副会長
放課後。文学部までの廊下を歩いていた。
演劇部の方に話は通したから改めて一度来てくれと、あの部長に呼び出しを受けていたのだ。
「行きたくない…行きたくないよ~」
「なんでですか。ノリノリで戦ったのは颯くんじゃないですか」
「言い返せない…言い返せないよ~」
「なんか今日普段と違いません…?」
腕をだらんと垂らし、トボトボと歩く。
あの部長にも会いたくないし、あの厨二病患者にも会いたくない。言い争いに巻き込まれるのも嫌だし、劇に出ることが半ば確定した状態の話に参加するのも嫌だ。
だが、もうこうなった以上やってのけるしかない。そう思い、ドアを開ける。
「あ、来た来た…!」
そこにいたのは部長と、なんかどこかで見たことのある人が1人。
あの2人と真はいないらしく、真は別にいてくれてもよかったのだが──まぁ安心。
部長が俺を見て声をかけたことで、その見覚えのある後姿がこちらに振り返った。
「ん?……お~?君は確か~流華の後輩?」
「そうですね。あなたの後輩でもありますけど。はじめまして」
間延びした声で話しかけてくるこの人を、顔を見て思い出した。生徒会の副会長だった。こんな所、こんな所という言い方もあれだが。何の用なのだろうか。
「紹介するね。この子が演劇部の部長で、生徒会副会長の冴菊 千夏ちゃん」
「よろしく~」
「あ、はい、どうも」
セミロングの茶髪を指でクルクルと弄りながら挨拶をする副会長はなんというか眠そうな目をした人だと、もしくはのほほんとしたような人だと思った。
演劇部の部長だったというのは知らなかったし興味もなかったけれど、今ここにいるというのは、つまりそういう事になる。
「聞いたよ~?うちの流華といい勝負したんだって~?」
「アレはそんなんじゃなかったよ…!まさに私たちの物語にふさわしい…!」
流石に本番であんな動きをすることになるとは思えないけど、舞台だって聞いてた通りならそこそこの広さしかないはずだし。
「ふ~ん?流華に立ち向かえるだけですごいと思うけどな~」
「そ、そうですか」
それが凄いのなら剣道部所属の部員は皆凄いのかな。そうじゃなきゃあの会長は1人で練習に励んでいることになるわけだし。それはなんというか、寂しそう。
「それで、話っていうのは?」
「顔を合わせておいてもらうのが一番なんだけどさ、2人のあの戦いを見てより良いものを閃いてしまったんだよ!だからその相談がしたくて」
「脚本の一部を変えるんだよね~?どのくらい変わるの~?」
「そう!それでね──」
2人の話を聞いていたのだが、どうやら会長と俺の殺陣をメインに構築し直したいとのことで、俺にも説明があった。話の大筋自体はは変わらないし俺がやることも基本的には変わらないらしいのだが、ただ一言。
ふざけないでいただきたい。
「ふむふむ~…なるほど~。ま、それくらいの変更なら対応もできるかな~」
話を聞いた副会長はうんうんと頷きながらメモを見直している。
「何から何までごめんね」
手を頭の後ろへと回しアハハと笑いながら謝る部長。自分の失態で引き受けたとはいえ、頼むから俺にも謝ってくれませんかね。
「ま~、きっと面白くなると思うよ~?君もよろしくね~」
「……はい」
そう適当に返事をし、部室から出ることに。10分程の話し合いではあったが、顔合わせという意味では有意義な時間でもあったのかもしれない。
「じゃね~。…あ、曲がり角には気を付けてね~」
ドアを開けた時、副会長は思い出したかのようにそう言った。
──曲がり角?
そう思ったが、閉じてしまったドアを再び開ける気にもなれず、俺は首を傾げながら廊下を歩いていくのだった。
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部室から出ると、当然用もないので帰ることにしたワケだが、外へ向かう道の途中には当然曲がり角がいくつかある。
そりゃ、人が走ってきてぶつかるかもしれないのだから気を付けるに越したことはないだろう。言葉にすれば普通の事でしかないし、家を出る子供に向かって「車には気を付けるのよ」なんて、そんなことを言う母親と同じものなのかもしれない。
尤も、俺の場合大変なことになるのはぶつかってきた側だろう。今の俺にはトラックにぶつかっても無事でいる自信がある。
だが、何故あのタイミングでそんなこと言ったのかと、考えてしまった。
「帰り道には気を付けて」とかならこんな風に考えたりはしなかったのだろうが、「曲がり角には気を付けて」では、少し妙ではないかと。
それで不注意になったのが悪かったのか、曲がり角に差し掛かったところで誰かとぶつかった。
曲がり角でぶつかるなんて言うシチュエーション自体には無限の可能性があると俺は思っている。
まだ見ぬ恋の季節、曲がり角でぶつかったヒロインとの出会い、そして目眩めく波乱万丈の……だがそんなもの、俺には訪れない。
「んがっ……げぇっ──じゃない。ね、姉さん?」
「どこ見て歩いてんのよ」
この人、俺が行く先に現れていかないと気が済まないのだろうか。
ただ納得。副会長の曲がり角に気を付けろという言葉はこのことだったんだな。もしこれを予知していたのだとすれば凄いけど。
「こんなところで何してるの?」
「え、いやぁ…今から帰ろうかと」
なんとなく嫌な感じがした。
「ふぅん…じゃあ──!」
「はい!まっすぐ帰ります!」
言わせてたまるか。俺はもう帰るんだ。
「何がはいなのよ。はぁ……あんたねぇ、その逃げる理由探して目をキョロキョロさせるのやめなさい」
そんな感じに見えていたのか。
「だって…絶対なんかやらせる気でしょ」
「そうよ。だからちょっと付き合いなさい」
「……い──んぐぁっ!」
「何?」
断ろうとした俺の首に手をかけ再度返答を求める姉さん。このやり取りももう何度目か分からないが、いい加減飽きないのだろうか。
エルゼがよく分からないというような目をしながらついてきていた。
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「なんとかして今世中にデュラハンになる方法を探さないとな…」
首を手でさすりながら呟く。
デュラハンとは首を取り外しできるタイプの化物らしい。それなら首を掴まれてもフィギュアみたいに取り外してすぐに逃げられる。
進路希望調査にはそう書いておこう。
「何か言った?」
「いや何も」
そう返すと姉さんは興味なさそうに返事をして歩いて行く。俺もそれについていくが、何をしに行くのかを聞かされていない。この先を進んでいけば街の方に出るのは確かだが。
「ねぇ、何しに行くの?」
「ちょっとした寄り道よ」
やっぱり帰ってもいいだろうか。そう思い踵を返すと今度は襟をつかまれる。
「んぐぁっ……」
「だから逃げることないでしょ」
逃げようとすると制服で首が締まる。人通りのある道では恥ずかしいからやめて欲しい。
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連れてこられたのは、なんというか……お洒落な感じの店だ。SNS映えでも狙えそうな物しか置いてなさそう。偏見だけど。
それに女性客が多い。やっぱり帰ろう、帰って1人楽しくゲームでもするんだ。
「にょぉぉっ……!」
「あんたホント学ばないわね…」
既にガッチリ掴まれていた。
「このお店、昨日だったか一昨日だったかにオープンして賑わってるみたいなの。興味あるでしょ?」
「ないです。帰して、お家に帰して!」
「あんたが興味なくても私はあるの!付き合いなさいってば!」
「1人で行け──あ、待って、首、あぁっ…」
「1人で入れる店じゃないでしょうが!早く来なさい!」
それで俺を連れてくる理由が分からない。友達がいるのならそれではいけないのか。しかし、俺の悲痛な叫びも虚しく店の中へと引き摺られていった。
拒否権など、もとより無いのである。
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「甘い……いいわねこれ」
「さっきから甘いしか言ってないじゃん。砂糖水でも舐めてりゃいいのに」
「カブトムシじゃないんだから。それにこの甘さがいいのよ」
どう違うんだか。
姉さんが頼んで食べていたのはごってごてに盛りつけられた特大サイズのパフェ。
スポンジにクリームにアイスにフルーツに──よく器に収まってるな。
もう何がどうなっているのか見ただけでは分からない。どう見ても1人で食べるものではなさそうだったが、姉さんはどんどんと食べ進めている。
時折スプーンをこちらに向けて分けてくれていたが、一体その体のどこにそんな量が入っているのか、そんなに食べてたら太るとか以前に病気になって死ぬぞ。
「……何?」
太るという単語を思い浮かべたからだろうか、キッと睨まれてしまった。
対して俺が食べていたのはガトーショコラ。決して小さいワケではないのだが、姉さんのパフェを前に置かれたこの黒いケーキはどうしても小さく見える。
遠近法なら手前側にあるこれの方がもう少し大きく見えるはずなのに。
でも、この苦さはちょうどいい。
たまにはこういうのもいいな。
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「ねぇ、なんで会計が俺なの。連れてきたの姉さんだよね」
「それくらいいいじゃない」
「それくらい?それくらい…?」
馬鹿みたいな値段のパフェを何のためらいもなく注文しておいて何がそれくらいだ。
店を出て話しながらしばらく歩く。
正直もう帰りたいのだが、手を掴まれているせいでそうもいかず。相手が姉さんじゃなければ何とかなったのかもしれないのに。
それからは二人で何をするでもなく見て回り、俺は俺で帰る隙も見つけられず連れまわされていたのだが…大通りへとつながる曲がり角へと差し掛かった時にそれは聞こえた。
「きゃああああああああああっ!!!!」
聞こえてきたのは女性の叫び声。
「颯くん、魔物です!」
「…!行くわよ、颯!」
「うぃ」
急いでその声が聞こえた場所へと向かう。そこにいたのはいつもは見かけない赤黒い多足の魔物と、それの近くで座り込む副会長。
なんでいるんだ副会長。
キチキチと音を鳴らすその魔物の、無数の真っ赤な目に睨まれて動けないでいるらしい。
「アレは…ガルサラスです!凶暴な奴ですが脚を折れば動けなくなります!」
脚を折ればって…見た感じ10本は超えてると思うんだけど…。
姉さんが、動けなくなっていた副会長を助け出してどこかへ連れていくのを見て、俺も魔物の対処を始めることに。
人がいる所為で派手には動けないし変身もできないので、とりあえず顔をぶん殴る。
「アグゥゥゥゥッッ!!」
それなりには効いたのか、大きな声を上げながら後退する。
よく見ると顔面がへこんでいた。
痛めつけられて怒ったのか、襲い掛かってきたところをかかと落としで地面へと叩きつけ、その隙に脚を潰していく。
「……グァァァァッッ!!」
「うるっ……さい!」
脚は潰すと消えていき、最後の1本を潰すと動けなくなり、その場でじたばたと蠢いている。
顔を何度か蹴りつけていると、頭部がコロンと地面に転がり、それでやっと絶命したのか、残された体の方も消えていく。
「はぁ……これで終わりか……」
「結構頑丈な魔物のハズだったんですけど…」
ガシガシやってた所為で身体が痛い。やっぱり生身だと効率が悪い。単体であればこうして時間をかけての対処もできるのだが、群れになってしまってはそうもいかないだろうし、どうにかして人がいないところをすぐに見つけられるようにしないと。
何はともあれ、姉さんからは解放されたのだしさっさと帰ってしまおう。
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「ねぇ、なんで1人で帰ったの?」
「いやぁ、だって姉さんどっか行っちゃったし…」
「連絡すればよかったんじゃないの?」
「……ワ、ワスレテマシタ」
家に帰りしばらく経った。
ベッドに飛び込みスマホを見ていたのだが、心臓に悪い音と共に電話がかかってきて先に帰ったことを叱られた。
現場に戻った時には俺の姿がなく、心配して探し回ってくれていたそう。それはちょっと申し訳ない。
「副会長は無事だったの?」
「副会…あぁ、どこかで見た顔だと思ったら…えぇ、大丈夫だったわよ」
副会長。
そういえば曲がり角に気を付けろと言っていたが…アレはあの事を言っていたのか…?でもそれだと自分に向けて言ったことになるし……
「う~ん、分からん」
まぁ偶然だろうと、俺は気にしないことにした。




