助っ人
「あと1時間半か…そんなに時間潰せなかったな…」
「美味しかったしいいじゃないですか」
実際には大した時間も経ってはおらず、店を出てからも暇な時間が続いていた。
金も入っていることではあるし何かを買う分には問題もないのだが、あまり嵩張るようなものを買っても邪魔になるだけだ。
どうしようかと周囲を見回していると、少し先に本屋を見つけた。本でも読んでいれば1時間くらいは潰せるだろうし、もしかしたら気になるものもあるかもしれない。
そう思い、あっちこっちの屋台を見て回るエルゼを置いていった。
本屋は思いのほか広く様々なコーナーに区分けされており、見て回るだけでもそれなりに時間を使えそうであった。何を読もうかと歩き回っていると、とあるコーナーの横を通り過ぎた際、一瞬知っている顔が見えた気がした。
そこは……女性向けの本が置いてある空間。普段ならまず入ることはないコーナーで、だからこそ俺はそこにいた人間の姿を確認して、銃弾でも喰らったかのような衝撃を受けた。
「会長…?」
「へ……?」
そこにいたのは帽子を深く被り、少々アレな笑みを浮かべた会長だった。
「あ……人違いでした…」
「待て、逃がすわけないだろう」
声を掛けるべきではなかった。
こんなところまで来て出くわしてしまったんだ、たぶん会長的には人に明かすことができない趣味だったからこそここまで足を運んでいたはずだ。
それを暴いてしまったとなると……厄介だな。
「その…」
後ろで纏められたポニーテールが揺れている。この人普段の毅然とした感じはどこに行ったのか、モジモジとこの状況に困惑した様子を見せる。
だがしかし、俺にとってそんなことはもはや重要なことではなく、その視線は会長が手に持ったままの本に向けられていた。
「男女混合メイド喫茶……アレは会長の趣味とは関係ないんですよね?」
「え?…あ、いや……ああ!関係ない!だから…その…」
本当に関係ないんだよな?
普段の問答でエルゼが見せるような態度に疑問を抱く。
当のエルゼはリラと顔を合わせるなり早速言い争いを始めていた。
「別に学校で言いふらしたりはしませんよ。既にそんなことするメリットもないですし」
「メリットがあったら言うのか…」
別にそういうわけではなく、話したところで誰がそれを信じるのかという意味であったのだが、俺は特に何も言うことはなかった。
「いや、学校で言う分には別にいいんだが…」
「え?」
「私がバレたくないのは……親の方でね」
まぁ親にもあまりバレたくないのは分かる。ただ、会長が言うには家の厳しさによるものだとか。
厳しい教育の反動でそう言った趣味や性癖に目覚める……というのは聞いたことはあったが、実際にあるんだな。
それはともかく、学校の人間経由でバレる可能性もあるからなるべく他人にバレないようにしているのだそう。じゃあ学校で言うのもダメじゃん。
「それで…君はどうしてここに…?」
「え?えーっと…あ、そうだ、姉さんに試合を観に来るように言われて」
「楓君に…?あぁ、バスケ部の試合の事かな?」
「来ないと殺すと言われたもので」
「あ……本当に、私にそれが向けられたりしないよね…?」
「……」
「私の所為とは言え頼むよ…」
この間の事だろう。特に姉さんはまだ何もしていないらしいが、何かあればそのまま突撃するだろうし…俺がもういいと言っているから一応は落ち着いてくれているが、それも絶対ではない。
「試合の事は知ってたんですね」
「私も招待されているからね。ここに来たのはこの新刊を…うへへ…あ、んん!」
にやけた面を浮かべ本に頬擦りし始め、思い出したかのようにそれを離した会長。
本の表紙には女装少年だの調教だの色々書かれていたのですぐに目を離した。それにしても結構エグイの読むんだなと、全力で意識をそらす。
もう俺の中にあった生徒会長の像は激しく崩壊しているが、しかしそれはある意味芸術的な壊れ方かもしれない。言うなればミロのヴィーナスのような、壊れることで初めて完成したような、そういう壊れ方。
具体的なイメージが完全に固まっていたわけじゃないのもあって、尚の事そう思う。
「そうだ、試合だが…よかったら一緒に観に行かないかい?」
「え?」
正気かこの人。
俺と会長が一緒にいるのを見て、それを悪い方に捉えられたらそれこそだろう。いや、むしろ1人でいるところを襲われないための処置として俺をそばに付けておこうという考えか。
それなら納得もできるが……それはそれで嫌な予感がすると言うか……
「謀られたか…」
「ど、どうかしたかい?」
ただ純粋に、あまりいいとは言えない今の状態から少しでも仲良くなれたらと誘っただけの流華であったが、その関係性の所為で意図は正しく通じない。
とりあえず時間になったら店の前でという約束で、その場は解散することになった。
「おい、エルゼ。いくぞ」
「──だから貴女のその考えは…えっ、あ、ちょっと待ってくださいよ!」
別のコーナーへと歩いてゆく颯と、慌ててそれを追いかけるエルゼ。
そんな彼らの背を見送っていた流華に対して、リラが独り呟くように言った。
「エルゼ…やはり不快な奴です」
「仲直りはできなかったのかな?」
「誰があんなのと…!いえ、お互い実力は認めているつもりですが…決定的に考えが合いません」
「いいんじゃないかな、人とフューリタンとで支えあっているようで」
「……それは…貴女を道具のように扱った私への当てつけですか…?」
「ふふっ…さぁね」
小さく笑うと、本へと視線を戻した。
「うへ…へへへへ……」
「私は……流華とも考えは合わなさそうなのですが」
△▼△▼△▼△▼△
結局断れなかった俺は少し早めに会長を待ち、一緒に会場へと向かうことにした。
「私はバスケ部の試合に関しては初めて見るのだけれど…君もかな?」
「えぇ。多分姉さんの独壇場で終わりですよ」
「魔力を使い始めたりしたらこちらとしても見て見ぬふりはできないのだけれど…大丈夫なのかい…?」
「魔力は使いませんよ。ただ、変身してなくても身体能力は俺達同様上がってますからね」
「楓君の能力については未知数だけど、運動神経の良さについては前から知っていたからね。それがより強化されているのか…」
「あの人、会長と違って持ってる力を抑えたりはしませんから」
「なんだか私が手を抜いているみたいな物言いだね…」
「違いました?」
「ち、違わないけど…違うというか……」
話しているうちに先程の会場へと到着した。
「会長?」
「……あ、ああ。入ろうか」
会場に入り空いている席を探す。
2階から見下ろすような形で試合の観戦をするらしい。
席に着くと会長に一言伝え、飲み物を買うために自販機を探しに行くと、その最中、通路で1人、体を温めていた姉さんを見つけた。
見つかってボロが出るとマズイと思い身を隠したのだが、勘の良い姉さんを出し抜けるはずもなく、簡単に捕まってしまう。
「よかった、ちゃんと来たのね。……隠れてたのは不問にしてあげる」
「…………はい」
「で?こんなところで何してるのかしら?10分もすれば試合が始まるのだけれど」
「あ、そう。自販機、どこにあるか知らない?」
目的を伝えると納得したように頷き、何故か姉さんに手を引かれ自販機まで案内される。道中ほかの誰ともすれ違わなかったが、他の部員とかはどうしたのだろうか。助っ人に誘われている以上、ハブられてるとかではないと思うが。
「ここよ、ここ」
「ホントだ、ありがと」
自販機に金を入れ、水と茶を1本ずつ買い、ガコンと音を立てて落ちてきたものを取り出し席に戻ろうとすると、姉さんに腕を掴まれる。目線を向けると、真っ黒な瞳でこちらをじっと見ていた。
「……なに?」
「ねぇ、なんで2本なの?」
「……!」
ぬかった。何の気なしに2本買ってしまっていた。
「……エルゼのです」
「違います」
「なんで言うの!?」
「どうせバレるんですから正直に言うべきですって」
「嘘…ついたの?」
「いや違────ッ!」
一瞬で壁に追い詰められ首に手を掛けられる。
これ好きだなこの人。
会長と俺が戦うことになった話をした時はかなり怒っていたが、自分でこうする分には特に何も感じていないらしい。自分はいいけど他人はダメ、そういえばそういう人だったか。
「……はぁ。嘘、というよりは楓さんを動揺させないために隠したんでしょう」
「エルゼ…?」
「どういう事よ」
「生徒会長さんと出くわしたんです」
「…!」
「ヴェルザ、なんとなく察していたでしょう」
「あぁ。だがわざわざ言うまでもないと思ってな」
「言いなさいよそういう事は!」
「言って何になる。その試合とやらを放棄して決着でもつけに行くのか?まぁ、土壇場で頼みの綱が失踪して絶望に染まる連中の顔を眺めるのも、我としては楽しそうではあるがなぁ?」
「それは……」
「まぁ、特に何もないから。姉さんは試合頑張ってね」
これ以上この場にいるわけにはいかないと、拘束から抜け出し元居た場所に戻ることにする。
「後で厄介なことにならないといいけど」
「……分かってて言ってますよねぇ?」
△▼△▼△▼△▼△
「あ、やっと戻ってきた。そんなに遠かったの?」
「いやぁ、まぁ……すみません。……2つの意味で」
「……?」
しばらくした後、少しの式や説明等を済ませると、早速試合が始まっていった。姉さんはこちらを見上げると一瞬目を見開いたが、すぐにその意識は敵の方へと移っていた。
聞いてはいたが、1個目の試合から出てるんだな。
始まると同時に姉さんがボールを奪い取り、早速点を入れる。それは数秒の間の出来事で、数秒前の出来事である。
「やっぱりあれは…」
「姉さんにしては意外と抑えてますね」
「あれで……?」
もうちょっと派手に暴れると思っていたから少し驚いた。
最初の1点は恐らく相手チームへの威圧だろう。最初の点は姉さんが単独で一直線に入れに行ったが、そこからは一転、他のチームメイトとちゃんと協力して点を入れている。そういった意味でだいぶ抑えていると思う。
ただ、もちろん力という面で抑えてはいるものの、初っ端から動きのキレが前よりもずっとよくなっているのを見るに、試合の中で我慢が利かなくなったら暴走しだすんじゃなかろうか。
それもそれで見てみたいものではあるが、俺の身体能力の上昇度合いから考えれば元の素質も相まって化物扱いは避けられない。
それが原因で要らぬ注目を浴びてしまうことを考えると…程々にしてもらったほうがいいかな。
「すごいね。あの速度で動いているのにも関わらず、ルールを破るようなことはしていない」
そうだ。相手チームは既に一度笛を吹かれているが、姉さんはあの動きで一度もルールを犯していない。
それは単に審判が動きを追い切れていないというのもあるのだが、俺や会長が見ていてもそう言った行為はなかった。姉さんはルールのない場では好き放題やるが、ルールがあるならそれを破ることはしない。
ルールの中で出来ることを尽くし、潰し、その頂点にて拳を振り上げるのだ。
「会長も姉さんの動きは見えてるんですね」
「ああ。なんとかだけどね」
姉さん達はその後も、防御ではなく攻撃を主として点を荒稼ぎし続けた。
10分が経過すると一度インターバルが入るが、その次の試合も姉さんは普通に出ており、先と同じ手法で相手を威圧。気持ちまでリセットできると思うなよと言わんばかりに、恐怖を植え付け直す。
相手チームは、1セット目で散々な目に遭わされた姉さんが再び出てきていることや圧倒的な点差で余裕がなくなっていき、しかしそれは、まさに姉さんの思う壺。
それを皮切りにして姉さんの蹂躙が始まる。
合図を送ると同時に、他のチームメンバーが防御を完全に放棄し、姉さんにボールを送っては3ポイントシュートをひたすら叩き込み続ける作業に変わる。
相手チームも死に物狂いでボールを奪い取り敵陣へと向かうが、気が付いたときにはボールは姉さんが奪取済み。
ハッキリ言ってこれ以上試合を続ける必要もないとは思うような、そういう試合が続く。しかしすべてはルールの範囲内。誰も文句は言えないし、誰にも文句は言わせない。それが勝負である以上、それは尚更である。
それを繰り返して試合が終わると、こちらに笑顔で振り返り手を振ってくる。
1試合フルで張っていたのもあり、観客の目は全て姉さんに向けられている。しかしそれは、決して称賛の目ではなく、畏怖の目であることは、言うまでもなかった。
「む、惨いな…」
「元からあんなんですよ。悪魔になって動きに磨きがかかりましたが」
まぁ、強い奴が勝つ。分かり易い程に残酷だけど、所詮こんなもんだよね。
第1試合目がこれだ、この後他のチームがどんな試合を見せようが霞むことは確定している。断頭台に送られる罪人の様な面持ちで試合に臨む、そんな名も知らぬ彼女らを見ながら、俺は静かに手を合わせた。
△▼△▼△▼△▼△
全試合終了後、何故か逃げることもなく隣に居続けた会長と一緒に姉さんを出迎えることに。
どう考えても睨まれていたのだから逃げればいいのに、もしくはその招待してくれた相手の所にでも行けばいいというのに、この人は俺と共に姉さんを待つ気でいる。
試合中、姉さんは相手から完全に意識を外していたわけではないものの、その視線は度々俺の方に向けられていたのだ。試合が終わってなおここに居ればどうなるかくらい容易に想像がつく。
「アンタ…何のつもり?」
席で待ち続けること10分と少し。温厚じゃない表情を浮かべた、怒な姉さんがやってきた。
「やあ。お疲れ様、凄い活躍だったね」
会長は席から立ち上がり姉さんに向かう。姉さんの様子などどこ吹く風で、この人は人の悪意に鈍いのか、それとも挑発がしたいのかは分からないが、俺は臆病風に吹かれた。
「そう、聞いてもないお世辞をありがとう……で、何のつもり?」
対して興味もなさげにぶった切った。あれだけ多くの未来ある選手たちの心をお遊び感覚で叩き壊しておいてそれだけか。
「颯君とはさっきすぐ近くの本屋で偶然会ってね。で、ここに来るという話を聞いたから一緒に来たんだよ」
「また何かしたとかじゃないんでしょうね?」
顔を近づけ問い詰める。姉さんは怖いし会長はどうも苦笑いが抜けない。
お互い表情さえどうにかできれば、なかなかいい光景だな。表情さえどうにかできれば。
「何もされてないよ」
話が進まなそうだったのでこちらからも弁明しておく。そもそも一緒にいるのは俺が迂闊に声を掛けたからで、本来はこうではなかったし、実際何もされていない。
「そう。既にとんでもない事されてるのにそっちの肩持つのね」
姉さんは不満そうに言う。
頭の中では色々言い訳をしていたが、それを口に出さず目線をあちこちにやっているのを見て、どうやら何か考え付いたらしい。
「まさか、弱みでも握られたの…?」
「そんなことしてないよ!?」
「黙りなさい。家の力でも使ってこの子を脅してるんでしょ…!」
何故そうなる。とは思ったものの、姉さんは以前から1回そうだと思ったらそれを結論に置いたうえで理由付けをしたりする節があるからな、要するに何を言っても聞いてくれなくなったりするわけだ。
「そんなこともしてないよ!ね、颯君、そうだよね!?」
「はいそうですなんて言うわけないでしょ!」
そこからは主に姉さんの側だけが一触即発になっていた状況をなんとか落ち着かせ、それでもなお文句ありげな姉さんを押すように帰った。




