紅い瞳
「そういえば姉さん。俺、この夏旅行に行くことになったから」
朝。
すっかり伝え忘れていたこと今更ながら伝えておくことに。
今更とは言っても、まだしばらく先のことではあるのだが、もう既に会長には俺が行くことの連絡は入れてある。あの日からは何日か空いてしまったが、快く受け入れてくれた。
やっぱりあの人良い人だ。洗脳されてなければ、もとの人格はああなのだろう。
「待って、旅行?あんたが?あの2人と行くの?」
あの2人。恐らく真と傑の事だろう。
だが違うのだ、違うのだ姉さんよ。一緒に行くのは会長と副会長だ。嬉しいものかどうかは別として、両手に華ってやつだ。
そんなことを考えていたのが表情に出てしまったのか、姉さんの顔が険しくなった。
「まさか、聖園に誘われたの?」
「…………フーッ…」
一瞬でバレてしまった…!
「何泊するつもりでいるの」
「確か……3泊だったかと…」
「3泊……ダメ、長過ぎるわ」
「長いも何も、もう連れてってもらうことになってるし」
「じゃあ何よ!私に4日間も1人で待ってろっていうの!?」
「まぁ、そうなるけど…父さんと母さんも家にいるんだし1人じゃないでしょ」
シレッといないものとして扱うな。親だぞ。
「いーやーなーのー!それなら私も連れていきなさい!」
「んな無茶苦茶な…」
無茶苦茶だ。確かにそうは思ったし言いもしたが、この流れ自体は想定できていなかったわけではない。なのでもう仕方のないものとし、一応、失礼を承知で会長に連絡することにした。
「いつの間に連絡先交換してるし…ムカつく」
いいでしょそのくらい。しばらく待っていると返信が来た。
「そうくると思っていたよ…って、完全に見透かされてるな」
「でもそれを見越してあらかじめ1つ取っておいてくれるなんて、なかなかやりますねぇ」
「見透かされてるって何よ!それじゃ私が単純な馬鹿みたいじゃない!ムカつくんだけど!」
「ムカつくなら来なくていいんじゃない?」
「行くけど…」
許可はもらえたので、旅行のメンツに姉さんが追加された。
△▼△▼△▼△▼△
校門をくぐると、教室の窓ガラスに反射した日光が目に眩しい。
もうそろそろ夏本番となれば、気温はますます高まり、吹き抜ける風すら熱を帯びている。
当然心地よさなどなく、早く涼しい教室に入りたい。
そんな思いと共にやや足早に昇降口まで向かう途中、こちらを見つけて近寄る影が1つ。俺はそれを見つけると、眉を顰めた。
「やぁ、グッドモ~ニ~ング、後輩君?」
眠そうな目をした副会長だ。
「先輩のおかげでたった今バッドになりましたよ」
「そんなこと言わな~い。仲良く、ね~?」
「待ち伏せまでして何の用ですか」
暑いし怠いし早く教室に行きたいのだけれど、そう簡単には解放してくれなさそうだ。ダッシュで逃げてもいいのだけど、どうせ顔もクラスも割れているわけで、乗り込まれるのがオチだろう。
「人聞きが悪いよ~。私は君ともっと仲良くなりたいだけなのに~」
「はいはい…それで?」
「この学校にはね~、七不思議があるんだ~」
「七不思議?……まぁ、そりゃどの学校にも似たようなのはあるでしょうね」
銅像が動くとか、階段の数が違うとか。ありきたりなのが。
「この学校の七不思議はちょっと違うんだけどね。私思ったんだ~」
「何をです?」
「君みたいな存在がいるのなら、七不思議もただの噂とかじゃないんじゃないかってね~」
まぁ、確かに。理屈としては分からんでもない。
「そうですか。じゃ、実地調査頑張ってください。では!」
何が七不思議だ、勝手にやっててくれ。
暑さで意識もはっきりとしない中、俺は振り切るように教室へと向かった。
△▼△▼△▼△▼△
「ねぇねぇ、七不思議~」
着いてきてるし…
廊下は教室から漏れ出た冷気のおかげで結構涼しい。時間的にはまだ早いと言う事もあり人は少ない。
尤も、人の多い中付きまとわれてこんな会話をされてはたまったものじゃないが。
「だぁもぅ…勝手に調べりゃいいじゃないですか」
「私の勘が言ってるんだ~。君がいないと事は起こらないって~」
どういうことだ?俺を誘い出して魔物と戦わせるつもりか?やっぱこの人黒幕なんじゃないのか?
「俺がいたら七不思議が起こるんだったら今すでに何か起こってなきゃおかしいですよ。所詮は七不思議です」
「そういうのは夜にだから起こるんだよ~。分かって無いなぁ~」
副会長はチッチッチと言いながら人差し指を振る。
なんかイラッとくるんだけど。
その隙に足を早めて副会長を置いていくと、後ろからタッタッタという足音がする。横目で見ると、ニコニコしながら追いかけてきた。
やめてくれ、言いたいことは分かる。夜に学校に忍び込んで七不思議調査だ~とか言うんだろ。
「夜になったら学校の前に集合だ~!」
「分かりました、「夜」ですね?」
「うんうん!あ、今日の夜11時ね~?」
それだけ言い残すと満足したのか、どこかへ歩き去っていった。
「チッ…待ちぼうけ食らわせる作戦が…」
「意地が悪いですよ颯くん」
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「あ、来た来た~」
そしてその日の夜、時間通りに学校へと向かった。
腹いせに1時間くらい待たせてやってもいいかなと思ったけど、エルゼがうるさいのでちゃんと向かうことにした。
黒い服に身を纏った副会長がこちらに近寄ってきたので声を掛ける。
「どうやって不法侵入するんですか?」
「不法侵入とはこれまた人聞きが悪いな~。私達はこの学校の生徒だよ?」
「時間外に入り込んだら問題でしょ…で?どうやって入るんですか?」
「それはほら、君がなんとかしてくれるかなって」
「……はぁ!?」
この人は無策で夜の学校に侵入だとか言っていたのか。考え無しにも程がある。いや、入るのは確かにどうにでもできるのだが。
「七不思議って何か知らないんですけど…どこを探るんですか?」
「じゃあまず1つ目の七不思議から…」
1つ目の七不思議、それはトイレに潜む紅い瞳。
明け方や夕刻、トイレの個室を見張るような紅い瞳を生徒が見たのだという。
「それ隠しカメラとかでは…?」
カメラで録画していた時のレンズの光とかの事だろう。完全に犯罪である。
「最初はみんなそうだと思ってたみたいなんだけどね?どこを探してもそんなものはなかったみたいなんだ~」
「そりゃ回収されてるからでは?」
「誰も入ってないのにいつの間にかなくなってるんだよ~?絶対おかしいって~」
「そうですか…じゃ、まずはトイレからですね」
どこから探るのかが決まると、監視カメラ等に映らないよう侵入する経路を探す。
しかしこれでも子供を預かる教育機関なわけで、侵入できそうな経路を潰すようにカメラが設置されている。
「どこにも死角が無いですねぇ」
「こうなったら飛び入るしかないか?」
カメラがそこかしこに配置されているのなら、それが捉えられない速度で映ればいい。そう考えた俺は副会長を小脇に抱える。
「え…何……?」
たまに素が出るんだなこの人。
狙いを付けると、足を踏み出し一気に跳ぶ。
「まさ──ひやああああああああああああああ!!!!!!!!」
「騒ぐなこのバ…副会長!」
バカと言いそうになったのを抑えると、学校へと侵入した。
△▼△▼△▼△▼△
「警備員とかいないのか…?」
AIとかで不法侵入者を見つけると自動的に通報されるシステムだったりするのだろうか。だとすれば時代だなぁ……。でもカメラが認識できなければ意味を成さないし、学校内では基本的に監視カメラを見かけない。とんだザル警備だ。
「入るまでが難しいんだけどね~。そこさえ抜ければチョロいんだ~。……流華や君と同じで」
「なんか言いました?」
「いや、なんにも~。さ、トイレにれっつぁご~!」
真っ暗な廊下に跫音が響く。
「さながら肝試しですねぇ」
「雰囲気あるね~」
普通に会話し始めるエルゼと副会長。
認識阻害が切れた影響か、普通に視認出来ているらしい。
「ここが一番目撃情報の多いトイレらしいよ~」
着いたのは一階の女子トイレ。
「やっぱり女子トイレ…絶対変態の犯行ですって」
「私の冴えわたる勘が告げているの、そんなチャチなものじゃないって…!」
「あの、颯くん…」
どうせ何もないと女子トイレに入ろうとする俺にエルゼが話しかけた。
副会長も足を止めこちらを向く。
「他に誰もいないから女子トイレ入ろうと問題ないよ」
「そうじゃなくてですねぇ…います」
「噓でしょ…」
肩を落とす俺を他所に、目をキラキラさせる副会長。一応この先にいるのが魔族か魔物だという事は確定しているわけだが、恐怖心とか言うものよりも好奇心を優先するタイプという事か。全くもって度し難い。
「やっぱり!早く入ろ~!」
「あ、ちょっと…!」
エルゼが何かいるって言ってるのに平気で入る副会長を追いかけ足を踏み入れる。
△▼△▼△▼△▼△
「魔族ですねぇ…」
「なんか嫌な見た目だね~」
トイレの奥でモゾモゾと動く影が、そこにいた。
「アビャ!アビャァッ!」
「魔族にしては知性が無いな」
月明かりに照らされたその魔族は、黒いヘドロのような見た目をしていて、眼は紅く光っており、七不思議の情報と合致する。
端的に表現するのなら汚物だな。
その魔族はこちらを見るなり奇声を上げる。
「見るぅ!見──」
「マジカルフレア!!」
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
汚物は焼却。小学生でも知ってる。
即座に変身を済ませると、ヘドロ目掛けて炎を放った。
何かの間違いだ、あれは…そう、ただの変態だ。
「この七不思議いつからあったんだろう…」
少なくとも魔族が現れるようになってからささやかれることになったのだろうけど、もしその前からあるのだとすれば……この学校、絶対何かヤバい奴がいるか、いたのだろう。
「おぉ…!やっぱり君は~…」
「さ、次に行きましょう」
ただ、この流れで行くと次の七不思議も恐らく魔族が絡んでいると考えられるわけで、もしそうならさっさと見つけ出さなければ。なぜこんなにやる気になっているのか知らないが、これを解明しないと副会長に付き纏われる可能性があると考えると、少しくらいはやる気にもなる。
副会長の言葉を遮ると、次の目的地へと移動することにした。




