問題児
放課後、下駄箱まで来たところで約束を思い出した俺は携帯を開き連絡を確認する。
どうやら教室で待っていたらしいが、俺がわざわざそっちまで戻るのは面倒だ。夕日の差す教室というのも趣があっていいが、話をするだけならそこでなくてもいいだろう。
「下駄箱、降りてこい…っと」
適当にそんな文言を打ち込み送信すると、すぐにふざけるなという旨の返信が来た。
しかし、しばらく待っているとすぐに降りてきた。どうやら向こうも場所にこだわるわけではないのだそうだ。
「あのさぁ…何で連絡とか見ないのよ」
「見てないから見てない」
理由になってないでしょと、むっとする阿波。
不機嫌そうだったので何か奢るよと伝え、そのついでに話を聞くことにし、2人でそのままカフェに向かった。なんとナチュラルなのだろう。
最初に見つけた学校付近の店が空いていそうだったので入店し、適当に商品を注文すると席に着く。
と、早速本題に入った。
「で?阿波の話って?」
「2つよ。1つは相談、もう1つは…少し聞きたいことっていうか言っておかなきゃいけないことっていうか、まぁそんなのがあって」
指をピースするように2本立て、阿波は言う。
「じゃあ最初に本題の方頼む」
「その、私って…生徒会に入ってるじゃない?」
「…………」
うーわ。出たよ、相手が知ってること前提の話し方。
例えば「私って~、ダンゴムシとかチョー好きじゃん?」とか言われても「知らねぇよ」としか言えない。その上相手はこちらがそれを知っている前提で話を続けるのだから質が悪い。
いやまぁ、今回の場合は阿波が生徒会に入ってるのは知ってるんだけどさ。よくないと思うよ。
「うん、知ってる知ってる。会長だっけ?」
俺はストローに口を付けると、笑顔で頷きつつ、とりあえず話を合わせておく。会計なのも知っているが、口からは適当な事しか出てこない。
「知らないんじゃない。会計よ」
「あぁそうそう、お会計ね」
睨みつけてくる阿波。適当を言いすぎたか、だんだんと眉間に皺が寄っていくのを見て、軽く謝った。
やっぱり今日は俺のテンションがおかしい、帰ったらちゃんと寝よう。
「生徒会の書記に白百合先輩っているんだけど、知ってる?」
機嫌を直し気を取り直し、改めて阿波は話を進める。
白百合──あぁ、そういえばそんな名前の人もいたっけ。
白百合 美咲。聞くに金持ちの家のご令嬢だとか。全校集会の場で見たこともあり、白っぽい髪が綺麗な、お淑やかそうな人だったのを記憶している。誰とは言わないが、少しは見習っていただきたいものである。本人の前では絶対に言わないが。
そんな人が何でこの学校にと思わなくもないが、生徒会長も確かそんな感じだって聞いたことがあるし、そういう人は存外多いのかもしれない。
「で?その人が何?」
「生徒会の仕事なんかで話すことも多いんだけどね?可愛がってもらえてるのは知ってるし、そもそも美咲先輩に憧れて生徒会にも入ったんだけど…」
要はその先輩の相手の仕方が分からないらしい。
阿波はスマホを取り出すと何かを探し、それを見つけると俺に見せてきた。
「これは?」
「先輩は普段料理とか、出かけた先で食べた物とか、そういう写真を撮ってはSNS上にあげてるの」
「へぇ~。写真のセンスいいんだね」
「芸術面に長けた家の生まれらしいの。だからかもね」
なかなか人気もあるみたいで、いくつか見せてもらったが多くの人に評価されているらしい。
「おぉ…」
エルゼもその写真に釘付けになっている。いや、これは単に食欲か。
でも、これの何が問題なんだろうか。食事に統一感が無いことを除けば、それこそいい写真でしかないと思うのだが。
「それでね、先輩はこういう感じの写真を私にも送ってきたり、見せてきたりするのよ」
「うん……それで?良いんじゃないの別に」
「それがその、正直言って反応に困るっていうか……分かるでしょ?こういうのって不特定多数の場に上げる分にはいいんだろうけど、私に送られてもなんて返せばいいのか、分からないのよ」
「あ、あぁ……」
なるほど、言いたいことは分かった。写真に対しての感想なんぞ、人間そう多くを持っていないのだ。そんなものを何度も続けられれば、それこそ反応に困るという感想が出てくるのも理解は出来る。
だが、俺にそれを相談した理由が分からない。
それに阿波は普段誰に対しても同じような態度なのだし、それで突き通せばいいのではないのか。
それができないような相手なのか、それとも俺が阿波に対して感じていたそういう部分というのは、単に俺の思い違いだったとでもいうのか。
なんか俺の中の阿波像が少し壊れたような気がする。あ、阿波像って言うと、なんか阿修羅像みたいでカッコイイな。
……また無駄なこと考えてる。
「俺はその先輩のこと知らないし、そんなこと聞かれても困るんだけど」
「何言ってるのよ、あんた誰に対しても同じような態度とってるじゃない?だから参考にしようと思って」
それは阿波の事じゃなかったのかと、俺は変な顔をしていたと思う。
傑や真に対して俺が向ける態度と、姉さんに対してのそれは違うし、魔族共は言うもおろか、エルゼに対しての態度も違うと思っている。
俺は器用じゃないし、どうしたってその相手相手で態度というものは自分の意志とは関係なく変わってしまうもので、まぁ皆大体そうだろうなのが、阿波がそう評価する理由が不明であった。
そんな俺の疑問はそのままに、阿波は言う。
「それにあんたはあのお姉さんを相手にできるくらいだし」
”あの”
”あの”お姉さん、だと。俺は驚々諤々とした。なんだその、”あの”っていうのは。
みんな知ってる何かがあるのか、俺だけが知らないのか。いや、そんなことはないはずだ。俺が自然と受け入れてしまっているが故にそう捉えることができていないだけで、俺も知っているものに違いない。
全くもって自慢になどなりはしない、クソの役にも立たない事ではあるのだが、これでも俺は姉さんについては知り尽くしていると言っても──いや、それは過言だな。過言というかシスコンというか。
「それはまた……どういう意味?」
「どういう意味って……まぁ、それが2つ目に聞きたいことにも関わるんだけど」
「2つ目?」
「そ、私は…いや、私達生徒会は、御厨のお姉さんを少し問題視しているって話なんだけど」
「えぇ……」
あの人は一体全体何をしでかしたんだ。何をしたら生徒会から名指しで問題児扱いされることになるんだ。これまでそんな話聞いたことないのだが。
「会長が言い始めたことだったんだけどね」
「生徒会長が…?」
友達が普通にいると聞いていたから、学校とかではそれなりに猫もかぶれてるのかとも思ったが、やはり性格がキツイという話が示している通り、俺に対する感じほどでもないらしいが、思うが儘に振舞っているらしい。
それなのに友人がちゃんといるのか……!?
なら俺は……俺は……俺はそれ以下……?
…………やめだやめだ、考えたら死にたくなる。
まぁそれはそれとしてだ。生徒会長がその姉さんの行動を問題視していると。
「そのお姉さんのことについて聞くのが2つ目の用事」
「聞くったってなぁ……」
問題視してるんだったら、その生徒会長さんのご慧眼とやらを信じればいいだろう。こんなことを言うのもなんだが、その生徒会長の目は真実を見通す澄んだ眼だと、俺は思うから。
それで俺にまで飛び火するのは迷惑だし、そうなったらその時は対処させてもらうけど、現状俺は何もするつもりはないし、出来ることも無い。
姉さんについて聞かれたことを適当に答えていくと、満足したのかメモ帳を片付けていた。
「そんなに問題なの?うちの姉さん」
「私は学年が違うから、副会長とか、さっきの美咲先輩にも聞いてみたんだけど、何が問題なのかは2人もあまり理解してない感じで」
「生徒会長が言ってるだけってこと?」
「まぁ、そうなのよね。私もオーラのある人だとは思ったけど、特別重大な問題を起こすタイプではないと思ってるし……」
オーラのある人、ねぇ……。
ハッキリ怖いって言えばいいのに、と、内心苦笑しながら窓の外に目をやり。
「うわあああっ!?!?」
俺は叫んだ。本当にびっくりした。
「ひゃああああっ!!何!?」
窓の外に見えた光景に驚く俺と、それに連鎖して悲鳴を上げる阿波。
俺が見たのは、店の窓に張り付いていた我が姉の姿。
やめてよ、ゾンビ映画じゃないんだから。
阿波は姉さんの濁り切った目で睨まれたせいでカタカタと震え始め、そそくさとどこかへ逃げて行ってしまった。
やっぱ怖いんだな。
「ねぇ……?今のは何だったの?」
と、いつの間にか店内に入り席についていた姉さん。
どこか怒っているのか、その表情には不満が露わになっていた。当然、隠れてコソコソ問題視してるだのなんだの言われていれば文句も言いたくなるというのは理解できる。
「ねぇ?ねぇ!」
仕方ないので適当に何個か奢ってやると怒りは収めてくれた。
その帰り道に阿波から聞いた話、生徒会長の事を伝えたのだが、かなり嫌そうな顔をしていた。
「あの女……前からいけ好かないとは思ってたけど……呪いでも掛けてやろうかしら」
黒い笑みを浮かべながら歯をギリギリと鳴らす姉さん。
聖園 流華。彼女ほど完璧という言葉が相応しい──というより、それ以外の言葉があまりピンと来ないという人間も、日本広し世界広しと言えど、そう多くは無いのだろう。
我が公立小笠原高校の生徒会長を圧倒的な支持の下で勤め上げる傍ら、剣道部の主将としても、その比類なき才能を見せつけている。
容姿端麗、羞花閉月、仙姿玉質で明眸皓歯。その見目麗しさは、似たような言葉を重ねて尚足りぬ程。
頭脳明晰で成績優秀。更には品行方正な人格者で、周囲からの評判もいいと聞く。それに加え、実家は白百合先輩の上を行く化物級の大金持ちと来た。
金あり才あり見た目よし、性格も善くて強い女性、まさに才色兼備のフルアーマーだ。
いやぁ、個体差ってものの存在を認めるほかない。
俺の感想があるのだとすれば、まぁ、美人だなぁ~って感じでしかないのだが。大した関りもなければ所詮こんなもんだろう。散々褒めておいてなんだが、少し近寄り難さも感じられるし、何かきっかけでもなければ、自分から接触を試みることも無い人種だ。近くにいるだけで劣等感に殺されてしまいそうだし。
だけど……
「それをいけ好かなく思う姉さんって…」
正直人間としてどうなのだろうかと、そんな言葉を内心で付け加えることを忘れる俺ではない。
「黙りなさい。あそこまで欠点のない人間がいるわけないでしょ。絶対何かあるに決まってるのよ」
それも言いたいことは分かるが、信用の面で向こうが完全に上だ。
「品行方正…まさか…ですが……」
エルゼも何か思うところがあるのか、変な顔のまま考え込んでいた。
俺も俺で同じように考えていることはある。阿波は生徒会長が姉さんを問題視していると言っていたが、それならそうと本人に直接言えばいいのではないのかと。いや、それが今後の行動を一旦は見守るという方針なだけの可能性もあるが、どちらにせよ阿波が逃げてしまった以上は何も分からない。
また聞けばいいのかもしれないが、多分明日になったら忘れていそうな話題であった。
それにしても、直接接触をしてこない、か。
どこか身に覚えもあったが、何故だかその時は思い出すことも無く、そのまま流してしまった。
「不俱戴天…ということかもしれませんねぇ…」
「?」
エルゼが呟いたその一言の意味も、よく分からなかった。




