Page.16「小さくて大きな変化」
教会を後にした私達はノアさんの家に戻ることにした。
フゥ君の少し後ろを歩きながら私は先程の、フゥ君がカインさんに言っていたことを考えていた考えていた。
……フゥ君の“探しもの”は本当に、見つからなくても大丈夫なものだったのかな……。
……訊いてみるべき?
う〜ん……。
「───きゃっ?!」
突然、何かにぶつかったために、私は小さな悲鳴を上げてしまった。
どうやら私は、急に立ち止まったフゥ君に気付くことなく、思い切り体当たりする形でぶつかってしまったらしい。
「あ……ご、ごめんね?!」
咄嗟に私は謝罪の言葉を口にする。
「ん……まぁそれはいいんだけど……」
フゥ君は何やら僅かに考える素振りを見せてから───
「……何か俺に訊きたいことがあるなら、さっさと言えばいいのに」
───少し不機嫌そうに言った。
「え……?」
私はその言葉に戸惑った。
理由は簡単。
「だ、だって……訊いたらフゥ君、確実に怒るもん……」
「……まぁ怒るだろうなぁ?」
カインさんの前では怒らないって言ってたけどやっぱり私にも怒るんじゃない……。
「えぇと……じ、じゃあとりあえず訊くけど……フゥ君は一体、何を探してたの……?」
私の質問に対し、フゥ君は「やっぱそれか」というような表情を浮かべた。
「……まぁ、隠してても仕方ないからな」
と、フゥ君は観念したように言った。
そして───
「───俺が真っ先に殺さなきゃいけなかった司教の名前だ」
───その途端に言葉に鋭さを帯びた。
言葉だけじゃなく、表情も……言ってしまえばそう、昨晩シエラに“昔の話”をしたときと、同じような表情をしていた。
一切の感情が消え、代わりにあるのは明確な“敵意”だけ。
“生前”に何度も見たことがある表情だけど……でもやっぱり、どういうふうに話しかければいいか、分からなくなってしまう。
私はどう声を掛ければいいんだろう……。
頭の中で自問自答する。
私は一体、なんて声を掛ければ───
「あー!“悪魔”のおにーさんだー!!」
「あっ、ほんとだー!!」
「ちょっ、急に走ったらあ、危ないって……!!」
───お互いに沈黙していた私達の静寂を破ったのは、どこからともなく現れた三人の子どもだった。
「……ん、お前らか。何しに……って、ちょっと待て服を引っ張んなっておい!」
急に現れたかと思うとそのまま、子ども達はフゥ君を連れていってしまった。
いつの間にか普段通りの表情に戻っていたフゥ君は、特に抵抗するわけでもなく、されるがままだった。
「え、フゥ君……!?」
べ、別に怒っているわけでもなさそう……?
突然連れていかれたフゥ君を引き止める間もなく、私はただ呆然と立っていることしかできなかった。
「───あらあら、急に走っていったと思ったら、“悪魔”さんのことを見つけたからなのね」
急に、横から声がした。
驚いて声がした方に視線を向けると、女性が一人、いつの間にか私の隣に居た。
同時に色々なことが起こりすぎて、私はまず、何から言えばいいのか、分からなくなってしまった。
「え、えぇと……?」
「あら、ごめんなさいね……?急にあの子達が来て、驚いたでしょう?」
その女性は戸惑っている私に、優しく、声を掛けてくれた。
女性の言葉に、私は頷く。
すると女性は、何かに気付いたかのように表情を変えた。
「───貴女、もしかして……“聖女様”かしら?」
「……え」
唐突な質問に驚きを隠せなかった。
───この人はどうして、そのことを知っているの?
「あ……えぇと、そう、でしたけど……でも私、今は違───」
「ふふっ……大丈夫よ、そんなに動揺しなくても。それに……もし貴女に“聖女様”としての対応をしてしまうと、私が怒られてしまうもの」
しどろもどろになりつつ私が『今は違う』と否定しようとすると、女性は笑いながらそう言った。
ん、怒られる……?
「だ、誰に……?」
私がそう尋ねると女性は、「んー……そうねぇ……」と、考え込む仕草をみせた。
そして少ししてから女性は、何か良い答えでも見つかったのか、また笑顔を浮かべ───
「───貴女のことを一番に想っている人に、かしらね?」
───と、とても嬉しそうに言った。
「私の、ことを……」
……私のことを想ってくれているかは分からないけど、でも……今のところ思い当たる人は、一人しか居ない。
そんなことを思いつつ、私はフゥ君の方に視線を向ける。
「……そういえば彼、前に『俺のことはどう思ってくれようがが構わない。けど、俺に接してくれてる人達に危害を加えたら、容赦はしないからな』って、言ってたのよね……“悪魔”って言ってる割に、全然らしくないなって街の人は皆思ってるのよね……神父様はあまり良く思っていなさそうだったけれど……」
あぁ、フゥ君なら言いそうだなぁ……。
……それと多分、心の底ではさほど嫌っていたわけでもなさそうな気がするんだけどね……カインさんの性格からすると。
「……昔から、人と関わることを避けてたので……自分と関われば、その人まで傷つけられてしまうかもしれないからって。……それにその……大人が好きじゃないので」
私がそう言うと女性は納得したような表情を浮かべた。
「あら、昔からそうだったのね……大人は嫌いなのに、子どもはそうでもないのね?」
フゥ君は昔から、子どもに対しては優しいところがあるけど……
「『子どもは行動が読めないから苦手だ』って言ってたような気がするので、あの子達にだけな気が……そういえば、貴女は一体……?」
そういえば、先程から普通に話していたけれどこの人は一体誰なんだろう……?
「あらあら、私のことを言ってなかったわね。私はサリアっていうの。“悪魔”さんを連れていった三人の中に一人だけ、女の子が居るでしょう?」
確かに紅一点、といった感じで女の子が一人居る。
私が頷くと、サリアさんは「あの子はミーシャ。私の娘よ」と説明してくれた。
「他の子達は近くに住む幼馴染、と言ったところかしらね……私には一度も名前、教えてもらったことないのだけれど……」
どうして教えてもらってないんだろうか……というか名前を訊く機会くらい、いくらでもあると思うんだけど……。
何か、あの子達なりの事情があるのかな?
……まぁ、私が口を出すようなことではない、か。
などと思いながら、子ども達に追いかけられたり逆に追いかけたりしているフゥ君を眺めていた。
───────────────
「……すっげぇ疲れた」
ヘトヘトになりながら俺は、近くにあったベンチに座り込む。
今回はいつにも増して走らされた……。
「えー!もう少し遊ぼうよ!!」
「あのなぁ……俺が全然外に出ないの知ってるだろうが……」
俺がそう言うと、子ども三人衆はお互いに顔を見合わせてから、俺の方に向き直り、元気よく頷いてみせた。
いや知ってるなら少しは加減してくれよ……。
この三人……確か名前は、俺に絡んできた順に、最初がミーシャで、その次がシャロン、最後にシャロンの弟のコロンだったか……。
毎回、会うときはいつも一緒に居るな……。
「だっておにーさん、前に会ったとき、『次に会ったときは遊んでやる』って言ってたもん!」
「言ってたか俺……なら、仕方な……くねぇわ。遊ぶのはいいけどもう少し体力を消費しない遊びにしてくれ……」
昨日の昼間の教会での一件以上に体力使ってるぞ……。
限度ってものがあるだろうが。
「じゃあさじゃあさ、お話しようよ!」
ミーシャが提案をしてきた。
「別にいいけど、何を話すんだ?」
「んーとね……」
「あ、“悪魔”のにーちゃんのこととか!」
今度はミーシャより先にシャロンが案を出してきた。
「シャロンはもう少し考えてから言おうよ……」
コロンが呆れたように言う。
「……まぁ、俺は別に構わないけど……何か訊きたいこととかあるか?大体のことは前に話したぞ?」
恐がらせて俺と距離を置かせることが目的だったんだがなぁ……まさか逆効果になるとは思わなかった。
「おにーさん、人が嫌いなのにその……生きててつらくないの?」
ミーシャが声のトーンを落としながら静かに尋ねる。
それがあまり訊いてはいけないことだということは、分かっているようだった。
「んー……確かに俺は人が嫌いだ。けどまぁ、この時代を生きてる人のことではないからなー……」
「なら、“悪魔”さんが嫌いなのは、“悪魔”さんが普通に生きてたときに居た人たちのこと……?」
言ってしまえばそういうことだな。
「……生きてて辛いかっていうミーシャの質問の答えを出すとしたら、そうだな……“現在”は辛くないな。今こうして、俺のことを恐がらずに話しかけてくれる人も居るわけだし」
俺がなんとなく、そう答えるとコロンが───
「だって“悪魔”さん、人と距離置こうとしてても結局、誰かが危ない目に遭いそうだったら助けるんですもん。本当に“悪魔”なら、放っておくかあるいはもっと悪いことしそうですし」
───と、にこやかに笑いながら言った。
それは俺の中にある少々の“人間性”がそうしてるだけだということにしておいてくれ……。
「えぇと、じゃあ、つらかったのに、頑張れたのは……?」
ミーシャが言葉を選びながら訊く。
頑張れた……生き続けてた理由、か……?
───それなら、答えは一つ。
「───絶対に、何があっても護るって決めた人が居たから、とか?」
俺が即答したことに驚いたのか、一瞬ミーシャ達は呆けたような顔をした。
が、すぐにハッとなったミーシャが───
「そ、それって、今お母さんと話してるおねーさんの、こと?」
───しどろもどろになりながらも、俺に訊いてきた。
なんで動揺を……俺、何か変なこと言ったか?
そんなことを考えつつ、俺はミーシャが指さした方向を見る。
あ、クレアがちゃんと人と話せてるな……よかった。
「そう、当たりだ。ちなみに俺と違って“悪魔”ではないからな」
そこは一応伝えておかないと。
「仮に“悪魔”だったとしても、僕達は対応を変えるつもりはありませんよ?」
コロンが『何言ってるんですか』とでも言わんばかりの表情をしながら俺に言ってくる。
「確かに、お前らならそうかもしれないがなぁ……他の、特に大人とかはそうとは限らないからな?」
典型的な例を挙げるとするならやはり、あの時代に居た人間らとかがそうだ。
……なんだかんだ言って俺、殺したことに後悔はしていないんだよな、全くと言っていいほど。
「大丈夫だって!もし態度を変えるような人が居たら、俺達で注意するから!」
「相手が大人でも容赦ないんだな」
俺は苦笑しつつ、そんなことを言っておく。
「あ、お母さんが呼んでるからもう行かなきゃ!!」
ミーシャはそう言うと慌てて走っていこうとする。
「ん、ちょっと待った!」
そんなミーシャを俺は引き止めた。
「んー?何かあったー?」
「いや……次いつ会えるか分からないからとりあえず、今のうちに言っておこうと思ってさ」
───明日のことなんて、誰にも分かりはしないのだから。
「にーちゃん、外出ないもんなー!」
「出ねぇよ、本当に。だからまぁ、明日会えるとも限らないわけだから、今日のうちに一つ、覚えておいてほしいことがあるんだ。……“忠告”、みたいなものだな」
まぁ、そこまで重要なことでもないけど。
「───“身に余る幸福はいずれ、その身を滅ぼす毒となる”って言葉を、覚えておいてくれ」
俺の言葉に、三人とも首を傾げた。
「どーいう意味の言葉なんだ?」
「んーとな……どう説明しようか……あ、お前らさ、“甘いモノ”は好きか?」
この三人でも分かりそうな例えを思いついた俺は、そう訊いた。
「甘いモノ?私は好きー!」
「俺も!」
「僕も好きですよ、甘いモノ」
子どもはやはり甘いモノを好むようだ。
「じゃあ、俺がさっき言った“幸福”っていうのを“甘いモノ”に置き換えて考えてみようか。“身に余る”状態は甘いモノを沢山食べること。さて、食べ過ぎたらどうなる?」
いくら好きなモノでも、沢山食べれば……
「えぇと、“虫歯”になっちゃう!」
ということは、つまり?
「“毒”が“虫歯”だとすると……つまり……」
「『欲張りはダメ』ってことかー?」
シャロンの言ったことで俺の言葉の意味を理解できるのであれば、それが正解だろう。
「大体そんなもんかな。要するに、“今ある幸せ以上のモノを望んでも、その後も幸せのままでいられるとは限らない”ってことだ。……望みすぎて“今までそこに存在った幸せ”まで無くなるのは、嫌だろ?」
三人はブンブンと首を縦に振って頷く。
「……幸せになるっていうのも大変なんだね」
ミーシャがしんみりとした面持ちで言う。
「いや、そんなに重く考えなくていいぞ。欲張るのもダメとは言わないし、俺が言えることじゃない。どういう感じでこれからを生きてくのかは、お前らの自由なんだから」
俺が決めていいことでは、絶対にない。
俺自身、あの頃は自由に生きれてたとは思えないけど。
ふと気がつくとミーシャが帰ろうとしていた……
「あ、そうだ!私からも最後に一つだけ、いい?」
……らしいが急にまた戻ってきた。
「───おにーさんは“現在”、幸せ?」
と、不意にどこか心配そうな表情を浮かべ、訊いてくる。
「……さっき話してるとき、『つらくない』って言ってたけど、じゃあどう思ってるんだろうって……」
確かに、『辛くない』とだけ言ってたな。
質問の内容自体が『辛くないのか』だったからだと思うけど……まぁ、いいか。
「うーん……どうだろうな。でもまぁ、それなりに幸せなんじゃないか?……普通に生きてたときに比べて、今の方が好き勝手してるし」
「それに……」と思わず続けてしまう。
「「「それに?」」」
あの、子どもの威圧が凄いんですが……やっぱ答えなきゃダメか。
「……“また逢えたら”と思ってた人に会えたわけだし」
一瞬緩みかけた頬を引き締めつつ、心の底から思っていることを口にする。
それを聞くとミーシャはにこやかに笑ってみせ、そのまま母親の元へ、パタパタと走っていった。
「……さて、シャロンとコロンにはもう一つ言っておこうか」
ミーシャを見届けてから、俺はその場に残った兄弟二人に声を掛ける。
「まだ何かあるのかー?」
「何です……?」
何を言われるのかと、首を傾げる二人。
まぁ、今度は“忠告”でもなんでもなく、ただの“お願い”みたいなものだな。
「お前ら、ミーシャのこと好いてるだろ?」
そう言うと、二人は露骨に顔を赤らめた。
……完全に図星だな。
「そ、それがどうか、したのかよ……?」
「そう、ですけど……」
素直だなー……少しは否定してもいいのに。
「よし……なら、あの子を“悲しませない”って、約束できるか?」
ハッとして、真剣な顔つきになる二人。
そして、グッと力強く頷いた。
「ん、じゃあ約束な。悲しませたらそのときは、俺が何かしらの痛いことするから覚悟しとけよー」
「何かしらのっていうのが恐いんですけど!?」
そりゃあ、恐がらせるために言ってるからな。
「さてと、俺もそろそろ帰るぞ……また疲れが出てきたし」
気が緩んだのか、急にどっと疲れがぶり返してきた。
俺はゆっくりと立ち上がり、クレアの元へと歩いていく。
「あ、さっきの約束、にーちゃんにも同じこと言えるからなー!」
少ししてから、シャロンのそんな言葉が飛んできた。
……守れるのかね、俺は。
───まぁやれるとこまで、頑張ってみるか。
───────────────
「あ、フゥ君……おかえり……?」
「……それはただいまと返すべきか?」
クレアは何やら気まずそうな表情をみせている。
何かあったかと考えたがすぐに答えに行き着いた。
……そういえば俺、ミーシャ達に話しかけられる前に、少しイラついてたんだったな……。
絶対困らせた……昔からそうだけど、別にクレアは関係無いのになぜか敵意を向けてしまう。
「……別にさっきのは、クレアに対してじゃないからな……?」
「え……?」
クレアが目を見開く。
「いや……なんていうか……気にしてそうだったから……」
……あれ、なんで俺……しどろもどろになってるんだ……?
そんなことを考えた途端、クレアが「ふふっ」と笑う声がした。
「確かに、気にしてたよ。でも、フゥ君のそういうところは、昔からだったから慣れてたといえば、慣れてたんだよ?」
「……毎回反応に困ってただろ」
───頷かれた。
「でも良かった……なんか、安心した……」
「……どうしてだ?」
なぜ安心することがあるんだ……?
「だって……なんだかフゥ君、変わっちゃったような気がしてたから……」
「俺が?」
変わったこと……あるとすれば、少しは人と話せるようになったってことくらいか?
「フゥ君が気付いてないだけで、昔と違うことは色々あるよ。だからこそかな……なぜか少し、フゥ君が、私の知らない人みたいになってる気がして不安だったというかなんというか……」
……なるほど、そう感じたのか。
そんなに不安になるくらい、俺は変わったのだろうか。
いや、仮にそうであったとしても……
「安心しろ、俺は俺のままだ。……クレアが知ってる俺だよ」
そう言いつつ俺はなんとなく、ポンポンと、クレアの頭を撫でた。
俺からの不意打ちに、一瞬クレアは驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑顔を見せた。
「……懐かしい、かな」
「両手で数えられる程度だろ、俺がこういうことしたの。……さて、そろそろ日も暮れるし、帰るとするか」
俺はそう言うと、クレアに背を向け、スタスタと歩いていった。
ふと、後ろでクレアが何か言ったような気がした。
「……ん、何か言ったか?」
振り返ってクレアに声を掛けると───
「な、何でもないよー!」
───一言そう言うとすぐに走って追いついてきた。
何か言ったと思うんだけどなー……気のせいだったか?
「そういえばキリカのこと、完全に忘れてた……」
「あ……確か公園で別れてそのままなんじゃ……」
……先に家に帰ってそうな気もするんだよな……キリカのことだし。
「……まぁ、さすがに家に帰ってきてるだろ」
「そう、かな……?だといいんだけど……」
クレアに不安そうに言われると俺まで不安になるんだが。
「少し、急ぐか」
「そ、そうだね……!」
そんなこんなで俺らは早足で家に帰ることにした。
───家に着くと、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
……クレアの予感、的中とかしてないよな……?




