(4月13日付けの手紙)
ジークが女装して女子寮に現れます。
お母さん
このところ、雨が続いています。毎週、嫌がらせのように、土日に雨が降るんです。
イースレイの町へ遊びに行きたい皆さまは、社交会館で暇をつぶすしかないので、ぶーたれてます。
でも、森へ行きたい私やジークは、切実なんです。
だって、雨が降ってたら、森へ行けないんですから。
いくら、慣れたところでも、雨の山道を歩くのは危険ですし、ましてや、森はNGです。
私は、毎晩スレイ翁やツーノと会ってるので良いんですが、そろそろジークが限界です。
それで、ジークに転移の魔法陣をあげたんですが、翁に手紙を出しても、返事が来るだけで本人は来ないらしいんです。
男爵令嬢ズにその話をしたら、マーサが簡単に言ったんです。
「スーさんだって男なんですもの、男が好きな嗜好の方でない限り、若い女の子の方が良いに決まってますわ」
その言い方に、頭を抱えました。
ダグラスさまは、マーサの嗜好をご存じなんでしょうか?
知ってて放置してるんだったら、ものすごく懐の深い方だと思います。
新学期が始まった最初の日曜日、ジークは来なかったんです。きっと、女装したくなかったんでしょう。
私は、ジークが寮へ現れなかったので、内心ホッとしました。
だって、ここは女子寮なんです。あり得ません。
理事長自ら、規則を破るなんて、とんでもない話です。
でも、2回目の土曜も雨が降っていたので、やけくそになったんでしょう。
翌日の日曜の晩餐の後で、ジークが女装して現れたんです。
『セシー』と名乗って、近くに住むことになった私の友人で、挨拶がてら寄ったって触れ込みでした。
男爵令嬢ズは大喜びで、部屋へ招き入れました。
ここは私の部屋で、あんたたちの部屋じゃない!
って、よっぽど言ってやりたかったです。
でも、焦げ茶色のカツラを被って、裕福な平民の娘みたいな恰好をしたジークは、それはそれは可愛かったんです。
居合わせた男爵令嬢ズや私が束になってもかなわないほどでした。
マーサの鼻息が荒くなったのは想定内でしたが、他の3人だって似たようなもので、彼に申し訳なくなったほどでした。
ところで、彼は、今回、人生初の経験をしたようです。
彼は、寮の入り口で面会を申し込んで、私が迎えに行くまで玄関脇の小部屋で待ってたんです。
待ってる間、いろんな令嬢が覗きに来て、嫌味を言ったり馬鹿にしたりしたそうで(皆さま、彼を平民の少女だと思い込んだんです)、彼の常識では、女性はみんな優しく思いやりがあるって思ってたらしいんですが、全く逆だったんですって。
だから、部屋に入るや否や、文句を言ったんです。
「エヴァ、女子って、いつも、あんななのか?」
「あんなって?」
「私が君に会いに来たって言ったら、平民がわざわざ学園まで友達に会いに来るのは、ちょっとでも貴族の活動領域に近づいて、あわよくば玉の輿を狙ってるんじゃないかって、ネチネチ言われたんだ」
「ああ、なるほど。
その後、いくらあんたが頑張って媚びを売っても、血筋の正しい貴族の男は見向きもしないから、身の程を弁えてとっととお帰りって、続くんでしょ?」
「その通りだ。どうして、知ってるんだ?」
「入学したときから言われ続けてるから」
え?
ジークが固まりました。
「教室で見るのと、違うって思ったんでしょう?
教室で会うときは、少なくとも、あんたの前では、互いに認め合って、身分を笠に着たもの言いすることはないもんね。
でも、残念だけど、これが真実の姿なの。
男爵令嬢ズさえ、身分が低いからウロチョロするなって言われてるんだよ」
「知らなかった」
「そりゃあ、知らないでしょうよ。
あの人たちは、ジークやケント会長みたいな超優良物件にそんなこと知られるようなヘマはしないわよ」
ジークにとって、新しい扉(どんな扉だよって言いっこなしです)が開いたような経験だったようです。
「あんたやケント会長が、私にまとわりつくと、外野がウザいって言ったでしょ?
それって、こういうことだから。
口で言ってるうちはまだ良いの。そのうち、物を隠されたり、バケツの水が降ってきたりと、いろいろあったりするのよ」
「何故、言わなかった?」
「言ったじゃない。
私に関わらないでって。あんたたちは、聞いてくれなかったけど」
ジークは、みるみる青ざめたんです。
「すまない。まさか、ここまでだと思わなかったんだ」
「女子は、優しくか弱いって思ってたんでしょ?」
「君が例外だと思ってた」
「エヴァだけが特別じゃない。みんな、似たようなものだぞ。
そんなことより、早く始めないと。時間は限られてるんだ」
って、テレサが暗い話を終わらせて、翁に連絡をとったんです。
でも、スレイ翁が現れたとき、ジークは真面目な顔をして訊いたんです。
「翁は、女子が自分より身分が下の者に酷い言葉を浴びせるのをご存じか?」って。
スレイ翁の返事は、超ブラックだったんです。
「言葉だけで済めば良い方じゃ。昔、自分も不倫しておるのに、夫の恋人を殺した女もおったほどじゃ」
男爵令嬢ズは、ビックリしたみたいです。
いつもの翁と全く違ってたからです。
「殺された女性はスーさんにとって、大事な方だったんですか?」
テレサがおそるおそる尋ねると、翁が寂しそうに答えたんです。
「そうじゃな。ワシの大事な友人の想い人だったんじゃ。ワシも大事にしておった。
想い人が死んで、嘆き悲しんだ友は、自死してしもうた」
衝撃的な話だったので、一同が絶句すると、翁は飄々とした口調で言ったんです。
「遠い昔の話じゃ。今では、誰も覚えておらん」
昔の話だったら、許容範囲なんでしょうか。
男爵令嬢ズは、今と違って、昔はそういうこともあったんだって思ったみたいです。
「いずれにしろ、女の嫉妬は恐ろしいってことね」
って、パメラがまとめると、
「男の嫉妬も怖いらしいですわ」
ってスーザンが話題を変えてくれたので、ホッとしました。
翁が話したのは、ウイリアム殿下とイザベラ夫人のことです。
あのおめでたいシールド侯爵の教育を受けているジークには分からないでしょうが、シールド家は、結果的にウイリアム殿下を殺したようなものです。
今は、ジークとケント会長が信頼し合っているのです。
昔のことを蒸し返す意味がないでしょう。
だって、関係者はみんな亡くなってるんですから。
歴史は、勝者の視点で書かれるんです。
ウイリアム殿下の日記でもあって、そこに真実が記されていれば別だけど、いえ、例え、真実を記したものが出てきたとしても、今更真実を暴く意味がないんです。
だって、誰も幸せにならないからです。
むしろ、今まで善だと思ってたものを否定されて苦しむ人が出て来るだけです。
結局、夜の10時少し前に、ジークは帰って行きました。
さすがに、私の部屋に泊まる気はなかったみたいです。翌日は授業もあるので、私の部屋から登校するなんて、無謀なことはできないと思ったんでしょう。
4月13日
男爵令嬢ズとともにスレイ翁やジークとお茶した エヴァ
PS ジークの女装があまりにも可愛らしかったので、後で、他の皆さまから、どういう関係だとか、どこに住んでるんだとか根掘り葉掘り訊かれました。
ウイリアム殿下の悲恋は、男爵令嬢ズを驚かせます。