すれ違い
走ったせいで荒くなった息を整えると、改めて結果を報告した。
如月先輩に恋人はいない。その事実を告げると彼女は両手を振り上げて喜んだ。
そしてもう一度、俺へと向き直って言った。
「決めた。私、今から告白する!」
「え、今から?」
流石に早すぎないだろうか。直接恋人がいるかどうかも聞けない関係性で何言ってんだこの女は。
「そう!善は急げってやつよ!」
善は急げ、か。
その理屈ならこの女は急いではいけないという事になるのではなかろうか。盗撮犯である枢木は完全に悪だ、極悪だ。
何を間違っても善にはならない。人として間違っているから善にはなれない。
しかしまた、そんな風に言ってやれない自分が情けない。
「よし!そうと決まればライバルたちに先を越されないように…!ねぇ!屋上に先輩を呼び出してきて!」
俺はただ、赤べこのように頷くしかなかった。再び図書室をあとにし、体育館までの微妙に長い距離を走る。
今思えば何が悲しくて他人の恋愛を成就させようと走り回っているのか心底不思議でならないが、これも皆の楽しい文化祭を守るため。
俺に損得勘定抜きで人のために動けるだけの心がまだあったのかと驚いたが、理由はもう1つ。
会長の顔から未だに暗さが抜けきっていないのだ。さっき見た時は割と回復してるようにも見えたが、どうにも無理をしているように見えた。
気になってエルゼにも聞いたが、またリラに洗脳されているとかそう言う事ではないらしく、完全に個人の問題らしい。
明日の劇でいい感じにストレス発散できればいいのだけど。
だからこそ、あの女を下手に暴走させて事件など起こさせるわけにいかない。
そう思い体育館にへと戻ると、俺が入ってきたことで辺りは騒然とした。
なんだろう。そう思ったが、俺には伝えなければならないことがある。
この文化祭中に成立させなければならないカップルがいるんだ──!
如月先輩は俺の言ったとおりに待ってくれていたらしい。何やら女子たちに詰め寄られているが。
初対面だというのにこうして何分も待ってくれているなんていい人じゃないか。顔もいい、性格もいい、学業や運動に関しては知らないけど多分いいんだろう。こういうタイプは決まって、天に二物も三物も貰ってこの世に生を受けているんだ。
あの訴えられたら一発で捕まりそうなイカれ女と釣り合ってる気がしない。あの女も顔はいいのだろうが、見てくれだけ良くてもどうしようもない。いや、見てくれは大事だというのはもちろんそうだが、それを補って余る欠点がある場合、それは利点にはならないと思う。
先輩がこちらを向くと、背景の薔薇の蕾が開くのが幻視できた。魔力以外で何かが見えたことなど一回もなかったが……魔族ではないよな。
「先輩!今から屋上に来てくれませんか!」
俺は先輩に大きな声でそう言った。周囲からは声が上がった。
俺が話しかけるまで先輩に群がっていた人達は先程見た人達とは違うが、やはり君たちもこの先輩狙いか。だがすまない、この人は予約済みなんだ、この世の地獄に。
「それは…その、大事な話だよね?」
顔を赤らめているのは女子に囲まれていたからだろうか。意外と初心らしい。
「はい!ここじゃダメです、屋上でお願いします!」
頭を大きく下げて頼んだ。ここにしてくれと言われたら俺は枢木の待つ屋上に行ってその旨を伝えて再びここに戻ってこないといけなくなる。流石にそれは手間がかかりすぎるし面倒臭い。
なのでこのまま屋上に行ってもらいたい。頼むから。
「それが君の気持ちなんだね…。分かった、行こうか」
「気持ち…?ん?あ、はい!行きましょう!」
よくわからないときは適当に返事するに限る。
「伊織。僕は少し外すから、後でね」
「え?あ、あぁ…うん……?」
伊織は友である咲夜と颯の反応の食い違いに一瞬疑問を抱いたが、思い過ごしかと彼らを見送った。
「……?」
ツインテールが揺れた。
△▼△▼△▼△▼△
屋上までの道の途中、いろんな人が先輩を見ていた。
何故俺と一緒に行動しているのかが気になったのか、それとも先輩の顔に死相でも浮かんでいたのだろうか。だとすれば俺はさながら愛のキューピットであり死神でもあるのか。
あ、そう考えるとなんか楽しくなってきたな。
どちらにせよ先輩を屋上に送り届けた時点で俺の仕事は終わりだ。後は若い2人に任せてという奴なのだよ。
「さ、先輩。入ってください」
屋上へと続くドアを開ける。
「う、うん」
先輩の足が止まった。
屋上に出ると、日の光がジリジリと照り付けてくる。吹く風は温く、じっとりとしている。
そんな屋上の端に、フェンス越しの空を眺めるように枢木は立っていた。そして髪をかき上げながらこちらを向いた。照りつける太陽の光と、足元の水溜りに反射された光が彼女の肌を照らす。
コイツ……俺が来るまでの間にシチュエーション整えてやがったな。昨日も今日も晴れていたし、そこにちょうどよく水溜りがある理由などそれしか考えられない。
先輩がどんな反応をするのかと見てみると、首を傾げていた。枢木の事は何も話していなかったからそれも仕方がないことだが。
「彼女は…?」
振り返ると先輩は尋ねた。俺は目を閉じ首をフルフルと横に振った。
分かっているくせにと言うように。
すると先輩は納得したのか、枢木に近寄っていきこう言った。
「ごめんね!今から僕たち大切な話があるから…少しの間外してもらってもいいかな?」
「「…………え?」」
俺と枢木の声が重なった。
「……え?」
そこに遅れるようにして、先輩の声が聞こえた。立ち尽くした俺たちは、三人とも同じ表情を浮かべていた。
「え、如月先輩?」
静寂を打ち破るように声を掛けた。
何かがおかしい、そう感じて今の発言の意味を確かめようとしたのだ。
「せ、先輩?どうして…?」
枢木はフェンスから手を離すと、如月先輩にかすれたような声で話しかけた。
「え、いや…ん?………え?」
先輩は何が何だか分からず戸惑っていたが、そこでようやく答えに行きついたらしい。
「もしかしてだけど…話があるのって君だったりする…?」
枢木は首が壊れるんじゃないかという勢いで何度も縦に振った。
というか、大切な話があるって俺だと思ってたのか…?先輩の口ぶりからして告白されることは理解していた様子だったけど、相手は俺だと思ってたのか?
「先輩、俺男ですよ?確かにそういう時代かもしれないですけど…俺は別に男には興味ないので…」
遠慮しますと言うと、先輩はギロッとこちらを見るや、目を大きく開いて吠えた。
「僕は女だよ!」
「「…………え?」」
衝撃の事実に、再び俺と枢木の声が重なった。
ん?いや待て、俺はともかく枢木が驚くのはおかしくないか?
「………え?」
そこにまた、遅れるようにして先輩の声が聞こえた。
「す、すみません。てっきり男かと思ってました」
「なんでさ!どう見ても女じゃないか!」
「え、でもズボン履いてましたし…」
「そ、それは校則で問題ないから動きやすい格好をしていただけで…そうじゃなくても胸だって…ほら!」
そう言って先輩は胸を張って見せるが、それで分かるなら最初から分かってる。
「あの……すみません」
言葉選びが思うようにできずに謝ると、先輩はその場に崩れ落ちた。
「どうせ……どうせ……」
これは無理だと放置を決め込むと、俺は枢木に詰め寄った。
「てか何でお前が先輩の性別知らないんだよ!」
「だって!普段この格好しか見たことなかったから!」
「盗撮までしてたんだったら分かるだろ!」
「盗……撮?」
「あ……」
先輩が聞いている前で言ってしまった。ユラユラと立ち上がると、幽鬼の様に一歩一歩近づいてくる。
「どういう……ことかな?」
「えっと…あの…あー…」
俺は先輩の顔と枢木の顔を見比べ、切り捨てるほうを選ぶとビシッと指を差して言った。
「コイツがやりました!この写真です!」
そして枢木から渡されていた写真を先輩に押し付ける。
「あっ、ちょっと!」
その写真を見て顔を青ざめさせていく。
「こ…これは…」
その手は恐怖か怒りかは分からないが、確かにワナワナと震えている。先輩はゆっくりと視線を上げると、枢木に向かって歩み寄っていった。
「枢木さん…だっけ?お話しようよ…ね?」
「ひゃいっ…!」
俺はその隙にその場を離れると、室内へと続くドアへ一目散に駆けていく。
その後、枢木がどうなったのかは分からないが、夢見る乙女が現実を見ることができることを願って、俺は屋上を────
「逃がさないよ…?」
──後には出来なかったのだった。
「あひゅっ…」
喉から空気が漏れ出る。ドアノブに手を掛けた俺の右腕は先輩の手にがっしりと掴まれていた。
俺は先輩を男だと勘違いしていたことを、枢木はそれに加えて盗撮だのなんだのをみっちり叱られた。恨みがましい視線をちらちらと送られてきていたが、それはお門違いだ。
「訴えられなくてよかったな、枢木」そんな視線で返してやると、腕を抓られた。




