保健室
「痛い…肩が痛い…」
昼休み。
前の時間、体育のサッカーで肩を痛めてしまったので保健室へと向かっていた。
何故足で戦うのがメインのサッカーで肩を痛めるのかといえば──まぁ、調子に乗り過ぎてしまったのだろう。
「アレをサッカーというのか分かりませんけどね」
そもそも俺はあまり動かなくて済むキーパーをやっていた。
あんまり動き回るのも面倒だったのと、下手にボールを蹴ると蹴り飛ばされたボールが人の顔面と入れ替わる大惨事に発展しかねない。
「新しい顔よ!じゃ済まないしな…」
そう言う事でキーパーを引き受け、ボール目掛けて動き回る他の奴らを見ていたのだ。
一方、相手チームのキーパーは傑だった。
傑の役割は向こうのチームだけで決められたものではない。こちらのチームの一部が、傑があちこち動き回るとメンバーが委縮してしまって試合にならない上、そうでなくとも危険すぎて思うように動けないという事でキーパーに収まるよう懇願したのだ。
それも俺を通じて。
そんな事情もありその試合のキーパーはお互い俺と傑が務めることになったのだが、途中からその試合は一変した。傑がシュートを受け止めボールを手にすると、何をとち狂ったのか、こちら側のゴール目掛けてダイレクトシュートを狙ってきたのだ。
そのボールはゴールを阻止しようとしたこちらのチームメイトを2人ほど弾いて、俺に向かって来た。俺はそれを受け止めると、傑と同じように向こう側のゴールへとボールを投げ返した。
もちろん相手チームもそれを阻止しようとはしたのだが、その場に崩れ落ち、傑がボールを止めた。
手加減はしたはずだから先に言った様な大参事には至らなかったものの、そこから先は酷いものであった。
俺と傑がひたすらボールを受け止めては投げるの繰り返し。他の奴らはボールに当たらないよう端に逃げ出す始末。ルール的にどうなのかとかは一切分からなかったが、誰も止めなかった──止められようはずもなかったので、お互い止まらなかった。
肩が痛いのはそのせいだが、それ以上に恐ろしいのは傑だ。俺は魔法で強化してこれだというのに、傑は素であれなのだ。しかも俺と違って体を痛めた様子もなかった。
身体の使い方の問題かもしれないが、それでも。
「ヤツめ、化け物か…?」
「果たして言えた口ですかねぇ?」
校庭から保健室までの距離は微妙に遠い。怪我が一番起こりやすい場所を考えれば設計ミスというほかないと思うのだが、これは俺の在学中に改善されることはないのだろうな。
「たのもー!」
保健室に入ると、棚の中の薬品を整理している養護教諭の姿があった。何が楽しいのかはわからないが、鼻歌を歌いながらその長い茶髪を揺らしている。
名前は確か折原 茉莉……だったっけ?新任の教諭で若いこともあり、一部からは人気のある人だ。ワンチャンを狙う馬鹿がたまに仮病と恋病を併発し、保健室を訪れている。
「あら?どうしたの?」
先生は落ち着いた優しい声色で尋ねてくる。
「いやぁ、ちょっと──」
要件を告げようとした俺の言葉は遮られた。
「どこか悪いの?胸が?お腹が?それとも…頭が!?」
「おいディスってんじゃねぇよ」
全然知的なんですけど。
「それならどこが悪いの?」
「悪いっていうか…肩が痛いんですけど」
思わず素が出てしまった事を内心反省しつつ、右肩をさすりながら答える。
「右肩…そうだよね、男の子だもんね…」
頬を赤らめ口を手で覆いながら小さく呟く折原先生。この反応を見るに、大分奇想天外な勘違いをされているのではなかろうか。
「あの、何を考え──」
「いいの!それ以上は言わなくても分かるから…!私は空気が読める女なの」
「今の会話のどこにそんな要素ありました?」
今までの会話の内容みても全く空気が読める人間とは無縁なんだけど。空気読めない人に限って自分は空気読めるとか言い出すんだよな。
「分かる、分かるよ…そういうお年頃だもんね。私にも経験あるから分かるよ!」
聞いてないことまでペラペラ喋り出す先生。保健室に来たのが初めてだから俺はもちろん先生がこういう人だとは知らなかったのだが、向こうもそれは同じはずだ。
その初対面の出会い頭でこんな会話できるこの人…ちょっと頭おかしいんじゃないのか?
「でもね!利き手ばかり使うのはよくないの…!」
「変わった人もいるんですねぇ」
「これはちょっと変わり過ぎだけどな」
なおもしゃべり続ける先生を冷めた目で見つめていた。
△▼△▼△▼△▼△
「それで?どこが痛いんだったかしら?」
「肩です」
しばらく1人で話し続けた後、何事もなかったかのように仕切り直した折原先生。
「あ、そうそう。そうだったね。じゃ、ちょっと見せてもらえる?」
「湿布もらえればそれでいいんですけど…」
「ダメダメ、ちゃんと診てからじゃないと。それに私、見て触れば大体のことは把握できるから」
タダの頭のおかしなイカレ女かと思ったが、こういう発言があると少しまともに見えるな。
言われた通りに服を捲り、肩と背中を見せる。
「あら~…これはこれは…いい体してるね~」
「…………」
「それは冗談として…これ湿布効くかなぁ」
「え?そんなに酷いんですか?」
「颯くんの身体は魔力に適応したためにそこらの医薬品などはとうに効かないんですよ。それを見抜くとは…この人本物ですよ」
噓でしょ…?割と悲惨な事実に驚愕する。もう風邪薬とか効かないのか、俺。
「酷いってわけじゃないんだけど…これはあれが必要ね…!」
「あれ…?」
先生は閃いたように言うと、棚の引き戸をガサゴソと漁り始める。
棚の中でガンガンぶつかってるけど…なんとなく嫌な予感がしたので、机の上に置いてあった湿布の箱から2枚ほど頂戴して保健室をあとにした。
「あ、あったあった……よいしょ…痛!……あった!……あれ?」
△▼△▼△▼△▼△
「よかったんですか?せっかくなんか用意してくれてたのに」
「こういう時の嫌な予感には従っておくべきと思って」
なぜ逃げたのか。あの人の性格は少し会話してなんとなくわかった。だがそれ以上に、後ろから見てた時に棚の中に色々とヤバそうなものが入っているのが見えたからだ。
何故保健室にあんなものが──いや、考えないようにしよう。俺はそそくさと教室に戻った。
「お、颯!大丈夫だったか?」
こちらを見つけると手を挙げて声をかけてくる傑。
「…………」
なんでだろう、傑や真とは毎日会ってるし話もしてるはずで、なんならさっきの授業で一緒にいたのにも関わらず感じるこの感覚は何だろう。こいつと……すごく久々に会った気がする。
「颯くん、ストップです」
「何が…?」
「よくないことを考えている感じだったので」
「よくないこと?颯たまに物騒なこと言いだすよな」
傑がエルゼの声に反応する。そうだよな、普通に見えてるんだよな。
「そういえば、傑はまだルルと契約したわけじゃないんだな」
「そうなんですよ!颯さんみたいな格好にはならないって言ってるのにまだ拒絶するんですよ!」
「おい、それどういう意味だ?」
「おいルル、俺のダチディスるのは許さねぇぞ」
「えぇ!?ご、ごめんなさい!」
「お前もだぞ傑」
「ん?俺もか?」
傑は契約などせずとも魔物を屠ることができる正真正銘の化け物だ。普段着ている制服の上からでも分かるその圧倒的な力、街中を歩けばガラの悪そうなやつらが道の端っこを歩くことを強いられる強者の圧、それでいてその力を決して悪いことに使おうなどとは考えないその心。
人の心を知った優しき化物とはまさにこいつの事だ。そのせいで不遇なこれまでを過ごしてきたらしいのだが。
「あ、颯。保健室行って来たんだ」
傑と話していたところに後ろから近付いてきた真。トイレから戻ってきたとかそんなところだろうか。
「うん。行ってきた…と言えるのかは微妙だけど」
「……?」
「俺もこの間あそこに行ったが……まぁ颯なら逃げだすだろうな」
傑が何かを思い出すように言う。何かされたのだろうか。
それと俺は逃げたわけじゃない。手早く目的を達したから撤退しただけだ。戦略的撤退。寧ろ勝利ともいえる。
「まだお世話になったことはないんだけど…そんなに変なところなの?」
「保健室自体は別にヤバくねぇんだけどな…あそこにいる女がヤベェ」
「体力テストの時は話すこともなかったしな」
入学当初を思い出す。入学式を初日に終えると、2日目は身長や体重などを計測するための全学年合同行事である体力テストが行われる。
傑と話すようになったのはその日からだ。
クラス全体がお互いの距離感を測りかねている中、体操着に着替える傑を見て俺が騒いだんだったか。とんでもない身体の仕上がりにメッチャ驚いて…それで1人、また1人と驚いていって…
それもあって割とクラス全体の空気は2日目にして割と良好だったというのを覚えている。
真はその後の体力テストで名前が近かったから一緒にやることになって、そこからだった。
そう考えるとこいつらとの仲も短いようで割と長いんだな。その時の俺はコイツら含めた3人の関係がこういう風になるとも思ってなかったのだけど。
フューリタンに超能力に…人生何があるかなんてわかったモノじゃない。
△▼△▼△▼△▼△
「あ、そうだ。颯、最近話してたアニメのゲーム化の話って覚えてる?」
「あぁ、なんかそんな話してたな。AIを使った…なんだっけ?」
「AIを利用したリアルタイム型恋愛ゲームだよ」
俺と真は窓際に並ぶように腰かけている。傑はいつの間にかどこかに行ってしまっていた。
「そんな内容だったっけ。それで?もう出たの?」
「今週の金曜日に出るらしいんだよね。それで…」
「ギャルゲをやるのか」
「そ、どうせ次の日は休みだし。どう?」
「う~ん。その手のはやったことないんだけど…大丈夫かな」
「僕も好きな作品のだから手に取ったくらいだよ」
それなら普段やるようなゲームと違って攻略の定番とか気にせず試行錯誤で楽しめるかもしれないな。
「よし!じゃあやるか!」
こうして、俺にしては珍しく友達相手の予定が入った。
開け放たれたカーテンは、天高く上った太陽の放つ光を教室内に迎え入れる。その日差しに照らされたからだろうか、俺の横顔もまた、いつもより少し明るかった。
「魔族が友達とかになってなくてよかった…」
いやホント、マジで。




