邂逅
◆「邂逅」
「御主らは【人食い】の手のものではないのか!?」
お姫様は思わずそう叫んでしまいました。
「何を言っているのですか?」
隊長は話が全く判らない。ディクの言っている事の方がよほど辻褄があっている。
この国一番の悪人は【人食い】だ。それに対抗できるのは王様と【風を睨む騎士】しかいない。討伐依頼と言う事なら話がわかります。
そこで何故お姫様がディクたちを【人食い】手のものと思ったのか?実の父でもある王様を殺めようとした男です。その男が・・・何故?
「・・・ああ、そうだ。【人食い】の手のものじゃない」
「いや、俺達は【人食い】の手のものだ」
ディクの言葉をグレンが訂正する。
「おまっ・・・あのなぁ・・・」
「正直に話した方がいい。殿下は下手な嘘は見抜く。拗れさせない方が得策だ。それに本人が来るんだ」
「姫様、ご無礼を重々承知で言います。こいつはやはり何処からどう見ても馬鹿野郎です」
「・・・そ、そのようじゃな・・・」
お姫様も流石に否定できません。
「なぜ?」
「わしらには名乗ってもらわなければ誰が誰だか判らないのじゃぞ?」
「いつもの格好で来るかよ。何時もそうだろ?旦那のしのぎには俺らは手を出さない。俺らのしのぎには手は出しても顔は出さない。・・・どんだけだよ?」
ディクはこの場にグレンが居た事に心底後悔しました。
グレンはそれさえも何処吹く風といった具合で「姫はわかっている」と言いました。
「他に人が居るだろうが!」
ディクはついに怒鳴ってしまいました。
「ああ・・・忘れてはくれないだろうか?」
真剣な優しい眼差しのグレンに頼まれれば大抵の事は「ハイ」答えたいのが人情ですがとてもそんな内容ではありません。
隊長は目をそらせて『無理です』と言うしかありません。
お姫様は訝しげな隊長を『暫しマテ』と制し話を続けます。
「のうグレン。何故?【人食い】を殺して欲しいのじゃ?」
「そ、そりゃ・・・」
「わしはグレンに問うておる」
ディクは頭を抱えます。
「俺達は【鬼殺し】と呼ばれている。部下というのも語弊があるんだ」
「ほう」
「俺達はたった一つのことしか命令されていない。それも成し遂げていない」
「その命令とは?」
「【人食い】を殺す事・・・」
「自分を殺せというのか!」
これにはお姫様が驚きます。ですが、その方が辻褄が合います。
「【人食い】が何故そんな命令をしたかはいまだ謎です。本人はそれに関して口を開きません」
「自殺すればいいじゃないか?」
と隊長が口を挟みます。
「そうしてくれれば俺達もありがたいが・・・」
ディクが言います。それはしないようです。
二人を他所にお姫様はといます。
「それでは試していないのか?」
「いいえ。ありとあらゆる方法で殺害を試みました。どれも失敗し、失敗しても俺達を殺そうとしない」
「たとえば?」
「ありとあらゆる方法です。とてもお姫様には聞かせられない方法も試しています」
「わからんの」
「そう判らないのです。俺達は死ぬ事も許されていません。当然反撃も受けます。その際に大怪我負っても治療される・・・もしくは治療すれば済む程度の傷しか負わないのです」
それどころか闘い方まで指南してくれる。
【人食い】は娼婦街を一つ任せられている。彼はそこを機械的に運営しているのです。荒事や敵対的勢力と戦い、脱走者を捕まえては戻すといった感じです。それも、娼婦街を根城を置いているので、副次的なつまり次いでにやっているといった感じです。何故その命令をきいて居るのかはまた謎です。
そして【鬼殺し】はそこで暮らしています。生活費や金銭は全て【人食い】が払っています。
【鬼殺し】は【人食い】の傘下である。
そしてその証に一つ命令を受けている。
それは【人食い】本人の殺害。
契約は未履行である。
その見返りに特権として、【人食い】の財産を自由に使える。
「この話を聞く限り、別の意味で殺せないのか?」
人食いを殺してしまえば今の生活がなくなります。普通に考えて生きていてもらった方が都合がいい。
「・・・そうなのだが・・・」
銃声が響きます。外では交戦が再開されたようで、ディクも外の仲間に問いかけ指示を出します。戦乙女たちもその戦闘に参加しているようで、しかし、戦乙女とオルタでは戦闘能力に格段の差があり、大半が後詰として残って窓越しに外をうかがい警戒しているのです。
防衛の要を努める男カリフの戦いぶりは凄まじく、誰一人通しません。そして、その横のファルドと呼ばれた男は銃の名手らしく、敵を近寄らせないのです。
他にも数人のオルタが散発的な攻撃を仕掛け陣形を維持するのも困難な状態にしています。
防戦というにはあまりに攻撃的な戦いぶりでしたが、結果として敵を寄せ付けないのです。それらの戦いぶりを見ても、オルタは末端まで騎士以上の使い手の集団である事がわかります。
◆
「ディルケを殺せ!」
農民たちの悪意は決壊して正門のカリフに襲い掛かります。
いくらなんでもあまりに人が多すぎますが、黒髪の冷たい容姿のカリフは動じません。
恐怖といっても人食いに及ぶべくも無く。
「そう言って何度目ですか?ここは退く事をお勧めしますが・・・判らないのでしょうね」
カリフは溜息を吐き、腕に持った大型の盾を操ります。
言ってしまえば警察が持つような盾です。それがカリフの手によると闘牛士のマントのように自在に動き、敵を絡め取り、スカシ、武器を叩き落します。当然そういった魔法のような武器ではなく、魔法のような技術の持ち主なのです。
派手に転び、弾き返される農民たち。その農民たちの動きに比してカリフはほとんど移動していません。
さらに、カリフは剣を持っているのです。散発的に武器を叩き落す事には使っていましたが・・・
本気ではないのは明らかです。
「何でディルケを庇う!?・・・飢えた俺達を差し置いて何倍もの金を使って菓子をばら撒き救った気になっている馬鹿だぞ!」
腕で敵わないなら口。農民は叫びます。
「・・・お菓子って言っても材料自体の量はさほど変わらないんだがなぁ」
お菓子は高いです。しかし、材料費自体はパンとそれほど変わりません。そして、お菓子を選んだ理由は工夫で嵩を誤魔化せるからです。あくまで材料は残り物、安定供給とは程遠い、小麦が少ない時もあるし、肉やら果物やら偏るのです。
パイが難しい時は具を増やしクレープとして配ったり、余裕があればシュー生地に詰め込んで切り分けてもらったりと工夫はしています。
お菓子には味・量のほかに見た目・風味・香りと誤魔化せる部分が多いのです。
疲れた兵の不満を紛らわせるには安物で量の少ない料理よりも、一欠けらの工夫の詰まったお菓子。それこそがお姫様の狙いでした。
騎士に料理を振舞った際に『美味い美味い』と際限なく食べつくし、動けなくなるまで食べた姿で思いつきました。
騎士でさえそうだったのです。兵を料理で満足させるにはとてもじゃないが残り物では足りません。
小食な者はお菓子で普段の食事量が減った者もいます。
お姫様は食事回数の増加による空腹時間の低減を試みていました。
それは人それぞれでしたが全体で見れば緩やかに食事量の低減に繋がっていたのです。それと、盛大に料理を盛りもてなすのがこの時代の主流でしたが、お姫様の試みにより小さな料理の工夫を嗜むといった流れも出来つつあったのです。
「馬鹿にされても仕方が無いか・・・」
そう言って突っ込んだのはファルドでした。彼は槍のような大剣を持ちカリフと同様に、いや対照的に体がフッと消えました。
カリフは盾が布に見えるように操ったようにファルドは自分自身の身体を操ったのです。そして手には大剣です。風に舞う外套ののような動きに付き従う長すぎる剣は、農民たちの武器を切り刻み、叩き落します。
そして、農民自体が無傷な事実にその実力の凄まじさを思い知らされるのです。
ファルドの明るい金髪が夜に踊ります。その姿は金色の獅子のようで、暴虐の限りを尽しているのに人々の目を奪います。
ターン!
銃声が響きます。
「甘いな」
カリフがそう呟きます。撃ったのはファルドでした。槍のような大剣を地に刺し、その片手には銃が握られています。
農民たちは魂消ました。
「いや、油断してないようなら結構」
そう呟くと金の獅子は新たな獲物を求め夜を舞います。
農民たちにはこの行動の真意はわかりません。ですが、わかる農民が居ました。
その農民はそっと銃を懐にしまったのです。
そして、それを見ていた女剣士が夜の闇にそっと消えたのです。
◆
「このまま脱出しては?」
焦れた隊長は意見具申をします。風向きがおかしいようですが最悪最凶の人食いの手を借りるよりは良いという判断です。
「あの者たちも救ってくれるか?」
姫は周囲を囲む農民達を窓からのぞき見てグレンに訊きました。
「無茶いってくれるなよ!?無理に決まって・・・」
「・・・無理だな。」
ディクの言葉を遮るようにグレンがいいました。
いかにオルタがつわものぞろいでもそれは不可能でした。あの二人の戦いぶりでも可能なような気はしますが、そんな微妙なバランスも何処かで決壊するのを知っていたのです。
さらに言えば、こんな戦いに仲間に死ねとはとても言えません。
「【人食い】は城攻めにほとんど死人を出していないぞ?」
「同じ事をやれってか?状況が違いすぎる!」
「ディク・・・本当に無理なのか・・・?」
「いくら馬鹿でもわかるだろ!旦那じゃないん・・・出来なくはない」
ディクはグレンの質問に思案して言葉を曲げました。
「その方法を考えろ。お前が考え、俺が動く・・・どんな事でもだ」
グレンは優しい眼差しに一遍の隙も見せずに言いました。
「わしからも頼む」
お姫様その小さな頭を下げて頼みます。王族は頭を下げてはいけないのを知っていてです。
「やっぱり無理だ」
ディクの案はグレンに偽【人食い】を演じさせるものでした。その際に【人食い】の特殊性についての説明をされます。
【人食い】は恐ろしいのです。その行動や戦闘能力を抜きにして怖いのです。
人の能力はいくつかに分類されます。筋力とか、素早さ、耳のよさといった具合に。稀にその能力が逸脱したものが生を受けます。そういったものを異能者と呼び大体は迫害の対象になります。
その能力を発揮する際に、人間では出来ない能力を発揮するのです。ですから発揮できる形に体が変容するのです。
「では何の異能者なのじゃ?」
「最悪の異能持ちだ」
「それも二つも・・・」
二重の異能持ちなど聞いた事がありません。
【人食い】の異能は【恐怖】と【平静】の相反する二つが同居している。
「それは役に立つのか?」
「目の前に居ても平静の能力で気配を完全に消してしまえるし、恐怖は睨んだだけで相手は震え上がる」
「だから、旦那が本気を出せば、周りの奴はほとんどが発狂する。歯の根が合わないほど怯えているのに気配が全く感じない。何が怖いのか判らないって言うのは・・・
怖いぜほんとに」
そう【人食い】はどんな異能者でも哀れむ最悪の能力を二つ持ち合わせていたのです。そしてその最悪の最たるものは恩恵が無いという点です。
力の異能者なら異形に変貌してもそれを理解してもらえれば恩恵が得られます。
恐怖の異能者は理解しても受け入れられない。恐怖その物なのですから。
そして平静の異能は・・・何も感じなくなる。
苦しみも、悲しみも、笑顔も、寂しさすら感じなくなるのです。自分を突き動かす意思さえも凪いでしまうのです。
変容はありません。ですが、だからこそ恐ろしいのです。
「そんな物は人は受け入れられない。あの人はどうしようもなく異物なんだ」
「じゃあ・・・なんで闘っておるの・・・じゃ?」
「俺達の仲間に他に異能者が居るんだ。それも平静のな。人形みたいな女だよ。トウという名だ。今も戦っている。誰にも見つけられない」
「生きる意味すら見失って消えそうな女を旦那が恐怖で引きずりあげた」
平静を知り、それを上回る恐怖で人間として消え入りそうな女性の感情を引き出した。それは悲しい事なのです。
「そいつが言うには覚醒前・・・自分が普通だった時の意思を引き継いでいるんじゃないかってさ」
「子供の頃の遺言に従って動く壊れた人形が旦那だ」
お姫様には衝撃的な言葉でした。お城で見た【人食い】は意思の塊に見えたからです。
【人食い】といわれた少年はどんな夢を見たのでしょう?
それはどんなに罪深いのでしょう?
罪科を支払うにはあまりにも残酷で悲しい。それでも逃げ出せない。
その意思は何?
「狂う事さえユルされない・・・地獄だ」
「擬態だよ。旦那のは・・・全部な」
ディクの言葉は悲しく響きます。
「幸い、俺達は員数外だ。旦那の平静は俺が担当する。技術でごまかしがきく部類だ。恐怖はお前の担当だ」
「わかった」
「本当にわかっているのか?お前に俺は【人食い】をやれっていてるんだぞ?」
「・・・俺は黒を背負った。お前が白を背負ったようにな。白黒揃って旦那一人分。謳い文句に自負はあるんだろう?」
「オルタにも居られなくなるぞ?」
「その時はただ主命を果たすのみ・・・俺達は悪党だ。そうだろ?」
「ンな覚悟を決める理由があるのかねぇ?」
「悪いな俺には有るんだ。付き合えよ」
グレンはお姫様を見てそういいました。ディクは仕方が無いと諦め顔です。
そ姫様はフルフルと目にいっぱいの涙を溜めて、首を横に振ります。
「・・・なるほどね、しょうがねぇや。お姫様、二、三人の死亡は容赦してください。横合いから丸ごと掻っ攫います」
その場に居る全員が耳を疑います。確かに、【人食い】にはそれぐらいのインパクトが有りました。
ここで、やっと全員がこの二人が姫様の望外な望みを聞き入れたという事を知ります。
「【人食い】様をお待ちした方が良いのでは?」とラシス
「そうだ。そんなものに頼らずとも【風を睨む騎士】殿も来られる」と隊長。
二人もお姫様の願いがそんな結果になるとも知らず・・・
グレンはつわものなのでしょう。それでも、人を文字通り食い散らかす蛮行を犯せというのは・・・
目の前の優しげな眼差しの青年にが・・・人を食い狂鬼を演じる。それがどんな物かわかるだけに・・・
そんな事よりも、出来ればもう少しマシな物を選びたい。
【人食い】は凶悪な人物ですが、彼らの言葉によれば、いやそれを信じて考えよう。戦力は倍以上に膨れ上がります。そうなればもっと理想に近い答えがあるかもしれません。
それに【風を睨む騎士】であれば・・・匹敵すると王に言わしめた人物。
現状では来てくれる可能性は下がりましたが・・・これは隊長の期待の言葉です。
「正直に話そう。ガルランドゥ・・・【風を睨む騎士】には10年以上会ってないのじゃ」
それを聞いたディクは怒ります。
「はぁ?それでなんで最高の騎士なんだ?ふざけんなよ!こっちは壊れながら魔王を演じてるってのに正義の味方がそんな眉唾とかありえねぇだろうが!」
「・・・諦めろ。お姫様の期待だったんだ・・・救いなど無いんだ」
「納得出来るか!お前みたいな馬鹿には判らないだろうが、あの人は英雄を待っているんだ」
「わかるさ」
「やっとだぞ・・・やっとだ。やっとだったんだ」
「結局、俺達は逃げられない」
「俺は!ウィントに斬られるだったらそれでもいいんだ。あの人を殺すくらいなら!」
「それが出来ないだろ?未熟を嘆くな」
「あの人が用意した英雄の椅子を蹴って、こんな張りぼてに期待して・・・」
「黙れ!」
ドゴン!
ディクが後頭部をいきなり殴られ突っ伏します。
「旦那!何時来られたので?」
「今だ」
【人食い】は扉を開けて普通につかつか歩いてディクの後頭部を殴りつけたのです。ただ、誰も気がつかなかっただけで・・・
【人食い】は黒のローブではなく普通の茶色のローブを目深に被っています。色が違うだけでずいぶんと雰囲気が変わって見えます。
グレンが掻い摘んで状況を人食いに説明します。人食いはてきぱきと指示を出し脱出の準備を始めます。
「ディク、グレン。覚悟があるならいつでも来い」
「それが・・・その覚悟が留守中のようで・・・」
「なら俺からいくだけだ」
ディクは目を白黒させて声にならない言い訳をします。グレンは覚悟が出来ているのか『諦めろ』と慰めます。
「それで姫君の要望は『誤解を解く』でいいのかな?」
「そ、そうじゃ・・・出来るのか!?」
「やってみるだけだ。・・・ところで【風を睨む騎士】とやらはいま何をやっている?」
その質問はお姫様の胸を締め付けます。言葉が出てきません。
「帝国を押さえているそうだ」
姫に代わってグレンが説明します。
「・・・そうか。帝国を・・・俺も気付かなかった。王の口振りなら期待できそうだがな」
「お前は英雄を待っているのか?」
「・・・待ってない」
「しかし、ディクの口振りでは・・・」
「コイツの勘違いだ。考え違いというヤツだ。後で叩いて治しておく。10発も殴ればいつもどおり『くたばれクソ野郎』と騒ぎ出す。案ずるな」
「旦那!」
「遅いよ旦那!」
「待ちくたびれたよ」
「・・・旦那・・・遅い・・・」
他のオルタの面々も顔を出します。最後のは件のトウという女性でしょう。抑揚の無い無表情に反して手は小さくピョコピョコと万歳を繰り返しています。
「表はどうしたんだ?」
「カリフとファルドが頑張ってる。強制的に」
「そうか。一時間ほど仮眠を取るか・・・あいつ等頑丈だしな」
オルタの特徴は何故か全員美形で、特筆すべきは特に男。人食いは男色家なのでしょうか?そう思われても仕方が無いほどの色男たちです。
ただ、今までのディクの口振りのような悲壮感は全く無く、傍目にもオルタの人間が人食いに異常に懐いているのが伺えます。
「風を睨む騎士も居ないようだし、偽物でもいいだろ?」
「ほ?」
人食いの言葉の意味がお姫様にはわかりません。
「だーから、俺と互角に戦えるって王様にお墨付き頂いているんだ。俺が演じても違和感無いだろう?」
それは王城で見せたアレをこの場で開放する事を意味します。戦力的には申し分ないのですが・・・強すぎるのでは?
「だんな。王様ってそんなに強いの?」
「正直、洒落になってねぇ。命からがら逃げてきたって所だ」
「人間か?」
「そうじゃねぇのか?グレンあたり突っ込んでくればいい刺激になる。他は多分死ぬ」
「考えておきます」
「ただし、お前が隠してる技を全部吐き出して、相手の隙をこじ開ければの話だ」
グレンの顔が青くなります。
「大丈夫だ。効きやしない。ああ、それと・・・悪い。多分、幾つか使った」
グレンの顔がさらに青くなり額を押さえます。
「王様は多分お前の先のもう一個先に居る」
「俺も死にます」
「大丈夫だ。それくらいなら誤魔化す手管を教えてあるだろ?俺で上手くいったんだからお前にも出来る。俺との差異がプラスに働くかもしれん」
「・・・考えておきます」
人食いがいった軽い死刑宣告を、文字通り受け取ったのでしょう。グレンは覚悟を決めて言葉を搾り出しました。
「人食い殿。何故わらわを助けてくれるのじゃ?ろくに報酬も出せんぞ」
お姫様は泣きそうです。最高と信じた騎士が揺らいでいるのです。人食いが積み上げた悲しみとそれを笑い飛ばせる胆力。【嘘つき姫】から言葉を奪ったのです。
「お姫様・・・自分の過小評価は良くない。お姫様が居ない損害を金では片付かない。無理に換算すれば俺の財布でも足らない。これ以上は悪党に言わせないで」
お姫様は人食いの軽い性格に付いていけません。
お城であれほど恐ろしかったのはなんだったのか?
「なんか雰囲気がいつもと違う・・・」
オルタの面々も違和感があるようで。
「俺が服装に性格が引っ張られるのは知ってるだろ?モデルが悪いんだ。そんな事より、お前らもそれなりの服装に変えろ。ごろつきが風を睨む騎士の取り巻きじゃ様にならんだろう?」
「ご立派な騎士様って・・・どんなんだ?」
「俺達悪党をいつか殺してくれるヤツ。大体イメージはあるだろ?お手本を見せてやれ」
「全員旦那の姿になると思うんだが・・・」
「お前ら・・・目が腐ってる・・・まぁいい。適当にめかしこめ」
そう言って、人食いはローブを脱ぎます。あらかじめ、大体は着込んでました。足らない鎧・兜を身につけ、飾り布を取り付けていく。
「すっげ・・・」
「何が?ただの鎧だ」
その姿はお姫様から見ても立派な騎士に見えました。
オルタには夢のような姿なのでしょう。
「旦那、銃は?」
「勉強不足だな風を睨む騎士は銃士だ。そうだろお姫さん?」
「う、うむ。そうだわらわの騎士を演じるのであれば・・・これを使えぬか?」
お姫様が出したのは銃身の無いリボルバーでした。
「姫様!」
ラシスは小さく悲鳴をあげます。それは風を睨む騎士がお姫様に預けた彼の銃です。
「いいのか?」
「うむ。あやつも怒るまい使ってやってくれ」
「ならこれを預けよう」
それは人食いが使う銃でした。お姫様は大事に胸に抱えます。
「胡椒箱かよ。どんな銃の名手だ?」
そうオルタの人間が笑ったとおり、風を睨む騎士の銃はそれほど良い銃ではありません。バレルが無いので精度は期待できず、狙った方向に弾が飛んでいかないのです。
「そうかい?使い方次第でな。コイツなら王様だって殺しきれる」
「本当か!?」
「そういう使い方をおれは心得てるってだけだ。ありがたく使わせてもらう」
「父上は殺さンでくれ。頼む」
「お姫様に言われちゃ・・・な」
そう言って人食いはホルスターにその銃を押し込んだ。
オルタと人食いは準備を済ませ戦場に向かいます。
その際に人食いがお姫様に言いました。
「風を睨む騎士が現れたら人食いが顔を出せといっていたと伝えておくれ」
「・・・闘うのか?」
人食いは手をヒラヒラさせてお姫様の言葉を否定します。
「一発分殴るだけさ。それなりに事情もあるんだろうが・・・先代としてのけじめだ」
お姫様には何の事か訳がわかりません。
先代→レオン?人食いはレオンではない。では・・・
「旦那、お姫様は俺の事を原罪って呼んでましたが・・・何の事かわかりますか?」
「あ、あのクソジジィ・・・大したことは無い」
「・・・ただの俺の本名だ」
「え?」
【人食い】と【風を睨む騎士】は同一人物だったのです。
「忘れていたんすか?」
「忘れる訳が無いだろう?それに俺は風を睨む騎士なんて呼ばれた事は無いぞ?」
それは彼の名前が公言できる性質のものではなかったら・・・
人食いを庇うなら最高の騎士というのも覚えが無い。レオンに挑んだ気迫なら騎士見習いくらいは倒せたかもしれない。そんな少年時代のころの話だ。
市井として生きる彼にそのうわさが届いたのは、かなり後になってから、少年はその話を聞いて胸を撫で下ろしていたのです。
そして、王様・・・あの戦闘中、人食いの耳元に【風を睨む騎士】には敵うまいと囁き続けていたのです。
人食いとして生きる決意をした少年にとって、それは興味と安心を与えていました。
彼は泥にまみれる生き方を選んだのです。遠い場所で見守って居たかった。
少年は振り向きます。
「ガルランドゥ!」
「ガルランドゥなんじゃろ!?」
「会いたかった!」
「会いたかった!」
「会いたかった!」
「生きててくれただけで嬉しいんじゃ・・・」
お姫様のそれはまぶしすぎて。
異能を定められた少年の顔を歪ませるほどでした。
お城ではお姫様は騎士を守るために人食いに立ちふさがりました。
それだけで少年の暗い満足感は満たされていたのです。
それだけで良かったのです。
「・・・勘弁してくれよ・・・」
少年だった男はそのまま外に出ます。
門に構えるカリフの横を男は通り過ぎその前に立ち、剣を掲げます。
「旦那・・・?」
「この国最高の騎士のお出ましだ。抜かるなよ」
ディクの言葉にカリフは納得して後ろに下がります。
「なるほど・・・振りですね?」
「馬鹿。正真正銘本物だ」
カリフは混乱します。
「理解はしなくていい。ただ気合だけは入れておけ」
グレンが言います。その真剣な眼差しにカリフは気を引き締めます。
程なくして、遠くから甲高い猛禽類の鳴き声が聞こえてきます。
グリフォンです。
後ろに控えたオルタもグリフォンの登場には驚き。平静を装うのに必死です。
彼らの世界でも幻の存在でしかないグリフォンが現れ、男の前でその巨体を横たえます。どうやら恭順の意を表しているのは明白です。
「お望みと有らば騎乗にて相手になろう」
騎士の言葉に一同が凍りつきます。
言葉も出ません。それもそのはず人食いの眼光なのですから。
グリフォンでさえ声高に鳴こうとした瞬間、一瞥されてそれをやめたほどです。
農民にしてみれば徒歩であっても勝ち目が無いのに、さらに騎乗では奇跡も望めません。さらにさらにそれは馬ではなくグリフォンなのです。御伽噺でも騎士団が追い払うのに成功した程度で、それにまたがるなど想像すらした事がありません。
目の前に居る現実すら信じがたいのです。
農民達は文字通り食われてしまい言葉が出てきません。
「発言を許す」
騎士は剣を納めます。
それを機に大きなため息が毀れます。
おずおずと農民たちが騎士に陳情しますが、その内容自体が誤解なのです。騎士は右から左へとスラスラと答えていきます。そして農民たちが騙されていた事を悟り、では誰が騙したのか?という段に触れると「その件は既に解決した」と騎士が答えます。
お姫様が死者を望まない事がわかっていたので、あらかじめ殺す必要があるものは殺していたのです。
ですが騎士は「姫はお主等の生を所望だ!」と嘯きます。
騎士はその言葉通り誰も殺そうとはしませんでした。
農民達は安堵します。
これにて一件落着なのですが農民達は自分のしでかした事に、お咎めなしというのが気に入らないらしく。陳情を述べるも「我らの怒りを冷ますには倍は兵を持って来い」の騎士の言葉に蜘蛛の子散らすように逃げ帰りました。
「有難うございましたこのご恩は一生忘れません」
そう叫びながら逃げていくのです。
事情が判らないのはカリフとファルドです。
実際まともに戦っていたのこの二人です。加減はしていましたが・・・納得がいきません。
「だから、旦那が【風を睨む騎士】本人だったんだって」
「じゃあ何か?国中から悪者と言われて来ていた中、お姫様だけがこの国最高の騎士だって言い張ってたって事か?」
「知らなかったんだしょうがない」
「しょうがない・・・って・・・」
二人はいまだ納得はしてませんがその偶然のいたずらが、二人には痛快で笑っていました。
「ガルランドゥ!」
お姫様が騎士に駆け寄ります。
「しゃがめ」
騎士は何が起こるのか判らない。それでも命令とあればそれに従います。
スパーン、スパーン、スパーン!
スパーン、スパーン、スパーン!
お姫様の往復ビンタが騎士の頬を叩きます。
二セットです。
困るのは見ているほうです。そんな物が全く効かないのはわかっています。でも騎士は人食いなのです。気が気ではありません。
「おぬしは死にたがっておるのか!?」
「いいや、俺が闘ってきた男達は死にたがりを逃すほどやわじゃない」
そう言って、騎士は後ろの人間を顎で指します。
オルタの面々グレン、ディク、カリフ、ファルド・・・特に実際戦っていたカリフとファルドの働きは凄まじく騎士の言葉を肯定します。
それに、闘ったのは王様もいるのです。諦めを背負ってどうにかできる相手ではないのです。
それでも、それは少年の心優しい嘘なのだとお姫様にはわかります。
「子供の肉は美味かったか!?」
「お姫様も噛み付いた事は有るだろ?それと一緒さ、味なんて判らない」
騎士は正直に答えます。味なんて物はわかりはしない。
強いて言うなら「理解されない悔しさの味」です。
それを思うとお姫様の小さな胸は張り裂けそうになります。
同時に人食いは騎士・・・いや、間違うはずも無い。
大好きだった少年だったのです。
悔しくて嬉しくて悲しくて・・・言葉が口の中で渦巻いて出てきません。
「ほらサーヤ兜なんて叩くもんじゃない。血が出ている」
そう言って少年はお姫様の手を取ります。懐に手をしのばせ少年は暫し考えて小布を出しお姫様の手を優しく介抱します。
お姫様にとって傷などなんとも無いのです。
「顔を見せてくれないか?」
顔向けできないという都合の良い言い訳は無しだよなと呟くと少年は兜をゆっくりと外します。
お姫様は小さく悲鳴を上げました。
「酷い・・・」
こんな酷い仕打ちが有るだろうか?その兜のしたから現れたのはレオンの出来の悪い複製のような顔でした。
「男は顔じゃない・・・」
ギリッと歯噛みをしてグレンが呟きます。
「ちッ・・・違う。そうでは無いのじゃ!」
グレンの容姿はレオンに縁が有ると判る。俗に言う似た顔だ。少年のそれは否が応でもレオンを思い出させる。
この顔だけは受け入れられない。それと同時に少年の心は・・・
部屋の隅で糞尿垂れ流しそんな方法でしか戦うことが出来なかった相手、そこまでした怒りも伝わらなかった相手の顔を一生背負って生きる。
こんな非道な仕打ちがあるだろうか?
「俺は大丈夫だ」
少年の心はもう凍っている。感じないのだ。それでも、感じないではなく。大丈夫と答えた少年は紛れも無く、姫が信じて疑わなかった少年だった。
お姫様は学校で立たされた少女のように小さな嗚咽を隠し涙を流した。
人食いは
騎士は
少年は
跪き「遅参。お詫び申し上げます。我が主」と頭を垂れました。
オルタも人食いが跪く姿は初めてです。動揺が広がります。
どんな軍隊にも逃げも隠れもしなかった男のこの姿は衝撃的で、慌てて人食いに倣います。
「顔を上げておくれ・・・」
お姫様は消え入りそうな声で少年に言葉をかけます。
臣下の礼など求めては居なかったのです。むしろ、突き放されたようで寂しさが胸を締めます。
「・・・しかして姫様・・・」
「我らは未だに共犯者でしょうか!?」
そう言ってニッと笑う少年の顔こそが、お姫様のずっと待っていた最高の騎士の顔だったのです。