文学部
「我が名はダークロード…この世界を地獄に変える者の名だ」
謎のポーズをとりながらそう告げる男が1人。
「……さいですか」
目の前でなかなか物騒極まりない事を抜かす1人の男。軍帽のようなものを斜めに被り、制服の襟は上を向き、左腕には包帯を、それ以外の袖には鎖などが付けられている。
年齢は俺とそう変わらないが、言っていることは俺のそれとはだいぶ違う。
魔族と対峙しているのであれば緊張感もあるだろうが、エルゼ曰く別に魔族でもなければ悪魔憑きでもないとのこと。
それが無ければ危うく魔法をぶっ放して殺してしまうところだった。
ではこいつは何なのか。ただの人間、しかし厨二病。
目覚めちゃって自分は周りとは違うとか思っちゃってる奴だ。
高校生にもなって、それを今もなお引き摺っちゃってる奴だ。
痛々しいことこの上ない。何ならここで引導を渡してやることが俺にできる精一杯なのかもしれない。
普段であればこんなタイプの人間、一緒にいるところすら見られたくないと徹底的に避けるはずなのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
きっかけは真からの頼みで、あいつは文学部に入っているのだが、そこでやる荷物整理や文化祭での準備に人手が足りなさすぎるから手伝って欲しいと、そう言われていた。
こんなのがいると知らなかったその時の俺は、普通に頼みを受けてしまっていた。
そこで出会ったのがコイツなのだが、ハッキリ言って作業の邪魔だし鬱陶しい。
「魔族の手先ってことで処分してもいいかな」
「よくないですよ」
真に連れられた先で文学部の部長から頼まれた作業は1つ。箱に詰められた本を運ぶというもので、力仕事だが楽な仕事だ。
本を選別して箱に詰めながら、俺が部屋に戻ってくるたびに何かしら意味の分からないことを言ってきているというのがコイツの今の状況であった。
構って欲しいのかな?
別に厨二病を否定することはしないし、場合によってはある意味個性だと認めたっていい。
だが作業の邪魔をすることは個性とは言わないし、俺を不快にさせるのも個性とは言わない。
なんなら本物の、我が家の御厨 楓に会わせてやって目にもの見せてやろうかとも考えていたのだが、そうもいかないのだからどうしたものか。
「クックック…この左腕にはかつて魔界にてその名を轟かせ、天界に戦いを挑んだ常闇の魔物が封印されている…」
魔物にはそんな知能ないだろ。
「なら出してもらうか」
「やめてあげてください。まぁ……悪魔であれば似たような存在もいるんですけどね」
少しおちょくってやろうと思いこちらから仕掛けようと思ったのだが、そこに一人ずっと黙々と作業していたもう一人の部員が口を開く。
「気にしないほうがいいよ。関わるとバカになるから」
声をかけてきたのは長い髪の少女──のような男。背丈はやや小さく、その髪を後ろで2つにまとめていて、制服を着た状態でなければ、その顔も手伝って男だとは気が付かなかったかもしれない。
そんな彼だが、あまりにもしつこいと思った俺の心情を察してか助け舟を出してくれたのだろう。ありがたい。
「フン…矮小なる存在にこの力は理解できぬか…」
「うるっさいなぁ…じゃあ理解したいからさっさとその魔物とやら出してみなよ」
「なっ…!貴様正気かっ!?この封印を解けば最後、この我でも抑えきることは…!」
「あー、はいはい、そんなもんいないから出せないんでしょ。知ってる知ってる」
「なんだと貴様ぁッ!!愚者の分際でッ!!」
「んだとゴルァァッ!!!」
出された船は泥船だったか、早々に沈み始めた。俺は激しい言い争いに発展したので段ボールを抱えて部屋から出る。なんだろう、変なのしかいない部活なのだろうか。
部長は普通っぽかったんだけど。
「ああいった人たちがいるのも学校って感じがしていいじゃないですか」
「求めてるのはそういうのじゃないんだけどな…」
△▼△▼△▼△▼△
しばらく歩くと部長が待つ、普段は教職員くらいしか使うことのない倉庫のような教室へと到着した。
「あ、来た来た。それで最後?」
「あと1個2個じゃないですかね」
「そっか。あ、ならこっちもちょっと手伝ってもらってもいい?」
その普通な感じの部長がこの人。名前を櫛引 奏というらしい。
ザ・文学少女…という感じでもなく、本当に普通な感じの人。これで三つ編みに丸眼鏡でロングスカートでも履いていれば特徴らしい特徴も出て来たわけだが、失礼ながらそういうのでもなかった。
あの2人の所為で何かしらありそうな気がするが、特に何もない。何もないのがむしろ怪しい、などという疑心暗鬼に憑りつかれてしまっている自分がいた。
手助けとして真に連れられてきた俺を、大した説明もないままにこき使い始めたあたり、そうでもないのかもしれないけど。
薄暗く埃の舞うその部屋で手招きする部長にやることを聞くと、作業を進めていく。
その時ついでに文学部が文化祭で何をするつもりなのか、今俺が手伝わされている作業に何の意味があるのかを聞くことになった。
「私たちは今回演劇部と組んで劇をやることになってさ」
「へぇ、演劇部と。じゃあ劇の練習をするために片付けてるって感じですか?」
「いやぁ、私たちがやるのは脚本と演出なんだけどね。それでもやることはあるから一時的に部屋を開けてるんだ。流石に物が多すぎてね」
演劇部の部室で一緒にやればいいんじゃないかと思ったが、そうしないということは向こうも人や物でいっぱいだからなんだろうか。
「どんなストーリーでやるんですか?」
「気になる?その日まで秘密だから言えないんだけどね」
人差し指を口先にあて申し訳なさそうに笑う。
ちょっとかわいい。
ただ、内緒だよと言って少しだけ教えてくれた。
「今回は生徒会長に少しだけ出てもらうことになってるんだ」
「会長に…?」
「殺陣っていうんだけど、少しやりたいシーンがあってね?彼女は剣道部所属だし、まぁ、剣道とは少し違うけど頼んでみたんだ」
「……なるほど」
作業を続けながら話を続ける部長。
「でも1個だけ問題があってさ」
「問題?」
「そ、生徒会長はいいんだけど…相手を務められるだけの人がまだ見つかってなくてね」
「は、はぁ……今から間に合うんですか?」
あの人は大会などで一定以上の結果を残しているとして度々表彰されてきたと聞く。あの時はインチキだのなんだの言ったが、俺がエルゼと出会った時期的にも、これまで積み重ねてきたもの自体は、本当に自分の、積み上げた実力によるものなのだろう。
だからこそ、それだけの実力がある人間と同等以上の立ち回りで場を盛り上げられる相手がいないのも、仕方がないのか。
「それで昨日君のお姉さんにも頼んでみたんだけど…生徒会長が相手だってことを伝えたら断られちゃって」
「た、頼んだんですか……まぁあの2人、仲悪いですし」
「でね、その時になんとか頼み込んで生徒会長の相手を務められそうな人を知らないか教えてもらったんだ」
「へぇ……よかったですね」
この時点で嫌な予感がひしひしとしていた。俺は逃げるべきだったのだろう。だがしかし、一度引き受けた以上は仕事が終わるまでそうするわけにもいかない。
それと同時に俺が今まで手伝っていた作業の意味も大体理解できた。
そう、大した意味はなかったのだ。
作業時間が少し遅れるくらいで、あの2人と真がいれば、本を運び出すくらいのことはわざわざ人手を頼らなくてもできたはず。
そもそも、荷物運びが本当の目的なのだとしたら、声を掛けるべきは俺じゃない、傑だ。
だからこれは真を通じて俺を呼び出し、この部長との繋がりを、しいては交渉の場を作り出すのが目的だったのだろう。
「そこで名前が挙がったのが君なんだけど……どうかな?」
「どうかな?じゃありませんけど」
「でもでも、あの楓さんが言い切ったんだよ?うちの弟ならあの女も叩き潰せるって!」
「ホント物騒だなあの人、てか何言ってんだマジで」
「まぁ、役柄的に勝つのは生徒会長の方になるんだけどね?このシーンが一番の見せ場なんだよ!」
「そうなんですか…でも演技なんてできないんで…頑張ってください」
「あぁ、いや、演技自体は生徒会長も君も必要ないんだよ。少し動きを合わせてくれれば後はいい感じに戦ってくれるだけでいいし!それに最後の機会なんだ!頼むよ!ね?」
だんだん熱くなってきたのか、さっきまでよりテンションが上がってきている部長。なるほど、こういうタイプか。
「いや、そもそも。俺が会長と渡り合えるっていう情報が本当かもわかりませんよ?」
「え、でも楓さんが…」
「自分に厄介ごとが降りかからないように適当なこと言って俺に押し付けただけですよ」
「そ、そういう可能性も確かにあるのか…」
「そうです、そうに決まってます」
これで何とか諦めてくれないかな。そう思っていたのだが、返ってきた言葉は想像していたものとは大きく違った。
「なら!これから剣道部に頼んで君と生徒会長の模擬試合をしてもらうことにしよう!そうしよう!」
「は、はぁ……!?」
そこまで広くない物置部屋ではその声が思いのほかよく響いた。
「どうしても嫌…?」
「どうしても嫌です」
その声に驚き少し落ち着いたらしい。
「そっか…じゃあ、取引をしようよ」
「あ?取引ぃ?」
「そう、私の大事なものを上げるから…せめてそれだけでもお願いできないかな」
「だ、大事なもの…」
大事なものが何かは分からないが…そこまでか。
一度やりたいと決めたらそれに向かって熱意を持って取り組む。それ自体は理解できるしいいことだとも思うが…大事なものを差し出すほどなのか。
「あの、大事なものって?」
金とか積まれたら流石に問題になるが、かといって体とか言われてもどうしようもない。
「その…これを失うのは非常に惜しいんだけど…」
そういってスカートをぐっと握りしめる部長。頼むから断りやすいものであってくれと願う。
そんな部長が懐から取り出したのは一冊の本だった。古い本なのか表紙は掠れてよく見えない。
「そ、それは…?」
「私が以前様々な本屋や古本屋に足を運び、県外にも足を延ばしてやっとのことで手に入れた一冊!幻の本だ!」
……本に興味はないしそんなの渡されてもどうしようもない。
「いや、別にいらないんですけど……もういいです」
「そんなっ!この本の価値が分からないの!?これだよ!ほら!私の命と処女の次に大事なもの!」
結構順位高かったんだな。そういうのって家族とか友人とかが先に来るもんじゃないのか。
……今最後なんて言った…?
「…………分かりましたよ。本はいらないですけど戦って見せるのはいいですよ、やりますよ」
「ほんと!?」
あんまり何度も頼まれると断り切れなかったりするのは自分の嫌なところだ。まぁ、適当に負ければ満足するだろう。
なんて思っていると、部長は素早くスマホを操作し小さくガッツポーズをとり、俺の腕を引っ掴んで外へと連れ出した。
「え?今から!?」
「思い立ったが吉日!善は急げ!さぁ!行こう!」
興奮状態の部長に半ば無理やり連れられ、俺はそのまま剣道部のいる道場まで連れていかれることになったのだった。