劇前
文化祭二日目。
俺は昨日のことを思い返しては頭を振りかぶる。昨日は散々だった。
頭のおかしい電波女に絡まれたかと思えば、その恋を成就させるために行ったり来たり。で、挙句色々あって叱られて。
結局解放されるまでに1時間以上かかった。何もかも無駄な時間だ。自分でやったこととはいえ納得がいかない。
それ以上に一部では俺が如月先輩に告白して振られた的な話も出ていたらしく、姉さんと会長にそのことについて尋ねられた。あの2人と先輩本人が否定してくれたおかげで大分潰せたらしいが、まだしばらくは試練だな。
俺は昼を過ぎたら劇に出なければならないので、午前中にシフトを入れられ、二日続けて朝から忙しく動き回ることになった。
二日目と言う事もあり、来るのは昨日混雑しているのを見てくるのを諦めた人がメインだったらしく、思っていたよりも楽に終わった。
因みに、もしもの為に待機していた傑の出番は一回しかなかったのだと。
実際に見ていたわけではないのだが、いかにもなチンピラ感漂う生徒がうちのクラスの神尾をしつこくナンパしたところで止めに入ったらしい。
因みに神尾は少々小柄だが、歴とした男だ。それほど似合っていたのだろうが、本人からすれば何も嬉しくない出来事だろうな。おちょくられてたし。
「そろそろ行っとくか」
俺は劇の出番を待つため、体育館にへと向かう。
時間的にはまだ先の事だが、準備もあるのだから早いうちに行っておいた方がいいだろう。そうじゃないと向こうから呼びに来るだろうし。
何処へ行けばいいのかはあいまいだったが、取り敢えず体育館に来れば何とかはなるだろうという予想自体は正しかった。
椅子を並べる人、大道具や小道具を運ぶ人、ライトの角度を調整する人、最終リハーサルを行う人などが慌ただしく動き回っている。
そんな彼らの横を邪魔しないように通り過ぎると、舞台袖のほうに歩いていく。あそこに行けば演劇部の人もいっぱいいるだろうし。
「お~。意外と早く来たね~」
「時間ギリギリで焦るのも嫌ですし」
「やる気十分で結構~。うちの部員は弛んでる~」
その言葉に何人かの肩が上がったように見えた。
遅刻だとかの心当たりでもあるのだろう。
「そうですか……そういえば会長はどこに?」
「流華?流華はまだ来てな~い」
「……?そうなんですか」
「あの子の事、心配?」
副会長から間延びした喋り方が抜けた。
「まぁ、少し」
「気をつけてね~。嫌な感じがするから~」
口調を元に戻すと、何やら不穏なことを言い残してどこかに行ってしまった。
……行ってしまったじゃねぇや。
「副会長、劇!劇!」
「そうだった~」
準備しに来たんだからどっか行ってもらっちゃ困る。小走りで戻ってきた副会長は必要なあれこれを用意させると、俺に手渡した。
「はい、これ~」
黒い鎧と以前練習の時にも使った鉄製の剣。振り下ろすと風切り音がハッキリと聞こえる。刃こそ潰されてはいるものの、人の頭蓋にでも当てようものなら……という品だ。
それらを着込めば、後はヘルムを被るだけで立派な騎士の出来上がり…っと。ま、今はいらないから脱ぐんだけど。
鎧は体格を少し大きめに見せるものらしく、鏡で見た自分の姿は実際の俺の背格好よりも大きく見える。
「おぉ…!ほっ…やっ…はっ…!」
ピョンピョンと跳ねてみても、ガッチガチの鎧の割には動きやすい。それだけは前に練習した時から心配だったのだが、俺の動きについてこられるように作ったのだろうか。
「あぁ、颯君。もう来てたんだね」
動き回って試していると、会長がやってきた。
「なるほど…いいじゃないか。様になっていて」
「それは普段のあの格好と比べてですか?」
「うん──ううん…!違う、違うからね。そのままの意味だから」
一瞬頷きかけた首をブンブンと横に振り、否定の意を示す会長。
「今うんって言いましたよね」
「……千夏?私の衣装はどこにあるのかな」
「会長…?」
副会長の方に逃げられてしまった。純白の鎧を渡された会長はそれを手に取り眺めると、わざとらしく頷いて見せた。
こちらがじっと見つめると、その視線に気が付いてか、顔をスッと逸らされた。
会長も鎧の装着が終わったらしく、俺のとは違って小柄にみえるその鎧を見せるように戻ってきた。
「どうかな。似合っているかい?」
「そうですね。普段の格好と比べても遜色ないほどカッコイイですよ。誰かと違って」
拗ねるように言った。
俺からすればほんの冗談に一部本気で思っていることを混ぜただけに過ぎなかったが、会長は思ったよりも必死に弁解した。
「違うんだよ、そういう格好も似合ってるなって思っただけだから…!」
「そういう恰好も、ですか」
これは普通に本心だ。あの恰好を似合ってるとでも言いたいのかと、唇を尖らせ不満そうに言った。
「私は一体どうすれば…」
会長は困ったような顔をしていたが、少しだけ笑っていた。
「流華~。動きやすい~?大丈夫~?」
会長の真後ろから副会長の声がしたので覗き込むと、白いヘルムを被って剣を構えていた。だが鉄製の剣はやはり重いのか、体全体がグラついている。
加えてヘルムの所為で視界の悪くなった副会長はバランスを崩して転びそうになる。
既のところで飛び出した会長にお姫様抱っこのような形で抱き留められると、ヘルムを外して笑っていた。
「何してるの千夏」
「ありがと~」
周囲の部員からは色めいた声が上がっている。俺もこの至近距離に居なければいつものように「おぉ…!」とか言ってたかもしれないしな。分かるよ、みんなの気持ちは。
「動きは問題なさそうだね~」
「私を…試したのかい?」
「……」
副会長は目を泳がせていた。
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軽いウォームアップを済ませると、一度鎧を脱いで作業に加わることにした。
俺は別に時間が来るまでゆっくりしててもよかったんだけど、会長が……
「重たい荷物の運搬は私たちの方が早いだろう?」
と、手伝うことが当たり前かのような目で言われてしまえば、面倒なので嫌ですとも言えなかった。
そんなわけで舞台のセットなどを中心に運んでいたのだが、どれもこれもクオリティが高いこと。
運ぶ手も慎重になるというものだが、それでも作業はサクサクと進んでいき、30分も前にはいつでも始められるまでに終わっていた。
そうして時間は経ち、いよいよ幕が開かれることとなる。
「開幕ですねぇ」
「あ、エルゼお前どこ行ってたの」
昨日は焼き鳥を食べるのい夢中になっていたエルゼをほったらかしにして東奔西走していたわけだが、今日は朝から姿が見えていなかった。
またどこかほっつき歩いてる……いや、コイツの場合は浮いてる?まぁどちらでもいいのだが、気にしないようにしていた。
「楓さんになんとか頼み込んでクッキーを買ってもらってました!」
「姉さんに?」
「はい!」
「よくあの人が買ってくれたな…」
「僕1人じゃ買えませんからねぇ。後でお金請求されると思いますけど!」
「ふざけんな」
でしょうね。知ってた。あの人が自分の身銭を切ってこいつに何かを買ってやるとは思えないし。
そんな事後報告をエルゼは何食わぬ顔で……いや、食ってるな、袋に入ったクッキーを。
「あ!ちょっと!」
俺の金で買ったものなので当然の権利としていくつか食べてみたが、ちゃんと美味しかった。
そうして齧りながら待っていると、舞台の明かりがつき、本番が間もないことを知らせている。
覚悟は決まっているが、緊張はするものだな。それは周りにいる他の面々も同じらしく、何人かは表情が硬い。出番がまだ先の人は足を揺らしながら何度も台本を見返している。
そんな空気の中、副会長がケアの必要そうな人の近くに寄っては声を掛けて緊張を解いて回っていた。
普段の感じからは想像もできなかったが、これがこの人の本来の姿なんだろう。とすれば普段のあれは何だという話にもなるが、接しやすさというものを持ちたいのだろうか。
司会の声が聞こえなくなると、観客からの盛大な拍手と共に舞台の幕は上がったのだった。




