暗殺依頼
◆「暗殺依頼」
お姫様は以前にまして精力的に働きます。
それが裏目に出ました。
「姫様とりあえずこちらへ!」
その言葉に従ってお姫様達は廃墟に逃げ込みます。
「これで何とか時間は稼げます・・・が・・・しかし、奴らはなんなんでしょう?農民のようでしたが。こちらがサラーナヤーマ殿下と知って襲ってきました」
戦乙女の隊長は憤慨します。
貴族や暗殺者ならいざ知らず、お姫様が農民達に少しでも報いるように働きかけているのは、兵卒に過ぎない彼女にもわかります。
そのお姫様を狙うとは本末転倒も甚だしい。
戦乙女は元々、見目麗しい女性兵を纏め騎槍を持たせた式典兵卒です。
ウェンの軍には女性が多く所属しています。一度滅んだ国という背景もあったのでしょう。兵の数を水増しして戦ってきたのがウェンです。
勝てる戦を終らせる為の部隊でした。彼女ら一人一人戦力としては通常の兵にも劣ります。そんな彼女らを泥沼化した戦場に騎兵隊として突撃するのです。
彼女らの存在は勝ち鬨のような効果があり、早期決着に役立ちました。
実際は泥沼状態で騎兵を温存していたと言うのが本当の所でしょう。
何故彼女らなのかと言えば、ちゃんとした騎兵は温存しておけないからと言う理由があります。普段の戦闘に使えばただの弱兵に過ぎないのです。
事実、彼女らは想定以上の戦果を上げました。
泥沼化した戦場で規律正しく、色とりどりの飾り布を身につけた戦乙女の姿はまさしく勝利の女神に見えたのです。そして、その用兵上の特徴から、友軍には上が戦争を終らせるつもりだと知るに至ります。
その特徴を逆手にとって戦乙女部隊から先に倒そうとするほどです。
つまり、容姿の美しさを武器にした。部隊で特殊な騎兵訓練を受けます。突撃だけは他の騎兵に遜色ない実力を発揮しなければいけないからです。他は生傷が増えると意味を失うので、式典や、礼節、要人警護の訓練が主だった物になり、所属は王族各個人の預かりになるのです。簡易的な近衛兵といった所です。
イーリアは桁外れの力量を有していたので、サラーナヤーマにあてがわれた戦乙女部隊はかなり強力でしたが、弱兵はあくまで弱兵。いいところで正規兵と同じ程度の実力しかないのです。
「数は見えるところで三百といったところ・・・見えないところを含めれば五百から千はいるでしょう」
数の上では対した事はありませんが、こちらは20に満たない手勢です。
勝ち目は有りません。戦乙女は突破力に優れます。この場を発って一人二人たどり着けば・・・しかしその一人二人に殿下を入れなければいけません。
かなり部の悪い賭けです。
「殿下・・・お暇を頂かなくてはいけなくなりました。お許しくださいますか?」
戦乙女たちは互いに頷きあいます。覚悟は決まっています。
この心優しい困った主人は死なせてはいけない。
だってそうでしょう?
毎朝、自分達よりも早起きをしてお菓子を作り、一個一個一人一人にお菓子を手渡ししながら挨拶と短い会話を交わしてきた可愛い妹のようなご主人様なのですから。
しかし、それを許す主人では有りません。
「なぜ農民は怒っておるのじゃ?それこそがわらわの知るべき事じゃ。話してみようと思う」
お姫様も戦乙女の考えはわかっていました。戦乙女のために王女が死ぬのは本末転倒で押し問答が目に見えています。だから、決定事項だけを伝えました。
戦乙女は「なりません」と留めますがお姫様は聞く耳を持ちません。
お姫様の言い分も一理あります。お姫様は全貴族中で一番農民の味方のように振舞ってきました。単純に貴族であるから襲われたのであればまだ判ります。怒りの焦点にされるような事は何一つやって来なかったのです。
扉は戦乙女たちがバリケード作って塞いでいます。
「ここはもうダメです。二階に避難して下さい」
「それでは御主らが・・・」
「隊長!姫様をお願いします」
隊長はお姫様を抱え上げ二階に退避して入り口を新たなバリケードで塞ぎます。
階下の戦乙女は見殺しです。
お姫様は必死で抗います。この時点で農民が何故怒っているのかをその罵声から理解します。
農民達はお姫様がとんでもない浪費家だと思っているのです。
お姫様がお菓子を配るのは有名な話です。それもお姫様が私財を投じ、増税には繋がらないように細心の配慮をしての行動です。
その細心の配慮がすっぽり抜けて農民に伝わっていたのです。
つまり、自己満足の為に無駄に国庫を浪費していると思われたのです。
それでも、対した量ではありません。それは毎夜行われる夜会に比しての話であって、そんな事は農民にはわかりません。
その他にもお姫様は偽物の宝石を身に着けています。それはお姫様お手製で、金額は非常に安い物なのです。それだって普段であれば本物をつけています。
お姫様の頑張りはそれらを完全に放出させていたのです。
実際に帳簿を扱う物であれば、お姫様の行為で税率が以前と同じに抑えられているのが判るのです。
ただ、農民にはお姫様は偽物の宝石に巨額を投じていると伝わっていたのでした。
税も三倍に膨れ上がっているとの話で・・・
つまるところ奇行に走るお姫様を格好の言い訳に使ってきた貴族達の所業に農民の怒りが爆発したのです。
「いかん!このままでは・・・」
農民達にしてみれば、最大の浪費家を殺せば税率は元に戻ると考えたのでしょう。
ですが、反逆罪です。反逆罪は一族郎党皆殺しです。家族のためを思っての決死の行動は仇にしかなりません。
さらにいえば農民が死ねば当然税率も上がります。全体の収入が減れば、個人の負担は増えるのです。つまり国の疲弊にも繋がるのです。
「開けるのじゃ!今一人たりとも死人を出しては・・・」
近衛でもある戦乙女にはお姫様の言葉は判りますが、隊長は首を横に振るだけです。
「御主らの覚悟は判った。しかし、こんな事で死ぬ為につらい訓練をしてきた訳ではないであろう!見通しの甘かったわらわの不徳じゃ!あけいっ!」
隊長は「お言葉そっくりそのままお返しします」といってお姫様を扉に近づけようとはしません。彼女はもう最後を悟っていました。
ここで死ぬサダメと言うのは噴晩ものですが、ここにいる敵味方全員が死んでもお姫様だけは死なせるわけには行かない。それは忠義からではないのです。単純にこの国を良くするにはお姫様は必要不可欠と確信しているからです。
立て篭もっても生き残る可能性が増えるとも思えません。ただ、これしか方法を知らないのです。
扉が砕かれる音が響きます。
それは、重く響きました。
ついで、喧騒と悲鳴・・・
おかしな事に喧騒は次第に静かになりました。
下に残した戦乙女が全員倒したとは思えません。
コンコン。
ありえない事に扉からノックの音が響きます。
農民達がこんな奇策を弄するとは思えませんが、隊長は動けませんでした。
コンココン。
ノックの音は何処かふざけた風に響きます。
こうしていても埒が明かないので姫様の強い要望で鍵穴から覗いてみます。
そこには優しげなタレ目の青年がいました。
農民のように焦っている訳でもなく。トイレの順番待ちをしている風です。
「姫様?」
その人物が判らない隊長は姫様に代わります。
覗いてみます。
「レオン・・・?」
恨んでも恨み切れない男レオンに非常に良く似てますが、目元が全然違うあんなに優しげな目元ではなかったし、何より若い。目元のせいか全くの別人で縁のものだろうとわかります。
お姫様が知っているレオンの縁者は騎士しか知りません。むしろその目元はレオンより騎士を髣髴させるものです。そして、その目元は見覚えがあります。
お姫様は居てもたってもいられず、扉を開きます。
「やっと開いたか・・・女は無事だ。奴らにも痛い目にはあってもらったが死んではいない」
美青年は知人に話すように話しかける。
お姫様は何がなにやら判りません。
「この場合はどうやって話したらいいものかな?」
男は思案します。
「お主・・・ガルランドゥ・・・か?」
「そりゃないぜサラ坊・・・」
後ろから下品な笑い声が響きます。
「こりゃいいや確かに原罪に違いねぇな」
痩せぎすな色男が笑ってない目元で言葉を続けます。
「俺はディク。馬鹿の相棒を勤めさせて頂いています。姫殿下」
「グレン?」
グレンというのは『サラ』の取引相手の荒くれ者の一人で、普段は物静かで目深にローブを着込んでいる。誰もが一目置く雰囲気を漂わせているが、仕事は堅実で信頼の置ける人物の名だ。
「お前こんなに色男だったのか?」
「だから嫌だったんだ。男は顔じゃない・・・」
その素顔によりいっそう好感が増したが、本人はコンプレックスらしい。
「風を睨む騎士はまだ現れていないのか?」
「見れば判るだろう?だからお前は馬鹿なんだ」
グレンの質問にディクが揶揄するが、お姫様の期待を打ち破るには十分なやり取りでした。
「状況が判らないのですが・・・」
隊長が口を挟む。
「ああ、それならひとまずは安心して、グレンが何人かタコ殴りにしたからしばらくは入ってこない。篭城建て直しって所だ。うちの連中が見張ってる当分は大丈夫だ」
そう言ってディクが顎で後ろを指します。そこには数人の人影が見える。
その者たちは農民を塀の外まで押し戻してこう着状態を作っていました。
「・・・援軍・・・と考えてもいいのか?」
「いって信じてもらうのは・・・まぁ、そんなとこ。この馬鹿が風向きがおかしいって仲間をかき集めてきたんだ。旦那だって来るんだぜ?超楽勝だ」
ディクはそういうが隊長はそれをおいそれと信じる気にはなれずお姫様の判断を伺う。
「そこの無礼者は知らんがグレンは信頼できる。嘘は言わん男じゃ」
「そりゃ酷い」
「馬鹿と言う輩が馬鹿なのじゃ」
ディクは面食らって。「こりゃ確かに旦那が気に入るはずだ」と笑い出した。
ディクの言うとおり、グレンがいち早く危機を察知して仲間を集めて準備を進めていたのでした。
「それなら、事前に対処出来なかったのか」
と隊長は言います。
「いや、うちら国とは関係ないし、あくまで経済の要がお姫様だから来たのであって、むしろ恨みしかないんだわ」
「同じ事だろうが!」
「こちらにはこちらの事情があるんだよ。結局、最高の騎士ってのも眉唾かねぇ・・・」
「風を睨む騎士の事か?」
「そうそれ!いま何やってんの?今この瞬間にここに居ないってのが無能じゃないのか?」
「答える必要はありません!」
隊長はそうきつく言います。ディクが何処の馬の骨かは判らないのは確かです。
「その前におぬしらがあやつを探る理由が聞きたい」
「その前にこちらの質問に答えてもらおう。助けた事実は変わっていない。その話が聞けるだけで姫様の無事は保障する」
「戦乙女たちもじゃ」
「わかった。飲みましょう」
「これでわかるとも思えんがあやつは今、【帝国を押さえている】と聞き及んでいる」
「帝国を・・・?何を言っているのですか」
顔色が変わったのはディクの方でした。
「なるほど・・・こりゃ当りかな・・・確かに、そっちの方が優先だな」
この反応に驚いたのはお姫様でした。彼らは知っていたのです。そこでディクが何処の手勢かは大体の見当がつきます。
ですがここでそれを問い詰めても意味がありません。
今度はディクの番だと促します。
「・・・この国一番の悪者を殺してもらおうと思ってね。【人食い】だ。わかるね」
それはお姫様が一番恐れていた事でした。




