文化祭準備
「やべぇ…マジか…どうしよう」
想定外の事態に頭を抱えてしまう。どこから出ているのかも分からない呻き声が止まらない。
なんとなく忘れそうになるが、文化祭の準備は各所で大忙しに行われている。今年は本来とは違ったスケジュールで進んでいることもあり、文化祭の準備のために一部授業が潰されている。
その時間はどこのクラスもワイワイとしていて、画材や色のついた紙や布、木材や工具などが運ばれては持ち出されての行ったり来たりだ。
うちのクラスで一番忙しそうにしているのは学級委員の阿波と、この出し物の発案人であるモンブランの2人だろう。人と魔族の共存である。
因みにモンブランの処遇に関しては様子見という事になり、会長はとりあえず手を出さずにいるらしい。尤も、奴の趣味嗜好や目的などを話していなければ処分されていたのかもしれないが。
何で俺はアイツを庇ったのだろうか。
阿波は必要なものや進めなければならない作業を指示しては、スケジュールに間に合うようにクラス全体をうまく引っ張り、その間々でサボっている奴らを見つけては作業を与えて引き戻している。
牧場の羊飼いか牧羊犬の様である。
モンブランの方もこれにかける熱意は相当なもので、人を集めてはメイド服を作る作業に励んでいる。
アレはいつの間にかメイド喫茶でバイトしていたらしく、そこに頼み込んで予備のメイド服を貸してもらうことは出来たそうなのだが、どうにも数が足りていないらしい。
ということでそれとそっくりなものを自力で作り上げ、当日使用するつもりでいるらしい。
家庭科でやるような裁縫とはわけが違うだろうと思っていたのだが、大部分はモンブラン1人で仕上げ、その他の細かな作業を他の人達に分け与えて分業化させることで、効率的に作業を進めていた。
そこにいるのはもれなく女子だけであるが、あの熱の入れ様…人心掌握術とやらなのか、それとも。
それはそれとして、何が俺の想定外であったのか。それはメイド服を着て表で接客する係と裏で茶を淹れたり飯を用意したりするような係の事について。俺は当初、じゃんけんか何かで勝てば裏方に回ってメイド服から逃れられると思っていたのだが、シフトを決めて交代制でやるのだそうで、俺の希望は完全に潰えてしまった。
まぁ考えてみればそりゃそうだとしか言いようがないのだが。
それでも1日目組と2日目組とで分かれているという情報が、俺に少しだけ希望を与えた。2日目には劇があるのだ、例えシフトを入れられようが劇に出なければならないというのであれば俺をそこに留める理由はなくなる。
だから希望が見えたのだ。あぁ、見えただけだった。
俺は普通にじゃんけんに負けて1日目に回されてしまった。クソ、あの蟹に100回以上勝ってたから行けるかもとか思ったけど、よく考えたらグーしか出してないんだよな、あの時のじゃんけん。
「どうしよう…」
「いい加減受け入れたら?」
1人座り込んで唸る俺に声をかけたのは、俺がこうなる原因を作ったモンブランだった。
「お前のせいで…お前がいなければ……!」
俺が恨みがましい目線を向けると、勝ち誇ったように笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。それに腹が立ち睨みつけると、一瞬怯んだ様子を見せた。
「何がそんなに嫌なの」
「メイド服着せられるのがだよ…!執事服とかならまだしも…」
「あんな恰好で戦ってた割に変なところを気に──」
「今すぐ殺してやってもいいんだぞクソ魔族…!!」
さっきまで作業で使っていたカッターナイフを、他からは見えないように首筋に宛がう。
クラス中が喧騒に包まれる中、この2人の空間だけを静寂が支配した。
彼女の額から流れた汗は夏の暑さによるものなのか。
「ま、諦めるんだな」
俺を止めるようにそこに割って入ったのは傑。何があったのか、おはながみで作られた花の冠を頭に載せている。1人だけ浮かれてるみたいだが、誰かが載せたんだろうか。結構度胸あるな。
「傑は嫌じゃないのか?」
「嫌も何も、俺はトラブルが起きた時用の黒服だからな」
どこか不服そうに答える傑。え、何お前、着たかったの?
「この男には流石に似合わなかったし諦めたわ。どっちにしてもサイズが合わないから使い回せないし。流石に1人のために専用のサイズを作るだけの余裕はなかった」
「全員に着せるとか言ってたのに」
「それに固執しても仕方が無いし、これも適材適所」
まぁ確かに。これでメイド服着るくらいなら最初から裏に控えて問題が起きた時だけ表に出てくる方が客の為ではあるのか。
悪い奴ではないのは知っているのだが、やはり顔が怖い。初めよかマシとは言え、クラスの奴らも未だに慣れないくらいだ。初見の客が見たら腰抜かすに決まってる。そう思うと文句を言うのもお門違いというものか。
カッターを元の場所に戻し、作業を再開した。
△▼△▼△▼△▼△
それから俺はひたすら紙を切り続けていた。形に合わせてハサミを入れていくだけの作業は俺の心を無にして色々なことを忘れさせてくれる。
……ごめん、嘘。全然頭から離れない。
全クラスの出し物はもうすでに掲示されてしまっているわけだから、姉さんにもこのことはバレているはずだ。
時間帯さえ明かさなければいいのかもしれないが、3年生は受験生と言う事もあり、基本的に出し物はない。それで暇な姉さんにちょこちょこ見に来られたらいつか当たる。
見に来るななんていったら絶対来るし、かといって何も言わなくても多分来る。
そんなことを考えながら切っては渡し、切っては渡しを繰り返してどれくらいたっただろう。俺の周囲にあった紙は片っ端から切り刻まれていた。
窓からは落ちかけの西日が教室内を照らしている。誰だカーテン開けたの。眩しいでしょうが。
時計を見ると針は終了時刻である15時近くを指している。何も解決はしていないが、もう俺にはどうすることもできないのかもしれない。
俺にだって多少は信条のようなものがあるわけで。
それは出されたものは食べる。そして引き受けたことはちゃんとやる、みたいなものだ。
だから食べたくないものは出される前に断るし、やりたくないことは引き受けず拒否する。
これが出来なかった時点で俺は逃げたりサボることができない。それにクラス内で嫌われるのも嫌だしな。
窓ガラスに一瞬、諦観したような人間の顔が映り込んだ。
△▼△▼△▼△▼△
俺は切り終わったものを集めて阿波のところに持っていくことになった。
「ななみ~ん」
「何よその呼び方は…」
ふざけた感じで声を掛けたら想像以上に低い声で返されてしまった。
揶揄うといい反応するんだけど、こういうことするとマジな感じで返されるから心が苦しい。
「あなみんの方がよかった?」
「………………」
「そんな目で見なくても…はいこれ」
「あ、切り終わったんだ。ありがと」
渡すものは渡したので帰ろうと、阿波の横を通り過ぎると、後ろから呼び止められた。
「あ、待って御厨」
振り返って何かと問うと、振り向きざまにずれてしまったメガネを直して答えた。
「流華先輩が呼んでたから。帰りに生徒会室に寄って行って」
「会長が?今度は何だろう…」
「いや、心当たりあるでしょ。深夜学校に忍び込んだらしいじゃない」
「え!?何でバレてんの?」
「さぁね。千夏先輩がそれで流華先輩に叱られてて、その時にアンタの名前も出てたのよ」
「あの女ぁぁぁぁぁ!!!!」
俺のこと売りやがったな!
でも会長にバレてて学校側にはバレてないっていうのはどう言う事なんだろう。何か言われた覚えもないし……とりあえず話だけ聞かないとダメか。
「あの女って…まぁ伝えたから、ちゃんと行きなさいよ」
正直気が重いが、生徒会室へと向かうことにした。
△▼△▼△▼△▼△
「たのもー!」
生徒会室のドアを開けると、会長と副会長が待っていた。
会長の方は何とも言えない笑みを浮かべて、副会長の方はしょぼんとしていた。2人共、何をするでもなく応接用の椅子に腰かけていたのだが、俺が部屋に入るとちょいちょいと手招きし、そこに座らせた。
話があるのは明白なのだが、俺にとってあまりよくない話なのも明白というべくか。
「さて、千夏にはすでに話したけど…2人とも、何してるのかな?」
「あの、なんで知ってるんですか。カメラとかには映らないようにしたんですけど」
「あれだけ派手に暴れれば分かるよ。まぁ、私も気が付いていなかった存在なわけだから、その討伐自体はありがたいんだけどね」
「え?」
私もなんて言ったらバレるんじゃ……
「千夏にはもう言ったんだ。どうせバレかねないし、仕方がないと思ってね」
「いやぁ、ビックリしたよ~」
「驚いたのは私もだよ千夏。1人じゃなくてよかったけど…」
本気で心配しているのだろう。その声は優しくもあるが厳しいものである。
「あはは…」
「そうでなくとも、後輩を連れ回して深夜の学校に忍び込むなんて、仮にも生徒会副会長のする事ではないだろうけど」
「申し開きもございません…はい」
もう散々搾られた後だとは思うのだが、なおも続く小言にひたすら謝り続けている。
俺は俺でどうしていいのか分からずオロオロとしていると、会長が改まった様子で声をかけてきた。
「経緯はどうあれ、私の友人を守ってくれたことは確かだ。感謝する」
「それはまぁ、いいんですけど…」
「それと千夏、この事は機密事項だ。もし誰かに話せば家の総力を上げてでも握りつぶさなくてはならなくなるから、そのつもりでね?」
「はい…肝に銘じます…」
会長の忠告に身を縮こまらせながら答える副会長。眠そうな目は完全に閉じ、口を窄ませ、普段の間伸びした話し方が抜けている。よっぽど堪えたらしいな。
「お説教はもういいとして…2人を呼んだのは旅行の日程について聞いておきたいことがあったからなんだよ」
「そういえば君も一緒に来るんだっけ〜?」
「えぇ。すみません、返事が遅くなって」
「まだ先なんだから気にしなくていいよ。それと、楓君もだよね?」
「はい。話をしたら自分もとか言い始めて。未だに会長のこといけ好かないとか言ってるのにこう言うのには乗るんですよ、あの人」
「まぁまぁ、私もどうにか誘うつもりでいたから、結果的には同じだよ」
「……私あの人ちょっと怖いんだけど〜」
ポケーっと話を聞いていた副会長だったが、姉さんが参加することを知ると、少し怯えた様な表情を見せた。
「なんか最近よく睨まれてる気がするって言うか〜…」
「まぁ…楓君が睨む気持ちは少し分かる気がするよ」
「それってどう言う事〜!?」
「……千夏だけのせいではないってことかな」
明後日の方向を見て言葉を捻り出す会長。心当たりでもあったのだろうな。大体わかるけど。
「話が逸れたね。それで日程なんだけど…8月の上旬あたりで考えているのだけれど、2人はその辺りで大丈夫かな」
「私は問題な〜し」
親指を突き立てニマニマとしている。俺もどうせ大した予定はないし正直何処に入れられても問題はなかったのだが、姉さんは大丈夫なのだろうか。
それを会長に尋ねると、一応この場にも誘ったのだが、俺に任せると言って帰ってしまったと言う話だ。我が姉ながらその対応は少し気分が悪いぞ。
「問題無しか…じゃあ2日から5日の間でいいかな?」
「いいとも〜」
「はい、大丈夫です」
こうしてこの日は解散となった。
文化祭と旅行。2つのイベントが同時並行で近づいてくる中、その陰で密かに動く存在に、俺はまだ気がついていなかった。




