聖徒会長
俺の抱える問題。それは至極単純で、凄く簡単な問題で。恰好の事とかは言いたいこともあるが今は置いておくとして、だ。それはやはり呪文の長さであると、もはやそれ以外に言いようはない。
俺の魔法が1回放たれる度に、向こうは平気で3発ほど撃ってくるのだから釣り合っていない。
これはギドラスと戦った時にも一度認識させられたわけだが、あの時とは状況が違う。あの時は殺せさえすればなんでも良かったから魔法にも拘りはしなかったが、今回は相手の攻撃を相殺するために魔法を使わなければならない訳で、その点においてわざわざ魔法を放つためだけに長々とした呪文を唱えなければならないというのはそれだけで大問題であった。
「形状変化、女神の豪弓」
大空に剣が浮かび上がると、それは光り輝き形を変えていく。
「剣道だけじゃねぇのかよっ……!」
現れたのは細やかな装飾の施された黄金の弓。辺り一帯を覆うほどの大きな影を作り出したそれは、大規模な機械が稼働するかのように大きな音を鳴らしていくと、確かに照準を俺に合わせ、その弦を引いていく。
ギギギと、そして一際大きな音を轟かせると、ぴたりと制止し、その時を待つ。
「あまり苦しまないで逝ってくれ。炸走する輝矢!」
解き放たれる弦、弾け飛ぶようにこちらへと死を運ぶ光の矢。俺は魔法を放ちそれを相殺しようとするも、そこでやらかしたことを悟り逃げ出す。俺の魔法と正面から衝突した光の矢は無数に分裂していくと、再度俺へ目標を定めて進みだす。
「追尾型だよなそうだよな、何の対策もしてねぇ訳ねぇよな!クソがッ!!」
数百まで分裂した光条は網を作るようにして、その追尾は苛烈さの度合いを増していく。俺は飛翔し続け、小さな隙間を見つけてはそこに飛び込みギリギリで回避を重ねていく。
回避、回避、回避した先で回避を、もはや攻撃に転じる暇もなく、しかし俺はそこで止まらざるを得なくなった。
「うおっ……と!」
「外したか。弱い魔族を相手していただけでもなさそうだね」
先回りされていたか、生徒会長の振るった神剣が目の前を横切り、それは黄昏の空を斬った。否、斬ったように思わせたのだ。目の前がずれたように錯覚した。
「はっ。なるほど、剣道部主将とかいう肩書きのカラクリがやっと解けた。魔力頼りのインチキだったんだなぁ!」
「……っ、愚弄するなっ!」
「いいよね~、この身体。魔力が馴染めばたとえ大岩が落ちてきたとしても怪我1つしない訳で、力も強くなって俊敏さも段違い、動体視力も何もかも有象無象なんざまるで相手にならなくなる。そりゃ武道なんかやったら無双間違いなしだわな!」
「チッ……」
神剣が舞い、俺が舞う。散った木の葉が剣先に触れると、それが粉になって消え去る。剣が突き出て、俺は身を捩る。風圧が刃の様に俺の身体を掠めていく。俺はその間小声で呪文を唱えると、なんとか1発。
しかしそこにその姿はなく、微かな物音がして振り返ると、夕陽をバックに飛び込んでくる生徒会長の影が。
「万剣豪雨!!」
降り注ぐ剣の雨。回避しきれるとも思っていなかったが、それなりに傷を負う羽目になった。しかし思えば、触れたら即消滅するといったふざけた攻撃でなかったことを喜ぶべきなのだろう。
「痛……っ」
これくらいなら放っておけばすぐに治癒する。自己治癒能力さえ強化されているのだから本格的に人間を辞めていると思うが、エルゼに言わせてみればまだまだ人間らしい。それでも半分ほどではあるそうだが。
「これでもまだ駄目か。いよいよもって化物だな、君もその姉も」
「…………あ?」
「御厨 楓、アレが悪魔憑きなのはこちらも把握している。本当なら君にその処理を任せようと考えていたのだけれど、どうやらそのままにしているみたいだし。もはや今から協力を要請できるような状況でもない」
「処理……?あぁ?あぁぁぁ!?」
冷静になりかけていた頭にフルスロットルで血が上っていくのを感じ、俺は唸るように、吠えるように、威嚇するように、生徒会長を睨んだ。
「やはり悪魔に与していた、か。肉親となればその反応だって致し方のないモノかも知れないが、そんな存在を見過ごすわけにもいかない。余計な雑事に手を取られたせいで動けなかったとは言え、こうなったら早々に片を付けるしかない」
「…………ッ!」
そういう事かと、阿波から聞いた話を思い出した。生徒会長が突如言い出したとか言う姉さんへの問題視。それはあるいは、ああなることを見越した上での、俺に対する警告だったのだろう。
「君を始末したらその後は────っと……」
1人語り続けていた生徒会長の顔、その真横を放たれた魔法が霞めた。ど真ん中に大穴を開けるつもりで撃ったそれは、首を傾げてさえいなければ確かに命中していただろう。髪は揺れたが、それでも眉一つ動かさないその姿に舌打ちをし、より一層激しく睨みつけた。
「もし手出しでもしてみろ、一族郎党皆殺しにしてやるからな…!」
「は、そこまで心酔していたんだ。悪魔憑きはいくつか討伐してきたものの……そうか、そこまでか」
「別にそういうんじゃない、姉さんはもう人を傷付けるような、そういう悪魔憑きじゃない」
「どうして断定できるんだい?それこそ君の身内贔屓だと言われてしまえば否定できないだろう?」
「……それでもっ、何も知らない奴の言葉よりは説得力だってあるだろ!」
「だとして、それをどう証明するんだい?ある日突然悪魔に精神を乗っ取られて暴走するかもしれない」
「それは……っ!」
そうだ。そもそも姉さんはキッカケの様なモノがあったとはいえ、ある日突然精神を乗っ取られた、というのは確かにそうであった。時間をかけて浸食されていたとはいえ、状況としてはそうだ。
「いや、悪魔の習性というのは私も知っているが、それが絶対だと断言することはできないし、そんなもしもを防がなければならないのが私だ」
悪魔が一度敗北した相手には勝つことができないというのだってそう、断言など出来はしない。
事実、エルゼは悪魔憑きを救うことはできないという定説をひっくり返して見せたわけで、ヴェルザがそれをしないとも限らないのだ。もし再び姉さんの精神を乗っ取ったら、そう考えなかったわけではない。それでも、自分がこういった事実に関して、かなり楽観的に考えていたという事を、目の前の人間に突きつけられた。
だが、それでも。
「知ったことか!」
納得などするわけがない、してはならないのだ。
それは自分の姉だから?そうだ。全くもってその通りだ。どこの誰とも知らない相手なんかじゃない、これまでずっと一緒に生きてきた人だからだ。知りもしない相手なら、エルゼがはっきり危険だと言い切るような手段はとらなかっただろう。俺は残念ながらそこまで正義感が強いわけでもなければ、情に厚い人間でもない。
極めて自己中心的な、それでいて押しに弱く流されやすい、そういう人間だ。
「庇いたい気持ちは分かるさ。だが、君だけが知る安全性に価値はなく、それは皆にとっての脅威に他ならない」
剣が走る。それは先程までの様な苛烈さを持ったものではなかったが、確かに本能が避けろと叫ぶような、致命必至の一撃であった。
「君の想いと社会にとっての安全を比べた時、それはあまりにも軽い。少数を犠牲にしてそれが担保されるというのなら、選択を迷うのはあまりにも愚かだ。その点で、君もまた私の考えは理解してもらわないといけない」
「押し付けんなよ、傲慢が過ぎるだろクソ女ッ!」
「元より皆を守るなどと宣う私だ。理想を形にしようという人間が傲慢でなくて、果たして何ができる?」
「テメェのそれは理想じゃなくて思想だろうが!」
違和感。言葉の1つ1つは決して噓などではないのだろう。しかしそれは本人の意思で紡がれたものの様にはどうしても思えなかった。そう言わされているような、だがそれとも少し違う。そんな違和感。
「じゃあアレか、俺とエルゼが思考誘導魔法を使ったとかっていうのはただの口実に過ぎないワケか。姉さんを庇いたてた時点でそっちはそのつもりで……なるほど、あそこまで言うんだからそんなヤバいことしちまったのかってちょっと反省しかけてたけど……」
「確かにそうかもね、アレで明確に君たちを咎める理由が出来た。あの魔族も追って処理はしなければならない訳だけど、驚異の面で言えばまずは君達だろう」
「い、いえ、颯くん。流された僕が言うことじゃありませんけど、普通にダメなことしてます」
隣から今まで控えていたエルゼが声を掛けた。それはそれで、これはこれか。
「もういいかな。一応お互いの意志も確認できたんだし、お話はここらでお終いだ。私は私の正義を通す、君は君の想いを通せ。……出来る物ならね」
そして再び加速する時間、過激化する戦い。しかしそれを演出していたのは生徒会長の方で、片や俺はといえば回避と偶の反撃のみ。一方的とまでは言わずとも、やはり防戦一方なのは認める他なかった。
俺は飛翔し、その攻撃を右へ左へと避け続けながら、エルゼに問うた。そして俺はその会話の中で、もっと早く聞いておくべきだった、そんな情報を知らされることとなる。
「なぁ!向こうズルいんだけど!どうやったら俺もあんな感じにできんの!?」
「あんな感じって何ですか?」
「呪文だよ呪文!長さの面で向こうガン有利じゃねぇか!」
「アレは少し古いやり方なんです!」
「古い?何が?」
「詳しく講義をしていられる様な状況じゃないので手短に!魔法とは現象を、そして結果をそこに存在させるものなんです!そして魔力はその材料で、その魔力にどうあればいいのかを詳しく指定することができるのが呪文というもので、それが僕の学んだ比較的新しく効果の確実な魔法なんですよ!」
魔力に意志はない。魔力に自由はない。
剣が振るわれるから人を斬りつけられるように、銃が引き金を引かれるから人を撃ち抜けるように、それはただの道具でしかない。
しかし、持ち主の意志を具現化する力を持つのが魔力で、呪文というものはそれを明確に、そして確実に魔力に伝える為の手段である。人という生き物は声に出すことで否応にもそれをはっきりと認識できる生き物であり、故に呪文というものを通じてより強力な魔法をより確実に放てるようにしようというのが、エルゼの知る魔法であった。
ではそれ以前はどうであったのか。
魔法というものは結果がどうであるのかを知っていれば、それを脳内で想起することができるのであれば、それは呪文などなくとも放てるものと認識されていた。勿論それは今も変わらないのだが、若い精霊たちの間ではそれは過去のものとなっていて、そう切り替わるのには問題点があったからである。
脳内でのイメージというものは存外難しく、それを100%確実に、且つ鮮明に思い起こせる者などそうはいないのだ。そしてそのイメージのブレというものは、魔法の威力などに目に見えて影響する。慣れてくればそうでもないのだが、そんなことをせずとも確実に魔法を発動させられる手段があるのなら、不確実な方法に頼りたがる者は減った。
それをエルゼは手短に、颯について回りながら説明していく。
「魔法というものは本来イメージによるものなんです!ただそれは不完全だという理由で呪文というものが生まれたんです!リラは、アレは由緒正しく悪名高い一族の生まれで、未だにそのやり方を変えようとしません!だからああいうやり方なんです!」
リラが生徒会長、聖園 流華に教えた魔法というものはこの旧い体系の魔法であり、しかし苦肉の策として、魔法名を短く唱えることでそのイメージのブレを補わせることにしたのだ。
リラは自身を疑わない。それでも決して愚かではない。矜持と現実との狭間で流華に伝えた魔法の使い方というのが、呪文無き名ばかりの魔法であった。
「それはつまり?どういう魔法かを知ってさえいれば呪文はいらないってこと!?」
「威力は落ちますしそれを確実に発動できる保証もなくなります!暴発すればそれこそ危険でもあるんです!魔法を使い始めたばかりの颯くんにとって推奨できる方法じゃなかったんですよ!」
「それは、そうかもだけど!……物は試しだ、あの女にできて俺にできない訳がないッ!」
「正気ですか!?」
「勝機だ!」
行き当たりばったりではあるが、やってみないことには変わりない。このまま回避し続けるのはあまりにも意味がないし、いずれどこかで限界が来る。だったら試してみるほかないだろう。
俺はステッキを構える。
「スターライト・レイ!!」
そして、短くそう唱えたのだった。




