怪物
「そういえば颯くん、これ見てください」
夜。
俺は自室にてエルゼに手招きされると、普段はエルゼがほぼ占有しているパソコンを覗き込む。
そこに表示されていたのは1枚の画像。海か湖と思われる景色を映したもので、しかしそれでいてそれがただの景色でないというのは、その画像の右端に映り込んでいた1つの大きな影が示していた。
水面から突き出た長い何か。ネス湖の怪物なんぞを彷彿とさせるようなそれは、真っ黒な身体に赤い瞳を光らせ、その撮影主と思われる人物を睨みつけていた。
その画像が上げられたのは当然SNS上なのだが、そこではそれを面白半分に取る者、作り物だと否定する者というのがやはり大半であったのだが、時折ノリに合わせているのか本気なのかそれを本物だと言う者も存在しているようであった。
どちらにせよ注目を集めているのだから、本物だろうが偽物だろうがネットユーザーとしてはこの結果自体は本望であることに間違いないだろう。
しかし、だ。これが一体何だというのか。まさかエルゼはこれが本物だとでも言いたいのだろうか。もし仮に本物だとして、これを探しに行こうとでもいうのか。ふざけないでいただきたい。撮影された場所が何処かも書いてはいないし、本物かどうかさえ分からないこの画像1枚で探すというのは……
「探しに行きましょう!」
「ほら来た、言うと思ったよ。絶対にヤダ」
「何でですか!」
「無駄な骨を折りたくないから」
「そんな!魔族かもしれないんですよ!?」
「作り物かもしれないだろ」
「むぅ……!」
「しかももう夜だし。寝なくても動けるようになってるとは言え、精神的に寝たいんだよ」
そう、最近久しぶりに深夜アニメをリアタイしてみて分かったのだが、夜更かしをしてみても本来感じるはずの疲労感などを全くといっていい程に感じなかったのだ。それで睡眠欲はあるが睡眠をとる必要性自体は皆無な身体という、何ともおかしな状態に陥っていることを改めて知った。
だがそれはそれとしてやはり夜はきちんと寝ておきたい。健康面とか疲労の回復だとか、もう今更そんなものは気にしていないのだが、睡眠を取らないで行動することが精神的に苦痛であるという事は分かっている。
「でも見てくださいよこの図体!もしこんなのが暴れまわったら大変なことになりますよ!」
「……でも今暴れまわってないじゃん。場所が分かってからでいいでしょ」
「場所が分かってからでは遅いかもしれないんですよ!?」
「遅いのは夜だろ。探すとして何時間かかると思ってんだよ」
「どれだけかかるかは分かりませんけどぉ、それでもまだ寝る時間には少し早いじゃないですか!行きましょうよ探しに!」
「だからどこ探すんだよ!」
「海とかです!」
「この国の地形考えろこのボケハムが!」
そうして押し問答をすること数分。果たして、我を折ったのは俺の方であった。
「だーもう!分かった、探せばいいんだろ探せば!」
「え、あ、ちょっと、颯くん!?待ってくださいよ!」
とは言っても、それはさながら癇癪を起した子供のような終わらせ方で、苛立ったように窓を開けると背後から呼び止める声を振り切り、夜の空へと飛び出したのだった。
△▼△▼△▼△▼△
「スターライト・レイ!!!!」
夜空に向かって極限まで魔力を込めた一撃を放つ。
俺は偶にこうして魔法を放っては、そのイメージを脳内で固めていたりする。その光は最初のころに比べるととても太く大きく力強いものになっていた。イメージのブレというのも小さくなってきている。
「コレっていつまで続ければいいんだろうな…」
普段ならエルゼがすぐに答えるのだろうが、1人で出てきているためその答えが返ってくることはない。
「いや、地球を明け渡してもいい魔族が見つかるまでだっけ…?自分で言っておきながら忘れてるし…」
もうここまで来てしまった以上後には引けない。最低限自分の決めたところまではやる必要があるのだろうが、想像以上に自分の自由が脅かされている。
少し溜息をつくと、空中に寝転び月を見上げる。この距離から見る月は、今までに見たどんなものよりも綺麗だった。
「はぁ、ダメだな」
体を起こすと、水平線の方へと飛んでいく。よくわからないデカ物を探す為じゃない、頭を冷やすためだ。
これはアレだ。たまにある、将来の事とか考え始めたら具体的な像が何一つ見えてこなくてその仄暗さに絶望して、もう生きていたくないとか考えちゃうアレだ。
どうせ答えなど出ないことも分かり切っているのに、そんなこと、考えこんでもドツボに嵌るだけだ。かといってこんなもの他人に相談できるものじゃないし、相談したところで帰ってくる言葉など予想がつく。
真下を見下ろすと、月夜に照らされた海水がその光を受けてキラキラと輝いている。
このまま落ちてしまおうか。
「いや、流石に濡れるのは嫌だな」
前を向き直すと、どこか降り立てる場所がないか探す。
「…………?」
結構なスピードで飛んでいたこともあり、もう辺り一面海しか見えない。見渡す限りオーシャン──待て、俺どっちから来た?
クルクルと回ってしまったせいで、自分がどっちから来たのかが分からなくなってしまい、夜というのも相まって遠くが見えない。
「……やっべ」
不用意に動き回って迷子を加速させてもマズいことは分かっているものの、何かを見つけられないことには始まらないと、俺は周囲を飛び回る。
結局この時点で俺のやっていることは件の怪物を探している事とそう違わないのだが、それを認めてしまえば、さっきのエルゼとの会話はその一切合切が無駄であったと言うようなものでしかなく、それはどうにも悔しい。
そんな考えがチラつくのを振り払いながらも飛び回っていると、小さな島が見えた。多分国境は超えていないだろうが、どこの島なのかはわからない。
「よっ…と。どこだココ」
辺りを見回すが人の気配はなく、少し霧のかかった島で、海岸沿いは砂場や岩場が伸びていたが、その奥には木々が茂っている。
看板などがあればここがどこかも分かったのだが…どうやらそのようなものは見受けられず。
本当にココはどこなんだ。
「不法入国だとか言われて追いかけまわされたりしないよな…?」
もしそうなってしまったらマジカル公務執行妨害も視野に入れなければならない。なので一応人がいる可能性も考慮し、目立たないように行動することに。
余計な争いは避けるべきだなどと考えつつも、俺は荒磯を闊歩する。
「海風涼し~…いや、寒いなクソが」
でもこの感じは、昼間で勝つ迷子で鳴ければという条件が付くものの、それさえ満たせば癒しになるかもしれない。普段なら旅費だの時間だのでこんなことも気軽にはできなかっただろうが、この力があれば簡単に移動できてしまう。
この力の所為で嫌な思いをしているというのに都合のいいことだ。いや、都合よく調子よく生きているのは今更でもあるのだが。
「あっちも見てみるか…」
海岸沿いには何もないことが分かると、俺は木々をかき分け奥へと入っていくことにした。
△▼△▼△▼△▼△
「何もねぇなこの島」
人が来るということがまずないのだろう、ゴミがポイ捨てされているという事さえなかった。
「はーっはっはっはーっ!ここは俺だけの世界だー!……はぁ」
腕を突き上げ高らかに叫び、その腕を下ろす。
「何してんだろ」
スマホで現在地を確認できればと思ったが、部屋で充電してる途中だったことを思い出し、首が落ちるほどに溜息をつく。
そもそも適当にぶらついて魔法ぶっ放したら帰るつもりだったんだ。怪物なんざ本気で探しに行くわけもなく、そもそもどこを探せば出てくるのかという話で。
それを、夜になると定期的に起こる将来や現状への言い表しようのない不安からいろいろ考えて──だからって何でよりにもよって海に出たんだ俺は。
街の上なら最悪、線路を辿ったり人目につかないところに降り立つなりして帰れただろうに。
この歳にもなって世界地図規模の迷子か……と、自虐するように笑っていると、どこからか声が聞こえた。
「誰だ…?我の住処に足を踏み入れたのは」
「……あ?」
この小さな島には似つかぬ、深く大きな声だった。だがこの島を見回した限り、そんな存在が潜めるような場所はなかったはずだ。
気のせいか…そう思い視線を海へと向ける。
「ん?影?」
あたりは暗くてよく見えないが、それでもハッキリと、大きな魚影のようなものが見える。その魚影はゆっくりと、大きな飛沫を上げながら浮上する。さながら潜水艦か何かの様であった。
そして見えたのは蛇のような龍のような、黒い生き物。恐らく魔物だろうが、どこかで見たような。
「お主…人の子ではないのか…?」
「で……………っか」
喋りながらもなお浮上してくるその怪物は全長何m級なのだろうか、お台場のロボットよりもでかいような気がする。
真っ赤な眼でこちらを見つめてくるが、どこか敵意は感じない。今までの魔物などよりは知性のあるタイプと言う事だろう。
エルゼのいない状態で戦うというのは少し怖い。基本的に相手の情報などの解析をアレに頼っているからというのもあるが。
「お主、何故この地へ足を踏み入れた」
「何故って言われても。飛んでたら迷子になってたどり着いたのがここなだけ。理由はない」
「そうか…変な奴もいた物よな」
「この世界じゃ変なのはお前の方だと思うけど…名前は?」
「名前…?あぁ、昔はリヴァイアサンと名乗っておったが…今は名乗る相手もおらぬ」
リヴァイアさん。自分で自分の事さん付けで呼ぶんだ…自尊心が高いのかもしれない。
「で、リヴァイア、お前はここで何してんの?」
「違う、リヴァイアサンだ」
さん付けしろよデコ助野郎ってか、まぁ仕方ない。
「なんだっていいけど…お前はなんでこの世界に来たんだ?」
「はぁ、何を言っておる。我は昔からこの世界に棲む者よ」
「え?昔から?」
「ああ。もう幾千年程、この世界を見守り続けてきた」
3代住めば江戸っ子だっていうけど…そう言う事言ってるんじゃないよな。地球に来て長いからここの住人だとかそういう話じゃないよな。
「住んでるだけ?」
「だからそう言っておろう」
どうやら魔界から来たものではないらしい。だとしたら俺はこいつを倒す理由なんてない。
「そうなんだ…あ、そうだ。本州ってどっちか分かる?」
敵ではないならと帰り道を尋ねる。
「本州…?」
「……えっと、デカくて長い島、この辺にない?」
「あぁ、あの大きな島か…教えてやってもいいが…ふむ」
ただでは教えてやらんという意志を感じる。
一体何を求めてくるのやら。
「せっかくだ。我と手合わせせよ。体が鈍って仕方がない」
「え、戦うの?」
「うむ…それに、我と渡り合えそうなものなどそう簡単には見つからんからな」
「断ったら?」
「帰り道を教えんだけだが」
「うわぁ、意地悪いな」
「何とでも言え。交渉とはそういうものよ」
「はぁ……適当に相手してやればいいってこと?」
「適当、か。いい加減でなければそれでもかまわんが、間違って潰されてくれるなよ」
なんで俺は意味もなく戦いに身を投じなければならないのか。しかしストレス発散ができて帰り道も教えてもらえるのならいいのか──いや、戦うくらいなら自分で帰り道探した方が早いのでは……?
「ま、いっか」
全ての思考をリセットする必殺技を放つと、俺はリヴァイアさんに向かって構えた。




