(3月30日付けの手紙)その3
誤字報告ありがとうございました。m(__)m
3月30日付けの手紙の最後です。
エヴァは、森を横断したことをジークに話します。
「森で一晩泊まって……」
「野宿したのか?」
「ううん。ちょうど寝れるようなってるところがあったの」
嘘じゃないです。
ただ、あの小屋で泊まったってことは、内緒です。
「スレイ翁のところより奥の森って、遠くからみると、こんもりしてて、地面が少しずつ上り坂になってるみたいに見えるじゃない?
だけど、中に入ったら、道なんかなくって、岩でゴツゴツしてるだけじゃなくて、歩いていると、突然崖っぷちに出たり、大きな岩の割れ目があって、それを迂回するために、せっかく上ったのに、来た道を下らなきゃならなかったりするから、直線距離は大したことなくても、進むのにものすごく時間がかかるの。
だから、行く前に思ってたみたいに、2、3日で横断するって、現実には無理だったみたいなの」
「でも、往復したんだろ?」
「そうなんだけど、それって、私の実力じゃないの。
実はね、朝起きた時、ツーノが陶器の笛をくれて、吹いてみろって言ったの」
家でも話しましたが、18日の朝、ツーノは、小屋にあった小さな陶製の笛を指さして、吹いてみろって言ったんです。
あの笛は、多分、ウイリアム殿下のものだったんでしょう。つまり、今は、私のものです。
「吹いたら、どうなったんだ?」
「吹いたら、すごくくぐもった優しくて懐かしい音色がしたの」
「音はどうでも良いんだ。何が起こったんだ?
君がそんな言い方するってことは、何か不思議なことが起きたんだろ?」
で、言われるままに笛を吹いたら、しばらくして図鑑では見るけど本物は初めてみる希少な生き物が現れたって話はしましたね。
あの神々しい姿は、今思い出しても、うっとりします。
私の記憶が正しければ、あれは……。
「話に聞く『一角獣』が現れたの」
「何だ、それ?無茶苦茶羨ましい!!」
「で、その一角獣の背中に乗せてもらって、最速でトーリ村に着いたの」
「最速って?」
「その日の晩には、道の分かる場所、つまり、森の魔女の家の近くに着いてたの」
「急いでるんだろ?だったら、こいつに頼んだら良い」ってツーノが言ったので、
「悪いけど、トーリ村の近くまで運んでくれませんか?」
って、一角獣に頭を下げたんです。
そしたら、一角獣が言ったんです。
「ダリの娘エヴァ。お前の噂は聞いている。
我に乗りたいのか?良いぞ。乗せてやろう」って。
「良いんですか?」って訊いたら、
「お前の父親には、命を助けられた」ですって。
お父さんは、黒い森でも、お父さんだったみたいって、二人して笑ったけど、本当にお顔だったみたいです。
と言う訳で、一角獣の背に乗ったってジークに言ったら、羨ましがること、羨ましがること。
でも、家でも言ったように、そんな良いものじゃなかったんです。
小さい頃、お母さんに叱られたけど、ノーマンさんの牧場で裸馬に乗って遊んでて良かったです。つくづくそう思ったって言ったら、お母さんは笑ってましたね。
裸馬は危険だから、止めさせたかったんでしょうが、お転婆だったから、お母さんには内緒で乗って遊んでたんです。
今頃白状した訳ですが、もう時効でしょうから、許してください。
だって、今回は、裸馬ならぬ裸一角獣に乗ったんですから。
しかも、一角獣は、馬よりずっと速くて、一直線なんです。
ジークは、この辺りは突っ込んで来ませんでした。
あの人は、一角獣に鞍でも置いて乗ったとでも思ったんでしょうか?
多分、そこまで考えてなかったんだろうと思います。
話を戻します。
ツーノと別れて、一角獣に運んでもらったのは良いんですが、アップダウンの多い険しい山道をものすごいスピードで駆け抜けたんです。
深い岩の割れ目も跳び越えますし、垂直に切り立った崖も当然のように駆け上がったかと思えば駆け下りて、本来なら迂回する道を直線コースで駆け抜けるんです。
乗ってるこっちも大変だけど、乗せてる一角獣も大変だったと思います。
お別れするとき、心から、ありがとうって、頭を下げました。
で、結局、その日の晩に森の魔女の家の近くに着いたんです。
途中、昼休憩しましたが、胃がひっくり返って食べられるはずもなく、水を少し飲んだだけだったって言ったら、お母さんがお腹を抱えて笑いましたね。
でも、ジークは、そんなこと分からないから、単純に羨ましかったみたいです。
彼の感覚では、どんな冒険をしても、お昼ご飯は、それなりのものをしっかり食べて、午後の活動のために備えるんです。
道の分かるところで降りて、一角獣にお礼を言ったんですが、そのとき、名前を尋ねたら、ツーノと同じく、名前はまだないから適当に呼べって言うので、『イッカク』って名前を付けたって話をしたら、お母さんは、ツーノのときみたいねって言ってましたね。
今回は、これ以上、ジークを羨ましがらせるのは得策じゃないと思ったので、その話はしませんでした。
でも、ツーノのときと同じようにしてみようと思って、
パンパカパーン!
一角獣の名前は『イッカク』になりました。
って、帰りにスレイ翁に報告したんですが、翁は、ツーノのときと同じように、笑ったんです。
私って、そんなに名前を付けるセンスがないんでしょうか?
あんまり笑われると自信がなくなります。
さて、人里近くに伝説の一角獣が出たなんて、大騒動になりますから、イッカクは、帰りも笛を吹いたら来るから、呼ぶようにって言って、どこかへ消えていったんです。
そこから歩いて家に帰って、久しぶりにお母さんの手料理に舌鼓を打ち、学園での話やスレイ翁の話、そして、経験したばかりの森の話をあれこれして、とっても楽しかったです。
でも、お母さんが一番驚いたのが、私がお父さんやウイリアム殿下の服を着ていることだったなんて、ちょっとビックリしました。
私があれを着ると、お父さんによく似てるって言ってくれたので、すごく嬉しかったです。
ダリは、森では、ウイリアム殿下と並んで英雄なんです。
そういう話をジークにする訳にもいかないので、そこらは適当に誤魔化したんですが、一角獣の話だけはしときました。
じゃないと、普通の人間があの森を一泊二日で通り抜けるなんて不可能なんです。
で、「以上で報告終わり」とばかり立ち上がって、アマリエさんのお家へ行こうとしたら、公爵家の体面があるのでしょうか、ジークが離宮に泊まっていけって言うんです。
ここで断ったら、面倒なことになりそうな気がしたので、その申し出を受け入れることにしました。
今、ベネディクト家の離宮の客間でこの手紙を書いています。
春になって、薬草園の仕事も忙しくなるけど、体に気を付けて、お仕事頑張ってください。
私も、2年の勉強頑張ります。
3月30日
あなたの娘 エヴァ
PS ジークがアマリエさんに使いを出して、私が離宮に泊まることになったことを連絡してくれたんですが、私、本当は、アマリエさんと女子会がしたかったんです。そこで、年越しの踊りや音楽の話がしたかったんです。
ジークは、生まれた時から、他人に気を遣ってもらってばかりですので、他人の感情の機微が分からないみたいです。
ジークは、公爵家の嫡男だったので、周りの人たちがみんなで気を遣ってくれて、人情の機微に疎いところがあるようです。




