曖昧な正義
「スターライト・レイ!」
そう短く唱えられた魔法は、確かにいつもよりは威力が落ちているように思われはしたものの、それでも相手から放たれた攻撃に向かって直進し、それを相殺するに至った。
なんとなく唱えやすいからとこの魔法を使うことの多かった俺なワケだが、それがここにきて活きるとは思っていなかった。普段から使っているが故にイメージもそれなりに出来上がっているし、これは慣れていけば何とかなるのではないかと、そんな期待を抱かせてくれる結果となった。
「聖なる光!」
一心不乱に魔法を連発する俺に対し、的確に魔法を撃ち込んでくる。魔力が迸り、粒子が弾けていく。最早天も地もなく、縦横無尽に飛び回っては魔法を乱発する、そんな戦いであった。
「次は……」
辺りを見回し、次はどこから攻撃を仕掛けてくるのかと警戒を張る。
「形状変化、光神の宝鎗!」
「……雲の上かよ。まぁそういう人間だもんなぁ!」
暴風が吹き荒れ雲が晴れると、生徒会長と変わった形をした巨大な鎗がそこにあった。偃月刀に近い形状、ともすれば薙刀と言えるのだろうが、その穂先は確かに敵を貫くために、俺を狙っていた。
「裁きの鎗!」
「えぇ……」
ただでさえ巨大な鎗、それはその声に呼応するように分裂し、増殖し、文字通りの鎗の雨となって降り注ぎ始めた。
体育祭の前日に鎗の雨でも降らないものかと祈ったことはあるが、俺が求めていたのは多分ああいうのじゃない、当たったら死ぬ。
そんなに武器を分裂させるのが好きなのか、いや、それだけ確実に仕留めようというだけの事なのだろう。俺が避ければ避ける程に相手は手数を増やすことを考えるわけで、俺は地面スレスレを、物陰に身を隠すようにしながら、歩道橋や高架下を潜る様にしながら逃走する。
魔法をこれまでより早く唱えられるようになったからといって、依然反撃の隙が無い。
「颯くん!何か来ます!」
「何かってなんだよ!」
「避けてください!」
そんなことは分かっている。言われずとも延々と回避を繰り返していたのだから今更である。
降り注ぐ光の弾、追尾する光束、そのすべてを紙一重で回避していく。エルゼの指示もあるが、俺もなかなか勘が良くなったものである。と、気を抜いたそばからカス当たりで爆発に巻き込まれる。
「カハッ……げほっ、死ぬ気で生き抜かなきゃダメだってのに、気抜いてどうすんだっての……!」
「全くもってその通りだね。同意するよ」
「──っ!」
魔法を放っているからといって本人が止まったままなわけがない。俺の目の前に再び先回りし、神剣を振り下ろした。砕け散るアスファルト、スローモーションのようにそれが舞い上がると、俺の身体は不可視の一撃に斬りつけられた。
先回り好きだなこの人!俺は吹き飛びながらも魔法を放ち、体勢を整えると再び飛翔して逃げ回る。逃げてばかりだが、向こうが隙を見せるまではどうしようもない。いや、いっそのこと突撃してみるか?
逃げに徹していた身体をくるりと回すと、ステッキを構えて速度を上げる。
「はぁ、やっと追いかけっこも終わりかな?」
「は!ちょっと息上がってんじゃねぇか!」
「君が逃げ続けるからだろう。もういい加減終わらせたいのだけれど?」
「1人で勝手に終わってろこのクソ女!死ねぇぇぇぇぇっ!!」
白き光が天を穿ち、黄金の光はそれに応える。
これまで俺を追うだけだった光が交差し、互いが飛び回る軌道が無秩序で歪な円を描く。
「…………ッ!」
果たして、先に終わりを求めたのは天使の方であった。不利ではなかったのに、有利とさえ言える状況であったのに、それを急いでしまった。
極彩色の光に身を包むと、背からは6枚の白い翼が生え、放つ迫力が、纏う魔力が、総てが変わった。
「……美しい」
美術館にあるような宗教画などよりよほど芸術的であると、思わず呟いていた。
「形状変化、聖神の輝剣!」
生徒会長が天に向かって掲げたその神剣は膨れ上がり、それは見る見るうちに巨大化していく。いつしか見上げるだけで首が付かれてしまいそうになるような大きさまで変化していくと、彼女は俺を見た。
「こんなことになって残念だよ。接触するタイミングさえ違っていれば、また別の未来もあったのかもしれないのだし」
「…………なんだよ、もう勝ったつもりか?」
「神は絶対の存在だ。そしてその力を借り受けた代理執行人たる私の正義もまた絶対だ。正義である以上、負けるわけにはいかない」
「……話し合いも抜きにして初手暴力の奴が正義か。ま、自分の中では正義なのかもしれないけど」
「──っ、何をっ……!…………?」
生徒会長の一瞬の迷い。しかし、それを払うように軽くかぶりを振ると、力を強め、その大剣に魔力が流れていく。
「颯くん、アレは回避しても逃げきれないと思います」
「だろうな。サイズ的にぶん回されたらマズいのは分かってる。というか、周囲の被害とか最早考えてないだろアレ」
これまでの攻撃にしてもそうであったが、アレはその攻撃1つ1つの余波がどれだけの影響を与えているのかを全く考慮していないと、そう言い切っていいだろう。
皆の安全とか言いながらこれは一体どういう了見か。
この、発言やら行動やらが所々噛み合わないチグハグとした感じはどうにも妙であった。それはやはりエルゼも同じことを考えていたようで、しかしどこか確信でもあるかのように、忌々しそうに生徒会長を、否、その後ろを見ていた。
「えぇ。それに彼女が現在どういう状況かも何となく把握できました。颯くん、何とか切り抜けてください!」
「切り抜けろって無責任な……!」
その手段を提示するところじゃないのか、そう思ったが文句を言うのは後ででいい。今はこの一瞬で出来る事を考えろ。魔法を撃てば倒すことはできるかもしれないが、それではいけなくて、この明らかにヤバそうな攻撃を──
「──いや、待てよ……?」
俺は首を上に向けた。目を覆いたくなるような極光。目を細め、俺は口の端を少しだけ吊り上げた。
「最終神判・極刑!!」
生徒会長は叫ぶ。
同時にステッキを握りしめ、もし自分の考えが正しければ、こんなこともできるのではないかと、その言葉を呟いた。
応えたステッキは輝きを見せ、形を変えた。
「神剣ヘリュンデルク!」
エルゼは言った。このステッキはどんな武器にでも姿を変えることができると。そして俺はその言葉に従い、神話や架空の武器や現存しない様な武器を使ってきた。
ならあの武器も、今しがた生徒会長が持っている武器だって使うことができるのでは?
そしてその推測は俺が今持っているものが正解かどうかを示していて、エルゼが俺に与えたこのステッキの異常さを再認識させられた。
「えっと、形状変化、聖神の輝剣!」
目には目を、歯には歯を。相手の攻撃は模倣して相殺するだ。
俺は続けて呟いた。
「最終神判・極刑!」
信じられないほどの重みをもった巨大な剣。俺はそれを相手の攻撃に合わせるように振り抜いて衝突させた。あと少し遅ければどうなっていたか分からないそれは、込めに込められた魔力の放出が重なり合ったことで弾け飛ぶ。
「────ッ!」
少し、ほんの少しだけ俺の方が魔力量が大きかったのかもしれない。あるいはそんなことは関係なく、ただ空気の流れの問題だったのかもしれない。それでも弾け飛んだそれは、俺ではなく生徒会長の方へと向かって行き、盛大な轟音を夕焼けに響かせたのだった。
爆発そのものと形容するべきその波に飲み込まれた生徒会長は、翼を失い墜落していった。
「痛……」
「だ、大丈夫ですか?颯くん」
意識しないようにしていたが、こうして終わってみると受けた傷が存外痛みを訴えていて、俺はそこを抑えた。まぁそれでも大したことはないと、一先ずは墜落していった先へと向かう。
土煙が上がっており、どこに墜ちたのかは探すまでもなかった。人が落ちてクレーターができるものなのかと、現場を見て思う。
これで死んでいればそれこそだが、あの感じではそれも無いだろう。一応変身はそのままであったし、エルゼの反応も俺を労ってはいるものの、それらしさは感じない。しかし一応確認しておかねばと、俺は生徒会長に接近しようとして、そこから現れた白いフューリタン、リラに行く手を阻まれる。
「エルゼ、貴様…!その人間を止めるのです!」
「止まるべきは貴女でしょう!リラ!」
リラが叫ぶと、エルゼが俺の前に出た。
「何を……」
「白々しい、己の正義感を押し付ける為に彼女を洗脳したでしょう!それも思考誘導魔法を使って!そんな貴女がどの口で僕達を非難していたんですか!」
「……!?」
洗脳と、そんな単語が出て来たことで目を見開く。エルゼの剣幕はこれまでに見せたことのないモノで、それもあって俺は驚いた。
「……っ!だがっ!悪を排除するためにはこれも必要なこと!そうでなければ…!流華はあまりにも…!」
リラは背後に倒れ伏す生徒会長へと視線を向けた。
「あまりにも」と、その言葉の続きは聞けなかったが、何か事情があったのか。
「ならばっ……!適任者たる人間に同胞を殺させるのが正義だというんですか!?」
「ですが…私は…神の…神を……だから…貴様らを…」
「貴女の悪魔嫌いは知っています。神や己の正義を信じて疑わないことも」
エルゼはバツが悪そうに言う。尻目で俺を見ていたのは、そう言うことだろう。
「ですが貴女は、彼女から人を殺すことへの躊躇や罪悪感を奪ったんです。仕方のない悪魔付きとはそれこそ訳が違います。それが……それが我々のすることですか?」
ゆっくりと、諭すように、ただ語り掛けた。
「解いてください」
「……分かりました」
生徒会長の体が少し光るとエルゼがそれを確認して頷き、しばらくの沈黙の後、リラが口を開いた。
「私の考えは間違っていたのですか…?力を持つ者はそれを皆のために正しく使わなければならない…それは間違っているのですか?」
「……正しく使えていないでしょう。それに、その力はまず本人のために使うべきです」
「本人の為…?力を利己的に振るい始めたらそれこそ…っ」
「そこまでは言いませんよ。僕だって颯くんには世界を救ってほしいと思っていますし、そのために力を使ってくれればと思ってます」
「ならっ……!」
「でもそれは、颯くん自身の二の次です」
「…………」
「だから悪魔憑きになった楓さんを助けることにも協力しました。そうしなければ世界のためと理由を付けて1人を犠牲にすることと同じですから」
言われてやっただけかと思っていたが、コイツはコイツでそれなりに色々考えたうえでの行動だったのか。それで救われたのだから感謝こそすれ他の言葉もないのだが。
「自分でも驚きですよ。エリートを自負してはいましたが、定説をひっくり返せるとは思ってませんでしたからねぇ…?」
そう言ってクスリと笑い、話を戻す。
「まぁですが、それはそれとして。僕のしようとしたことも問題だったわけで、それを止めてくれたことには感謝してますよ、リラ」
「そう……ですか。ならそれは受け取っておきます。それで、御厨 颯。どうしますか?……私を、流華を」
俺はその問いかけに頭を搔き、逡巡して答えた。
「どうするって……まぁ、最初から無力化がこっちの勝利条件だったわけだし。洗脳?も解いて襲ってこなくなるんならそれで終わりで、いいんじゃない?」
何もなかったことにしようというんじゃない。が、洗脳されて動いていましたという事が明らかになった人間を「危険因子だから殺します」と言うのは問題だと思う。だってそれは、向こうが姉さんにしようとしたことを返しているのと何も変わらなくて、それではこの戦いに意味などない。
甘くて、それでいてあっさりし過ぎているのだろうが、判断を誤れば苦い思いをすることになるのは俺の方だ。
リラにしてもそう。どうせ殺せもしない相手を地球から排除したところで腹いせにしかならないし、生徒会長も魔族らと戦ってはいるのだ。その力を削ぐことが俺の利益になるとは考えられない。
俺がエルゼにさせようとしたこと、リラが生徒会長に施したこと、それを除けば、お互いどこも間違ってはいないのだ。間違ってなどいないから、こうしてぶつかったのだ。
「はい。颯くんがそうするのなら、僕もそれに賛成です。……帰りましょうか」
俺は踵を返し、その場を後にした。
これにて一旦、生徒会長との一件は終わりを迎えた。
△▼△▼△▼△▼△
「ん…ぅ……」
リラが颯とエルゼを見送ってから数分して、流華は目を覚ました。寝床というには硬すぎるそこが地面の上であることを認めると、上体を起こし、その精霊を見た。
「…!流華…?流華……!!目が覚めましたか!」
「あ、あぁ…えぇっと…私は……」
「…すみません、流華。貴女に幾つか謝らなければならないことが―」
「分かってるよ。なんとなく、自分の中にあったモノのおかしさに気が付いたから」
リラへ手を伸ばすと、それを手に乗せ流華は微笑む。その表情に安堵したのか、リラは死にかけていた瞳に輝きを取り戻す。
「そ…そう、ですか……その、怒らないのですか…?」
「……そんなの…」
しかし、優しげな微笑みを一瞬で歪ませる流華。伸ばした手を自身の顔に近付け、間をおいて息を吸い込むと彼女は叫んだ。
「怒るに決まってるだろう!」
リラから詳しい話を聞いた頃には時すでに遅し。
颯の姿は既に見受けられず、事の始末に頭を悩ませるのであった。