偶然?
「だから行きたくないって言ってんの」
眠そうな声でそう言う颯。
「行くんですー!魔族の気配がするんですよー!」
海洋上で迷子になった次の日、疲れからか起きるのが遅くなった颯を叩き起こすようにエルゼが叫ぶ。
その声にイラつき、目覚まし時計を止めるが如く拳を振り下ろす。
「ぷぎぃっ!」
拳はエルゼの脳天に突き刺さり、情けない声を上げながらそのまま墜ちていく。
「いたた…今日はフィーバーな感じなんですよ…!気配があったんです!」
頭をさすりながら再度颯に外に出るよう促す。
「面倒臭い…1人で行けよ…」
「僕1人で行ってどうするんですか…」
「命令…ファンネルとして魔族を殺してこーい…」
「ですからぁ…」
エルゼ達フューリタンにも多少であれば魔法の行使自体は認められている。しかしそれは適任者、この場合は颯を補助するときにのみ適用されるものであり、初めて両者が出逢ったあの日のエルゼによる攻撃魔法は本来であれば禁止されていたはずの事である。
勿論やむを得ない緊急を要する状況であれば例外が認められないという訳でもなく、しかし基本は人間が主体となって動く、これが原則である。
「今回は大体場所も分かってるんですからー!」
エルゼは颯の服をぐいぐいと引っ張り、外に出るよう訴え続け、色々な手段を講じること15分程。
面倒になったのか、何かが効いたのかはわからないが、颯は渋々起き上がり服を着替えると、準備を済ませて外に出ることにした。
△▼△▼△▼△▼△
「どこに居んの…魔族は」
「あっちの方です、行きましょう!」
指さす方向へと進む。
変身した状態で出てきているため、空からの探索になる。どうせ変身するなら服着替える必要なかったかな?いや、変身解かないとも限らないか。
それにしても、街を見下ろすのにも慣れたもので、行きかう人々や車をこうしてみていると、定点カメラの中継映像を見ているようで面白かったりする。
カーチェイスする映画とかにもこういうアングルあるよな。こうやって空を飛び回りながらカメラで録画とかすればさながら映画張りの画が撮れるんじゃないだろうか。
……また今度やってみようかな。
ともかく、同じものでも視点を変えるだけで見え方というものは大きく変わってくる。そんなことを考えていると、エルゼが何かを見つけて声を上げた。
「いました!あれ…?」
「どうした?」
「いや、アレ…この間の副会長さんじゃないですか?」
「え?」
視線の先にあったのは魔族と思しき姿と、その周りを回りながらくねくね動く人達の姿。そしてそれに囲まれるように戸惑う副会長。
……どういうシチュエーションなんだろう。
カルト宗教の儀式とかなら関わりたくないしので一目散に逃げだすところだが、魔族主導の盆踊り大会なら事情を聴く必要がある。
「よっこいせ…っと」
「何歳なんですか…さ、行きましょう」
近くの建物の影に降り立った俺は、踊り狂う人の群れをかき分け中心に向かう。
もう少し楽しそうに踊っているものかと思っていたが、無理に体を動かし続けていたのか人々の顔には疲れや苦痛が滲んでいる。
「なに?何なのこれ~……?」
キョロキョロと周りの人たちを見ながらも、事の犯人であろう魔族と対峙していた副会長は、戸惑っている割には結構余裕そうに見えた。
「ん…?貴方は…?」
魔族がこちらに気が付き声をかける。
「え?」
それに釣られて副会長もこちらに向き返る。向こうは俺が誰かを認識することはできないが、やはり顔見知りに見られるのは少し恥ずかしい。それはそれとして、何で1人だけ自由に動けるのだろうか。
「アイツは…名前なんでしたっけ…」
「吾輩の名はロンド。舞踏公を自称しております。以後、お見知りおきを」
魔族は手を胸の前に構え優雅に挨拶をする。
燕尾服といったか、それにしては少々派手な衣装。人に近い身体の造りではあるが、その頭は干乾びた木で模られた髑髏の様なものであり、それ故に対して動じた様子を見せるわけでもない副会長が分からなくなった。
「自己紹介どうも。で、ロンドン、何してるの」
「ロンドです。吾輩はこの世界をより楽しいものへと変えるためにやってまいりました」
「ランドね。で?楽しい世界って何?この一体感のない盆踊りのこと言ってるの?」
「ロンドです。吾輩が目指すのは皆が永遠に踊り、歌い、つまらない悩みの一切から解放された、そんな自由な生を送れるようにすること!」
「なるほど。これが自由かどうかは別としてリンドのやりたいことは分かった。ちなみに、その永遠にっていうのは具体的には?」
「ロンドです。ずっと、ですかね。踊ることを止められるものはこの世界に存在しないのです!」
「いや、ルンドさぁ…それだと飯とか食えなくない?それはちょっと困るんだけど」
永遠にというのが言葉通りなら流石にやってられない。飯を食う時、トイレに行く時、眠る時…そのすべてが踊りで塗り替えられたら普通に死んでしまう。特にトイレは静かに座ってさせて欲しい。飛び散るから。
「ロンドです。全ての物事は踊りと共に進行されることになるでしょう!」
「何か……会議みたいだな…ていうか普通に行儀が悪い」
「あの、次”ロ”ですよ?……まぁ、これから吾輩が支配するこの世界では、既存の常識など意味を成さないのです!」
なるほど、常識は変えていくものという事か。そう言われてみると何とも言えないが、他所者である魔族によって塗り替えられた常識に染まるわけにはいかない。
「でもさぁ…ワンド、周りの人達踊り続けてめっちゃ疲れてるんだけど…これずっと止まれなかったら死ぬよな?それは楽しいと言えるのか?」
「あの、なんでロを飛ばしたんですか?どう考えてもわざとですよね?」
「うるさい、質問に答えろ」
ステッキを構え威圧すると、魔族は一瞬怯み言葉を止める。
「く……踊りながら死ねるのならそれは本望ではありませんか!」
「あぁ……そういう感じか」
そして俺は少し逡巡した後、頭の中で結論を出す。
「どっちにしろ…この魔族じゃダメそうだな…」
ワンチャンあるかと思っていたが、これでは少々不都合がある。この人達はその表情が示している通り、魔力か何かによってその体を意思とは関係なく無理矢理動かされ続けているのだろう。自由な生を送れるようにすると言いながら不自由な動きを強制されてしまっては、全くもって意味が無いのだ。
──またハズレか。折角外に出て来たのに。
ステッキを前に向けると、魔力はそれに集い始め、魔族も俺がしようとしていることが何かを理解する。いや、初めからそんなことは分かっていたのかもしれないが。
「ぬ…吾輩の邪魔をするのですか?こうなったら、名前を間違われコケにされた恨──」
向こうだってタダで死ぬ気はないのだろう。魔族の手袋が裂け、こちらもまた枯れ木のような腕がうねうねと伸びて迫り、しかし。
「スターライト・レイ!」
俺は話し終える前に消し飛ばした。遅いし脆い、この程度では俺には勝てない。何て、強者にでもなったかの様な思考をしていると、周囲の人たちへの影響も解かれたのか、次々に解放されていく。
副会長にだけその影響が出ていなかったことも含めて聞きたいことは色々とあったが、他の人がこちらを見ている状況なのに加え、この姿ではまず面識がない。
この間助けたのは姉さんの方だったし──あれ?そういえばこの間は魔物に悲鳴上げてたよな。反応が違ったのは手を出されているわけでないというのが大きいのか?
「……まぁいいや、全員無事そうだし」
俺は空へと飛び立つと、そのまま別の場所へと残りの魔族を探しに行くことにした。
△▼△▼△▼△▼△
そして数分後、また副会長を見つけた。
「またいるじゃんあの人」
「またいますねぇ…」
「おかしくない?さっきの場所から結構離れてると思うんだけど」
「先回りされてますね」
その近くにいたのは魔族ではなく魔物。魔族を探していた身としてこれはハズレだが、見つけたのなら助けるしかない、そう思い近付く。
「あれ?さっきの~?」
副会長は魔物に囲まれているが、魔物は何か警戒するように距離を取っていて、そんな中、こちらに気が付くと呑気に声をかけてくる。
そんな隙を好機と見て飛び掛かった魔物を消し飛ばすと、話を聞こうと考えたのも束の間、エルゼに急かされるようにしては次の地点へと向かい飛び立った。
「あぁ…待って~」
少しだけ、嫌な予感を置き去りにしたままに。
△▼△▼△▼△▼△
そしてまた数分後、もしかしてと思ってはいたが、まさかまさかでもしかしてしまった。
「またいる…!?」
「何か運命的なディスティニーを感じますねぇ…」
今度は魔物ではなく魔族と一緒にいた。一緒にと言っても襲われてる感じで。
「や、やめて~たすけて~」
こちらに気が付くと、彼女はやる気のない救援要請をあげる。この人……。
「何だきさ──」
「スターライト・レイ!!!…………あ、やべ」
蹴り飛ばして副会長から距離を離し、反射的に消してしまった。本来であれば話を聞いたうえで消すかどうか決めなければならなかったのに。
まぁいいか。襲われていた感じだし、人類の敵であろうことは間違いないでしょ。