マヨネーズ狂い
世間には、様々なニュースが日夜生まれては飛び交っている。
時代が進み技術が進んだ昨今において、それはより活発に行われていると言える。一度生まれた情報はメディアや、芸能人やインフルエンサーの様な影響力のある存在、または一般の個人を起点にして、瞬く間に拡散されていく。
言語の壁があるとそこには若干の遅れが発生するが、それでも誤差のようなものであり、常に世界中で情報が共有されているのだ。
そこにはもちろん弊害もあり、誰も彼もが情報の起点になれるという環境は、情報の精度や信頼度を大きく下げることにはなった。
故に、様々な情報が錯綜する中から正しい情報を選び取る。そんな能力が今を生きる人々に個人単位で要求されている。
やれ芸能人の熱愛報道のようなくだらないものから、災害時の情報といった大事なものまで、だ。
どれが真実でどれが嘘なのか。それを断じることができる人間は、果たして今の世界にいるのだろうか。
尤も、この世に真実などというものが存在するならば、だが。
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「魔族が情報操作ぁ!?」
「えぇ。そう言った工作の跡がありました」
普段暇さえあれば俺のパソコンで情報収集に励んでいたエルゼからの報告に、俺は目を見開き驚いていた。
「えぇ……魔族がネット使うのかよ…」
「まぁ、時代ですからね。それにアイツらは基本新しい物好きですし」
織田信長か何かなのだろうか。あっちもあっちで魔王なわけだから、似たような存在ではあるのかもしれないが。
「でも情報操作か……やばいかもな」
「今は大した危険もありませんが、今後の動き方によっては危険すぎると言えます」
情報。
それは政治に、経済に、生活にと、その全てに密接に関わってくるものだ。
政治の場で生まれた情報が経済に影響をもたらし、その余波が生活に及んだりする。一般人が生活の中で発信した情報が政治や経済に影響を与えることもある。相互が相互に干渉しあうことで、それらは成り立っていると言える。
しかしその情報の内容如何によっては、その国や世界全体に多大なる影響をもたらしかねないし、場合によっては戦争の火種にだってなりうる。
確かに地球を征服するという面において、そこを利用する手立てを思いついたというのは、なるほど賢いと言えるのだろう。
というか、今までの魔族が出来損ないを塵取りで集めて持ってきたようなボンクラ集団だっただけにも思えるが……まぁ、こちらがイレギュラーだと考えて話を進めることにしよう。
とにかく、情報の内容を調べ上げその魔族を特定しなければ。「戦争を起こしたいでござる!」みたいな目的じゃなければこの世界を任せられるかもしれないし。以前のベニマルではないが、そう言った危険な奴でなければ、最悪それでもよいのだ。
「内容は…どちらかというと陰謀論に近いのでしょうか」
「陰謀論か……」
陰謀論。あるいは都市伝説、街談巷説、道聴塗説、流言飛語に新聞辞令と、そんな誇大妄想的な空想物語。
それは本来関係の無かったりする情報を、上手いこと繋ぎ合わせてそれっぽいお話を作り、それをさも隠された真実であると論い広める詐欺師的なモノと認識している。
なんか……結果ありきで話を作るという点では姉さんに似てるな。
それはともかく…嵌る方も大概アホばっかだが、確かに唸ってしまう程によくできた話というのも中には存在する。それが転じてカルト的な存在になってしまうこともしばしば。
そういった頭の弱い存在を騙して味方につけることで、着実に世界征服までの布石を打とうと言うのだとすれば、それは恐ろしいな。
「どんな内容なんだ?」
「えぇっと……世界は一度マヨネーズによって滅ぼされている。とかですね」
「…………は?……な、なに?」
俺は、俺の脳は、理解を拒んだ。
「あとは…救いの道はマヨネーズにあり!とか…マヨネーズこそが人間の魅力!とか…人気アイドルが男子高校生にお熱!?とか…色々記事を書いては投稿してるみたいです」
「最後のは多分関係なさそうだけど…これ何?お前が書いたの?」
「違いますよ!確かにマヨネーズは好きですけど……」
「そう。で?なんでそれが魔族の書いた記事だって分かんの?」
「あぁ、それは…えぇっと……これ見てください。投稿者のプロフィールです」
エルゼが開いたページを覗き込む。
「エイニギェルグ?」
「はい、記憶が正しければ魔界の言語をこちらで発音したものに近いです。あとアイコンに顔写真を使ってます。他の人からはコスプレや、あるいは生成した画像か何かに思われているでしょうけど」
「リテラシーすらなかった」
「魔族にそんなもの求めても仕方ありませんよ」
「はぁー、ゴミ。期待外れ。かつてない強敵との勝負かと思った俺の期待を返せマジで」
……いや、待て、考えろ。
これって、今はこんなゴミみたいな落書きで済んでいるだけで、今後こう言った活動で得たフォロワー的な存在を利用して世界征服に乗り出して──という可能性もなくはないよな。
最初から真に迫るような陰謀論をぶちまけるよりは、ネタ的な活動の方が人の目を増やしやすいのかもしれないし、やったことないから分からないけど、まずは面白さとか、そういった物で人を惹き付けるというのは堅実ではあるのかもしれない。
そう思い、最初の記事を読んでみることに。
したのだが。
「ひっどい内容ですねぇ…」
「マジで終わってるな」
読み終わった俺達は、その内容に声を漏らした。1から10まで全部滅茶苦茶な記事で、こんなゴミ記事をネットの海底から見つけてきたエルゼもなかなかだが、世の中にはやはり逸材がいるもんだなと思わされた。
世の中とは言っても、コイツは魔界──この世の外側が出身なのだけど。
タイトルからして予想できたのは酷い内容だというところまでで、流石に此処までとは想像もつかなかった。こんな三流新聞社の記者が書く社説未満の駄文で世界征服するつもりなのか?
コレじゃあマヨラーの同士を集めるのすら困難だろう。
一応関係なさそうなアイドルの記事も読んでみたが、これは、「とあるライブで騒動が起こった際、取り残されたその人をその場にいた高校生が救出し、以降その相手に執着している」という噂をまとめた程度のモノだった。
何でこれだけ普通の記事を書いているのかが、他の記事の狂いっぷりを見るに不気味で仕方ない。
「あれ?これ…」
「……どうした?」
「ん、あ、いえ。なんでもないです」
エルゼはその記事を読み何か思うところがあったそうだが、気にする必要もないだろうとのこと。
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そして、捜査はするまでもなかった。
プロフィールを確認したところ、ご丁寧に住所まで記載されていたので早速その家を尋ねることに。
コイツ、俺が特別何かしなくてもいつか別な要因で消えてそうだな。
「これがネットで見たリア凸というやつですか」
目的地のアパートへと向かう途中、エルゼが呑気に呟く。
突撃してぶっ殺しに行くわけだから、ある種ネットリテラシーがなかったが故の事件が今から起こるのだ。教訓として、ダーウィン賞でも贈った上で教科書に載せてやるべきかもしれない。
今回の件から人類が学ぶべきは、個人情報をネット上に上げるなということだ。
「ここ……ですかねぇ」
「部屋番号的にはここだな」
存外近い所に住んでいるようで、電車に乗って2駅、そこから歩いて数分のところに目的地はあった。この距離だと家賃は高そう。
「よし、じゃあ──」
「必殺!ピンポン16連撃!」
エルゼが突如インターフォンを連打し始めると、俺はすぐさまアパートから離れ、近くにあったビルの屋上に飛び移った。これくらいの移動なら変身しなくても行えてしまっている自分が怖い。
屋上からドアを観察していると、何者かが出てきた。パッと見では人か魔族か分からなかったが、エルゼ曰く魔族で間違いないとのこと。
で、ここからどうするのか。
「ねぇ、何してくれてんのマジで」
「魔族相手ですし挨拶代わりにはちょうどいいでしょう」
「次インターフォン押しても出てこなくなるかもじゃん!」
「それなら…次は僕がもう一回インターフォンを押すので、颯くんはそれと同時に窓から入ってください」
「…その作戦になんか意味はあるの?」
「え?特にありませ──んぐえぇぇぇぇっっ!!」
そして突撃することになり、部屋の中を窓から覗き、様子を窺う。しかし特に目立った様子はなく、普通に1人の人間が生活しているような部屋と言える。
魔族だけど。
チラリと見えたそいつの姿も、椅子に座りパソコンに向かうなんとも無防備なものであった。
俺は上の階の柵を掴み、窓に向かってユラユラと、ブランコのように勢いをつけると、エルゼが再びインターフォンを鳴らし、中の魔族が動いた瞬間に窓をぶち破る。
「おんどりゃああああぁぁぁぁぁっっ!!!」
「へっ、うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
「ヒャッハアアアアァァァァァァ!!!」
突撃する颯、驚きスッ転ぶ魔族、少し遅れて窓から入ってくるエルゼ。
その後少しの沈黙の後、ガラス片の散乱する部屋にて、なんとも気まずい会話が始まった。
「な、なん、何なんですか…?私、何かしましたか…?」
「やい魔族!インターネット上に嘘の情報を流しているのはあなたですね!」
エルゼがビシッと指を向け言い放つ。
「お前が書いてる記事を見てここまで来たんだよ」
「え?あ、ああ、あれですか、あれですね。はいはい」
やけにあっさり認めたな。
俺は俺でそんな声に耳を傾けつつ、部屋を見回しおかしなものがないか探す。パソコン、畳みかけの服、小さなテーブル、その上に散らばった空のマヨネーズ。
……マヨネーズ、マヨネーズ、マヨネーズ。
そして部屋の奥を見た時、思わず絶句した。
「あんな気の狂ったものを投稿したその意図を早く──」
エルゼの毛を引っ張り、こちらを見るよう伝える。
「ちょっとなんですか颯くん、今は話して──え、何ですかアレ」
そこにあったのはマヨネーズを祭る祭壇のようなもので、薄暗い部屋の中、蝋燭の炎が妖しく揺らめいていた。
「えぇ……」
「あ、気になりますか?これは私がこの世界に来てから出会った、我が神の為の祭壇なんです」
「あ……え…あ……」
「私はこの世界に来て変わったんです。マヨネーズ様のおかげで新たな生き方を知りました」
そう言いながら祭壇の前に正座すると、ポーンとおりんを鳴らし、線香に火をつけ手を合わせる。
仏壇スタイルなのか。
「マヨ阿弥陀仏」
マヨ阿弥陀仏ってなんだよ。
「あ、喉乾きませんか?ちょっと待っててください」
祭壇の前から立ち上がると、キッチンへと向かっていった。
カラン──と、コップを取り出した音の後、ブポッ、バポッと、おおよそ飲み物を淹れているとは思えない音が響く。
直感した。これはマズイと。
てっきり陰謀論を利用して人々を惑わせ、自身を教祖か何かに据えたカルト宗教でも作り出そうとしているのではと予想していたが、どうやら逆のようだ。
「お待たせしました~」
陰謀論に嵌ったのも、カルト的思考に嵌ったのも、全部コイツだ…!
コイツは多分純粋に、本当にただ悪意無くその考えを周りに広めようとしてたのだろう。
そうか……恐らくだが、コイツはそこまで悪い奴じゃないんだと思う。いや、それが本当かどうかはこの際どうだっていいのだ。対して重要な事でもなければ、気にしたところで俺の判断は変わらないのだから。
俺にしてやれることは──1つしかない。
コップに並々注がれたマヨネーズを両手にこちらへ歩いてくる魔族に向け、俺は──魔法を放ったのだった。
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「なんで吹っ飛ばしたんですか?」
「アイツをこちら側に引き戻す自信が俺には無かったから」
「引き戻す……まぁ別に、倒してくれる分には何でもいいんですけど……」
かといってあの手の輩に自分の生殺与奪の権をくれてやる訳にもいかない。
マヨネーズを崇めているだけなら害もなさそうだったが、もし奴の興味がマヨネーズから別のモノに移った時、それは本当の意味での恐怖と成ってしまうのだ。
俺の弱さだ、笑いたきゃ笑え。
帰り道、空虚な笑い声が誰もいない住宅街に響いた。