生徒会長
スタスタと、目的地までの道をただ一直線に歩く。
目的地はもちろん生徒会室。下校しようと、あるいは部活に向かおうとする人の波を掻き分けると、そこへ向かう。
あの後隣のクラスなどにも聞いてみたが、やはり今日の6限はどのクラスも出し物決めをしていたようだ。
つまりは今日、それぞれのクラスでの話し合いの結果が生徒会室に届けられ、そのまま確認や調整を行い、問題があれば当該クラスの代表者にそれを通達することになるわけで。
そこで生徒会長相手に行動を起こせればそのまま奴の計画をご破算にできるのではなかろうかというのが第2の策。これを策と言っていいのかという程のお粗末さであることは、他でもない俺自身がそれを指摘しているのだが。
さっきの思考誘導は本来それでもダメだった時の最終手段のはずだったのだが…流石に判断を急ぎ過ぎたか。エルゼの魔法を破った奴の正体も気になるし、ルルやモンブランが犯人じゃないとなれば、そちらも早急に調べを付けなければならないだろう。
一旦は先送りにするとしても、ハッキリ言ってこんな事に時間は使っていられないのだ。生徒会長だか何だか知らないが、きちんとお話しなければ。
俺の尊厳の為の戦いであり、人間の生活を守るためには仕方のないことでもある。
「たのもー!」
「……はい、今開けますね」
生徒会室の前で大きなドアに向かって声を上げると、奥から誰かの声がして、小走り気味な足音が聞こえる。
人は居るみたいで安心した。
少し重たげなドアが開かれると、そこにいたのはプラチナブロンドの髪を持つ生徒会書記、白百合先輩だった。ただ扉を開けただけだというのに、その所作が洗練されたものであるという事は容易に理解が出来た。
こうして会うのは初めてな気がするが、阿波の件もあってどこか初めまして感がない……とは言え向こうは完全に初めましてなわけだ。きちんと挨拶せねば。
ありもしない礼儀作法を披露すると、先輩は俺の名前を聞いた途端少しだけムスッとして、しかしすぐ表情を戻して名乗り返し、生徒会室に入れてくれた。
門前で用件などを聞いたりするものではないのだろうか。
「……では、私はこれにて」
白百合先輩は俺を招き入れると、用事でもあったのかすぐにどこかへ行ってしまった。
そうなると生徒会室には他に人の姿もなくなってしまい、俺と生徒会長だけとなる。
「どうしたのかな?君のクラスの案は阿波君からもうすでに受け取っているよ?」
「いえ、そのことで少しお話が」
「………そうか、分かった」
そう言うと、生徒会長は書類の端を揃え、それを傍らに置く。その動きはゆったりとしていたが、どこか威嚇されているような心地がして、握った拳には自然と力が入る。
それは多分威嚇されている云々を抜きにしても、見切り発車で何も考えずここまで来てしまったという事実を、今更ながらに再認識したからなのだとも思う。
「お話というのは何かな、御厨君」
姉さんを問題視しているからだろうか、俺への視線も少し痛い気がする。
こちらを見つめる、否、見据えていた瞳は綺麗なものであったが、その奥が見えないせいか気味が悪い。
「我々のクラスから出された案ですが、男女混合メイド喫茶で間違いありませんよね?」
「……うん、そうだね。そう書かれているよ」
「それに関してなのですが、内容に少々問題があるかと思いまして」
「問題?もちろん、一部食品などの使用は禁止されているけど……見た感じこの分だと問題というようなものはないと思うよ?」
「いえ、男女混合という部分です。それは男子が女装するという意味合いでの言葉なわけで、そこが文化祭において問題だと思いまして」
「まぁ、見ようによってはそうかもね。でも、それだとお化け屋敷等での仮装なども大幅に規制を設けなくては不公平じゃないかい?ルールで禁止されているようなことを強行しようというのであれば対応しなければならないけど」
「ですが…いくら文化祭と言えど節度ある行動は求められるわけで、健全な学校運営を維持するためにも必要な規制はあるかなぁ…と。ルールで禁止されて無いからと言って何をしてもいいという訳ではないと思うんです」
「確かに、節度は大事だ。当然、過激な恰好や他者を不快にさせるようなものは控えるべきだろうね。それはこちらとしても管理指導していくし、問題が上がれば都度修正を行ってもらうことになる」
「なら────」
「けれど、常識に則ったコスプレの範囲内であれば、例え女装だろうなんだろうと禁止にすることはない」
「……っ」
「それに、君のその主張はここではなくクラスでの話し合いの場で行うべきものだ。ここにきて君の独断でそれを辞めさせようという行為が一体どのようなものか、分からない訳ではないだろう?」
やばーい、なんも言い返せなーい。
頭も耳も痛い。あと胃も痛い。なんならさっきよりも視線が痛い。
「それで?言いたいことは終わりかい?」
ダメだ、この人普通に反論してくる。そりゃそうだ。俺の数千倍、俺がゼロだと言われればその限りでもないが、それくらい頭はいいハズで、俺が何を言ったところで敵う訳がない。俺は何をそんな当たり前を都合よく無視していたんだ。
そもそも向こうの言う通り俺がやろうとしていることは間違ってもいる。魔族の行動を邪魔するという点では間違ってないと信じたいけど、生徒会長にそれを説明することもできない訳で。
だから向こうにこうして反論された時点でやはり勝ち目はなくて、俺は諦めるしかないのだろう。
ただ、この人には勝てないかもしれないが、裏方という役職を勝ち取れば普通に尊厳の死からは免れるのでは?そう思い直す。
「…失礼しました」
そうだな、勝てない相手は世の中にごまんといる。それが現実だ。負けるのは悔しいが、考えなしで突貫かましたこちらが悪い。
俺はここでの敗北は潔く受け入れて帰ることにし、挨拶を済ませ背を向ける。
「私からも、1ついいかな?」
その時、後ろから声を掛けられた。俺は足を止め振り返ると、彼女は椅子から立ち上がり、その黒い髪を揺らしながらこちらへと近付いて来た。
「な、なんですか?」
まさか生徒会長の方から質問されとも思っておらず、声が上ずってしまう。
何だろう、姉さんのことについて話があったり?そう考えていると、それ以上にありえないはずの、しかしそれでいて、後から思えばそれ以外にはありえないはずの質問が飛び出て来た。
「……思考誘導魔法を使ったのは君たちかい?」
「…っ!?は、何で知って───かは……っ!!」
その瞬間、脇腹に強烈な痛みを感じた。
何をされたのかを視認することも許されず、俺の身体は激しい衝撃を受けた。
耳にはガラスが勢いよく割られる音が聞こえ、それが自身の肉体によるものだと認識するまでには、そう時間も掛からなかった。
体が宙に浮いている感覚がして、窓から投げ出された。眼下には校庭が、そして部活動に励む他の生徒の姿があった。
「颯くんっ……!?」
肉体的なことを言うのであれば、窓から叩き出されたところで大した問題も無いのだが、人に見られようものなら大騒ぎだ。
着地してすぐに立ち上がると、地面を強く蹴って自身の身体を煙に巻き、なるべく人のいない方を目指して全力で走る。
「なんでっ…!?痛いんだけど…!」
この俺に生身の状態で痛みを与えるというのはそれこそ傑か姉さんか、魔物や魔族でもない限り無理に決まっている。
「なんで今の今まで気が付かなかったんですか僕は…!あんな芸当ができるのなんて奴しかいないじゃないですか…!?」
エルゼが何か言っているが、話している余裕はなく、脚と思考をフル回転させる。
考えろ、なんであの人が俺たちの事を知ってるんだ…!?
いや、答えなんか最初から1つしかないに決まっていて、その時、その脳内でロマンス怪人の言葉が思い起こされた。
「長く綺麗な漆黒の髪、凛々しく正しい剣の天使──完全に生徒会長の事じゃねぇかぁぁぁっ!」
俺は何で今まで失念していた?
いや、そんなことは最早どうでもいい、そこ自体はたいして重要なことではなく、まだ追ってきているのを何とかしないと、俺は恐らく殺される。
この状況で姉さんに連絡するわけにもいかないし、流石に巻き込むわけにもいかない気がする。
「なっ……!」
走り続けたその先に勢いよく何かがが落下し、土煙を大きく巻き上げると、それは一瞬の風切音と共に振り払われる。
「うっわ、最悪…」
「どうして逃げるんだい?」
そこにいたのは他の誰でもなく、不気味な笑みを浮かべた生徒会長であった。
白々しくも逃げる理由を尋ねてみると、その横に何者かが現れる。エルゼともルルとも別の、白いフューリタンであった。
「やっぱり…お前は…!リラっ!」
「全くもって貴様という奴は、どこまでも忌々しいものです」
こちらも知り合いだったのか、最悪の睨み合いをすることとなる。
向こうもフューリタンに選ばれた適任者だったということで、だとするなら。姉さんを問題視していた理由はまさか、悪魔憑きだとバレた?
マズイ、俺以上にマズイかもしれない。俺がここでどうにかしなければ、今度はその矛先が向こうに行ってしまう。
俺は確かにエルゼに命じて思考誘導魔法を使わせたのだし、それを咎められるのはいいのだ。受け入れもするし、仕方のないことでもある。
だが姉さんは違うだろう。
「どうしてフューリタンたる貴様が!護るべき人間に対して魔法を行使するのです!!」
「リラ、お前こそっ!何故さっきの場であのような行動を取らせたんですかっ!」
「それは資格無きものを排除するためです」
「資格無きもの…?何を言って…」
「……神の名の下に断罪します。エルゼ、それから御厨 颯。貴様らに人類の救済者足る資格はない」
神ってどの神だよと思わなかったわけではないが、どうにもそんなことを言える状況ではない。
「リラ……お前……殺すとでもいうのですか……っ!」
「やっと気が付きましたか。さぁ、流華!」
「天使化」
リラとかいうフューリタンの合図に応じて会長が変身する。黄金色の強い光に包まれると、その姿を現した。
変身した会長は髪が透き通るような金に染まり、頭には煌く紋様の光輪を浮かべ、白く輝く鎧を身にまとった神々しい姿へと変貌を遂げる。こうした状況でもなければ写真の1枚くらいは撮らせてもらっていたかもしれないが、今はそういう状況ではない。
「君も変身しなよ、その間は待っててあげるから」
空中へと浮き上がりながら、見下したように言い放つ。
それは変身して戦ってもこちらが勝つぞと言いたいのだろうが、生憎こちらも戦う以上は負けるつもりもない。負けることが死につながるのであれば尚更である。
「マジカル・キュート・メタモルフォーゼ」
俺の身体が光に包まれると、いつもの装束へと姿を変える。
「…………あれ?君、わざわざ生徒会室まで直談判しに来るくらいだからそんなに女装が嫌なのかと思ってたけど…そうでもないんだね?」
それを見て、クスクスと笑うようにして言った。
「あぁっ…?」
頭の中で、何かが繋がったような感覚を得た。キレたのではなく繋がった。理科の実験で作る簡易の電気回路のように、2つの電極が繋ぎ合わされ、電球に光が灯る。それでも流れ込んでいく電流はとうとう止まることなく増大し続け、電球は爆ぜる。
生徒会長だかやんごとなき聖園家のご令嬢だか知らないが、人には言って良いことと悪いことがあるって知らねぇのかこのクソ箱入り娘がっ!ただでさえこの恰好が嫌だから、メイド服を着るのも嫌だって……!
頭に血が上っていたという事は、認めなければならないのだろう。この怒りを抑えるためには、頭に上りあがったその血を一度体の方に下ろさなければならなかったのだろうが、俺の中で早々に限界に達したそれは、そうする事を許したりはしなかった。
「死に腐れぇぇっっ!!!!」
「は、颯くんっ…!?」
生徒会長の下まで一気に跳躍し距離を詰めると、宙返りをしながら顔面目掛けて蹴り上げる。普段なら人の、それも女性の顔に傷を負わせるような手段など取らなかったかもしれないが、そうするべきだと本能が訴えかけていた。
「アァァッ、シャァッ!!────っ!」
身をのけぞらせることで顔画の直撃は回避された。がしかし、その代わりに腹を掠めると、その身を大きく打ち飛ばす。存外柔いのかと思ったのも束の間、俺は再び脇腹に衝撃を感じると、地面へと叩きつけられた。
「あガッ……!!」
それは純粋に拳によるもので、見上げれば生徒会長が右手を握りしめていた。こちらの様子を眺め、隙があると見るや急降下、その拳で、俺が今その瞬間まで存在した場所を一切の力加減を抜きにして殴りつけると、クラウチングスタートよろしく地を蹴ってはこちらへの追撃を狙う。
「せいッ!」
「この化物……っ!」
「言われたくはないさ。…………はぁっ!」
身を捩じらせ、翻し、自分でもかなり無茶な動きをしているとは思うが、それで回避できているのだから過程などどうだってよく、俺は必死に相手の隙を窺ってはそれが見透かされているという事を動きで以て思い知らされていた。
視線が、フェイントが、俺をただ牽制しその場に縫い付ける。
差し込まれた拳を叩き落とし、蹴りを喰らわせ、それでもなお返ってくる反撃に頭を持っていかれると、俺は地べたを転がり何度かのバウンドをして、結局空へと逃げて行く。だが向こうも肉体攻撃の戦い方をしているわけでないことくらいは容易に想像がつく。いや、この時はついていなかったのか、考えるだけの余裕が無かったのだろう。
「逃げるな!爆裂する聖櫃!」
俺は白い球のような空間に閉じ込められる。
「何だこれ────」
半透明の白い球体は、体当たりをしても壊れることはなく、そしてそれがそのうち魔力を放出し始めたことに気が付く。何が起こるのか、いや、攻撃以外にあり得ないだろうと焦ったところで──遅いのだ。
「……っあああああぁぁぁぁっ!」
球の内部でそれは炸裂し、連鎖しては増幅していった。全身に魔力を通すのがあと少し遅れていればこうでは済まなかっただろう。球から半ば投げ出されるようにして開放されると、今度は捕まるまいと飛翔を続ける。
「御厨君、早いところ降参しておかない?大人しくしてくれれば、無駄に痛めつけることもなくて済むのだけれど」
「誰がぁっ…!」
だったらそちらが手を引けと、俺は反抗の意志をその目をもって示す。降伏勧告にはバツを付けて突き付ける。なんだかんだ言いながら、死ぬくらいなら徹底抗戦で応えてやると、俺はそういう人間なのだろう。
「そうか、まぁ仕方ない。我が意志に応えよ、神剣ヘリュンデルク!!」
すると、諦めたような声で、愚かな者に失望するような態度で、生徒会長は何かを呼び出す。その手に現れたのはそれなりのサイズの光を放つ剣で、それは俺の使うステッキと同じような何かなのだろうと、そう推察した。
「無尽なる神剣」
その剣は命令に従い、無数に増殖し、その身を貫かんと動き出す。俺は身の危険を感じると、飛翔を続け、速度を上げ、地面に降り立つとバク転を繰り返し、そこでやっと停止した。俺が通った跡に等間隔で突き刺さった光の剣の数が、その殺意を物語っていた。
「おいエルゼ!アレどうすりゃいいんだよ!」
「ど、どう……とは!?」
「俺はどうすりゃいいんだって、逃げればいいの!?それとも殺してしまっていいもんなの!?」
「殺すのは……マズいです。仮にも颯くんと同じ適任者で、僕と同じフューリタンが付いているんです。それを殺したとなればいろいろと問題があります」
「だったら────!」
向こうだって同じではないのか、そう叫ぼうとして、エルゼは何かを考えるように頭を抱えた。
「奴がこのような行動をとる動機自体は理解できます。アレは自身の正義を、神に忠誠を誓う己を決して疑いません。ですから先程の発言もそうおかしなものではないんです。ですが──」
「おかしくない?噓つけ、おかしいにも程があるだろ!」
「……えぇ、おかしいんですよ!リラのその考え方はそれとして、あの生徒会長さんが颯くんを殺すという目的に対し何の躊躇もなく動いているのはおかしいんです。何かある、そう考えて間違いはないと思いますし、それがはっきりしない以上は殺し合いをすべきではありません!」
「じゃあ何、無力化して相手方に何が起きてるのか調べろってこと?何言ってんのか分かってんの?」
「分かっています。ですがこのままぶつかり合ってどちらかがそうなってしまった場合、どう考えても不幸になるだけです。颯くんの身の安全が第一なのは構いません。ですが、お願いします」
「っ、分かった、分かったよ。生かさず殺さず適当にボコしてやりゃいいんだろ?」
そう改めて頼まれて、俺はどうしてか頷いてしまった。相手に隙のないことくらい理解していて、俺はそもそも根本的な部分での問題を抱えていて、これではどうしようもなく防戦一方だというのに、何故だかそうしていた。
「生かさず殺さずか。出来るものならやってみると良い。何回かに一回は成功するんじゃないのかな」
「もう追って来たのかよ……」
死んではいけない、殺してもいけない。俺はそんな、どこか既視感のある戦いに再び身を投じるのであった。