リヴァイアさん
「してお主、名は?」
「え、あぁ、颯。御厨 颯」
「ふむ。颯か。こうして思えば、人間の名を聞いたのも久しいものよの」
「最後はいつとか覚えてんの?」
「ハッ、忘れたな。執着するほどの者ではなかったのだろう」
「ふぅん……まぁ何でもいいけど」
「うむ、遣り合おうか」
そうしてリヴァイアさんとの戦闘は開始されたのだが、予想外とでもいうべきことが1つ。俺は最初、このリヴァイアさんの戦闘スタイルをかなり限定して考えていたのだ。
この世界に大昔から存在するような生き物で魔界の住人ではないのなら、それは魔力を持っていないと言っているのも同然だと、そう考えていた。
であれば警戒するのは口と尾、それから全身を用いた拘束になるわけで、俺はそれを避けるために飛び上がった。しかし、実際に飛んできた攻撃はといえば。
「何で魔法使えんだよ!」
俺がいた場所を通り抜け大岩を砕いたのは白い光線のような攻撃で、俺はその破壊力を目の当たりにして叫んだ。結果的に飛び上がるという判断自体は間違っていなかったものの、相手の手札を見誤ったという点では危機一髪であったと言える。
「魔法ではない。体内に溜め込んだ水を吐き出してるだけよ」
「うわ汚ねぇッ!!」
再び上空に逃げた俺に向かい光線、ではなく放水がなされる。大岩を砕くような高圧洗浄機顔負けの水をまともに喰らうわけにもいかないと、それも体内から放たれた物を喰らいたくもないと身を翻す。
行き場を、そして勢いを失った水が大雨のように島に降り注いでいく。
「汚いと言われてもな……」
「唾吐くようなもんだろそれ!」
「そう見えるかもしれんが実際には違う。まぁ、仕組みなどどうでもよいが」
クジラの潮吹きに近いのだろうか。例え汚くなかったところで当たってもいいかとはならないのだが。
「どこを見ている!」
そして2発目、飛び回る俺を追いかけるようにして水が放たれては、島の砂を巻き上げて爆ぜていく。
「マジか……っ」
あまり島を破壊されても仕方が無いと海に出たのだが、それが間違いだったと気が付いたのは顔面を尻尾に叩きつけられてからの事であった。そりゃそうだよな、放水しかけてくるからって尻尾が使えなくなったわけじゃないもんな。
「スターライト・レイッ!」
反撃を放つため、あるいは反動で距離を稼ぐために魔法を放つ。木々を圧し折りながら森の中へと叩き込まれる中、その攻撃がその大きな的に命中したのを見て内心ガッツポーズをとり、その煙が晴れるのを見て啞然とした。
「効いてない……?」
無傷。直撃してこれだ。一瞬の判断でブレていたかもしれないとはいえ、魔法自体は確かに命中したはずで、吸収されたとか言うわけではないだろう。それで尚、無傷のままリヴァイアさんはそこにいた。
「甘いわ!」
「あぶっ……ねぇっ!」
「避けるだけか!つまらんぞ!」
「一応攻撃もしただろ!」
効かなかったけど。それ以降も何度か魔法をぶつけてはみたものの、それも結果は同じ。このまま同じことを続けていても向こうは満足などしないだろう事は想像するに難くない。鱗は硬いが。
だったらどうするか。魔法が効かないというのなら物理的に攻めるべきか。俺はキューに弾かれた球のように、吹き筒から飛び出た矢のように、リヴァイアさんに駆け出し殴りつけた。
「オラァッ!!」
「ぬぅぅ……!」
効いた。その呻き声を聴いた。拳はリヴァイアさんの身に衝撃波を叩き込むと、海水を大きく割って吹き飛ばした。追撃を加えようとすると、リヴァイアさんは海に潜った。
「卑怯……でもないのか。海がホームだろうしな」
海面から水が噴水のように吹き出し始めると、夜空を裂いて飛ぶ俺を追いかける。流石に海に潜るわけにもいかないと海面に魔法を放ち、迫る水柱を避け続ける。
「出てこいや!」
「急くでないわ!」
「………!」
海面から突き出た首は空をを噛み、島の方へと方角を切り替え逃げ始めた俺を追い、その身は大きく空を舞った。
「空も飛べんのかよ」
「飛んでないわ。身体を蛇のように伸ばして……いや、それはよい」
その巨体でそれをやってのけるいや、問題はそれじゃない。全身の孔からも放水が行われ、地表には細いレーザーが雨のように降り注ぐ。
その後も魔法の打ち合いをしていたのだが、リヴァイアさんが徐に口を開いた。
「颯よ、お主は強い。だが弱いな」
「何?強いけど弱い?」
そう言われて、向こうの攻撃が止まったのを見て、俺も止まった。言っている意味が分からない。なぞなぞか?遊園地で見た不愉快極まりないピエロを思い出し、一瞬苦い顔をしてはかぶりを振った。
「ああ、力は強い。それは認めよう……だが、芯がないから弱いのだ」
「ごめん…もうちょっと分かりやすく、具体的に頼む」
「…………力は目的と責任を持って行使されなくてはならないのだ。そうでない力は弱く、お主にはそれがない」
「余計分かんない」
「……………………はぁ。お主は力の使い方を知っているだけで、力の使い道を知らんのだ」
「説教でもされてるみたいだな」
「それに加えて迷いが見える。お主、何を考えている?」
「何を?」
何を、か。さっきまでは将来の事とか考えてなんか嫌になってきたんだっけ。それでも戦ってる最中は戦ってる相手について考えていたはずだけど。チラついていなかったのかと言われれば、まぁ。
「強いて言えば…将来の事とか?」
間違ってはいない。現在以降の事は全て将来の事で、明日の夕飯の事について考えるような事さえ一応は将来の事に含まれる。世間一般に「将来の事を考える」と言えばそれは即ち進路だとかの人生設計的な意味合いで伝わるわけだが、魔族と戦う己の身の振り方だって将来の事だ。
「なんだ、そんなことか。くだらんわ、真面目に戦え!」
「く、くだらない…?」
「ああ、くだらん。実にくだらんわ」
「結構深刻な問題でもあるんだけど?」
「ならば問う、お主は何年先のことを悩んでおった?」
「何年…?そりゃ…大学進学できるのかなとか、就職できるのかなとか…この力といつまで付き合ってなきゃいけないのかなとか色々先の事だよ」
否。大学の事や就職のことは考えていない。今はそういうことを考えずにいたい。ただでさえ頭を抱えたくなるような境遇に身を置くこの時分だというのに、余計な悩みを増やしたくない。力についてはたまに考えるが。
「やはりくだらん、たかだか数年の事ではないか」
その数年で人間というものは人生における重要な判断を下していかないといけないのだから全く忙しない生き物である。重要な判断だからこそ時間を掛けなければならないはずなのに、それについて考えることを要求されてからのタイムリミットはあまりにも短い。それからの人生は果てしなく長いのに、儘ならないものである。
「数千年以上この世界を見守ってきた我からすれば実に短い悩みよ」
「そりゃ俺らは千年二千年も生きねぇからな、基準が違うんだよ、基準が」
「だとて、どうにでもなることに悩むなど無駄な事よ」
「どうにでもなるって、それが分からないから不安がるんだろうが」
「この世界では何度も戦争が起きた、何度も災害に見舞われた。何度も滅びに向かって歩みを進めてきた。だが何とかなっているだろう。お主も同じよ」
「んなこと言われても…」
世界規模と比べられるとそりゃ個人の悩みなんざ小さくもなるだろうけど…それちょっとズルくないか?
「この広い宇宙に比べれば、私の悩みなんてちっぽけなものだったのね!」なんて、俺はそうは思わない。宇宙や世界がどんだけ広かろうが、そいつの人生における悩みはそいつの中という小さい世界で生まれたものだ。
それを無視して明後日の方向を見て、適当な理由を付けて忘れようとするのは逃げとしか言いようがないし、戯言以下の詭弁だろう。そりゃこの悩みが宇宙よりも大きいとは思わないけど。
「今そこにいるお主は何になる?」
「……?」
「お主が今未来を憂いているように、過去のお主もまた今という未来を憂いていたのではないのか?」
「……どうだったっけ。もう忘れたけど」
「だが、今お主はこうして生きておる。その先の未来を考えるだけの余裕もある。今がどうにかなっているのなら、未来もまたどうにかなる。違うか?」
「長生きしてる割に随分と適当な考え方だな」
「長生きしているが故よ。もう大抵の事には動じぬわ」
いろんなものを見ればそうなっていくのかな。俺としては新鮮さとか驚きがないとつまらないと思うけど、同じ漫画を何度も読み込んだ時、その先の展開など把握できているわけで、故にその先にワクワク感はない。
「過去も今も、そして未来も。結局は何も変わらぬ」
「……そうかな」
最早戦いなどではなく、ただの対話であった。何かヒントが得られるのではと思いその後も言葉を交わした。
「してお主。普通に話しておるが…戦いの途中だと言う事を忘れたか?」
「え?」
そう言って大きく口を開く。放水か。咄嗟に真横に転がると、さっきまでいた場所が吹き飛び、爆風で吹き飛ばされる。
「あっぶねぇっ!!おいテメェ!卑怯だろ!」
「気を抜いたお主が悪いわ。全力でやれぃ」
「話し終わったら普通に帰してくれないかとか思ってたのに……」
「人と話すのも楽しいが、我にはやはりこれが一番合うからな」
龍のような蛇、あるいは蛇のような龍を、まぁそんな怪物を全力で倒さなければならない訳だが、これまた面倒なのが決して殺し合いという訳ではないという事。要は向こうに負けを認めさせればいいわけなのだが、多分殴り続けたところでそうはならないだろうと予想。
当然魔法も効かない訳で、雷なら属性相性的な感じで効いてくれるんじゃないかとも考えたけど無傷。それどころか海面に気を失った魚が浮いてきたのでそれ以上試そうにも試せなくなってしまった。
「となると……これか」
ステッキ。これを武器にして戦えばいいのだろうけど、何がいいだろうか。リヴァイアさんに有効そうな武器がいいわけで…………ん?
そもそも論としてリヴァイアさんが生き物としてどういうジャンルに区分されるのかは不明なものの、大まかな区分別け、例えば人間と猿は別の生き物ではあるが、似た生き物ではある。といったような見方をすれば概ね蛇と呼んでしまってもいいはずで、だとすればこれが効いたりするのではないか。
「天羽々斬!」
「ん?待て、お主、それは何だ?」
構えられた剣を見てあわてたように問う。
「八岐大蛇を倒した剣!お前の首は一本しかないけどな!」
「ヤマタノ……まさか、奴か!……あ、おい、颯、待て!」
かなり焦ったような声になった。大抵の事に動じないって言ったさっきのお前は何だったんだ。でもこれなら行ける。そう確信し、水を切り裂きながら突き進む。
「降参しろやぁぁぁぁッ!!」
地を駆け跳び上がり頸を狙う。
「する、するから止まれ!待て!」
「え?」
だが動き始めた剣先はもう止まらず、振り払われた剣がその頸を捉え斬り裂いた──
と思ったその時、大きな巨体が煙に変わった。
「お主、いくらなんでもそれは無いだろう」
もくもくと上がっては消える煙の中から声が聞こえる。しばらくして煙が消えると、そこにいたのは女性のような人影。普通の人と違うのは、体の一部が鱗に覆われ、尻尾が生えていることだろう。
そんな人が海にプカプカと浮いている。両手を上げながら。
「リヴァイアさん?」
「リヴァイアサンだ」
「え、人だったの?」
「その昔、頑張って人の姿に近づけるようにしたものよ。まぁ、不完全だがな」
そういうと、彼女はパチャパチャと泳ぎ始め、陸へと上がった。
「あと少し判断が遅れておったらそのまま斬られておったわ」
「全力でこいって言ってたし」
「だからとて頸を狙うか。こちらとて殺す気が合ったわけではないことくらい分かっておったろう」
望み通りにした結果だというと、それとこれとは話が違うと不満げにされる。だがコレで実質俺の勝ちみたいなもんだ。と、大体の方角を教えてもらうと俺はもう1つ、薄々感づいてはいたが改めて聞かなければならないことがある。
「リヴァイアさんさ、最近人間に写真撮られたりした?」
「シャシン……?」
その口ぶりから人類を見守ってる感じはしていたがこういう細かい部分までは知らなかったようで、説明すると初めて心当たりがあると言い始めた。散歩中に少し首を伸ばしたら光を焚かれ、思わず睨みつけてしまったと。
「なるほどな。今の世は人に見つかるだけで面倒なことよの」
「異形だからね。今の姿ならファンもできそうだけど」
「まぁ、これからは気を付けよう。だがその代わり……」
「その代わり?」
「また来い。今度はあんな無様は曝さぬ」
「…………まぁ、気が向いたらね」
そして帰宅後、エルゼに写真の真相を告げると、納得したような納得しきれないようなそんな顔をしていた。
「この世界ってそんな怪物いたんですか?」
「知らん」




