尋ねてくるのだが、中でも楽器の演奏や踊りは好まれ、希望者は披露することができた。


社長は老齢の狸の様な恰幅のある人物で目つきもギョロっとしていた。

従業員はみな本人の居ない場では家康とか達磨とか好き勝手に呼んでいた。


宏も会うつど香ばしい気分になり、笑いそうになるのだが、実際はそんな滑稽さはなく、キナ臭くて得体の知れない雰囲気を漂わせる怪人物だった。


ある日宏がマンションに戻るとほどなくベルが鳴った。


開けるとマリーが立っていた。


「いや、どうも偶然ですね」


と宏が声をかけるとマリーは


「たまたま前を通りました」


というとバラを咥えたコブラのタトゥーの入った方の腕を縦にし、手を曲げ、狐のジェスチャーを宏に示してから、茶室の戸をくぐるかの様なものものしい仕草で部屋に上がりこんできた。


宏はしばらく鼻を嗅いでから


「新技ですね」


と言った。


マリーは居間のテーブルの上に「宇治で買って来た」と紙袋と炭酸水を置いた。

紙袋の中を確認すると中は抹茶のロールケーキだった。


マリーはそれから冷蔵庫をのぞき込むと


「シンプルなものばっかりですね」


というと


「パスタはどこですか?」


と聞くので宏が戸棚から取り出すと湯を沸かし始めた。


マリーは今日は何か雰囲気が落ち着いていて、いつもの様な鼻に香水を直接吹きつけてくるような、むせ返りそうな生々しい圧がなかった。


何はともあれ面倒が一つ片づいて落ち着いているようだ。


それからマリーは


「宏さんのおかげで助かった」と言い始めた。


宏はそんな事を言われてもピンとこなかったが、どうも宏が居たおかげでホストが見栄を張り、一連のトラブルの後も余りやかましく言ってこないらしいのだ。


宏が


「それはよかったですね」


というとマリーは


「ええ、でみんな新しい店が決まって、また来てくれと言ってるんです」


「それは、単にそっちで回収してくる気なだけじゃないんですか?」


「そうかもしれませんね、その時はまた一緒に行って下さいね」


というと「フフフ」と笑った。


宏は今度は何をする気か考えたものの特に聞かなかった。


やがてカルボナーラを完成させるとテーブルに置いた。


宏は食べながらマリーが一連の騒動でいくら回収したのか考えてみた。


「まぁまぁそれなりだな」と宏は思った。


それから今日何故宏のところに現れたのかも考えてみた。


「あぁ、多分、精算しにきたな」と思った。


宏とマリーの関係はお互い安くも高くもない金を投げ合うだけの意味のわからないゲーム状態に陥っていた。

一旦初期化するのだろう。

しかし、返金されるわけではなかった。


食事を終えるとしばらく話がなくなった。


マリーは


「今日は帰れません。キツネの恩返しです」


と言うので。


宏は「どうぞ」と言った。

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