(7月18日付けの手紙)
テストの話です。
お母さん
昨日からテストが始まりました。
過去問のおかげで順調に進んでいます。
男爵令嬢ズと「8割は取りたいね」って、言ってるんですが、無事、目標は達成していると思います。
男爵令嬢ズも感触が良いようで、みんなで楽しくテストを受けています。
テストが楽しいってどうかと思うけど、本当に真面目に勉強して、過去問をしっかりやったおかげで、簡単なんです。
後は、ケアレスミスをしないように気を付けるだけです。
ところで、テストが始まる前、面白いことがあったんです。
私のノートを見たパメラたち男爵令嬢ズがノートの写しが欲しいと言い出したんです。
『分身魔法』の魔法陣を使えば一発でノートの複製ができます。それを読んで勉強した方が効率的だと思ったみたいです。
それで、彼女たちの分を作って渡したんですが、彼女たちが一人銀貨1枚くれたんです。
お世話になったから気持ちだけってことで。
ありがとう、みんな。嬉しいよ。
そしたら、他のお貴族さまたちも、我も我もとノートの複製を欲しがって、結局、全員に複製を作って渡しました。
男爵令嬢ズ以外の人たちからは銀貨2枚もらいましたので、結局、銀貨54枚の儲けになりました。
こんなことをするために『分身魔法』の魔法陣をゲットしたんじゃないんだけど。
何か複雑な気分です。
先生に知られたら、叱られるんじゃないかと、ヒヤヒヤしています。
ところで、ジークフリートさまのことですが、最初、彼は自己紹介で言った『セシル』と呼ぶよう求めたんです。
でも、ケント会長によれば、『セシル』は家族のようなごく親しい人しか呼ばない名前だそうです。
そのことを男爵令嬢ズに話したら、ただでさえ他の生徒の妬みを買っているのに、平民の私が『セシル』と呼ぶのはヤバイ(!)と、心配してくれたんです。
それで、ジークフリートさまに、こちらの窮状を訴えたら、ケント会長と同じく『ジーク』と呼ぶように、と言われました。
本当に、貴族って、名前がいくつもあって、それぞれ使い分けるから、大変です。
しかも、セシルなんて、どこに書いてあるんでしょう?
署名を火であぶったら、魔法で、あぶり出しみたいに浮かび上がるようになってるのでしょうか?
そう言ったら、笑われました。
ジークにとしては、オンネーからイースレイまで駅馬車で来たのは、領地の様子を視察するつもりだったようです。
わざわざ駅馬車に乗ったのは、領民の普段の様子を見たかったからだと言ってました。
若いけど、案外良い領主さまなのかもしれません。
ジークは、中途半端な時期に転入して来たけど、テストについては全く心配していないようです。
ケント会長によれば、病気療養していたホルムハウト王国の大学を飛び級で卒業しているから、学園に入るのは、魔力制御の勉強をするためだけだ、というのです。
あの年で、大学を卒業しているなんて、優秀な人もいるもんです。
そのジークが、私のノートの話をどこからか聞きつけて(どうせ、情報の出所はケント会長でしょう)、自分も欲しいと言い出したんです。
そんなもの必要ないでしょうに。
あんまり煩いので、他の人たちと同じく銀貨2枚で売ってあげました。
何故か大喜びされたのですが、あれは、きっと、他の生徒と同じようにテスト対策してるってポーズをとりたかっただけだと思うんです。
ところで、そのジークに何故か懐かれて、食事のときに隣に座るよう言われるんです。
どうやら、イースレイから学園までの間の小旅行が楽しかったらしいんです。
でも、私には男爵令嬢ズという仲間がいるので同席できないと言うと、じゃあ、彼女たちも一緒に食べようって話になって、今では、理事長+生徒会幹部+雑用係のグループと化しています。
テーブルが、10人掛けなので、ジーク、生徒会の4人(ケント会長、ジェームズ副会長、ダグラス書記、ネイサン会計)、男爵令嬢ズ(パメラ、マーサ、テレサ、スーザン)、そして、私でちょうど満席になります。
男爵令嬢ズは大喜びですが、他の皆さまの視線が恐ろしいこと、恐ろしいこと。
ケント会長も天然でしたが、ジークは、その上を行く天然で、周りの女子の思惑を一顧だにしません。
おかげで、男爵令嬢ズや私に対するやっかみがひどいんです。
こうなったら、もう、開き直るしかありません。
私は、ジークの恋愛対象じゃないんですって触れ回りたい気分です。
ジークの外観は、パッと見、天使のようなので、エリザベートさまと良いコンビになりそうな気がします。
あの歓迎セレモニーで、花束を渡したエリザベートさまと並ぶと、絵になるなんてもんじゃなかったんです。
エリザベートさま、頑張って!
ところで、エリザベートさまのことですが、彼女、この頃、少し変わって来たんです。
入学当初は、雲の上のお姫さまって感じの素直で優しい方だったんですが、この頃は、取り巻きの皆さまの影響か、「私は、あなた方とは違いますのよ」って取り澄ました感じになって来ました。
下手すると周りを見下すことさえあるのです。
そして、ジークと仲良くしている私たちに敵意を持ってるみたいです。
彼女にしてみれば、同じ公爵家ですので、ジークの相手ができるのは自分だけだと思ってたんでしょう。
マーサが、小説ではよくある展開で、修羅場にならないだけマシだと言ってます。
1年のクラスは、ジークが入ったことで大きく変化しています。
エリザベートさまが変わったことは、生徒会の幹部も気付いているようです。
私は、彼女が変わってしまったのは、周りにちやほやされすぎたせいだ、と思うんです。
でも、彼女の身分からすれば、ちやほやされて当然なのです。難しいものです。
彼女に求められるのは、ちやほやされても、なお、自分を見失わず己を高めようと努力する姿勢です。
そんな難しいことを要求されても、私にはできそうにありません。
ちやほやされたら、のぼせ上がるに決まってますから。
貴族って、大変です。
あの鷹揚で、輝くばかりだったエリザベートさまが、ごく普通の面白みのない貴族になってしまいました。
とても、残念です。
彼女の変化は勉強面でも出ていて、とにかく、失敗することを恐れるというか、恥をかくことを怖がっているようなんです。
そのせいで、臆病になっているように感じます。
先生が問題を出しても、自信がないと手を挙げませんし、そもそも失敗しそうな問題には寄り付きもしません。
入学当初、担任のロックフィールド先生が、「学園にいる間の失敗は、恥ではない。学園で失敗することを避けて、社会へ出てから失敗することを恥と言うのだ」と、おっしゃったんですが、それを忘れてしまったようです。
魔法学の実技で、彼女は防御魔法が苦手なんですが、その練習をあんまりしなくなりました。以前は、休みの日なんかに練習してるって噂だったんですが、この頃は、練習するのは、攻撃魔法だけだということです。
魔力制御のためには、攻撃も防御も等しく扱えることが必要なのに、このままじゃ、片手落ちも良いとこです。
なまじ、攻撃魔法が得意なだけ、魔力制御しにくくなりかねないのです。
何とかしてあげたいけど、平民の助言なんか一蹴されるでしょう。
ジークから言ってもらったら聞いてくれるでしょうか。
ところで、エリザベートさまが苦労してる魔法学の実技の時間、私も男爵令嬢ズも、学園の恥はかき捨て、とばかりに、無茶苦茶元気にやっています。
卒業したら、思いっきり魔法をぶっ放すことなんかできないと思うからです。
学園にいる間に思いっきりやって、魔力を制御できるようになりたいのです。
おかげで、私たちが攻撃すると、見当違いな場所が爆発したり、そこら中が水浸しになったりと、とんでもないことになるんですが、先生も、特段止めも注意もしないので、これで良いんだと納得しています。
ここに、新メンバーであるジークが交るとどうなるか。
ジークの魔力は膨大で、そもそも、彼の病気と言うのが、魔力過多だったというのですから、恐れ入ります。
彼も、学園での失敗は許される、と確信してる(許すも許さないもないのです。何しろ、理事長さまなのですから)ようで、私たち5人と良い勝負です。
ただ、魔力総量の関係で、彼がぶっ放すと、訓練場が崩壊する危険があるから、と、彼だけスレイ山に向かって攻撃させられています。
笑えるでしょ?
いろんな生徒がいて、いろんなことがありますが、学園は総じて平和です。
毎日の授業をしっかり受けて、その上で、テスト勉強に精を出したんです。
せいぜいお貴族さまたちを見返したいと、雑用係一同頑張ってテストを受けてます。
ジークも、頑張らなくても良いのに頑張ってます――これを邪魔するって言うんです。
今度、文句を言ってやろうと思ってます。
7月18日
テストに頑張る ヱヴァ
みんなの順位が気になります。