(6月25日付けの手紙)
ケント会長が、かなり腹黒いことが判明します。
お母さん
この前、書記のダグラス・フォン・シャトラーゼンさま(伯爵家の嫡男)が、去年のテストの問題(『過去問』と言うんだそうです)を持って来てくださいました。生徒会役員の方たちは、仕事が早いので助かります。
私たち1年生(男爵令嬢ズと私)の5人は、テスト準備の一環として、各自それぞれ必要な個所を書き写そうとしたんです。
で、頑張ったんですが、どう考えても、同じものが5枚あった方が早い、ということになりました。
テストまで時間があったので勉強を放っぽり出して、みんなでいろんな方法を考えてみたんです。
そこでひらめいたのが、『分身』魔法です。
『分身』という魔法があるでしょ?あれを過去問に応用して、分身魔法の魔法陣の上に過去問を置いて枚数を指定する(この場合は5枚)と、同じものが指定した枚数できるというような魔法はできないかな、って思ったんです。
それで、思い付いたまま提案したら、ダグラスさまが食いついたんです。
彼は、ケント会長から転移の魔法陣や空間の魔法陣の話を聞いていたようで、ものすごく興味を持ってくれたんです。
ちなみに、空間魔法の魔法陣を使ったマジックリュック――いつものリュックに魔法陣をつけたんです――は大活躍で、今では、あれなしで薬草採取に行くなんて考えられません。
で、後から来たケント会長とジェームズ副会長、それと会計のネイサンさまにその話をされたんです。
すると、会長をはじめとする生徒会役員の皆さまが大乗り気になって、勉強をそっちのけで分身魔法を調べだしたんです。
まあ、テストまで時間があるからできたんですが……。
図書館の開架の棚を全部調べ、書庫もチェックし、最後に、禁書庫にあるんじゃないかとの結論が出たんです。
禁書庫にはトラウマがあるんですが、そこにあると思われる以上、行かなない訳にはいきません。
ケント会長は、すぐに、禁書庫の責任者である教頭先生に許可を取ってくれました。
ありがたいのでしょうが、何故か微妙な気分でした。
このとき、ケント会長が『転移魔法』と『空間魔法』の魔法陣に関する調査も併せて許可を取ったことには、気付きませんでした。
今回は堂々と禁書庫に入ったのですが、入るとき、会長に「開けてみろ」と言われました。
学生証(鍵)も使わずに、です。
意味が分からず、でも、言われるままにドアノブに手をかけると、何の抵抗もなくドアが開いたんです。
ビックリです。
「やっぱり、僕のミスじゃなかった」
会長は澄まし顔で言いましたが、意味が分かりません。
「つまり、そういうことだ」
そういうことって、どういうことなんですか?
一人で勝手に納得しないでください!
やいのやいの文句を言ってようやく聞き出したことによれば、どうやら、会長が言いたいのは、私が触ると勝手に鍵が開いてしまうということらしいんです。
でも、それが事実なら、私って、何て危ない存在でしょう。泥棒のし放題です。
将来の希望職種に、『泥棒』というのが加わりそうです。なりませんけど。
学園当局のブラックリストに載るかもしれません。
会長、お願いですから、内緒にしといてくださいね。って、頼んどきました。
でも、今は、そんなことを気にかけている時間はないのです。
テスト前になると、やたら片付けをしたくなる、どっかの学生じゃないけど、テスト直前に調べものに走るのは、褒められた話じゃありません。
余裕のある今のうちに調べものをさっさとやっつけて、心穏やかに勉強しなければ。
2人して分身魔法の本を探して、これも例によって、最後の方に魔法陣を使った初心者のためのページを見つけて、セッセと書き写しました。
調べ終えると、会長にこの前調べた『転移魔法の魔法陣』と『空間魔法の魔法陣』を併せて教頭先生に報告するよう言われました。
理由を訊いたら、
「事後承諾でも良いだろう。
教頭先生のお墨付きをもらっておいた方が何かと便利だからな」ですって。
確かにそうでしょうが、本当に、真面目な顔して悪どい方です。
本当は、一月も前に無許可でゲットした魔法陣ですのに、体裁だけ整えて、あたかも、この日、許可をもらって調べたことにしようと言うのです。
「それが、一番無難なやり方だ」
って、平然とおっしゃるので、『無難』という言葉の意味を辞書で調べたくなりました。
禁書庫から戻って、3つの魔法陣を教頭先生に見せると、先生は興味深げに訊きました。
「面白いものを探して来ましたね。
これ等は、どんな風に使うのですか?」
促されて答えました。
「『転移魔法の魔法陣』は、手紙や小さな物を送るのに使います。
『空間魔法の魔法陣』は、マジックバッグをDIYするのに使います。
『分身魔法』は……」
ここで、過去問を増やすのに使うと言っちゃダメな気がしたので、とっさに、
「『生徒会だより』の印刷するのに使えるんじゃないかと思ってます」
って、言ったんです。
最後の『生徒会だより』の下りで、教頭先生は目を見張りました。
「なるほど、なかなか良い着眼点ですね。
上手く実用化できたら、ギルドで登録すると良いでしょう」
って、言ってくれたんです。
それから、生徒会室へ帰って、速攻で過去問を5枚に増やしました。
その後で、教頭先生に言ったとおり、魔法陣の上に『生徒会だより』の原稿を乗せて、「100枚で」と、稼働させてみました。
結果は、あの面倒な印刷がものの15分で終わってしまったんです。
誰も、汚れもしないで。
「エヴァ、あなたって天才だわ!」
「すごいな、エヴァ。こんなことって、あるんだな!」
「小説なら、素敵な殿方に惚れられましてよ」
「これって、もしかして、ものすごく売れるかもしれませんわ。ねえ、お兄さまもそう思いませんこと?」
男爵令嬢ズの誉め言葉で有頂天になりました。
何より、作業が楽になるのは良いことです。
浮かれる私たちに、あくまでも冷静なケント会長が、
「もう少し、実験を重ねたことにして……三日後にでも、教頭先生に頼んで、ギルドの担当者を呼んでもらおう」と言うのです。
そんなに急がなくても良いんじゃない、って言っても、こういうことは早い方が良いんだとか何とか言われて、従うしかありませんでした。
一週間後、わざわざ出張してきたギルドの職員が、私が利用方法を発案した三つの魔法陣を登録してくれました。これで、誰かが利用する度、私の口座にお金が入るそうです。
お母さん。
私、働かなくてもお金を儲けることができるようになったみたいです。
でも、ギルドの担当者が、
「学園の生徒のアイデアは面白いから、呼ばれたら、何はともあれ来ることにしてるんだけど、今回の3つの魔法陣は良いね。
こういう高度な魔法があるのは知られているけど、こんな風に魔法陣を使って簡単に日常生活に利用するって発想はなかったな。
この魔法陣さえあれば、魔力がなくても魔石がさえあれば、手紙を送ったり、マジックバッグを作ったり、印刷したりできるんだ。魔力のない人たちが欲しがるだろう。
平民のほとんどは魔力がないから、平民にとっては嬉しい魔法だ」
って言ってくれたので、嬉しくなりました。
「俺としては、ものすごく売れるような気がするんだけど、どのくらいの人が買ってくれるか分からないから、あんまり期待しすぎないでくれよ」
って、笑ってくれたので、ああ、これは詐欺じゃないなって、逆に安心しました。
まあ、教頭先生やケント会長まで動いてくれてることですので、詐欺はないと思うのですが……。
6月25日
いよいよ不労所得を得ることになった エヴァ
エヴァの人生は、無茶とお金儲けの繰り返しです。