迷路
副会長が行こう行こうとうるさいので、一応体育倉庫にも寄ってはみたのだが、やはりそこには何もいなかった。安心。
「何もいなかったね~?」
「いなくて結構です…いられてもどうすればいいのか分かりませんし」
「…まぁいっか。じゃあ5番目~」
5番目は黒影の遊戯。
なんかいきなりネーミングが変わったな。ちょっとカッコよさが出たというか…目撃者に命名権が与えられてるのか?だとすれば目撃者は文学部のアイツなんじゃなかろうか。
それはいいとして、この5番目は体育館で起こるらしい。それを聞いたからついでに体育倉庫にも寄ったのだが。
内容はというと、真っ黒な人影が体育館でスポーツをしたり遊びまわったりするというものらしい。それだけ?と思ったけどそれだけらしい。先の七不思議のことを思えば、まぁマシな部類か。
「体育館にはどうやって?」
「どうやって入ろうか~って、思うでしょ?このために細工しておいたんだ~」
体育館についた俺たちは、鍵のかかったこの場所にどう入ろうかと悩んでいた。しかし、副会長はこれを見越して侵入経路を確保していたんだとか。それを確認して戸締りするのが仕事のハズじゃないのか学校は。やっぱりザルだな。
裏手に回ると、そのうちの1つのドアが簡単に開き、その光景に目を見開く。
「普通にいるな…」
「これは…なるほど…」
「ん…?あれは~?」
普通に体育館で遊びまわる黒い人の影は結構ハッキリとしていた。ただこちらに気が付く様子はない。
俺は何か違和を感じてゆっくりと近づいてみることに。
「やっぱり……」
副会長が動き回る影を見て呟く。
「何がやっぱりなんですか?」
「いや、今日の最後に体育館を使ったのは隣のクラスの女子だったんだけど~…」
「はぁ…隣の…ん?」
そう言われて黒い影の顔に当たる部分をじっと見ると、暗くてよく見えないが顔のパーツがしっかりと付いている。
「この黒い影、その子たちの顔と同じなんだ~」
「ドッペルゲンガー…みたいな?」
確かに学校で見たことのある顔もいくつかあるな。
「ドッペルゲンガーですか…近いですが、惜しいですね」
「……誰だ?」
不意に闇の中から声が聞こえ、声の主は足音と共にこちらを目指す。
「残念ですがそれはドッペルゲンガーではなく、私の作り出した過去の幻影です」
そこに現れたのはスーツ姿の、紳士のような出で立ちの存在。黒い影達と同じ肌の色をしている。多分魔族だな。
「幻影?」
「えぇ。そこにいるのは今日ここで汗を流した麗しき少女たちの幻影…その姿や動きを再現しているのです」
「再現…リプレイって感じか」
「な、なんでそんなことしてるの~?」
副会長が言葉を詰まらせながら問う。
「フフフ…それは!戯れる女子高生を再現することで、私もその中に混ざることができるからです!」
「「「……何て?」」」
「私は魔に生きる者。当然彼女達には触れることも近付くことも御法度です。ですが…ですが!考えてもしまうのです…!私も、願わくば!あの中に混ざりたいと…!そして、輝かしい青春を共に謳歌したいと…!」
目を輝かせて熱く語る紳士の魔族。
「は、はぁ…」
「本人たちが知ったら泣いちゃいそうだね~」
「本当に魔族はこんなのバッカリですねぇ」
「再現もいよいよ大詰めでしてね。あとは彼女たちに色を付け、声を持たせることが出来れば完璧なのですが…!」
「…そらよろしゅうござんしたな」
コイツが害のある存在かどうかと言われれば…害はないのだろう。青少年たちにとって有害な存在であることは確かかもしれないが、世界にとってどうかと言われれば、そうでもないと言える。本人たちからすればこんなことに使われているのだから不快でしかないだろうが、直接近付かないという意味では、やはり害が無い。
ただ。
「気分が悪いよな…」
女子生徒って言ってるし俺自身は関係ないけども。
隣に立つ副会長の顔を見れば、態度は崩していないものの、表情が虫を見た時に近しいものになっている。
「まぁ…ね~…」
仕方ない。コイツには世界征服みたいな目標が無いから俺としても利用価値がないし、それに何より、人間がこんな変態に鑑賞されているのは不愉快極まりない。
「スターライト・レイ!!」
やけにあっけなく、一筋の光が魔族と影を消し飛ばした。
△▼△▼△▼△▼△
これでやっとやっと終わりが見えてきた。
「つ、次で…6番目…」
「それにしても御厨君、だいぶ強いんだね?」
「え?あぁ…ま、それでも姉さんには勝てませんけどね…」
「聞いてた通り仲いいんだね~」
「どうですかね。喧嘩するほどなんとやらってんならそうでしょうけど」
次の目的地が再度校舎内ということで、体育館から来た道を辿るように戻っている。
校舎内の七不思議は全部片づけてから外に出してほしかったな、行ったり来たりは面倒だし。
しかし、この状況にも随分と慣れてしまったのか、それともさっさと終わらせてしまいたいと思っているのかはわからないが、右左右右と動く足が速いように思える。
「颯くん足引き摺ってますよ」
「もうかれこれ経ってるからね~。夜連れまわすのも悪いとは思ったんだけど~」
ウェーブのかかった髪をいじりながら言う。
し、白々しぃっ…!噓つけこの女。絶対そんなこと思ってないだろ。
「んで?6番目っていうのは何なんですか?」
「下駄箱の首無し霊…だったかな~」
下駄箱は学校には窓から入ったから通っていないルートだ。これやっぱりトイレに行ったついでに行けばよかったんじゃ……
それにしても首無し霊というと、デュラハンか?もしそうなのだとしたら是非とも、否、是が非でも、首を掴まれないための極意を訊かなければ。
それから2人と1匹で体育館から下駄箱まで歩く。階段を上る必要がないのは楽でいい。
「改めて見ると…広いな」
「生徒の数はここらでも随一だしね~」
「じゃ、俺はこっちを探しますんで」
「私はこっちね~」
そうして二手に分かれ、俺はすぐに首だけを出して副会長を呼ぶ。
「あ、副会長、やっぱいいです。いました」
それらしき奴はすぐ見つかった。半裸の男が靴箱に首を突っ込んでいるように見える……というか、事実そうであった。こちらの声に反応するように首を抜き、こちらを一瞥した後、別の靴箱に首を突っ込んだ。
どうやら首はあるらしいが、それよりも、だ。
「シカト…!?」
完全にこっちを見たのに無視しやがったコイツ…!
「魔族ですねぇ…もうなんとなく読めましたが」
「おっとと…あぁ~…首無しってそういうことか~」
副会長もその姿を見て、七不思議の謎は解けたみたいだった。
「何か用か?」
「お前のその行動について以外何があるんだ」
「見れば分かるだろ、靴箱の匂いを──」
「アイシクル・ランス!!」
放たれた氷の槍がその半裸の身に突き刺さり、砕けて消えていく。ただの変態だった。
とまぁ、ここまでやってきて色々な奴がいたわけだが、流石に気が付いたことがある。
それはこの七不思議のちょっとした共通点的なモノなのだが、それを確かにするためにも最後の七不思議を確認しに行かなければ。
△▼△▼△▼△▼△
「最後の七不思議はね~…七不思議の1つ目から6つ目までを順に辿った時、この学校から出られなくなるって話なんだけど~…」
「──何ですって?」
とんでもないことを言い出す副会長の言葉に足を止め、振り返った。
その時、違和感に気が付いた。
「この校舎…こんな形だったっけ?」
「颯くん、この校舎全体に魔力が通されました…」
「校舎全体!?それ相当じゃない?」
「魔力だけ見れば正直マズいかもしれません」
なるほど、七不思議は本当だったってことか。副会長が順番を気にしたり体育倉庫に行きたがった理由も分かった。
それで肝心の副会長だが……
「彼女とは魔力の発現と共に分断されました」
振り返った時にはもう、姿が無かったのだ。
「え、生きてるよな?」
「恐らくは。今の僕たちと同じように迷子になっているだけかと」
無事であることを聞きとりあえず安心したが、理解できないな。
なんで俺がいれば何かが起こるっていう予感があって、その上でこの七不思議を暴こうとしたのだろうか。
もし仮に初めの段階で半信半疑だったとしても、それを証明してしまったが最後学校から出られなくなってしまうことを知っていたわけだ。あの人の確信めいた口調からすると、こうなることさえ想定の範囲内だったわけで、それが興味本位からの行動だったとしてもやはり理解できない。
「取り敢えず…出口か魔族か副会長…どれかを見つけないとな」
歩いてみて分かったのだが、この学校は今巨大な迷路のようになっているらしく、さっき通ったはずの道を既に何度も通り過ぎている。
右に曲がったはずなのに左に進んでいたり、今見ている方向が前なのか後ろなのか、果たして自分が今見ている方向に進めているのか、それが何1つ分からないのだ。
教室に入ったかと思えばトイレに出たりするものだから目が回って仕方ない。
だがしかし、特定のルートで進んだ時のみ景色が戻らず前に進めているという感覚がする。
これあれだ、ゲームとかでよくある奴だ。
だが、こんな摩訶不思議な空間では自分が進んでいるルートを記憶するのも一苦労だ。
「これはどこに行けばいいんでしょうかねぇ……」
「こういう時は大体屋上に行くのがセオリーだろ。ボスはそこにいる」
「ボス……ですか」
△▼△▼△▼△▼△
颯たちが迷い始めたのと同じ頃。
「こっちかな~?次はこっち~?」
薄暗い廊下や教室を勘を頼りに歩き回る女生徒が1人。その動きには迷いがない。
「でも離れ離れになるとは思ってなかったかな~」
颯をこれに誘ったのはただの興味でしかなかった。
千夏は友人である流華がこういったことに手を貸すタイプとは思っていないし、それに何より千夏は流華の正体を知らない。
そんなこんなで以前から気になってはいたものの、確かめるにはなかなか至っていなかった学校の七不思議。
彼女は最近、正体不明の化物に襲われることが多々あり、その度に謎の天使の様な少女や悪魔然とした少女、あるいは可憐な装いの少年に助けられていた。
だが、つい先日、ついにその中の1人の正体を知ってしまったのだ。それはこのところ流華とよく一緒にいた後輩の男子生徒だった。彼女はその存在に強く興味を惹かれると同時に、彼らとならば七不思議の真実を究明することができるのではないかと考えた。
「さてさて、私はここから出られるのかな~?」
連絡は通じない。魔力で作り出された空間の影響により、ありとあらゆる通信機器が使用不可能となっている。
時刻はとうに日付を跨いでいたが、ここから帰れなくなるのではないかなどという不安はない。
千夏の冴え渡る勘は、彼女が無事に家に帰れることを告げていたのだ。
彼女は昔からこの勘に従って生きてきた。これに従っていればそうそう失敗することはなかったからだ。
テストは勉強せずとも得点を取れたし、事故に遭いそうになったこともあったが間一髪で回避できた。
そんな経験が裏打ちした、根拠のない自信だけが彼女にはあった。
だがそれとは裏腹に、彼女は間も悪い。はっきり言って最悪と言える。
だから出かけるたびに魔物に襲われるし、颯の変身解除にも出くわしてしまう。
それでも、興味本位と楽観的な思考が彼女を前へと、より楽しそうな場所へと連れていくのだった。
△▼△▼△▼△▼△
「校舎を魔法でぶち壊せばゲームクリアになったりしないかな」
「屋上に行くんじゃないんですか!?」
「無理。行ける気しない。飽きた」
「えぇ…」
俺は長い長い廊下の中で蹲っていた。
無理だ。
ゲームとかだとルートミスると分かりやすく元の場所に戻されるけど、この世界にそんなものはない。ミスったかどうかに気が付けないと、どこから進めばいいのかさえ分からなくなる。例えルートを記憶できても、スタート地点をミスれば意味がないのだ。
そんなこんなで、多分20回くらいミスった。
「ねぇ、正しい道を示す魔法とかないの?」
「僕の事なんだと思ってるんですか。ありますよ」
「そうだよな、猫型ロボットじゃねぇんだか…ら?え?あるの?」
「はい」
即座に目の色を変え、俺はエルゼに掴みかかった。
「ふざけてんじゃねぇぞテメェッ!!2回目くらいで言えやっ!!」
「えぇ…?だ、だってゲームがどうのとか言ってましたし…自分でやりたいのかなって…」
「だとしても10回も元の場所に戻ってきたらヒントの1つくらい出すもんだろ!ゲームも大体そんな感じだろうがぁッ!」
「最近の子供って感じですねぇ」
「うるせぇ!はよ使え!」
「あい…位置把握魔法、目的地探知魔法、発動させます」
エルゼの体が小さく光ると、その身体から黄色い光が浮き出た。その光についていくよう促され、右へ左へ進んでいく。確かなものではないが、正しい道へと進めているという感じがする。
なんだよ、メッチャ便利な魔法あるんじゃん。コイツマジで殺す。
「こっちに行けば…また廊下か…長いな」
「道はあってるはずなんですけどね…どうにも魔力によって空間自体が歪められているみたいです」
「お、やっと3階か…」
とりあえず階さえ上がってしまえばチェックポイントに着いたようなもんだ。
「よし!このまま一気に──」
先が見えたことで足取りは軽くなり、意気揚々と階段を駆け上がると、大きく1歩を踏み出した。
──そして、踏み外した。
「あ、落とし穴です」
「遅いわぁぁぁぁぁっっ!!!!」
謎の落とし穴に引っかかり、やっとのことで抜け出した2階に逆戻りしてしまった。
「落とし穴でしたね」
「でしたね、じゃねぇんだよ!事後報告のナビゲーションに何の意味があるんだ!」
「いや、光の玉を追いかけてくださいって言ったじゃないですか」
「え……?」
そういえば落ちる直前、光の玉が右にズレていたような……アレ結構正確なんだな。
何だよメッチャ便利な魔法じゃん。コイツマジで殺す。
「それをするにもまずは…この迷宮の主からだよな…!」
怒りを握り潰し、為すべきことを為すために走り出した。