変遷
◆「変遷」
国王の言葉に人々は【風を睨む騎士】を求めます。
単純に【人食い】が恐ろしいからと言うのもあります。一番建設的な意見で王様自ら倒しに向かうと言う物ですが、それはできませんし、それでは敵わないと当の王様が言い切ってしまいました。
数で倒せないのは判りきっています。それで倒せるのであれば、お城で倒せているはずです。
かと言って野放しには出来ません。
ならば、対抗手段として【風を睨む騎士】となるのです。
それでなくとも、後ろ暗いところのある貴族は戦々恐々です。まさか王様に護衛を頼む訳にはいきません。高位の者はこぞって王城に疎開するはめになりました。
出来ないものも当然います。
となると、皆こぞってお姫様を問い詰めるのです。
お姫様は困ってしまいます。
そりゃ、少年が成長して美々しい騎士になって現れれば望むべくもありません。
ですが、正気であるか・・・それどころか、死んでいないかを心配しているのです。
ただ、朗報が有るとすれば国王の口から存在が明かされた事です。
実は彼は健在で、こっそり国王に謁見しているのかもしれません。
お姫様は気が気では有りませんが、実情はそれ所でも無いのです。
ラシスが頑張ってくれて捌いていますが、あの事件以来男性恐怖症になってしまい、倒れるのも時間の問題でしょう。
そこに助け舟を出したのは王子でした。王子は一緒に遊んだ仲なので気性を良く知っています。
「後ろ暗いところの無い者を見捨てるような性格ではない。案ずるな!」
王子は少年が面倒を見ていたので逞しく育ち、今では騎士叙勲も時間の問題と言われるほどにつよくなったのです。
ただ、問題が一つ。
「あんな者は必要ない!」
王子は【風を睨む騎士】が大嫌いだったのです。
あれほど遊んでもらったのに・・・王子は確か泣きながら付いてきたような記憶が・・・
危険な場所には連れて行けないし、甘やかす事もできないので内密に甘やかす係りはお姫様。挑発や叱る係りは騎士の仕事と決め、その事は王様を通して認可が通っていたのですが・・・
王子は騎士以外の全ての人に甘やかされ育ったので、ちょっと歪んでしまいました。
それでも、【風を睨む騎士】に笑われるぞと言うと自分を律するので、便利な置き土産として多用した結果でしょう。
大好きな姉を泣かしたというのも大きいでしょう。ご多聞にもれず兄妹のつながりも希薄でした。王権継承問題があったからです。王子の誕生を持って一応の決着はつきましたが普通の兄妹のように仲睦まじくとはいかなかったのです。二心無しに甘やかす、厳しくしつけると言うのは難しいものですが、彼はそれを見事にやってのけたのです。加減はそうそうつく様な物ではありません。
彼の随時報告と嫌われ役によって姫は王子を甘やかす事が出来たのです。
姫は童顔で、王子の成長が速くパッと見年の離れた兄妹に見えますが、この童女に見えるお姫様に王子は頭が上がりません。まだまだ、甘えたいのです。
王子の参入で、己を鍛えて対抗する者、折れた宝剣を探す者、騎士を探す者と人心は別れ姫は一応の安息を得ます。
お姫様は【人食い】とはなんだろう?と思いました。
伝え聞くのは残忍、凶暴、凶悪と言った物ですが、お姫様にはとてもそうとは思えません。
怪我人は多かったのですが死者は意外なほど少なかったのです。
識者は人一人で殺して回るのは限界がありますからと言います。
個人対国の全面戦争など前例が無いのです。被害が小さいのか大きいのか判らないといいます。
それでも、【人食い】が殺害を避けていた節があります。実際にジグムントに訊いてみました。
生き残れたのは実力か?と、見ていたお姫様の予想通り殺す気だったのならば生きてはいませんでしたとジグムントは言います。ただ、【人食い】に見逃されたなど受け入れがたかったのか、「負傷兵は軍の動きを鈍らせます」それを知ってワザとそうしたのだろうと言います。
実際に囲い込もうとする軍隊と治療に動く者がぶつかり渋滞を起こしていました。その意見は悔し紛れではないようです。
そうなると【人食い】人となりと、目的が気になります。
お姫様はそちらを知るほうが先ではないだろうか?と思います。
宮廷で行きかう人や、様々な人に話を聞きますが、それは噂とさほど代わりません。
被害の量を引き合いに出しても、あの恐ろしさが塗りつぶしてしまうのです。
それでも何人かは耳を傾けます。姫の見識は正しいと・・・ですが「ただ相手が悪い」と言われます。相手は暗殺者でもあるのです。
それでも姫は諦めません。いくら王様が対抗できると言っても【人食い】に騎士をけしかけるのは違う思うのです。実際に心配ですし、できる事なら衝突は回避したい。よしんばあれほどの武人に協力が取れればまさに鬼に金棒です。
争うより、理由の解消。奇しくも騎士が選んだ手法です。それが、お姫様らしい戦い方でした。
城下町で情報を集めても、誰も【人食い】について語りたがりません。
やはり、【人食い】は怖いのです。
こんな時に騎士が居れば王様に尋ねる事もできるのですが、それさえも出来ません。
アリューシャがいればよい知恵を貸してくれたでしょう。今生死狭間にいる人に助力は仰げません。
イーリアを呼び戻そうかとも思いましたが、正義感が強すぎる彼女では特攻しかねません。情報を集めてきてもらえれば・・・それでも、情報収集が巧みな訳ではありません。夢を諦めさせてまでしてもらうような事ではないのです。
いささか煮詰まってきました。そこで姫は暫し考え込んで別の案を思いつきます。
【人食い】の口振りを信じるのであれば彼の地では困窮に瀕している風でした。それに治安もよろしくないのでしょう。そこでふと疑問が上がります。
【人食い】は悪党と言えど強力な支配者です。頭だって切れる。善悪は兎も角、困窮を見過ごすでしょうか?もし困窮を理由に攻めて来たのであれば略奪を行っているはずです。
しかしそんな風には見えません。不満があってぶつけに来たといった感じで・・・
もしかしたら【人食い】支配者の器では有るものの、支配者ではないのかもしれません。
治安の悪さや困窮は伝え聞く事はできますが、【人食い】が出現するほどとも思えません。
それでも【人食い】は城に現れた。つまり、度し難い状態にあることは明白です。
そうなると、【人食い】以外の人物が情報操作している可能性が出てきます。
相談を受けていたラシスが悲鳴を上げます。
お姫様が踏み込もうとしている領域は危険すぎるのです。
「おやめください」
「ン・・・もちっと・・・」
では、善悪が逆ではないか?と考えに至ります。
その発想に至った時ガラガラと思考のパズルは解けていきます。
【人食い】の凶行はその通りでしょう。自分でも『人を食う』と言っていたので・・・ただ、不景気は彼のせいでしょうか?多分違います。値段の高騰なども「人食いが暴れたから」で済ませています。ただ、彼は個人です。個人の捻出する被害額としては破格の物ですが、市場価格を変動させるほどの被害は出せない・・・いや・・・多分出せるでしょう。でもそれは意図的に価格操作行う時だけのはず。
軍隊を巨大生物に例える事が有ります。たとえば一軍隊が一ヶ月駐留すれば、その地の食物は涸れます。兵站が足らないのです。そういった意図しない変化が起こりますが、仮に【人食い】が一ヶ月駐留したとして、涸れる事は無いのです。それが当然なのです。ですが、彼個人が軍隊に匹敵する能力を持っている・・・無意識に軍隊規模の被害が当然と考えていました。
皆それで納得していたのです。
「奪っていたらどうするのです?」
ラシスが姫に問いかけます。しかし、奪ったところで物は消えないのです。手に入れた資産を開放しなければ意味がありません。化け物に揶揄される彼が非常識な大食漢だと伝わっていますが、それはどう贔屓目に見ても人間の限界まででしょう。倉庫が空になるのはどう考えてもおかしいのです。
もし備蓄していたのであれば、【人食い】の言葉に齟齬が出ます。
そうなるとおかしいのです。人やお金はまだ消えた理由がわかりますが、食糧の足取りは消せません。
【人食い】のせいにして着服している人間が居る。
そうなれば情報封鎖にも合点がいきます。
本当に恐るべきは、その過程で情報じゃなく悲鳴が止められている事を意味します。
彼の地では、想像をはるかに上回る困窮がなされている可能性が高いのです。
姫はラシスに王様に取り次ぐように伝えます。
姫は居ても立ってもいられず王様の下へと急ぎます
「父上!」
勢い良く部屋へ入ると父である王様はお茶を飲んでいました。
「やはり来たか・・・まぁ座りなさい。君も飲むかね?」
そう言って席を勧めますが、姫様は止まりません。
「父・・・陛下!今は茶を飲んでいる場合じゃない!危急の事態じゃ・・・」
「言いたい事は多分判っているよ。・・・だからお茶をのんで落ち着いて」
王様は落ち着いた様子で改めてお茶を用意します。
王様は姫の気付きは既に知っていました。知っていて対策が出来なかったのです。
「彼には迷惑をかけ通しだな・・・」
彼というのは【人食い】の事だ。つまり、お姫様の予想は当たっていた。善悪が逆転しているのだ。
「では何故残虐な行為をするのか?」
姫は当然の疑問を口にします。
「それしか方法がないのだろう。彼は戦争を起こしたくないんだ。びっくりするような方法だがそれをやってのけている。組織を作れば怨恨が残るどうしても、そこで彼は徹底して個人で戦っている。憎しみが残るが彼の命と共に消えるように」
王様の驚きの言葉に姫は『無理じゃ!』と叫んでいました。
「それを可能にしてるのが彼だ。憎しみと蛮行をもって・・・それでも慕う者はいるだろう。伝わってしまうんだ。でもその思いも伝わっているんだ。被害は比ではあるまいて」
お姫様は頭を必死に回転させその言葉を飲み込みます。そして『何故・・・』と溢します。
「驚く事に彼は勝手にやっているんだ。理解されようとも考えて居ない」
信じ難い事だった。胸を掻き毟りたくなるほどに切ない男でした。
誰のため?・・・口にするのは失礼に当たるのでしょう。
自分のためと嘯くのでしょう。
困窮に喘ぐ人のため、そんな想いでさえも【人食い】は悪と恐怖で塗りつぶす。怨恨の連鎖を断つために・・・
「彼は幼子の肉を喰ったそうだ・・・」
王様が呟くように言いました。
姫は想像してしまった。自分の身を省みない覚悟で、幼子の肉を食む悔しさと悲しさ、・・・そして怒り。
それが軍隊に戦争を挑んで一歩も引かない覚悟を支えていたのです。
彼は一言も嘆かなかった。嘆いてしまえば連鎖が繋がってしまうから・・・
「父上!それをさせているのはわらわ達です!それを知っていて何故?動かないのですか!」
「彼には首ごと国をやっても良かったのだが・・・殴られたよ。見てただろう?」
お姫様の怒りにおどける様に答える王様。
お姫様は気付きます。
「・・・父上・・・『しなかった』のではなく『出来なかった』ではないですか?」
「正解だ」
王様は出来なかったのです。それゆえに最初に首を差し出した。それが最初の壱打だったのです。
「働けと言われた気がしたよ」
王様にはこれほど不似合いな物は無いがそうなのでしょう。事実、王様はその後【人食い】を圧倒して見せた。
【人食い】・・・鬼を作るのはいつだって行き過ぎた【優しさ】だ。
その狂的な思いを王様は技術で圧倒して見せたのだ。あの戦闘はそこまで深かったのです。
だからこそ、折れる筈の無い神剣を断ち切って見せたのです。
「父上が逆らえない相手・・・宗主国ですか?」
「正確には宗主国の一部と言ったほうがいいな。戦争終結の形自体が間違いだったのだよ。残念ながら」
戦争は50年にわたって続きつい数年前に決着がつきました。その決着は一騎打ちだったのです。
旧宗主国が圧政を敷き、それに抗うために連合を組み闘いました。最後には停戦を叫び続けた旧宗主国の騎士ジームアレルが主である暴帝を討ち、一旦は融和への道を・・・しかし、50年の戦乱は長すぎたのです。怨嗟は止まりません。旧宗主国の人々は奴隷として生きる事すら許されないのです。
長すぎた戦乱には確かな形が必要と立役者である守護騎士ジームアレルと連合を率いたディアスが闘います。必要のない戦いですが、逆に言えば彼らの働きは戦争終結の形になりえたのです。
悲しい戦いでした。ジームアレルが倒れ、ディアスを皇帝とした新帝国ケナが立ち上がったのです。
ジームアレルの献身のおかげで旧宗主国は国家解体までで済みました。
ただ、それは国政としては最低の戦争の終らせ方だったのです。疲弊した戦費は没収した財宝ではとてもまかなえません。戦場となった旧宗主国も復興しなければいけないのです。
「だから、生贄を求める一派が出来上がった。どの国も財政は火の車だ。比較的豊かなわが国・・・皮肉な話だ一度は滅んだわが国が一番豊かだと・・・」
「それでは内政を犯しているのは・・・」
「そう、一派だろうと総意だろうと帝国騎士団を動かす事態になればわが国は・・・終わりだ」
つまり、内政を内側から脅かし混乱を誘発させる。そうなったら帝国騎士団はイナゴの群れのようにウェンを犯すのでしょう。その芽を叩き潰して回っているのが【人食い】なのです。あんなに殺しているのに騎士が居なくならないのはそういったカラクリだったのです。おかげで、景気が悪い程度で済んでいる。
「それでは此度の諍いは・・・」
「逆効果ではないのだよ。彼は個人だからね。軍隊は必要ない。あそこまで対軍隊戦闘が上手いとは思わなかった。それに私も押さえる方向に動いている・・・と言いたいところなんだが有る騎士にお世話になりっぱなしだ。押さえてくれている。実際には私が死ぬまでは帝国騎士団は動かないだろう。彼もいるしね」
【人食い】は対軍団戦闘に秀でている。数で圧倒しようとしても、それを【人食い】に逆用されてしまうのです。事実、王様は兵を引かせました。見方が居ては邪魔で戦えないのです。城の戦闘での死者の多くは味方に斬られているのです。
帝国騎士の増援は帝国騎士団の中から個人を招聘する事はあっても、騎士団の招聘は無意味なのです。
並みの者の意見であれば聞く耳は持たないでしょうが、王様も言葉では無視できません。その通りなのです。
仮に、腕利きの帝国騎士を招聘したとして、個人では戦費の言いがかりも付けられませんし、篭絡される危険もあるのです。一派は帝国騎士を動かせるでしょう。ですが、帝国騎士が同じ思想を持っている訳ではないのです。
さらに【人食い】が倒してしまったら・・・
「彼というのは?」
王様は姫の言葉に大げさに嘆いてみせる。
「わが国には最高の騎士が居るといったのは君じゃ無かったかな?」
お姫様はあまりの事に状況が飲み込めません。
「・・・あやつはそこまで強くは無かった」
「強い弱いじゃない彼は事を成す騎士だ。私はついぞ彼が主命をしくじった姿を見たことが無い」
お姫様だって見た事が無い。
窮地は既に来ていた。騎士はとっくに自分の戦いを始めていた。
それだけの事だったのです。
「彼の手ごわさは帝国の方が骨身に染みているはずだ。何が何でもやり遂げる。知っているはずだ」
姫は顔をグシャグシャにしながら頷きます。
「私は誇っていいと言ったはずだが?」
お姫様はうんうんと頷きます。
拭う袖口は涙と鼻水でグシャグシャです。
「一度くらい・・・」
サラーナヤーマは口に出した言葉を飲み込んだ。
ガルランドゥには笑ってもらうだけで十分・・・しかし姫と騎士の契約は期待をする事。そして騎士に危険な戦場を提供する事。いつの間にかしぼんでしまった期待を大きく裏切って国を一人で守っていたのです。
いや一人ではない。怒れる【人食い】それを技量で圧倒した【王様】そして【風を睨む騎士】皆必死でこの国を守っていたのです。
もうお姫様の胸はいっぱいです。でもそれ以上に膨らむ気持ち・・・
【・・・会いたい】
その気持ちは飲み込みました。彼の戦いはお姫様には想像も付きません。ただ会わないのは会えない理由があるからということだけは判ります。
もう少し辛抱です。何時までかはわかりません。でもその気持ちを飲みこまなければいけないのです。
ただ、もう、もちそうもない。
「【人食い】もなかなか・・・負けたかと思ったぞ・・・・でも最高の騎士はわらわの騎士じゃ!」
「ああ、二人がぶつかったら実に見ものだ」
「ちちうえ~~~!ダメじゃぞダメじゃ!二人がぶつかるなど有ってはならん!」
「戦いにはならないよ。今までの戦いに泥ぶちまけるような行為だ。二人はしない。いや出来ない。だから見ものなんだ」
姫の百面相は止まりません笑って怒って心配して、ころころと表情が変わります。
「父上!任せて大丈夫じゃな!」
「ああ、任せなさい。それが王様と言うものだ」
「悪い王様じゃ」
「善悪は王族が決める物だよ」
「屁理屈言うでない!」
お姫様はそういうと駆け出していきます。じっとしていられないのでしょう。
王様は一人部屋に残ります。
「これでヤツを引きずり出せるな・・・ジームアレル卿・・・」
作った自分の逞しい拳を見つめてそう一人呟くのでした。