吸血鬼
今日一日で3つの問題が俺の身に降りかかってしまった。
白百合先輩への対応の仕方を除く2つの件について、帰ってから考えていた。
対応に関してはハッキリ言って俺じゃ何もできないし、アドバイスできることくらいは協力してもいいけど、現状それもよく思いつかないでいる以上、先送りにするしかない。こういう言い方もなかなか終わっていると言わざるを得ないが、別に解決しなかったところで俺に不利益はないし。
なので、吸血鬼の件と姉さんの件。これを考えていた。
この間の事が終わったのに、未だに悩みとして姉さんの姿が心に残り続けるってのもなかなか厄介だな。
ただ、姉さんの件もまだ置いておいて問題ないと思う。だって今のところは害もないし、これといった緊急性があるようにも思えないのだ。
だから結局、俺が考えるべきは1件。目先の問題は昼間に教えられた吸血鬼騒ぎになる。
吸血鬼と言ったら有名も有名な伝説上の存在。ニンニクや十字架が苦手、心臓に杭を打てば死ぬとか、血を操ったりコウモリの姿になれたりとかという話もある。
古今東西、あらゆる創作物にその姿が確認されている。
実際にそんなファンタスティックな存在がいたとも考えられないが、昔の人たちなりに色々あって生まれた存在だろう。魔女狩りみたいな。
それはそれとして、そんな存在が魔界から這い出てこの地に現れているというのだ。
疲れがたまって変なテンションになっているのもあるが、やっぱりテンションは上がるというもの。
ただ、もし昼に出てくるとか言われたら俺はどうなってしまうか分からない。
やっぱり吸血鬼っていったら、黒いマントを羽織って、夜の闇を欄然と輝く月をバックに飛び回るのがカッコイイのだ。真っ黒な装いで白昼堂々出歩く吸血鬼とか流石にない。客を舐めてる。
「昼間に出てきたら魔界とやらに乗り込んでやるからな」
「こだわりですか?ま、それはできませんけどねぇ」
「できないのか」
今まであんまり考えてこなかったけど、魔界に乗り込んでそこを破壊し尽くせば魔物退治などしなくてもよくなるってわけでもないんだな。
「魔界といっても地球みたいな場所でもありませんから。もしそれをするとなれば…そうですね、次元そのものを消し飛ばす必要がありますが…今もなお魔界があるということで察してください」
無理という事か。
だとしても、地球の危機にはこうして精霊を派遣する癖に、魔界を、つまりは危機の原因を根元から駆除しようとはしないそのフューリタン星とやらの判断やこれ如何に、である。
「魔界から出てくる場所が同じだったらなぁ…。出てくるところに爆弾仕込んで、出てきたところを吹き飛ばすとかできたかもしれないのに」
「なかなかなこと言いますねぇ。爆弾で何ができるのかは別としても、そもそもあのゲート自体、その瞬間ごとに開かれる場所が変わり続けているわけですから、それもできませんねぇ」
「…よく分かんないけど」
「僕らもよく分かりません。分かってたら早いとこ潰してます」
俺はその言葉に興味も失い生返事をすると、部屋を出て洗面所に向かう。今日はもう早いところ寝たほうがいいと、眼をしょぼしょぼと開閉させながら、昼間そんなことを考えていたことを思い出す。
眠いと思ったからか、寝たいと思ったからか。それがどちらかは分からないが、今日はどうにも眠気が酷く感じられ、俺は舟を漕ぎながらもなんとか寝支度を済ませると、早々に布団の中へと潜り込んでいった。
「おやすみなさい颯く…ん?………何故でしょう…月が赤いですねぇ」
眠い目をこするだけだった颯に、その声が聞こえていたかどうかは分からない。
△▼△▼△▼△▼△
そうして颯が眠りにつき深夜3時。
寝息を立てる颯の横で、エルゼはやに赤く染まった月を眺めては考える。
魔界に棲む獣の血走ったあの目を彷彿とさせるような、そんな不気味さばかりがあった。
赤い月。心当たりは当然ある。
あの話の流れでこれだ。吸血鬼の仕業でなくてなんとすると、そう結論付けた。
だがエルゼは、どうすべきなのか分からないでいた。
颯は昼間に出てくる吸血鬼などセンスがない、もし出てきたら魔界に乗り込んでやると、そう言っていた。
だが実際、深夜に現れたところで颯はその時間寝てしまっているのだ。夜更かしを好むタイプでないことは知っていたし、なんなら8時間ぐっすり寝たうえで寝起きが悪い。
それを知らなかった頃、夜もパトロールだなどと言って深夜に颯を起こして、エルゼは大変な目に遭った。
「死にはしませんが、本気で恐怖を感じましたねぇ」
真夜中のキッチンにて、ミキサーに掛けられそうになったのを思い出して身震いする。
それ以降夜間に起こすような真似だけはするまいと、押しの強いエルゼではあったものの、それだけは心に誓っていた。
朝も自分が設定したはずのアラームにキレながら布団を出ていくくらいで、だからこそ此度の吸血鬼騒ぎの解決方法が分からない。
被害者も出ている可能性があるわけで、そうでなければ噂話になどなるまい。そうである以上、事の早期解決は目指さなければならない訳であるものの、それを倒せるだけの力を持つ人間と生活のサイクルが合っていない。
「いっそのこと昼に出てきてボコボコにされてくれればいいんですが……」
きっとそのようなことも無いのだろうと、エルゼは口をすぼめた。
そう考えこんでいると、赤い月がその輝きを増し始めた。
「あれは……?」
それとともに窓の外に見えたのは、吸血鬼であった。
「ハーッハッハッハッ!やっと見つけたぞ!力を持つ者よ!」
その吸血鬼は大声を上げ、こちらに向かって話しかけてきている。
エルゼは焦った。
「颯くんが起きて──!」
ベッドで動き始めた颯の姿を見て、彼の焦りは最高潮に達していく。
「目覚めるがいい、力を持つ者よ!そしてその血を捧げるがよい!」
「ま、まずいです…もうちょっと声落とし──」
「……あぁ?」
その瞬間、エルゼは黙る事だけを選択した。
眠れる猛獣が起きてしまったと、なんとかして自分の所為ではないことを理解してもらうことにし、その原因を作った吸血鬼の姿を、忌々しそうに睨むのだった。
△▼△▼△▼△▼△
なんか…うるさい…頭痛い…何…?
「……あぁ?」
眠い目を何とかして開くと、視界の端でエルゼが窓の外を見てはこっちを見て、慌てたようにキョロキョロとしていた。動きは滅茶苦茶うるさいが、大声を出していたわけではないらしい。
じゃあこの喧しいのは何だ。その答えはエルゼの視線の先にあり、窓の外を見ると何かが空に浮いていたのが確認できた。
俺はその姿を眠い目をこすりながら観察していく。
「うわぁ、なにあの髪型……だっさ…」
口をついて出たのはそんな言葉。
何なのあの髪型。横はトゲトゲ、前はツッパリ、後ろはロン毛のストレートって。
どんな床屋でどんな注文したらあの髪型まで一発で行きつくの。
確かに吸血鬼っぽい髪型のイメージも無いけど……アレはないわ。それだけは確信を持って言える。
「目覚めたか人間よ!吾輩は至高なるヴァンパイア!夜の帝王!そう!ペロニョニョス様である!」
そいつは自身をヴァンパイア、つまりは吸血鬼だと言い、その名前をペロニョニョスと名乗った。
名前までダセェ。つけた親、魔族に果たして親なる者が存在するのかどうかなど俺の知ったことでもないが、もしいるのならその面を拝んでみたいものである。
あぁでも、ロマンス怪人は一族の秘宝がどうとか言っていたはずだし、親というのもいるのだろう。
ていうかアレか、これが姉さんの言ってた吸血鬼なのだろうか。
だとすれば探す手間も省けてこの件はここで解決するというものなのだろうが、前述の通り俺は今日死ぬほど眠いのだ。叶うならば3日くらい眠り続けていたいような、そんな眠気に襲われているのだ。
立ち上がると、フラフラと窓の方へ近づいていく。エルゼが何かを察し、クレセント錠を回す。
そして俺は息を吸い込む。
「今…何時だと思ってんだぁっ!」
夜空に向かって吠えた。
「ハーッハッハッハッ!そう!まさに丑三つ時!吾輩の時間である!」
ロマンス怪人みたいな話し方で頭が痛くなってくるな。それ以上に苛立ちが大きすぎてあまりそれを感じられてはいないのだが。
「聞いたぞ!力を持つ者よ!近頃幾人もの魔族を倒している実力者であると!」
俺いつの間にか魔界で有名なんだな。でも誰が魔界に俺の話を?
俺は訝しんだ。
怖い話と同じだ。その話の主人公が死んでいるのにも関わらず、その話だけが周りに伝わっているなんておかしい。なんて考えたこともあるが、まさにそれだ。
ロマンス怪人は魔界に帰った感じでもなくこの世界で仕事をしている。レイザは北海道にいる。ヴェルザも帰れなくなっている。
ギドラスは殺した、ベニマルも殺した、クィピラも殺した、ザリガニも殺した。こうなると一応、出会った奴らは魔界には──あ。
あれか?あの……モンブランだったか何だったか……アイツか?
「であれば吾輩と戦え!そしてその血を捧げ我が眷属となるのだ!」
「うるさい!戦わない!帰れ!眠い!殺すぞ!」
昼に出たら魔界まで乗り込んでやるとか言ったけど、この時間に出てこられても迷惑極まりない。俺に迷惑をかけるやつなど今すぐこの場で殺してしまっても構わないのだが、今から変身して戦えば確実に目が覚める。そうなればこの時間から朝まで寝られなくなる。それは嫌だ。
夜って言っても9時10時くらいに出てきてくれないと、こっちも戦おうって気にならないのだ。
だから出直せ。
「何故だ!何故戦わない!」
「寝てんだこっちは!昼間に来い!」
「ひ、昼間!?吾輩は吸血鬼であるぞ!」
「だったらなんだぁ…?あぁ…!?逃げんのかこのカス!」
「に、逃げるだと!?そんなわけはないだろう!だが吾輩は──!」
「逃げねぇんだったら、ここ真っ直ぐ行った公園の滑り台の上で待ってろ。起きたら行ってぶっ殺してやる…」
俺は指を差し、公園のある方向を示すと、早々にこの会話を終わらせるべく、一方的に捲し立てていく。
「いや、だから吾輩は──!」
「もしそこに居なかったら逃げたって触れ回ってやるからな」
────ピシャン!と、それだけ言うと窓を勢いよく閉め切り、再びベッドに戻る。
目立つ場所で待たせておけば、万が一にも間違って市民を焼き払うような真似もする心配は無いだろうと、容姿だけ見れば一発で分かりそうなものではあったが、念には念を入れて指定した。
「昼間って言ったけど…行き道がてら…適当に……倒しとく…か…」
俺は頭から倒れ込むと、そこで思考を手放した。




