Page.23「村へ」
フィリアの言葉に、シエラが若干傷付いた表情を浮かべたのを、俺はどうしても見過ごせなかった。
だから俺は、何を言うのか全く考えていなかったがとにかく、何か言おうと口を開いた───そのときだ。
───誰かがすかさず、俺の服の袖口を掴んだ。
俺は思わず、袖口に目を向けた。
袖口を掴んでいたのは、シエラだった。
驚いて何度か瞬きをする俺に、シエラは静かに首を横に振ってみせる。
───何も言わないでください、と言わんばかりに。
そんな風にシエラの行動を解釈した俺は、黙ったまま頷いて返した。
するとシエラは、安堵の表情を浮かべるとすぐに、袖口から手を離した。
そんなやり取りに、いつの間にか背を向けていたフィリアが気付くことはなく、シャルマンに向けての歩みを進め出したのだった。
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「“聖女だから”っていう理由で全部が許されるとは限らないと、俺は思うけどなー」
しばらく歩いていると突然、どこかわざとらしく、フゥはフィリアにそう声を掛ける。
……俺達の無言のやり取り、見てたのか。
「え、そうですか?う~ん……そういうものでは、ないんですかね……」
「さぁ?単に俺が思うにっていうだけだからまぁ、別に気にすんな」
ヘラヘラとした様子でフゥは言う。
……何らかの意図があるのかないのか、相変わらず掴みどころのないヤツだなぁ……。
「考え方は人それぞれだからね……」
フゥとフィリアを交互に見ながらクレアがそう言ったのを見て、俺はふと思うことがあった。
「そういえば……クレアってさ、俺と話すときは敬語だよな……?」
「ん、確かにそうですね……嫌、でしたか?」
クレアは、フィリアに対してはどうか分からないが、今は俺に対してだけはどういうわけか敬語を使っている。
「……嫌とまでは言わないけど……対等の話し言葉ができるなら、俺はそっちの方がいいな……シエラは……誰に対しても変わらない口調だからまだ、分からないわけだけど……」
シエラの名前を出した辺りから俺の声はどんどん小さくなっていった。
理由は単純なもので、『クレアには指摘するのにシエラに指摘しないのはおかしいのだろうか』などといった考えが言ってる最中に、沸々と湧き上がってきたからだ。
「私はずっとこの喋り方だったので……何かしらのことがない限りは、変えませんよ?クレアは……変えれるなら変えた方がいいのでは……私に対しても敬語は使ってないですし……」
途中から自信をなくしていった俺のことを思ってなのかどうかは分からないが、シエラはそう言ってくれた。
“何かしらのこと”って……何が起きたら変わるんだ?
「それは……まぁ、幼い頃からの知り合い、というのもあるからかな?」
僅かに首を傾げながらクレアはシエラにそう言うと、今度は俺の方を向いて───
「えぇと……じゃあ、敬語は使わずにこの喋り方でいい、のかな?」
───傾げた首の角度をさらに傾けて尋ねてくる。
「ん、それでいいな」
俺は一言、短く返した。
「お話、まとまりましたか?」
「え、わざわざ終わるの待ってたのか?!」
フィリアに訊かれ、俺は思わずそう聞き返した。
「終わるのを待っていたというか、面白そうなので聞いてました」
フィリアは俺達の方に振り向きながら笑ってみせた。
「面白かったか?」
「はい、面白かったですよ?……そんなふうに、一つの話題でそこそこ話を繋げられるような皆さんが正直、羨ましいです」
そこそこっていうか……盛り上がりさえすればもっと話すけどな……キリカが居れば尚更そうだ。
というか……俺達のこんな何でもない話でも羨ましいと、そう感じてしまうのか。
……なぜだろう、少しモヤモヤというか……もどかしい気持ちになる。
「あ、着きましたよ皆さん!ここが私の住む村───シャルマンです!」
俺のそんな考えは聖女様の明るく元気な声によって、ぐしゃぐしゃになってしまったのだった。




