人の業
「人間が悪さしてる?」
「はい、人間がです」
自室の椅子に腰掛けだらんとしていた俺のもとに、エルゼがよく分からない報告をしてきた。俺には分からない事ばかりだと、日々自覚させられる。
いや、分かり切ったことにばかり囲まれているよりは、ずっといいのかもしれないが。
「そりゃ人間なんだから悪さもするだろ。そういうのをシバキ回すのは警察の仕事だよ」
「いや、まぁそうではあるんですけど。そうじゃないといいますか」
呆れたように言い返す。
人間なんて環境と一時のノリ次第で簡単に犯罪者になれるような生き物だ。魔族が1日1体この世界にやってきたとして、それでも到底人間の逮捕者数には追い付かない。
この国はまだ平和な方だが、それでもこれだ。
ただ、これを言いだすと真っ先に滅ぼすべきが人間だっていう結論にしか行きつかないからな。道筋が違うだけで結局同じ答えに行きつくような題材は考えるだけ時間の無駄だ。やめておこう。
「人間にも魔族顔負けのゴミクズがいるのも事実だからな。気にしても仕方ない」
「いや、そうではなくて。一部の人間が魔族や悪魔と手を組んでいる可能性があるんです」
そのエルゼの言葉に目を丸くする。
「とうとう行くとこまで行きやがったな」
「その件で珍しくリラが救援を要請してきまして」
「会長のところの白ハムが?お前のこと毛嫌いしてなかった?」
「僕もアイツは嫌いですよ。でも、それとこれでは話が別です」
任務関連で私情を優先することもできないのだろう。苦虫を噛み潰したような表情のまま、エルゼは言葉を続けた。
「救援要請と言っても大したことではなかったんですけどね。それにこの件はいつぞや会長さんの言っていた公安の方々が中心となって動くそうですし」
あの時言ってたやつか。
「ふぅん。じゃあ俺らは何しろっての?」
「普段と変わらず人を襲う存在を叩いていけばいいかと。ただ、今言った様な疑いのある存在は生かして捕獲して連絡してくれとのことです」
「うへぇ~めんどくせぇ~」
エルゼの説明にぼやくように答える。
俺は特別な訓練などは一切受けていない素人で、当然殺さずに人を無力化する術など知りはしない。力加減をミスってしまえば殺してしまいかねない訳だが、その時はその時だと思うことにした。
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「つっても碌な手掛かりないしな…」
エルゼから人間と魔族の共生関係について注意喚起を受けた数時間後、暇つぶしがてら街に繰り出していた。
特に何をするでもなかったので、何か先の手掛かりでも掴めないかと思っていたのだが、如何せん何から探せばいいのかが分からない。待ちゆく人々の顔はそんな気配を微塵も感じさせないもので、エルゼの報告が本当なのかさえ疑わしいほどだ。
「別に嘘は言ってませんよ……そういう話を受けたというだけで」
また心を読んだのか、エルゼからの抗議を受ける。
だがこれは日頃の行いというやつだ。コイツ偶に大事なこと言い忘れてるからな。
エルゼから視線を外して再び歩き出す。
だが本当に何もすることが無い。街に出ても特に目ぼしいものがあるわけではなく、本当にただ歩くだけになってしまっている。魔族や魔物でも出てくれば最悪何かしたことにはなるからその日が無駄骨にならなくて済むのだが、そのために被害が出ることを望むというのもまたおかしな話だ。
しかし、そうでもないと棺桶に片足突っ込んだジジイよりも暇な休日を送っていることになる。
「それだけは嫌だ…!」
今朝は姉さんに出かけないかと誘われてはいたのだが、それはそれで嫌な感じがしたので断っていた。ものすごい顔をして不満を述べた後、何度もしつこく誘ってきたが、嫌な感じがしたのだから仕方がない。それでも用事があったらしく時間には家を出ていったが。
しばらく歩いていると、少し気になるもの、いや、者を見つけた。
「……………あのオッサン…怪しいな」
「アレは……別に怪しくないですよ」
俺が見たのはとある店の窓。何の店かは知らないが、パッと見た感じでも分かるのは女性客の多いおしゃれな店だということ。
そしてその店の窓辺の席に1人珈琲か何かを飲む男の姿が。その姿はどこか挙動不審で怪しさ満点である。
「何の…リンゴ料理の店…?」
「リンゴは体にいいですからね。僕も好きです」
「お前は大体好き好んで食うだろうが。シャコシャコシャコシャコと」
表に回り何の店かを確認すると、リンゴを使った料理を提供している店だということが分かった。リンゴと言われてアップルパイくらいしか思いつかないのが少し悔しい。
だがこの店、やはりおしゃれな感じだ。
俺には生憎とそう言ったものがわからないが、多分おしゃれな感じだ。チラッと見えた店員の髪型とか制服とかがもう既にそういう感じだし、店構えも特定の人種を寄せ付けないデザインである。
そして女性が多い。この時間だしどうしてもそうなりがちなのかもしれないが、そんな中1人挙動不審で居座るあの男、絶対何かあるに決まってる。
「多分魔族だな」
「違うと思いますよ」
だが落ち着くんだ俺よ、こんな街中で魔法でもぶっ放してみろ、大惨事だ。
一度先程の窓が見える方へと回り込み、窓辺の席にまだいることを確認すると、再び表に回る。
「やはり怪しい…」
「颯くんもだんだん怪しくなってきましたよ」
こうなれば距離を詰めて確認するほかないだろう。そう考え店へと突撃する。
「いらっしゃいませ〜!」
入店早々名前も知らない髪型の店員に先制攻撃を加えられる。開始早々の失点。痛い、コレは痛い。
「1名様でよろしいでしょうか?」
「2……あ、はい。1名です」
気が動転していたのだろう、間違えてエルゼを頭数に入れてしまっていた。慌てて修正すると店員は少し不思議そうな顔をしたが、すぐ席に案内してくれた。
窓から見た感じでも客の入りは良さそうだったが、どうやら2階にも人がいたらしい。
「そんなに人気なのか…リンゴ」
「楽しみですねぇ」
当たり前の様に自分も食べる気でいるエルゼはともかくとして、問題はあの男だ。何故か先ほどより挙動不審感がなくなったが、それでも異質だ。
「何故落ち着いた…?嵐の前の静けさと言うやつか…?」
「安心したんだと思いますよ」
休日とはいえ昼間から1人でこんな所に入って珈琲飲むだけって言うのが意味不明だ。
「颯くん…人のこと言えませんよ」
もうすでに食事は終えていて優雅に食後の一杯を楽しんでいると言った感じでもなかったしな…。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
メニュー表から覗く様に男の行動を注視していたところに店員がやってきた。
「あ、えっと、アップルパイとコーヒーと…」
「あ!僕はこの、リンゴとナッツのクッキーが食べたいです!」
メニューには思ったよりもいろいろ載っていて、飲み物以外はそのどれもがりんごを使ったもので統一されている。
パウンドケーキやタルトといったものから、リンゴを使った豚肉のソテーやコールスローサラダなど種類も様々。
エルゼが目ざとく自分の食べたいものを見つけて主張するので仕方なくそれも頼むことに。
「………このクッキーで」
「かしこまりました!少々お待ちください!」
なんとか注文を済ませると、再び男の動きを観察する。
「……っ!?今更注文を!?」
「追加注文くらい普通にすると思いますけどねぇ」
珈琲を飲み終えたのかは知らないが、店員を呼ぶと今更注文をし始めたではないか。コレは怪しい、怪し過ぎる。仲間に合図を出すための行動とかじゃないのだろうか。
「回りくど過ぎると思うんですけど」
そう思い周囲を見渡すが、特に変わった動きや怪しい者の気配はない。依然として怪しいのはこの男だけだ。
目線を戻すと男はスマホを弄り始めた。
「何をするつもりなんだ……!」
「珈琲飲み終えたからすることないんじゃないですかねぇ?」
しばらく待っていると、男の方に店員が歩いて行き、注文の品が届けられた。
「俺の方が先に注文してたのに……!」
「もう全部突っ掛かるじゃないですか」
その数分後、俺の方にもちゃんとアップルパイとクッキーが珈琲と共に届けられた。
エルゼにはアップルパイの先端の方と、クッキーを2つほど分け与え、それぞれ食べ進めた。
パイはシナモンが程よく、またリンゴの食感も崩しすぎないもので、パイ生地との釣り合いがよく取れている。口の中が甘くなったところでコーヒーを飲むと、その苦味が口の中の甘さを一度リセットしてくれる。
ただ、思ったより酸味があったのでミルクを足すことに。コーヒーはブラックも好きだが、たまに感じるあの微妙な酸っぱさはどうにも好きになれない。
パイはいいということでクッキーの方にも手を伸ばす。クッキーのサイズは意外と大きめだが、厚みはそれほどでもない。名前の通りナッツやリンゴが入っているのが分かる。
「リンゴはドライフルーツか…」
生のまま入ってる事はないだろうとは思っていたが。
生地はサクサクとしていて素朴な甘さを感じさせるものだが、リンゴの甘さも決して主張し過ぎる事はない。そこにナッツのカリッとした食感が加わる事でいいアクセントになっている。
エルゼも両手にクッキーを抱えてサクサクカリカリと食べている。
こうなるともうマジでただのハムスターだな。また今度ヒマワリの種でも食わせてみるか。
「ふぅ…。ご馳走様でしたっと」
美味しいものを食べるときは無言にもなるというもので、黙って食べる事数分で完食した。
「…………はっ!」
そこで怪しい男の監視をしていたことを思い出し目を向けるが、そこにはすでに誰の姿もなかった。
慌てて周囲を見回すが、先ほどと同じく特に変わった様子も、何か事件が起きた感じでも無かった。そのことにはとりあえず安堵したのだが、そうなると疑問が生まれる。
「何だったんだあのオッサン?」
「普通のオッサンですよ」
ゆくりなく、ゆっくりとしたまともな休日が送れたのであった。
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会計を済ませ、手土産を片手に店を出ていく男が1人。
「ふぅ、やっぱり、ああいう店に男1人で入るものじゃないな」
思い切って入ってみた店が女性客ばかりで居心地の悪さを感じていた、何の変哲もない普通の男であった。




