蟹の強盗
「さて」
俺には現状目を背けている現象が1つある。
それは早急に解明せねばならないことで、されどこれまで放置してきたことであった。
それは何か。
「壊れた街が元に戻ってるんだよな」
そう。俺が戦った後というのは大抵何かしらが壊れていることが殆どだが、それは翌日か、長くても数日中にはまるで初めから何事もなかったかのように元通りになっている。
いや、これが人間であれば分かるのだ。人は怪我をしたとしても血とか細胞たちが頑張ってくれるからそれはしばらくすれば治るわけで、しかし建物や道路にそんな機能はない。
土木関係の人たちが頑張ってくれた、とも考えられないだろう。彼等の高い技術力なら抉れたアスファルトを一両日中にどうにかするくらいの事は出来てしまうのかもしれないが、建物の、それも上層階に被害をもたらしてしまったのが直っているとなれば、それも違うというのは明白で。
にも関わらず直っているのだ。だが、エルゼに尋ねてみても知らない分からないの一点張りで首を傾げるだけで、故に俺もどうすることもできず、そのうちそれを知る機会も訪れるだろうと後回しにしてきたわけではあるものの、いつまで経ってもそのヒントさえつかめないというのは妙で、言ってしまえば気持ちが悪い。
別に俺にとって害はないし、寧ろ直してもらえているのだからいいだろうと、そう思いかけたこともある。しかしこの思考自体既に妙で、こんな摩訶不思議なことをしてのける存在の正体を「害が無いから気にしないでいいか」となること自体まず考えられないのだ。自分があっさりしているだけかもしれないけど、それはそれでやや常軌を逸していると言える。
「だからっつってもなぁ……」
考えられないとは言え、実際にそうなってしまっているわけで、それが起こっているという事はつまりそういう事なのだろう。だとすれば分からないものは分からないし、気にしても仕方が無いのかな。
と、やはりそういう結論と共に、俺は別の事を考え始めるのだった。
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「なぁ颯、これ見てみろよ」
昼休みの事。昼食を終えた俺の眼前に、傑がスマホの画面を差し出す。真はそれが何かを知っているようで、思い出し笑いを堪えるようにしていた。
「なにこれ、動画?」
「まぁいいからよ。取り敢えず見てみろ。多分説明されても面白くねぇから」
「確かに……そうかも」
「はぁ、まぁいいけど」
画面に映し出されていたのはコンビニの監視カメラの映像だった。レジの内側、天井の隅から俯瞰するような位置に取り付けられたカメラらしい。動画の下部に掛かれた数字からして時間帯が深夜であることが分かり、それ故か店員はスマホを眺めていた。
そんな映像が1分ほど続くと、画面の奥で角度的に上半分しか見えていなかった扉が開いた。店員は手元から視線を外すことはしなかったが、口元を動かし、恐らく「いらっしゃいませ」とでも言ったのだろう。やる気のない店員とも言えるが、暇な時間に1人でいたら、ちゃんと立ってるだけでも十分なのかもしれない。
「……?」
で、だ。この時間帯にコンビニに訪れる客層が大体どんなものであるか、それは人それぞれイメージする物はあるのだろうが、それでも共通しているのは大体が成人、もしくはそれに近い歳の人間であるという事だろう。そしてそう言った人間が店内に入れば、普通は監視カメラにその姿が、影が、映るはずなのだ。
しかし、開いたはずの扉に何者かが映った様子はない。
何だこれ、ホラーか?ビックリ系──ジャンプスケアといったか、あの類の映像は苦手なのだけれど。
だがそれにしては傑も真も何か面白いものを勧めるようにしていたわけで、取り敢えず俺は黙って続きを鑑賞していく。
「……え?」
扉が開いてからしばらくして、レジカウンターに何者かの手が置かれ、俺は啞然とした。それは下から手を伸ばすようにしておかれた手であった。いや、この場合それを手と呼称するのは少々語弊があるというか、物事が正しく伝わらない可能性があるわけで、俺はこう言い直すべきなのだろう。
蟹の鋏だと。
店員は気が付かない。しかしその間も蟹はカウンターを登り続ける。そして1匹目が上り終えると、それが仲間の蟹を引き上げるようにして次々にカウンターを占拠していく。
とまぁ、ここまで見るだけでも十分異質な映像で、何でこんな街中に蟹がいるのだという話でもあるのだが、問題の映像はここからであった。
「……包丁!?」
最後の蟹はその片手に包丁を持った状態で仲間の蟹に引き上げられてきたのだった。そしてその蟹が包丁をホットスナックのケースに叩きつけると、実際にはカンカンと鳴っていたであろう音を聞いて初めて、その店員も気が付いた。当然目の前の光景に硬直し、それが包丁であるという事を理解すると腰が抜けたような体勢を取り始める。
構図としては、蟹に脅されるコンビニ店員。
十数匹の蟹から刃物を向けられ鋏を向けられ、結果その店員が選んだ行動は、包丁を取り上げるでもなければ警察に通報するでもなく、ホットスナックのケースからチキンを取り出すことだった。
「えぇ……噓でしょ……」
『コンビニ店員、蟹に敗北す』とは、映像が終了してから確認したその動画のタイトルであった。日付としてはつい昨日の事件……噓のような真の事件だったわけだが、既に数多く再生されているようで、「蟹に負けた人類」「骨無しチキン」「じゃんけんパーしか出せなさそう」と、まぁ散々な言われようであった。
確かに、人が蟹に負けるというのは中々な絵面ではあったが、当然この蟹達のまるで軍隊の様な洗練された行動には疑問の声も多く、多くの人がこの映像を見ているのはそう言った背景もあるのだろう。
「チキン渡したら帰っていったって話だけどよ、これどこのコンビニか知ってっか?」
「知らないけど。……え、まさかこの辺とか?」
「その通りだよ。加賀浜の事件……ふふ、これ事件って言っていいのかな。でもまぁ、強盗事件だよ」
この辺の事件。それを聞いて俺の意識は一気にいつものに引き寄せられていく。蟹の習性としてこんなことはまず考えられず、その上この辺で起きた事件だ。断言するのには証拠が足りないと言われればそれまでだが、絶対魔族の仕業に決まってる。こんなことができるのは魔力くらいのものだろうと、俺はそう断じた。
「まぁ気をつけなきゃいけないんだろうけどね、実際に包丁突きつけられたらこうなるのも分からないでもないからさ」
「にしてもこれは酷ぇだろ」
「蟹の強盗ねぇ……」
まぁこんな事件起こしている時点で敵なのは間違いないのだろうが、俺は少し個の蟹達が気になったという事もあり、放課後それを探しに行くことに決めたのだった。
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そして放課後。俺は帰ろうとする2人に蟹を探しに行くことを告げると、よかったら一緒に来ないかと誘ってみることにした。人手は多い方がいいからね。
「え、颯、お前あの蟹探しに行くのか?」
「うん。気になるし、ていうかアレどう見てもタラバ蟹でしょ?捕まえたら食べられるかもしれないし」
というかどうせ、探しに行かなきゃ行かないでエルゼがうるさいだけだし、悲しいことに、儘ならなことに、元より選択肢などないのである。それに今回のこれは魔族とか関係なしに普通に気になる。
あまり知的とは呼べない俺の、知的好奇心だ。
「ズワイ蟹じゃなかった?」
「毛蟹だろ」
「いやまぁ、それはどっちでもいいんだけど。食べるの?」
「茹でれば食べれるでしょ」
今日の夕飯は蟹鍋にしたい。捕まえられればの話だけど。でも捕まえたのをそのまま食べてしまってもいいものなのだろうか。裁判とか……やるわけないか。
「食うのか……まぁ、止めねぇけどよ。俺は今日ちょっくら用事入ってっから付き合えねぇわ」
「そっか」
「僕も。まぁ、日課なんだけど」
「日課?」
「あぁ、いや、何でもない。”気にしないで”」
断られてしまった。日課というのは少し気になりもしたものの、気にしないでというのなら気にしても仕方が無いのだろう。俺は気にしないことにし、事件のあったそのコンビニへと足を運ぶことにした。




