水着
「ねぇ…」
「嫌だよ」
「まだ何も言ってないんだけど」
久々に休日らしい休日を送れたその翌日。自室のベッドで横になっていた俺の元に姉さんが訪ねてきた。
俺は姉さんから溢れる出かけたいと言うオーラを察知し、先手を打つ。そんな俺の対応が不満だったのか、唇を尖らせその意思を目線で送ってくる。
断る理由は特に無いが、とりあえず断りたい。
「せめて話くらい聞いてくれてもいいじゃない」
「話聞いた時点で行くことが確定するから嫌だ」
話を聞けばその時点で姉さんの中で俺がついていくことが確定事項になってしまうのは、今までを振り返れば分かりきったことだ。
姉さんはそう答えた俺にスッと近寄ると、素早く俺を仰向けにしてマウントポジションを取る。姉さんの長い黒髪が垂れ、俺の顔に触れる。大きく見開かれた目はこちらをじっと見つめていた。
コレが会長相手とかであればまたドキドキのシチュエーションだったりするのだろうが、姉さん相手では同じドキドキでも意味合いが違う。
腕もガッチリと掴まれているために身動きが取れない。もし仮に動けたとしてもこの間の黒いウニョウニョ君に取り押さえられるだけだろうが。
「水着買いに行きたいんだけど」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「…………」
やっぱり嫌な予感が的中したと1人で行くように言うと、いつものように無言で首を絞めてくる。
「水着なんか…女友達とでも買いに行けば…いいんじゃ…ないの……?」
まだそこまでの力は加えられていないので、喋ることは普通にできる。
「なら別にあんたでもいいじゃない」
「意味がわからない…水着売り場に入るのも嫌だし…俺は……」
水着売り場で姉さんが試着とかし始めたら俺は1人取り残されることになるんだぞ!そんなのたまったもんじゃない!
それは絶対に嫌だと思い言葉を返すと、首を絞める手が少し緩んだ。
「ねぇ、私と出かけるのってそんなに嫌…?」
何事かと思い視線を上げると、少し悲しそうな顔で見つめられる。
「うっ………」
そういうこと言われると何も言えない。
別に心底嫌と言うわけではなく、途中で何し出すかわからないこの人の相手をするのが大変だからというくらいの理由でしかないのだ。
「そんなに嫌なら……1人で行くから……」
そう言って姉さんは俺の首から手を離した。目尻にはうっすらと涙が溜まっている様に見える。
そっか、そうだよな。なんとなく姉さんに絡まれたりするのを嫌がって避けたり逃げたりしてたけど、そう言うことばかりされたら傷つくのは当たり前だよな。
結局押されて付き合うことになってることの方が多いような気もするけど、誘ったら二つ返事でOKしてもらいたいもんだよな……
「別に………嫌ってわけじゃないけど」
一緒に遊びたくて誘ってくれていたのを避ける様な真似ばかりしてしまっていた自分を反省し、離れていく姉さんの腕を掴んで言う。
「じゃあ行くの決定ね。早く準備しなさい」
「え?」
すると途端に表情を明るくさせて立ち上がると、そう言い残して部屋を出ていった。
「颯くん…チョロいですねぇ」
「騙された……!?」
△▼△▼△▼△▼△
そうして俺はショッピングモールにへと足を運ぶことに。
予想通りと言うべくか、やはり休日は人が多い。動けないほどでもないが、気を抜けばすぐにはぐれてしまいそうになる。
最初はそれもありかななんて思っていたのだが、そんな俺の心を見透かしてか、ちゃんと手を握られている。やけにニコニコしながら手を差し出してきた事もあり、ここから逃げると言う選択肢は取れなくなってしまった。
それからは上機嫌でモール内を歩いていたのだが、買い物に行く前に何か食べたいと言い出したので店に寄ることに。
この人、出かけるよりも少し前に俺が昨日の帰りにテイクアウトしたアップルパイを勝手に、そう、何の断りもなく勝手に食べてたと思うんだけど。
あまりにも堂々と食べていたので驚いて何から言えばいいのか分からずにいたのだが、ありがとうとお礼を言われてしまったので諦めることにした。多分自分への土産だと思ったのだろう。まぁ、昨日も誘いを断ってしまっていたわけだし、その分としてなら別にいいのだけど。
姉さんに手を引かれるまま歩くこと数分、一切の迷いもなくモール内にある洋食屋へと足を踏み入れた。店内に入り席に着くと、姉さんはステーキを、俺はオムライスを注文してしばらく待つことに。
「逆じゃない?」
「え?な、なにが逆なのよ」
こう言う固定観念もあまり良くないのだろう、…男と女が1人ずついて、そこにステーキとオムライスを運ぶのなら、殆どの人が男の方にステーキを渡してしまうんではないだろうか。
まぁいいか。
「それにしても…なんで水着買いに行くの?」
「なんでって…8月に聖園達と島行くんだから早いうちに用意しておかないと」
姉さんは何を言ってるんだとでも言いたげな目線をこちらに向け、そう答えた。
「あぁ…そっか」
別に忘れていたわけではない。ただ、男の水着なんていうのは一度買ってしまえば数年はそれで持ってしまうもので、それ故にサイズが合わなくなったとか破れただとか、そういう買い替える理由が無ければわざわざ買い替えようとはならない。
勿論、皆が皆そうというわけではないのだろうが、俺は少なくとも考えからは外れていた。
「俺も一応見ておくくらいはしておいた方がいいのかな…」
財布の中を確認しながら、呟くように言った。
△▼△▼△▼△▼△
「「いただきまーす」」
それぞれの注文の品が届いたので、手を合わせ食べ始めることに。
俺が普段家で食べているオムライスはケチャップを掛けたものが大半だが、今目の前にあるのはデミグラスソースのかかったそれだ。ホワイトソースも悪くはないと思うのだが、やはりデミグラス。
デミデミなのだ。
オムライスの端にスプーンを入れて、卵とチキンライス、そしてソースを掬い上げる。
卵からほのかに香るバターの匂いが食欲をそそる。
それを一気に口に含むと、卵はふわふわと柔らかく、少しとろみもあり、チキンライスの中には小さく角切りにされた野菜の食感も残っている。
そしてそこに加わるデミグラスソースの濃厚なこのコク!素晴らしい!俺はもう満足した!コレ食ったらさっさと帰ろう!
オムライスの美味しさに震えていると、対面に座ってステーキを食べていた姉さんが声をかけてきた。
「あんた、ご飯食べるだけでよくそんなに表情豊かになれるわね…」
頬杖を付きながらも少し引いたような顔をしているが、美味しいものは美味しいのだから仕方ない。
そう思っていると、姉さんが軽く身を乗り出し口を開けてきた。
食わせろという意味だろう。
「あー」
あーって。せめてちょっと分けてとかそういう一言があってもいいんじゃないかな。そゆとこやぞ。
このアホ面のまま放置してやってもいいが、後が怖いのでもう一度スプーンで掬い出したものを姉さんの口に運び入れる。
「………。まぁ、美味しいけど…そこまででもなくない?」
「…………」
目を閉じて口をモニュモニュさせてからそれを飲み下すと、なんでもないかのように言う。
この人の、人から物を貰っておいてそれを平気で言ってのける精神が理解できない。
「ほら、あー」
さっきのお返しなのだろうが、俺はそれにひどく驚いた。
まさかこの人が自分の食べ物を他人に分けるという行為ができると思っていなかったからだ。これまでそういったことが1回もなかったかと言われるとそういうわけでもないが、自分の嫌いなものを押し付けるのが関の山だったこれまでを思えば目覚ましい成長だ。
姉の成長にしみじみしていると、フォークをこちらに向けたままの姉さんの顔が少しずつ赤くなってきていたので、一口。
赤みがかった肉は噛みしめると熱い肉汁が出てくる。やはり肉には大根おろしの和風ソースとの相性がいい。
隣でエルゼが食べたそうにしていたが、取り分ける皿もなかったので無視した。
因みに、会計はやっぱり俺だった。
△▼△▼△▼△▼△
「ねぇ、本当に俺いる?外で待ってちゃダメなの?」
「いるわよ。着てみてどうか聞きたいし」
それも含めて友達と来ればよかったんじゃないかと思ったんだけど。この人やっぱ友達いないんじゃないのか?話す相手はいてもこういったことに付き合ってくれる友達はいない、みたいな。
食事を終えた俺たちは、エスカレーターを上り目当ての店に向かっていた。もうそろそろ夏本番と言う事もあり、その店の周辺は多くの人でごった返しているのが遠目にでも見える。
「近付きたくねぇ~」
「別に女しかいない訳じゃないんだからいいじゃない」
そりゃ俺と同じように連れられてくる奴もいるだろうが、内心みんな同じ気持ちに決まってる。好き好んでくるような奴は多分碌なもんじゃない。
覚悟を決めて店内に入ると、2人ほど俺の仲間がいた。でも見た目…というか放つオーラが俺の仲間じゃない。片方は爽やかな細身の高身長イケメンで、もう片方は日本橋のイケてるサラリーマンみたいな男。
そのどちらも嫌々連れてこられた気配はなく、むしろ楽しそうに相手の水着を見て回っている。
「あんたもあんな風にしてくれていいのよ?」
「無理に決まってるでしょ」
姉さんの冗談に即答すると、1つ溜息をつき水着を選びに歩いて行った。残されても仕方がないので一緒について回る。
別に悪いことをしているわけではないが、周囲から目線を向けられているような心地で落ち着かない。
姉さんはあちこちに目線を飛ばしては、あれでもないこれでもないと選ぶのに時間がかかっている様子。
俺もその目線を追いかける。
「…………」
「どれにするの?」
「う~ん…これかこれ…あ、これはダメか…」
予算オーバーだったのだろうか、何着か見繕った中からそのうちのいくつかを戻し、その手に残ったのは2つの品。1つは黒いビキニで、俺でも分かる水着っぽい水着。もう片方は薄い水色のモノだったのだが、胸元にはフリルのようなものが付いている。
「これは確かフレアビキニという名前だったはずです」
名前が思い出せないと右斜め上を見つめていた俺にエルゼが声をかけた。ネットで調べたのだろうが、なんでそんなこと知ってるんだ。任務に関係あるのかその情報は。
「ね、これとこれ、どっちがいいと思う?」
瞬間、空気が凍り付くような心地がした。
すぐ近くにいた先程の爽やかイケメンにもその声が聞こえていたのだろう、他人事のハズだのに、分かりやすく肩をすくませていた。
エルゼも「これがあの…!」とかなんとか呟いている。だが俺は恐れない。
魔力を得てからというものの、身体能力もそうだが動体視力も少し上がっており、姉さんのちょっとした視線の動きも俺のこの目は捉えることができていた。そこから弾き出される答えは…!
「これだぁぁぁぁ!!」
俺は姉さんが持っていた2つの水着ではなく、選別中に惜しそうな顔をして戻していた黒のホルタービキニを手に取り突きつける。
姉さんは少し驚いたような顔をしたが、どうやら正解だったらしい。
「私もこれがいいかなって思ったんだけど…予算がね~」
と言いながらも目線をこちらに向け、何かを期待している様子。
「え、あ……す…少しだけなら……」
「ありがと」
これは流石にヒント無しでも分かる。近くにいた爽やかイケメンもこちらに視線を向けて俺の選択を注視していたらしく、「おー」と手を小さく叩いている。
隣の彼女さんの顔が凄いことになってますけど、大丈夫なんですかね。
「じゃあ一応試着しておかないと」
早く事を済ませてしまおうと試着室へと行くよう促すが、姉さんは水着を少し見てから言った。
「待って、こっち。ちょっと持ってて、試着室借りてくるから」
そう言って一度戻し再び同じものを取り出すと、俺に渡してきた。何がしたかったのかと思ったが、タグを見て愕然とした。
「……っ!?」
「な、なによ…?」
「何も俺相手に見栄張らなくても…」
「いや…張ってないから。怒るわよ」
う、噓でしょ…これ以上は何も言うまいと口をつぐみ、試着室へと向かった。
試着の際、今までどこにも姿が見えなかったヴェルザが姉さんを待つ俺とエルゼの列に加わった。
「にしても、悪魔に性別を見出すとはな…」
「え?お前男じゃなかったの?」
「悪魔に本来性別などないわ。お前に見せたあの姿も、我が勝手に作り上げただけの物に過ぎんしな」
普段は姉さんの体内にいるらしいのだが、叩き出されて追い出されたらしい。そういえば風呂の時とかはよく部屋で見かけるな。あれそういう事だったのか。
「どう?いい感じ?」
着替えを終えた姉さんが出てきた。体をひねり、全身を確かめるようにしている。
「おぉ…」
「いいと思いますよ!」
「おい、小僧。これは下着と何が違うのだ」
それを見て各々感想を述べていく1人と2匹。
エルゼくらいしか碌な感想を述べていないが、姉さんは改めて着てみて納得したらしく、そのまま会計に持って行った。これやっぱり俺要らなかっただろ。
そして店を出て帰ることに。
俺の水着も新調しようかなと思ったのだが、昼飯に姉さんの水着にと出費が多かったのでやめておくことにし、その後は途中少しの寄り道を挟んだりしながら、出口へ向けて足を進めた。




