構成員
右手には姉さんの手を、左手には紙袋を持ち、モール内を出口に向かって歩く。
エルゼとヴェルザは割と良好…ともいえないがそれなりの関係を築いているようで、歩く俺たちの後を追いながら何やら話をしていた。
「ですから…!水着は機能美も含めて見せるために作られて着用されているので、根本的に下着とは違うんです!」
「それは下着にだって同じことが言えるだろうが。見せるために作られた下着なら見せても問題ないと?」
「確かにそうかもしれませんけど!アレは周りにいる人が自分と同じ格好をしていることによる相対的な羞恥心の軽減がですね…!」
「なら下着も水着もそれ自体は何も変わらんではないか。耐水性と心の持ちようでしかないだろう」
「ぐぬぬ…!」
何の話してんだコイツら。魔法の話でもしているのなら興味もあったのだが、悪魔と精霊が雁首揃えてする話としてはあまりにもレベルが低すぎる。
すぐに興味を失くすと、姉さんの方へ顔を向ける。
上機嫌なのかニコニコしている顔を見て、これなら付き合った甲斐もあったなと思っていたところに、入り口、あるいは出口付近から叫び声が聞こえた。
「またかよっ────エルゼ!」
「微細ながら魔力を感じます!」
「だがこの魔力、発しているのは人間だぞ」
何事かと次第を把握するためにエルゼを呼ぶ。エルゼとヴェルザの話を聞くには、どうやら人間が魔力を使って騒ぎを起こしているという事らしい。昨日聞いた人間が魔族と組んで悪さをしているというヤツだろうか。
確証はないが、手早くスマホを操作し、会長に連絡を入れておく。
すると、前方の人影が捌けて騒ぎの元凶と目が合った。
「うっわ…なにあれ…」
どこかの作業員なのだろうか。そこにいたのは、赤い服を身にまとい、バカみたいな髪型に、アホみたいなメイクを付けた悪逆の徒。一体どこまで壮絶な人生を送ってくればこんな恰好で人前に出ようと思えるのか。何をしているのかというのも気になるが、どちらかというと何故そこにいられるのかという方が気になる。
先ほどエルゼが「水着は周りが同じ格好をしていることによる羞恥心の軽減がそれを可能にしている」的な事を言っていたが、アレはその真逆だ。
周りにあんな悍ましい格好をしているような頭のおかしな人間はおらず、それ故にあの男があの格好でこの場にいれるその理由はとても興味深い。
「なんかこっち向いたし…」
その男は狙いを付けたようにこちらを向き直ると、体に微量の魔力を通して駆けてきた。とは言っても、ヴォルスロークの100分の1にも満たない力量だと、変身することもなく構える。
「────ッ!?」
すると、隣から身震いするような魔力を感じた。
「────たのに…!」
「ど、どうしたの?」
姉さんだ。
変身しているわけではないが、それでもこのに身ビシバシと打ち付けられるほどの魔力が漏れ出ていた。
「せっかく楽しくしてたのにぃッ!ぶち殺すッ!!」
姉さんから魔力と共に溢れ出る威圧感は、余程愚かな生き物でもなければそれが自分に向けられていると分かった瞬間に逃げ出すほどのもの。しかしそれに気が付いていないのか、その愚かな生き物は駆ける足を止めることなくこちらへと向かってくる。
姉さんも拳を構えると、それに向かって数十倍のスピードで駆けだす。姿が描き消えると、突風が吹き荒れた。
「前髪メチャクチャになったんだけど…」
「言ってる場合ですか。誤って殺してしまわないようにしないと」
そう言われて姉さんに視線を向けたのだが、すでにそこにはいなかった。周りの声の感じからして、恐らくもう外に出てしまっているのだろう。途中聞こえた鈍い音は愚かな生き物が吹っ飛ぶ音だったか。
別に何だっていいが、事切れてだけいないことを願い姉さんを追いかけた。
△▼△▼△▼△▼△
姉さんはモールを出てから少し先にいたので簡単に見つけられた。先程の騒ぎの所為か、周囲にはあまり人がいる気配もない。
「オラァッ!オラァァッッ!!」
姉さんが殴りつけると、その男の体は大きく飛ばされる。その軌道上に先回りし、更に蹴りを放つ。それを繰り返していたのだろう、男の身体は宙を舞っている。死んではいないだろうが、まず意識はないだろうな。
「姉さん、ストップストップ」
俺は姉さんを止めた。多分だが俺が今やるべきことは天誅ではなく尋問だろう。ここは今都合よく人がいないときた、その隙にこの人族の裏切り者を物陰へと連れ込む。監視カメラもなければ、人がそう簡単に入ってくるような場所でもない。
会長からはすでに返信が来ていたが、俺は少しそれに気が付かないフリをすることにした。
姉さんに頼み、あの黒いウニョウニョ君で男を逆さまに吊り下げると、落ちていた──置いてあったバケツをその下に置く。バケツの中には雨水でも溜まっていたのだろうが、枯葉だの虫の死骸だので立派な汚水になっている。
「あんた…なかなかの鬼畜ね」
割とガチなトーンで言われてしまったが仕方ない。必要なことだ。伸びたままでは話にならないのでたたき起こすと、自分の置かれた状況すら理解できないままギャーギャー騒ぎ始めた。
姉さんがそれにイラつき引っぱたくと、吊り下げられたその身が勢いよく揺れる。そこで初めて黙ると、俺が聞きたいことを尋ねていくことにした。
「お前何者だ?あそこで一体何してた?」
「…………」
「フンッ……!」
「アガッ…………お、俺は…秘密結社オメガの構成員だ。あそこでは人を…襲って発生する負のエネルギーを集めてたん…だよ」
秘密結社オメガ。この時点で秘密なのかどうかは分からないが、それが件の連中なのだろうか。
その後もいくつかの質問をしていった。何故負のエネルギーを集めるのか、どんな組織なのかとその組織図、誰がボスでどういった存在で何が目的なのか、アジトはどこかなど。
答えるのに一々渋りやがるので、姉さんに目配せして何度も汚水に付け込んでやった。最後の方は漬け込む前に話始めたので、効果はあったのだと思う。
負のエネルギーを集めるのは、そのエネルギーを集めることで生み出せる魔力を利用するためだそう。仕組みは知らない。ヴェルザが少しだけ反応を示したが、知っているわけではなさそうであった。
組織自体は生まれたてだそうで、ボスを筆頭に4人の幹部、そしてそれぞれに数十人ほどの構成員が付いているらしい。ボスは人間ではないのだそうで、恐らくは魔族だろうと俺は予想した。
目的は恐らくこの惑星の支配だろうが、コイツは普通に賢いな。この間のネットを使った陰謀論者はただのマヨネーズ狂いだったが、こうした形で実際に現地の人間を使うというのはなかなか手強い気がする。
構成員が知っているのは幹部クラスのいるアジトではなく、構成員が寄り合って生活や作戦を立てたりする支部的な拠点のみらしい。
それらをスマホのメモ帳に書き込んでいき、聞きたいことが他にないか思案する。すると、それをしばらく見ていた姉さんが待ったをかけた。
「どうしたの?」
「あんた、もう少し考えなさいよ。こんなチンピラがそう簡単に情報を吐くわけないじゃない」
「え、いや、噓なんかついてな──」
「確かに…こんな頭のおかしい見た目の奴が素直に吐くわけないか。なるほど」
姉さんに言われてハッとした。秘密結社とか名乗っちゃうような奴らが多少の尋問で簡単に情報を吐くのか?否、そういった組織では日頃から尋問や拷問に耐えるための訓練もしているはずだ。
「そう考えると…今吐いた情報は全部噓か、もしくは吐いても問題のない情報しか話してないかのどちらかってことか」
「違う違う違う!全部言った!知ってること全部言った!言ったって!」
「嘘だったとしても全部がそうってことはないと思うわ。本当の情報を少しずつ混ぜることで噓はバレにくくなるって聞いたことがあるし」
「混ぜてない!なんにも混ぜてない!純度100%で本当のこと全部言ったって!」
俺と姉さんは情報の精度について話し合う。その間も男はギャースカ騒いでいたが、相手しても仕方がないので無視する。
「やけにすらすら話してたし…もう1回最初からやり直した方がよさそうだな」
「もうない!もうないから!下っ端の俺が知ってる限りのことは話したから!」
「その下っ端っていう情報すら怪しいのよ。そう言っておけば吐いた情報が少なくても間違ってても言い訳できるし。あんたがその幹部とやらなんじゃないの?」
「そんな訳ねぇだろ!あの人たちはヤベェ…!正真正銘の化け物だ…!」
「そうかそうか。じゃ、その化け物たちについての詳しい情報が得られるまで続けようか」
「へっ、や、やめ────ブハっ!!俺もよくは分か────ゲホッゲホッッ!」
しばらくそれを続けていたら気を失ったため、会長の連絡に返信して回収してもらうことにした。
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「やべ、メッチャ連絡来てたんだけど」
会話の履歴に残っていたのは大量の不在着信と無事を確認する文言。交戦状態に陥ったであろうタイミングから連絡が取れなくなってしまえば心配もするだろうが、会長にはヤンデレの素質とかがあったりするのだろうか。
連絡はして場所も教えたから帰ってもよかったのだが、万が一他の人に見つけられて通報でもされたら厄介だと思い待つこと10分程、会長が数人の大人を引き連れてやってきた。
その中の1人にフェス会場のバイトで見かけた…名前なんだっけあの人。とりあえず刀を持ってたあの人がいた。向こうもこちらに気が付いたらしく驚いていたが、そのあとすぐに、なるほどという顔をしていた。
「は、颯君…これは…?」
バケツを頭に被り、汚水に塗れた状態で倒れる男の姿を見て、一同は声を失ってしまった。
情報を引き出すためにしばらく尋問していたことを告げると、数秒の硬直の後、肩を落として溜息をついた。
「だから連絡が通じなかったのか…颯君、今回は相手が相手だから不問にもできるけど…気を付けてよ?普通に大問題だからね?」
「あ?問題だったら何よ、また殺すとか言うつもり?」
「……っ、そうなったらこちらもただでは済まないからやめて欲しいんだよ。私だってもう君たち2人と正面から遣り合いたいとは思わないし、ここで仲間割れする必要だってないだろう?」
「……は?仲間って誰の事よ?」
姉さんの顔からして恐らく挑発などではなく純粋な疑問だったのだろうが、その言葉に会長は死んだ目で俯いた。
「姉さん…流石にそれは酷いと思う」
「え?」
尚もきょとんとしていたので、マジで一切仲間として認識していないのだと思う。会長可哀想。




