武人魔族
あのライブからは数日して、俺は帰り道を独り歩いていた。
何も考えず、というわけでもないが、帰り道なんかに考えていることというのは大概つまらない事で、家に帰る頃には何を考えて歩いていたのかさえ思い出せなかったりする。
しかし思う、平和だと。
肩の荷が降りたというか、姉さんの一件以降、魔物はちょこちょこと現れるものの、俺はどうしてか平穏を感じずにはいられなかった。
姉さんも姉さんで早速魔族や魔物を退治しているらしく、時折「今日はこんな奴に会った」といった話を聞かせてくれたりする。ただ姉さんが出会う敵というのはどうにも物騒な奴が多いそうで、その話を聞くたびに不安を覚える。
そこから考えると俺が出会う魔族たちというのはどちらかと言えば平和というか、何の遠慮もなしに言うのであればバカが多いのだろう。
「なんて考えるからこうなるんだよなぁ」
俺の目の前に現れた1つの影。
それは白い鎧の武者であった。
腕は4本、脚は2本。そして頭からは大きな、カブトムシを思わせるツノが1本、存在感を主張していた。
太くて大きい、立派なモノがビンビンに聳え立っていた。
その腕にはそれぞれに刀を持ち、まさかまさかの四刀流というやつである。刀はその全ての長さが違い、扱い難そうな事この上ない。
そしてその鎧をガシャリガシャリと鳴らしながら、それはこちらを見た。
「…………っ!」
俺は思わず震えた。覇気が、これまでに出会った魔族たちのそれとは一線を画しているように思えたからだ。
「拙者、ベニマルと申す」
機械のような、無機質な声。それは自身をベニマルと名乗った。
「白いのに……」
「拙者、この身が紅く染まるまで、戦いを止めることはない」
「名前と抱負が一緒になっているという事でしょうか。名前負けしないよう頑張るというのは敵ながらいい考えですねぇ」
「あぁ、そういうこと……でもその紅ってどう考えても血だよな」
さながらその白い鎧は、血で真っ赤に染めるための、白紙のキャンパスとでも言ったところか。
と、何とも気の抜けるような会話が繰り広げられていたが、その手に握られている刀はやはりそれを否定していて、それがこれからの展開を簡単に想定させていた。
「で、エルゼ。アイツは何?」
名前は既に分かっていたが、アレがどういう存在なのかと、その気配の強大さも含めて俺は訊いてみたくなった。
「魔族……だとは思いますし、それは間違いないと思うんですが……なんというか妙ですね」
「妙?」
「魔物っぽさもあると言いますか、何か混ぜ物のような存在ですね。とくにあのツノ、カブティドスという魔物のツノによく似ています」
俺は頭頂部から伸びたツノを見上げる。やはり立派なモノだが、確かに取って付けた感があると言われればそうであった。
魔族と魔物が融合した存在……とでもいうのか。いや、だから何だという話でもあるのだが、強さの秘訣というのはもしかしたらあのツノにあるのかもしれない。
少なくとも腕が4本もあるのはそのせいだろう。脚の2本と合わせれば昆虫と同じく計6本になるわけだし。
俺は視線を前に向け、直立不動の白いベニマルにいつも通り、この世界に来た目的を問う。
いや、なんとなくこの質問が無駄になりそうな気はしていたし、それ覚悟の質問でもあった。この身を紅く染めるまで云々の時点でどう考えても平和そうな存在ではない。
事実、その予想は案の定というか、的中していた。
「この世界を戦で満たす為、拙者は征くのだ」
「戦で満たす……戦乱の世にするってか。だったら残念、来るのが遅かったな。500年くらい前ならお望み通りの世界だったと思うんだけど」
戦国時代だ。
日本の戦国時代はそれこそ、もう上から下まで皆物騒だったと聞く。農民は落ち武者を追いかけまわし、武士の屋敷には生首がエクステリアとして置かれていたりと。日本史の先生が喜々としてそんな話をしているのを聞いて、俺は今の時代に生まれた幸運を、心の中で両親へ伝えたものだ。
「拙者もそれは知った。故に嘆いた。この世界の住人は戦うことを知らず、そして嫌ってもいる」
鎧兜を横に向け、少し離れた道を歩く人を刀で指した。
こちらに気が付くでもなく、ながらスマホでトボトボと歩く典型的な現代人であった。
「見よ、あの人間を。平穏に浸かりきった顔、だらしのない立ち居、そして恐ろしいまでの警戒心の無さ。実に情けないと思わぬか」
確かにスマホ首だろうし、猫背でもあるのだろう。大幹などがしっかりしているとも思えず、もし今から敵襲でも受けようものなら5秒と持つまい。だが、それは現代人としては不健康ではあるが一般的でもあり、自分自身責めることもできない。
前まではそうだったし、今も若干そうだ。
「普通じゃない?」
普通というものは時代時代によって変化するものであり、今だってその普通は塗り替えられ続けていると言えるのだ。そういう意味でいえば、普通というのはあってないようなもので、俺にはあの日からそれがない。
「普通、か。そう申すか」
「時代が時代ですからねぇ。今の世ではそちらが異端であり異常でもあるんですよ」
「それもそう。別に悪いことじゃないと思うんだけど」
「無論、あの者を特別論って悪し様に罵るつもりはない。だがしかし、否、だからこそ、拙者がこの世界を今一度、戦いに溢れた世界へと導くのだ」
ベニマルは刀を振った。風切り音がハッキリと聞こえた。
「なるほど。平穏ってのはこうして崩れ去っていくわけだ」
「それこそ戦いがしたいのなら魔界でもよかったんじゃないんですかねぇ?」
ホントだよと、俺は同意した。
エルゼはかつて言っていたのだ、この世界に来るのは暴れることに興味のないモノや独特の思想を持ったものばかりであると。それをそのまま解釈するのなら、この手の輩は魔界に居ればそれで事足りるのではないか。
「魔界での戦いは拙者の求めるそれとは違う。力を振るうだけで技を磨くことをせぬのだ。実に退屈な闘いの日々であった」
「人間は違うとでも?」
「いかにも。同じ種族同士で争うからこそ、力だけでなく技も磨くことができる」
言っていることが本当かどうかはともかくとして、まぁそうなのだろう。
種族の坩堝らしい魔界では、力のあるものがひたすらに力を振るうだけという戦いが繰り広げられているというのにも、なんとなく察しがついた。
コイツがそれに勝てないと悟ってこの世界に雑魚狩りをしに来たのか、それとも力と技の合わさった戦いをしないそいつらに見切りをつけたのかは分からないが、いずれにせよ重大な勘違いがあることは事実である。
「人間は力を鍛えて技を磨いても、お前の相手は出来ないと思うけど」
「やってもいないうちから何故そう言い切れる!」
「えぇ……んな……えぇ……?」
金属質な声で情熱的なことを叫ぶベニマルに、顔を引き攣らせた。
言いたいことは理解できる。俺自身親からもよく言われていたことでもあるし、やってもいないうちからどうせどうせと諦めるのがよくないことなのはそうだ。
だが魔族が人間にそれを言うのかと、流石に現実が見えていないにもほどがあるのではないかと、そう思った。
「完全に人間の味方ですね。人間の可能性を人間以上に信じてるみたいです」
「これより先、数百年単位で人間どもを鍛えていけば、拙者の相手をできる人間も生まれてくるに違いないであろう」
「気の長い魔族ですねぇ。いや、魔族だからこそですか」
エルゼが呆れたように言う。その感情は俺にも理解できた。
どちらにせよ、この時代ではコイツへの対処法は戦車や核ミサイルであって人間ではない。今の人間は個人の技ではなく全体で共有できる技術を高めるものなのだ。
先程言ったことをやりたければ、まずコイツがするべくは文明の徹底的な破壊、そして自身を強大な敵として据えた上で人類を統合することだ。人類が自分に勝つための技を磨くような環境を作ることが出来なければ、目的は果たされないだろう。
つまり何が言いたいのか。
コイツが紛れもなく、言うまでもなく、俺にとっての敵であるという事である。
「まぁ颯くん。大体こうなることは最初の時点で分かり切っていたことですから、そんな顔をしないでください」
「はぁ……分かったよ。戦えばいいんでしょ戦えば」
これも既定路線だと、周囲には人の気配もなかったので俺はその場で変身し、ステッキを構えた。
「む、戦うのか。それは善い」
「お前は俺の姿見ても特に何も言わないんだな」
刀を構えたベニマルに俺は尋ねた。
ロマンス怪人に三つ首魔族と、変身直後の俺の姿を見た奴らの反応とは違っていて、それが気にかかった。
「戯け。姿が何だというのだ。拙者が見ているのは心、技、体。くだらぬことを気にするな、不愉快だ」
「……!」
武人気質というヤツかと、目を少し見開き、フッと笑った。
初めて不快感無く戦えそうだと、この時思った、思っていた。
それはなんだかんだで楽に倒せると考えていたが故の、というよりは色々と気が抜けていたが故の油断であったのだろうが、なんにせよこの魔族、かなり強いのだ。
まず第一に魔法が通じない。それは鎧の為かと言われればそうではなく、ベニマル自身の技によるものであった。
「輝く数多の星々よ、集え!スターライト・レイ!」
初手安定のスターライト・レイ。
何故だか唱えやすく、精神的ダメージも少なくて済むと放ったそれは、白い鎧を光によって更に白く輝かせる。
しかし。
「──瞬風!」
到達する前に打ち消された。視認できたのは白羽が振るわれる一瞬のみ。後には風が吹き荒れ、衣装のフリルが揺れた。
「なっ……!」
「笑止。侮るなかれ」
呆然とし、すぐさま他の魔法でも試してみるも結果は同じ。
全てが到達する前に、神速で振るわれたその一刀によって打ち払われてしまった。
「さて、どうしたもんかな」
「結構余裕ありますね」
「いや、まぁな」
俺は何度か魔法を撃ち込んでいた事もあり、1つ気が付いたことがあった。
もしそれが予想通りであればなんとかなるかもしれないと、俺は存外余裕を取り戻していたのだった。