焼滅
「危なぁ……冷や冷やするとかいうレベルじゃないですよ」
一連の会話をビビり散らしながら見ていたエルゼは、溜息をつき胸をなでおろす。
「にしても太陽の光に弱い吸血鬼を太陽の下で待たせるとは…結構無茶苦茶言いますねぇ…」
エルゼはこの世界に来てからというものの、この世界での知識の収集に徹していた。
もちろんフューリタン星で事前に収集していた情報もあるが、それだけでは全然足りない。颯をサポートするためにもありとあらゆる情報を集める必要性があった。主にネットを通じてではあるが。
その結果、吸血鬼の特性はこちらの世界で言われているようなものもあったが、そのほとんどは事実とは異なっていた。だがしかし、向こうもこちらも日の光に弱いという点においては、それは奇しくも同じであった。
「ま、あの吸血鬼がどうするのか見物ですねぇ……これで本当に待ってたらアホとしか言いようがありませんが」
吸血鬼の特性について思い返していくエルゼ。
あの吸血鬼が戦いを求めたのは、『魔界の吸血鬼は戦いに勝利し相手に敗北を認めさせた上でなければ眷属を作ることができない』というもので、あの悪魔、ヴェルザが持っていたような呪いや制限ともいえるが、その1つである。
その他にも、この世界でよくイメージされる紳士的なモノとは正反対の戦闘狂な性格や、陽光以外の弱点がほぼないことなどを思い返していく。
そしてあの吸血鬼が大人しく退いた理由については、颯も結構怒っていたのだろう。暴れたりこそしなかったが、颯の体から無意識のうちに漏れ出た魔力が、あの吸血鬼に対し相当な威圧を放っていた。
かの吸血鬼が大人しく退いたのは、今戦うのは無謀だと理解できたからだろう。その時点で勝ち目など最早無いに等しいのだろうが、だからと言って奴にも矜持はあるもので、逃げるわけにもいかなくなった。
「颯くん…起きた時に覚えてるんですかねぇ…」
かなり怒気を放っていたものの、眠そうにしているのは見て取れた。
その証拠に窓を閉めた後、1分も経たずに眠りについている。気絶するようにして、穏やかに眠っていた。
「颯くんの知らぬ間に灰になって、砂場の砂に混ざるのがオチですかねぇ……」
それまでに余計な騒ぎを起こさなければいいと、ただそう祈りながらも、一先ずは自身の身の無事を喜ぶのであった。
△▼△▼△▼△▼△
「ふぁ~あ」
「おはようございます!」
目が覚めると、なんでだろうか。なんとなく寝足りない感じがした。頭がちょっと痛い。
朝食をとり、諸々支度を整え、時間になるのを待って家を出る。
そんな何気ないいつもの朝だが、エルゼが何かを言いたそうに、だが言わないほうがいいのではと、そんな顔をしていた。
気にはなったが、コイツの口から出てくることには厄介ごとが多い。しかもこんなに言うべきかどうか迷ってるような話だ、絶対に碌なことにならない。
無視するに限ると、俺は家を出るまでの暇つぶしを再開する。
姉さんと一緒に家を出てしばらく歩くと、エルゼがさっきまで半開きにパクパクさせていた口を、ここにきてようやく開いた。
「あの、颯くん…覚えてませんか?」
「何を」
なんか約束でもしたか?と、俺は首を傾げた。
まぁ、覚えてないということは大したことではないのだろうし、どうせどうでもいいことに決まってる。
「昨夜のアレか、騒々しいとは思っていたが……小僧、覚えていないのか」
ヴェルザが呆れたように言う。それには少々イラッとしたものの、何かを忘れていることは事実であるらしく、俺はそれを思い返す。
「ん?何かあったの?」
姉さんは俺と同じく特に心当たりはないようだ。
「……ん?……あっ」
と、朧気ではあるが昨夜の光景を思い出し、声を上げた。
「そうだ、公園!」
家から学校までの道には公園がある。エルゼと出会った公園が。俺はその公園で待つようにあの、なんだっけ、えーっと……
あのクソダサヘアスタイルのクソ迷惑吸血鬼。
公園で待ってたら殺しに行ってやるって言ったんだっけ?違う、殺してやるから公園で待っとけって言ったんだ。
なんかこの世界と魔界の吸血鬼とでは特性が違うらしいし、目立つところで待ってりゃ間違えることもないだろうと思ってああ言ったんだったか。
結局大人しくどっか行ったっぽいけど、ちゃんと公園にいるのかな。逃げ帰ってたら面倒だし、いるといいけど。
と、色々考えているうちに公園に着いた。
「ね、ねぇ颯、なんか燃えてる人いるんだけど」
「いましたねぇ…」
そこにいたのは指定した通り、俺を公園で待っていた吸血鬼の姿があった。
しかし、全身のいたるところから発火している。なるほど、あのクソダサへアーも炎が付くとなかなかどうしていい感じじゃないか。
「熱っ、あ、おお!やっと来たか!力を…熱っ、持つ者よ!」
「あぁ、昼じゃないけど来たぞ」
「では早速、熱っ、熱い!戦おうではないか!」
戦う……か。姉さんもいるし、こちらの勝利はまず間違いないのだが、ちょっと待て。
もうコイツあとちょっと放っておけば勝手に死ぬよな。昼に来れば死んでたんだろうし、後回しにすればよかったのかな。
いや、待て待て。昼に来て消滅してたらそれはそれで死んだことすら認識できてないことになるわけだから困るんだよな。
であれば……そうだな。俺は吸血鬼を倒すべく、少しだけ声を張り上げた。
「分かった。おい吸血鬼!こっちに来い!戦ってやるから」
こちらに向かって歩かせることにする。当然日陰などはなく、この時間だというのに公園を明るく照らすその陽射しは、吸血鬼の身体を焼いていた。
「熱っ、分かった!戦おうではないか!ああ熱い!」
コイツ、自分の体が燃えてるのに結構余裕だな。死に掛けではあるが死に際が結構長いタイプなのだろうか。
「ほら、こっちだぞ」
「熱っ、熱い!熱い!」
「ほ~ら、早く来~い」
「分かって…熱っ、し、死ぬ!」
もう少しで俺の元にたどり着く。
熱さに耐えながら、よろよろと歩いてくる。その身体をボロボロと崩しながらも、懸命に。
まるで初めて二足歩行を覚えた赤子の様だ。可愛さ以外は。
それを見守る親の気持ちというのはこんな感じなのかもしれない。俺が親ならペロニョニョスなんて名前つけないけど。
「おぉ…頑張れ~」
あと数歩のところまで歩いてきたところで燃え尽き、そのまま灰になって消えてしまった。
「はい残念根性無しでした~」
「なかなか酷い終わり方でしたねぇ」
「ねぇ、これってここから復活したりしないの?」
「無いな。陽の光を浴び始めてすぐであれば火傷程度で済んだであろうが、灰になればどうにもならん」
姉さんの問いにヴェルザが答える。
あの感じからしてなんとなく察してはいたが、魔界の吸血鬼も陽光には弱いらしい。
特性が違うとかなんとか言ってなかったっけ?その可能性があるってだけの話だったっけ?
「じゃあなんでここに居続けたのよ」
「相当な愚者であったか…何かそうまでして待つ理由があったか…だろうな。我には分からん」
「アレは多分本物の吸血鬼じゃなかったんだ。そうだ、そうじゃないと俺の中の吸血鬼像が…!」
そう思うことにして、忘れることにしたのであった。
「さ、学校行こうか」
こうしてなんともあっけなく、吸血鬼騒ぎは終わりを迎えてしまった。
そして、誰もいなくなった公園には風が吹き、灰の山は崩れ去ったのだった──。




