(8月2日付けの手紙)その2
8月2日付けの手紙が続きます。
でも、もう一人いたことを忘れてました。
そう、ジークが風の魔法を使って付いて来たんです。
本当全属性を使える魔術師だけあります。
その力を、もっと別のことに使って欲しいものです。
頭を抱えました。
仕方がない。このまま行くか。
腹をくくって、歩き出すと、久しぶりにツノウサギに会いました。
「こんにちは。久しぶりね。今日は、ジークがいるんだけど、一緒に行って良い?」
そう訊くと、首を縦に振ります。
「ありがとう。実は、ここんとこズッとそっちへ行きたかったんだけど、周りがウザくて、行けなかったの」
「何の話?」と、ジークが訊きます。
「ツノウサギが良いところへ連れてってくれるって。来る?」
「行く」
ジークは、簡単に同意しました。
「ただし、これから見たことは、絶対しゃべちゃダメだよ。約束できる?」
「分かった。絶対、他の人には言わない」
私たちは、そう約束したんです。
「ほお、珍しいのお。ウイリアムの血筋か」
黒い森の中を分け入ってスレイ翁の前に立つと、翁の台詞にビックリしました。
確かに、ジークは、王弟ウイリアムの子孫です。
でも、今の言い方じゃ、まるでウイリアム殿下を知っているかのようです。
「確かに、私は、王弟ウイリアムの子孫だが……あなたは、もしかしてスレイさまでしょうか?」
「な、な、なんで、ジークがスレイさまの名前知ってるの?」
「我が家には、直系だけが知っている言い伝えがあるんだ。
それによると、ウイリアム殿下は、この地の守護神であるスレイさまと親しかったらしい。
殿下がこの地に領地を賜ったのは、スレイさまがいるこの地を頂きたいと父王に懇願されたからなんだ」
「そうなの?」
「そうだ。ウイリアム殿下は、スレイさまの存在を極秘で王に打ち明けている。それで、この地に魔力保有量の多い青年のための学園を作る許しを得たそうだ」
「じゃあ、学園を、娘さんのために創ったという話は……」
「確かに、娘のマリアンナさまの魔力保有量は多かったらしいが、その話は、対外的なカモフラージュだ」
驚いたってもんじゃなかったです。
ウイリアム殿下は、スレイ翁とお付き合いがあったんです。
でも、ウイリアム殿下って大昔の人です。
そんな人と仲良かったなんて、スレイ翁は、一体幾つなんでしょう?
ま、確かに、見るからにご高齢ですが……。
ジークによれば、ベネディクト家の代々の当主はスレイ翁と会うために、いろいろやってたそうです。
でも、初代のウイリアムさま以降、会えた人はいなかったんですって。
スレイ翁に会おうと思ったら黒い森の中に入らなきゃならないからです。
誰だって、そんな無謀なことはできないでしょ?
で、今回、ジークが私を追っかけて来たことで、スレイ翁に会うことができた。
それは、ベネディクト家当主であるジークにとって、幸運なことだったようです。
それから、三人でいろんな話をしました。
黒い森の中にいるので、誰も追いかけて来ません。
久しぶりにまったりした時間でした。
ジークとスレイ翁は、初めて会ったとは思えないほど意気投合しました。
私そっちのけで、盛り上がってます。
その間に、私は、辺りで薬草を探しました。
翁のいる近辺には、希少種がいっぱい生えています。
久しぶりに来たので、季節が変わったせいでしょう、今まで図鑑でしか見たことのない薬草もたくさんありました。
側には、ツノウサギが付いて来てくれていて、迷子の心配は皆無です。
まるで、スレイ翁の薬草園に苗をもらいに来たみたいです。あっちこっちで根っこごと1種類6、7本ずつ採取します。
いろんな種類の薬草がいっぱいあるので、嬉しくてノリノリで作業していると、不意に、側にいるツノウサギがニヤリと笑ったんです。
ツノウサギが、笑うなんて。
ツノウサギが笑うなんて、あの不思議な世界へ行くお話のようですが、本当に笑ったように見えたんです。
ふいに、頭の中に声が聞こえたような気がしました。
「お前も、父親のように、この角が欲しいか?」って。
どうやら、ツノウサギの声のようです。
ツノウサギがしゃべるなんて。でも、ここでは、何でもありなのです。
ツノウサギがしゃべったことより、しゃべった内容に驚きました。
「お父さんも、あなたの角を欲しがったの?」
って思わず訊いたんです。
「俺の親父の角を欲しがったから、親父がくれてやったって聞いたぞ」
「もしかして、5年前のこと?」
「ああ」
お母さん、覚えてますか?
5年前、サムの病気を治すために森の魔女がツノウサギの角が欲しいって言ってて、お父さんが苦労して探して来たことを。
苦労してあちこち探し歩いてたんだけど、気が付いたらどっかから手に入れて来て、おばばがそれを使って無事に薬を作って、その薬のおかげでサムの命が助かったって聞いたけど、あれって、このツノウサギのお父さんにもらったものだったんです。
普通の冒険者がやるように、ツノウサギを殺して手に入れたものじゃなかったんですね。
さすが、お父さんです。ますます好きになりました。
あの後、事故で亡くなってしまったけど、お父さんは、薬草採取を業とする冒険者としては、一流だったと思います。
で、話の流れで、「くれるの?」って訊いたんです。
「大事に使ってくれるなら」
って言うから、
「トーリ村の森の魔女に渡して、大事に使ってもらうわ」
って言ったら、前足でポキンと折って、差し出したんです。
ツノウサギの角って、こんなに簡単に手に入るものなのでしょうか?
ビックリしました。
そうこうしているうちに、そろそろ学園へ帰る時間になりました。
楽しい時間はお終いです。
ジークは、これからもスレイ翁に会う約束ができて嬉しそうでしたし、私は、珍しい薬草をたくさん採取できた上、ツノウサギの角がもらえたので、ご機嫌でした。
そうして、二人とも大満足で学園に帰ると、待っていたのは修羅場でした。
8月2日付けの手紙は、もう少し続きます。
ジークはスレイ翁に会います。ベネディクト家当主のジークにとってスレイ翁に会うことは、大きな意味があるのです。