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魔法少年を解放しろ!  作者: アブ信者
夏休みへ
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開幕

 舞台の幕が上がると、そこにいるのは2人の男女。


 大きな空き樽に板を載せただけの粗末なテーブルで飲み食いしているらしい。木製のジョッキを合わせて酒を煽る2人は、大きな声で笑いながら会話を進めていく。


 森の魔物がどうだったとか、近頃噂になっている盗賊団の話だとか。そんな雑談を。


 2人はつい先日15歳で成人したばかりだそうで、これからどうしていくのかを話し始めた。大人になれば働かなければならない、これはどこの世界でも変わらぬこと。


 もっとも、二人は小さい頃から森に行っては動物を狩っていたらしく、その道を続けるのもいいかなと男はこぼしていた。


 女の名前はギル。軽装備に身を包んだ冒険者のような身なりだが、腕には自信があるらしい。男の名はアルフレッド。少し荒くれな見た目をしているが、性格は陽気な若者といったところだ。


 この2人が会長と俺の演じるキャラという事になる。演じるといっても、何度も言うように戦闘シーンだけではあるのだが。


「やっぱり役に入るとそう見えるな」


「でしょ~?主役だからオーディションは厳正なものにしたんだ~」


 俺が呟くと、副会長が小声で返した。


「でもなんか…ギルの方の人、目線が変じゃありません?」


 ギルは酒を飲むアルフレッドを横目で何度も見ている。


「あ~。アレはそうするように奏から言われてるんだ~」


「部長が…」


「私も演劇部の部長なんですけど~」


「……櫛引先輩が?」


「そ~。もしかして話の内容あんまりわかってなかったりする~?」


「ネタバレは嫌いなので」


 キリと言った。しかし噓だ。自分のところばかり意識していたせいで話の内容自体をあまり覚えていないだけだ。練習してた日には通しで見たから何となく理解していたはずなのだけれど。色んなことが起こったせいかな、うん。


「ま~、後で分かるから~」


 酒場から場面が変わると、大きな門の前に立つ2人の姿が。どうやら故郷から王都に出てきたらしい。田舎の人間が取り敢えず東京目指す感じだろうか。


 人がいるところに行けば何となくうまくいく感じがするんだよな。実際はそうでもないけど。


 2人は立派な門を見上げて、これからの展望に心を躍らせているらしい。


 ギルは王国の騎士団に入隊して人々の生活を守る仕事がしたいと語った。


 アルフレッドは冒険者になって一攫千金を狙うのだと言った。


 どうやら2人の道はここで分かれることになるらしく、その前に互いは手を取り約束をした。


 一つ、互いに強くなること。


 二つ、夢を諦めないこと。


 そして三つ、困った時はちゃんと相談すること。


 2人は好敵手として競い合いながらも、これからも良き友人として歩んでいこうと誓うと、門へと歩み出した。


「男女の友情なんてどこまで純粋であれるんですかね」


「流華も私も君の事友達だと思ってるよ~?」


「……そうですか」


「でも、だからこそだよ」


「……え?」


 副会長がボソッと言ったその言葉の意味は分からなかった。


 そして場面は変わり、ギルに焦点が当たった。ギルは騎士団の入団試験に合格し、見習いとして修練を積み始める。


 騎士団の仕事は魔物の討伐や盗賊の捕縛、ただの見回りなど多岐にわたるものであったが、そのどれもが民と国の安寧を守るものだとギルは自分の仕事に誇りをもって務めていた。


 しかしその一方で騎士団内部の腐敗や人間の黒さを目の当たりにし、自身の中で正義としていたものの脆さや儚さを思い知らされることになった。


 それでも自分は自分の道を行く、それを貫き通すのが正義なのだと、愚直に強さと正しさを追い求めていった。


 次に焦点が当たったのはアルフレッド。


 冒険者としての仕事は不安定で割に合わないものも多く、冒険とは名ばかりの単発アルバイターのような存在でしかなかった。


 彼の求めていた冒険者は、それこそ世界の未知や秘境を探索してはそこで出会える強者と刃を交えること。


 もちろん彼にまだそんな力はなかったが、それでもかつて描いた果てしない夢は、いつの間にかくだらない現実へと姿を変えていった。


 彼がそんな生活に嫌気がさしながらも逃げ出さなかったのは交わした約束があったことも大きいが、不満ばかりではなかったから。


 いつ死ぬかもわからない仲間たちは常に今を生きていて、そんな姿に楽しさを見出していたからだった。


 そんな2人は仕事の最中に顔を合わせることもそう少なくなかった。出会うたびにじゃれあっては、休日になると2人で酒を飲み交わしていた。


 それこそ周りからは恋人のように映る程に。


「ギルの視線が妙に湿っぽいのはそう言う事ですか」


「そ~ゆ~こと~。私はもっと雌の顔をさせるべきだって言ったのに奏がダメって言ってきてさ~」


「学生の劇ですよ。何させようとしてるんですか」


「む~。学生の劇だからって本気でやらない理由はないでしょ~?」


「まぁそうですけど。……そうなんですかね?」


 場面が再び変わった。


 王都に来てから5年が経過。これを長いと見るか短いと見るかは別として、なんにせよ2人はその立ち位置も変わっていた。


 ギルは騎士団でも上位に食い込む実力者になり、近々王国騎士団長への昇格もあるとかないとか。アルフレッドは地道に仕事をこなし実力を付けていく中で名を売り、周りからの信頼も厚いトップランクの冒険者になっていた。


 2人共約束もあったが、それ以上に互いを意識し、出会うたびに強くなっていっているらしい。


 忙しい合間を縫って酒を飲み交わす2人は楽しそうに近況報告を続けていく。アルフレッドからはそんなものは感じないが、ギルから送られる視線がより一層湿気を帯びたものになっている。


 目が合うと元に戻るのだが、それが面白かったのか観客からは笑い声が上がる。


 そんな彼らは、とあるチラシを持ったアルフレッドの冒険者仲間が話しかけてきた。


 彼の名はカールというらしい。もう今後出てくるか分からないから覚えることもないのだけれど。


 カールは王都でも有名な2人に声を掛けると、チラシの内容を指さして見せる。


 それは近々行われる建国祭にて、王侯貴族やその他観客を楽しませるために行われる御前試合の出場者を募るというものだった。


 出場に必要な資格は特になく、王国の民だろうが、流浪の旅人だろうが、腕に自信があるなら誰でも出場できるらしい。


 予選で選び抜かれた一握りの人間しか王の前に出ることは叶わないが、そこで名前を売れるだけでも大儲けだと、すでに各地から人が集まってきているらしい。


 もちろん2人もそのことについてはとうに知っていて、ギルは騎士団内での推薦が、アルフレッドは冒険者仲間に勧められていると話すと、カールは一瞬つまらなさそうにしたが、2人の全力の戦いが観れるのかと興奮し始めた。


 そこで2人は改めて意識した。


 お互いに強くなろうとは言ったが、2人がぶつかったことはなかったということを。


 複雑そうな表情を浮かべたのも束の間、周りの輩たちがどちらが勝つかと賭けを始めたので笑い出し、前哨戦として腕相撲をすることで場を沸かせた。


 途中で樽のテーブルが壊れたので勝負はお預けとなったが、名残惜しそうに手を放すギルの目はどこか不安そうであった。


「そういえばアルフレッドは負けるんでしたっけ」


「そ~。そこからが物語の本番~」


「表情の1つ1つまでやけに拘ってるんですね」


「私ももちろんなんだけど、奏が特に演技指導に熱を入れててね~。ちょっと怖かったよ~」


 場面は再び切り替わり御前試合の場となった。王様役の堂に入った座り方がまたそれらしい。


 ここではまだ俺の出番はない。大した戦いはなされないからだ。


 御前試合が進んでいくと、遂に決勝戦となる。


 対戦カードはもちろんあの2人。この頃にはもうすでにギルも王国騎士団長の座を手に入れていたこともあり、その試合の熱狂たるや相当なものであった。


 王国でも知らぬ者のいない冒険者と、王国を守護する最強の騎士だ。


 片方には国の威信もかかっていたわけだが、それでもギルは怖気づくことなく、絶対の自信をもってここまでの敵を薙ぎ払ってきた。


 そして勝負が始まったが、結果はギルの勝利となった。


 もちろんアルフレッドも強者であったはずだが、圧倒的なギルの強さを前に何もできず敗北を喫した。


 しかしギルはその結果を訝しんでいるようであった。あまりにも呆気なかったからだ。


 ここで両者互角の接戦であればお互い気持ちよく終われたのかもしれないが、この屈辱的なまでの差はアルフレッドに大きな傷を負わせることになってしまった。


 試合後、ギルは話をしようとアルフレッドを探したが、どこにもその姿はなく、以降彼らの間には大きな溝が生まれていく。


 ギルは騎士団長としての仕事に身を追われ、ますます彼と会える機会を失っていき、アルフレッドもまた彼女を避けるようになり、その代わりに彼女に追いつけるだけの強さを求めていった。


 こうして仲違いを深めていく彼らであったが、それからしばらくしたあるとき、心の中にあったアルフレッドへの感情を意識してしまわないように仕事に打ち込んでいたギルの耳に、とある事件が舞い込んできた。


 それは、王都での連続殺人事件。


 ただの殺人事件であれば騎士団に話が行くことはあっても、騎士団長にまでその話が上がることはない。


 それでも上がってくるというのはつまり、事がそれほど重大であるということ。自然とギルにも緊張が走る。


 なんでも、冒険者や狩人、騎士や傭兵、果てはスラムの有力者といった存在が次々に斬り殺されているらしい。そしてとうとう、犯人の捜索をしていた騎士団にも被害者が出始めた。


 共通点はそのどれもが戦いや荒事を生業にしている人間というのみで、特に強い人間ばかりが狙われているらしい。ギルはその報告で青ざめていき、誰の事を考えたのか分かり易い表情でいる。


「これをやってたのがアルフレッドなんでしたっけ?」


「そうだね~。もうすぐ君たちの出番だからね~」


「そういえばそうか…準備してきますね」


「あまり音は立てないようにね~」


 ヘルムを被ると舞台上が少し見え難くなるが仕方ない。


 劇用の鎧だから動きやすさ重視で作られているのでこれだけの視界があれば戦う分には問題ないが、昔の騎士たちはこれよりもさらに狭い視界で戦っていたというのだから驚きである。


 横から来た馬車に跳ねられて死んでるやつとかいっぱいいただろこれ。


 戦死よりも事故死や同士討ちの方が多いというのは何となく分かってはいたが、原因がこうも分かりやすいと呆れるな。


 頭を狙われれば一撃で死に至るから対策必至とは言え、呼吸もしづらければ耳も聞こえづらい、挙句視界も悪いってダメだと思う。


 折角被ったが、出番が来るまでは脱いでおくことにする。


 話は戻して、騎士団長にまで話が行くとそれはもう迅速に事が進んでいく。犯人が誰なのかは騎士団も未だに把握できていなかったが、特徴はすぐに報告が上がってきた。


 闇夜に身を隠す真っ黒な鎧に、鉄製のロングソードを担いだ戦士だということ。


 その身のこなしは騎士団長にも匹敵するのではという話まで出てきている。


 ギルは度々ちらつく嫌な予感を振り払いながらも捜査を続けていった、そんなある夜のこと。


 彼女は出会ってしまった。信じていたはずの友に。考え得る限り最悪の形で。


 そこからしばらくは2人の会話がなされ、暗転と共に俺と会長が2人の部員と入れ替わる。


 耳に付けた小型のインカムからは、櫛引先輩の声が聞こえてくる。とは言っても無駄なことはしないで、タイミングを知らせてくれるだけだ。結局このためだけに買ってきたらしい。


 最初と言う事もあり抑えめに剣を打ち合っていき、接戦ではあるが着実に俺が押していく。


 2人の役者がセリフを吹き込んでいく。


 櫛引先輩からの合図で俺が会長を舞台袖まで思い切り突き飛ばす。


 俺もそれに合わせて後ろを振り返り舞台袖に姿を消す。


 暗転が入ると再び入れ替わり、そこから劇が再度進行していく。


 アルフレッドは何かに取り憑かれたようであったが、ギルの事は殺すことなく逃げていった。


 ギルはこれ以上追うことができないほどの傷を受けたこともあり撤退を余儀なくされ、戻ったギルは犯人の情報を伏せ、傷を負いながらもなんとか撃退したとだけ伝えた。


 これは何かがおかしいと感じたと同時に、古くからの友の凶行を認めたくない彼女の独断であった。


 騎士団としても団長が負けたとあれば威信に関わる。故にこの報告を疑うことなく受理し、その翌日には早速騎士団長自らが王都の平和を脅かす逆賊を撃退したと触れ回った。


 騎士団や国としては民たちからの支持をより盤石なものにするために体よく利用されただけだが、彼女は自身の中にあった正義を裏切ることになり、目指したものと自身の行動との矛盾の中で涙を流した。


 そして再び場面は変わる。


 アルフレッドは力を求める中で悪魔に魂を売り払っていた。悪魔に身体を渡す代わりに人を超えた力を求めた。悪魔はそれを承諾し、身体を乗っ取ると強者だけを狙って殺した。


 全てはあの日から始まった。強さを求めた終わりのない戦いが。


 ギルを退けた後は王都から離れて様々な魔物や強者を探しては狩っていった。そこに確かな意思はなく、悪魔の思うが儘であった。


 ギルを殺さなかったのはアルフレッドがわずかに残された意志で抵抗したからではあったものの、正直限界であった。王都から離れたのはギルから少しでも離れるため。だがそれすらも日に日に蝕まれていき、恐らく次はない。


 本人の意思とは関係なく殺戮を続けるアルフレッドもまた、心の中で哭いていた。


 ギルは騎士団長の仕事もこなしながら彼の情報を集めては探しに出ていった。彼を知る多くの人に会いに行き、様々な人に話を聞いた。


 皆一様に、突如として姿を消した彼を心配していた。ギルの知らない彼の話を、過去を懐かしむように集めて回った。


 しかし彼女は王都から離れることが難しい立場で、そのうちそれが煩わしくなった彼女は辞職の旨を置手紙にして残すと、その日の夜のうちに王都を離れた。


 それからギルは彼を探した。暴れまわる戦士の噂を頼りに、町や村々を歩いて回った。何日も、何週間も、何か月も。


 そして半年が経ったある夜、王国から東に進んだ先にある平原で、彼と再会した。


 再び少しの会話が交わされると、俺と会長は2人と入れ替わる。


 先程よりも激しい打ち合いを心掛けた。抑えるつもりではいたが、やはり観客からの声は自分でも知らない間に自分自身を燃え上がらせていたらしい。


 会長が一撃の速さと重さを上げると、俺もそれに合わせていった。


 一合いごとにお互いが攻撃の手を強めていく。


 櫛引先輩からの合図で動きを合わせるが、最後の方は好きにやってほしいといわれている。


 いつの間にか戦場は舞台上から出ていた。


 俺は会長を舞台袖に蹴り飛ばした。戻ってきた会長は一瞬で距離を詰めると、俺を舞台から弾き飛ばし、俺の身は観客の上を通り抜け、体育館の壁に叩きつけられた。


 いつの間にか観客席に飛び出して戦い始めた俺たちをどれだけの人が目で追えていたのか分からない。


 しかしそれでも、役者を照らすライトだけは確実に俺たちを追ってきている。


 体育館のいたるところが俺たちの戦場と化していた。


 剣に反射した光の残像と、剣同士がぶつかり合った火花だけが皆の視界には映っていた。


 そして最後、櫛引先輩の合図と同時に会長が俺を再び舞台へと戻し、その首に剣を向けた。


 暗転と共に入れ替わると、終幕に向けて物語が進んでいく。


 戦いの中で悪魔の意識が揺らぐと、アルフレッドは最後の意地を振り絞り悪魔から意識の支配権を取り戻す。


 アルフレッドの身体は悪魔による負荷の所為で限界に達しており、ギルが止めを刺すまでもなく既に事切れそうであった。


 そんな中、彼は自身の身体を抱きかかえるギルに息絶え絶えになりながら伝えるべきことを伝えていく。


 これまで話したかったこともあっただろうが、大事な事だけを確実に。


 ギルの顔は既に涙にまみれていた。


 そして最期、アルフレッドはギルに一番伝えたかったことを伝えると、そのまま息を引き取ると、彼女の絶叫が木霊した。彼がもう二度と帰ってこないことを理解して。


 そしてその次の朝。


 一晩中泣き腫らした彼女は、平原に彼の亡骸を埋めると、彼の持っていた剣を抱きしめて歩き去っていった。


 何とも救いのない話だが、これで幕が下りた。


「俺もあるいは…────っ!?」


 劇が終わると同時に、けたたましい爆音と共に体育館の扉が打ち破られた。

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