不可視
「着いたー!」
船が止まると、荷物をもって港に降りていく。
俺は相変わらず軽いキャリーケースを、ガタガタとした砂利道の上で転がす。手に伝わる振動が手を痒くする。
まずは荷物を置き、そのうえで昼食の準備に入るのだそうで、寝床となる別荘に案内された。俺達が来たからだろう、人が慌ただしく動いている。
「玄関ひっろ…」
姉さんが入ってすぐ、そう呟いた。
家一戸分とまでは言わないが、うちの玄関が軽く20個は収まりそうなほど広い。そこから考えても、この建物自体の広さは推して測るべしであろう。
天井からはシャンデリアが吊り下げられている。いかにもな感じではあるが、嫌味には思わない。綺麗な細工の施された作品か何かに見える。
「部屋は大量に空いているから、好きに使ってくれ」
「じゃあ私あっち~」
会長に案内されて荷物を置いていく。
昼は軽食にして夜を豪勢にすると言うので、俺たちは少し待ってから出されたサンドイッチを食した。会長が気を利かせてエルゼたちの分もと多めに用意させてくれたらしく、エルゼは泣いて喜んでいた。
「仕える相手を間違えていたかもしれません!」
──こいつはやっぱり釣りのエサにしてやる。
サンドイッチは卵や野菜などオーソドックスなものもあったが、普段食べないような魚の物もあったりして、軽食と言いながら結構食べてしまったような気がする。
「颯くん!エビサンドですよ!」
「分かった、分かったから」
このボケは俺が食べ終えても止まることなく食べ続けていたが。
それが終わって休憩を挟むと、姉さんが外を見て回りたいと腕を取ってきた。当然、俺が断るとは微塵も思っていないらしい。俺もまた、自分が断るだなどとは微塵も、毛ほども、全くと言っていいほど考えていなかったというのがまた恐ろしい。
この島は大きさこそそこまでないと地図を見た時には思っていたが、地図を読むのが苦手な俺はどうやら縮尺というものを舐めていたらしい。そこそこの広さになかなかの高低差を持つこの島は、いざ実際入ってみると想像以上に広く感じられる。
「そういえば岩山の方には洞窟もあるって言ってたっけ…」
「洞窟?」
「あぁ。特に何かあるとも思えないけどね。前は危ないから近付くなとしか言われなかったけど…今なら入れるかもね」
「いいわね。行きましょう。案内して」
「いいけど、何もないと思うよ?」
会長はそう言うが、俺は何かあると思っている。だってこの面子の周りだぞ。絶対いる。なんかいなきゃおかしい。
「何もなかったら世界を滅ぼしてでも何かを起こすだけだから」
「姉さんは魔王か何かにでもなりたいの?」
そう思いながらも、俺達は洞窟へと向かうことにした。
△▼△▼△▼△▼△
「おぉ~。薄暗~い」
洞窟を覗き込んだ俺達一行。中は暗く暗く、果てしなく暗い。自然だから、当然ながら、真っ暗であった。「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」などという言葉があるが、今がその状態だったりするのだろうか。深淵の定義はよく分からないが。
しかしまた、この言葉も無茶苦茶な横暴を深淵に対して強いているものであると思う。
深淵を俺達が覗き込んだのは事実であるとして、深淵は別にどこも覗いてはいないではないか。ただ真っ直ぐと明るい方を見ていたら、突然人間が顔を出して覗き込んできた状態なわけだから、深淵からすれば偶々目が合っただけにすぎないハズで、それを「深淵もまたこちらを覗いているのだ」とは、何ともしがたい因縁である。
こんなことを言った奴はきっと、ただ歩いている通行人の目の前に躍り出てはメンチを切られたと言っていちゃもんを付けて回る不良か何と同じような思考回路をしていたに違いない。
「颯くんのことでもありますよ」
「俺そんな当たり屋みたいな思考回路してないけど」
「そういう意味で言ったわけではないんですけれど。まぁ、魔物になってしまわないようにという話です」
「…………?」
副会長が間延びした声を投げかけると、その声は奥まで響いていく。やはり真っ暗で、このままではどうしようもない。
「エルゼ、光れ」
「……え?」
「そうね、光りなさい」
エルゼを光らせ照らさせると、洞窟内には苔が生え、天井からは水が滴っているのが分かった。
そして何故か──
「蟹がいるね」
──蟹がいた。蟹にはいい思い出が無いのだが、こいつらは多分無関係だと信じたい。
「沢蟹ってやつですかねぇ?素揚げにしたら美味しいってネットで見ました!」
沢蟹かどうかは分からないが、小さな蟹が洞窟内をあちこち歩きまわっていた。
「食うなよ?」
「……っ!た、食べないわよ!」
「え、いや、エルゼに言ったんだけど……」
何故かしゃがみこんでいた姉さんが立ち上がると、再び奥へ進むことに。
「下に続いてますねぇ。足元に気を付ければ降りられますよ」
水気を含んだ苔の所為で足元は安定しない。
姉さんは自力で歩くことを諦め、ウニョウニョ君を足代わりにして移動している。俺と会長もそれぞれ変身し、冴菊先輩はそれに抱えられての移動となる。
平らなところでは降ろすが、危険そうな場所では自分で歩くのは諦めてもらう──とは言っても、そんなことを言い始めたら、そもそもこんな洞窟に入っていること自体が十二分に危険だと言えるわけだが。
「花が咲いてる~。強~い」
「こんな光のない場所でどうやって光合成してるんだ…」
「植物は強いからね」
洞窟内に咲く一輪の花を見つけた。小さな花だが、ここにいる誰よりも強く生きていると思う。
「お宝はないかな~?」
「無いと思うよ。普段誰も入らないし、もともとこの島に誰かが棲んでいたわけでもないから」
「ロマンが無~い」
「ただ……千夏、後ろにいたほうがいい」
会長が冴菊先輩を後ろに下げた。
「魔物でもいたの?」
姉さんが面倒くさそうに会長を見た。そんなことは分かっていたが、やはり来たか。
「奥の方からね」
まだだったか。
特になんて事のない洞窟内を、魔物からの襲撃に警戒しながら進んでいく。
そして、俺はその道中気が付いてしまった。
洞窟内で敵が出た際、俺は魔法を使えないのではないかと。
俺の魔法は基本的に破壊するための魔法が多い。というか普段使い勝手のいい奴しか使ってないから他のがどんな感じかは台本見ないと分からないんだけど。
洞窟内で放てば最悪山が崩れかねない。この島には他の人もいるわけだから派手なことはできないし、火魔法なんか使った日には酸欠で死にかねない。
俺や姉さん、会長は魔力で保護されるかもしれないけど…若干1名、天に召される。
「この先で行き止まりみたいですね」
「魔物の気配もするね。千夏」
「は~い」
エルゼがもう少しで行き止まりだと言うと、会長は冴菊先輩へここに残るように言った。
先頭に姉さんが、次に会長が進んでいく。俺は先の理由から多分戦いでは使えない。
「全く、情けないわね」
「情けないっていうか、周りへの被害を抑えられる魔法が少ないんだよ」
「だって……見た目派手な方がかっこいいじゃないですか」
確かに俺の魔法の見た目は派手だ。だが、派手なのしかない。
姉さんや会長の魔法も派手ではあるが、あっちはちゃんと細かい魔法も使えるうえでの派手な大技だ。それしか使えないのとはわけが違う。
「何アレ…クリオネ?」
「だね」
洞窟の最奥をこっそりと覗き込むと、でっかいクリオネがいた。エルゼが照らしたことで、その姿はハッキリとしたものになった。
白いクリオネ、かなりの巨体でどこから入ってきたのかは不明だが、そんな魔物がそこにいた。
「まぁ、あれ相手なら私だけでも十分よ」
姉さんは腕に闇を纏わせ刀を作り出すと、洞窟の奥へと進んで行き──
──爆音と共に激しく煙を立てて戻ってきた。
眼で追うのがやっとな速度で吹き飛ばされて戻ってくると、痛みよりも怒りよりも、まず先に動揺といった表情を浮かべていた。
「かはっ……!アイツ…!ただの魔物じゃない!」
戻ってきた姉さんは、余裕のない声で俺達にそう告げた。
「颯!今すぐ逃げなさい!」
続けて叫んだ。その声は震えていたが、洞窟最奥の大広間で高く響いた。
俺は何が起きたのか分からずクリオネを見ていたが、クリオネの顔がガバッと開くと、その瞬間、俺の身体が何かの力に押された。
「……っ!?」
「颯っ!!」
来た道を戻るように体が飛んでいく。
「攻撃が…見えない…!?」
洞窟内は確かに暗いが、エルゼが光っているあの状況で、攻撃を喰らうその瞬間まで攻撃の手が見えないというのは些か異常と言える。
恐らく姉さんがやられたのも、その不可視の攻撃を仕掛けられたからだろう。
ただでさえ暗い洞窟内で、相手の姿を捉えるのだって精一杯の状況で不可視の攻撃……なるほど、いい家を選んだなコイツ。
エルゼに頼むもこの洞窟全体を照らすほどの魔法となると持っていないらしく、ただエルゼが光っているだけではむしろこちらの居場所だけ向こうに知らせているにすぎない状況。
姉さんと会長が応戦しているが、攻撃の手が見えないせいで苦戦を強いられている。
会長の放つ攻撃のお陰で一瞬洞窟内が照らされるが、光が消えればまたすぐに向こうのフィールドだ。それにその一瞬でだって、向こうの攻撃は見えていないのだ。
俺も参戦するのは容易い。が、無策で突っ込んでどうにかなると思えない。
すると、岩陰から出てきた冴菊先輩が近付いてきた。
「ちょっ…何してるんですか!」
「私試してみたいことがあるんだけど~」
こんな状況で何を言い出すのかと思ったが、その目には何か確信めいたものが存在していた。
「え……何をですか?」
「それはやればわかるからさ~。エルゼちゃん、私がみんなの場所を把握できるようにできないかな?」
口調からいつもの間延びしたものが消えた。
「えっ?あぁ…位置を把握する…なるほど、そういう手もありましたか」
「出来る?」
「はい。目を閉じていないと分かりませんが」
何の魔法をかけたのかは後で聞くとして、今はあのクリオネを対処するのが先だろう。
「うん、見えないけど分かる。これなら…」
冴菊先輩はそういうと再び岩陰に隠れ、声を張り上げた。
「流華!右斜め前3歩進んで後ろに飛んで!楓!その場で人一人分ジャンプして真横を切り裂いて!」
2人は突如聞こえたその声に驚くも、すぐにその通りに動いた。
すると、姉さんは何か手ごたえがあったのか声を上げていた。
姉さんの事も呼び捨てにしていたが、緊急時にはそういった判断が取れるらしい。
「颯!3秒経ったら流華を下がらせて!流華は抱えられたら剣を真上に振り上げて!」
まるで敵の攻撃が読めているかのように指示を出していく。言われたとおりに動くと、今度は会長も何かを切り裂いた感覚があったらしい。
「これは…!」
考えればそうとしか行きつかないだろうが、その考えも当たっていたらしい。
敵は自身の身体を透明にして、もしくは元から透明な部分を戦闘に使っているのだろう。顔を開くと同時に透明な触手か何かを高速で突き出す、それだけの絡繰り。
会長が切り裂くと、微かに魔力が光って消えるのが見えた。
そうして冴菊先輩は的確に指示をこなしていき、最後は会長の一太刀で止めを刺すに至った。
エルゼにかけてもらっていた魔法で敵の攻撃が見えるようになったのかと思ったが、アレで把握できるのは魔力を持つ生き物の位置が分かるだけの魔法で、体がどう動いているかなどはあまりはっきりと認識できないそう。
つまりあの人は、俺達と魔物の位置だけを頼りに、勘だけで全ての指揮を行っていたことになる。
自分の勘に全てを任せ戦場の指揮を行うのはどうなのだという話だが、まぁ、終わり良ければなんとやらと言うしな。
「千夏…私は時々君が怖いよ」
「まぁまぁ~。終わり良ければ全て良~し」
ダメだ、俺この人と思考が一緒だ。
こうして洞窟での一難を乗り越えた俺たちは、各々疲れ果てた顔で別荘まで帰還し、そんな俺たちを待っていた豪勢な夕食に舌鼓を打ちながら、夜は更けていったのだった。




