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星の導きの元に  作者: 音頭
序章

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1/10

突如訪れる世界の終末

俺の名前は、井出将也。

今日で十八歳を迎える、ごく普通の――と言いたいところだが、少々家族構成が特殊な高校生だ。


井出昌幸。

井出譲二。

井出浩司。

井出浩介。

井出愛華。

井出香織。

井出美久。

井出彩花。


四人の兄と四人の姉がいる。

しかも、ただ人数が多いだけじゃない。

俺の兄姉たちは、それぞれ工学、建築、医療、福祉、教育など――各分野の最前線で活躍している、とんでもない人たちばかりだ。


……まあ。

この中には、譲二兄さんと彩花姉ちゃんは含まれないらしいけど。

譲二兄さんは、確か検察関係の仕事をしている。


「先生……じゃなかった、昌幸兄さん」を、かつて犯罪者として検挙したことがあるらしい。


結果から言えば、証拠不十分で不起訴。つまり、昌幸兄さんは犯罪者にはならなかった。

俺が生まれる前の出来事だから、詳しい真相なんて知る由もない。


けれど――


昌幸兄さんがそんなことをする人間だとは、今の俺にはとても思えなかった。

ただ、その事件をきっかけに昌幸兄さんは一度、仕事をクビになったらしい。

そして当然というべきか。譲二兄さんも、タダでは済まなかった。浩司兄さんや愛華姉ちゃんを筆頭に、家族から激しく非難された。その結果、譲二兄さんは二度と井出家の敷居を踏めなくなったらしい。

特に浩司兄さんは、怒髪天を衝くほど激怒したとか。


……俺にはよく分からない。


今、譲二兄さんがどこで何をしているのか。

俺は知らない。

そもそも、顔すら見たことがない。

そして、もう一人。彩花姉ちゃん。俺より五歳上で、保育士をしている。

兄姉の中では一番年齢が近いこともあって、昔から一番話しやすい相手だった。

ただし――少しだけ問題がある。


「まさくん♪」


今日も彩花姉ちゃんは、上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の手を握っていた。白いワンピース。長い髪。

誰が見ても可愛いと言うだろう、美少女。実際、優しいし、超可愛いと思う。

……思うんだけど。


「…………」


この歳で姉と手をつないで歩くのは、正直かなり恥ずかしい。俺は昔、間違いなくお姉ちゃん子だった。

だけど年を取るにつれて、毎日登下校で手をつなぐのは男としてどうなんだ、と思うようになった。

そろそろ姉離れをしたい。

そう考えて、何度か手を離そうとしたことがある。


しかし――


「……まさくん、お姉ちゃん嫌い?」


うるうる。ぽろっ。


「いや、泣くなよ!?」


こんな感じで泣かれる。だから結局、手をつなぐしかない。

俺は彩花姉ちゃんの泣き顔を見るのが、とても辛いのだ。


「彩花姉ちゃん。昌幸兄さん、もう少しかかるかも」

「分かった」


今、俺と彩花姉ちゃんは校門の前で昌幸兄さんを待っている。ちなみに昌幸兄さんは――なんと俺のクラスの担任だ。そのせいで俺は、しばしば昌幸兄さんのことを「先生」と呼びそうになる。


うちのクラスは、総じて変な奴が多い。

いや、本当に。

あまりにも問題児が多いため、いつからか学校内では俺たちのクラスをこう呼ぶ者がいた。


――矯正組。


理由は色々あるらしい。

……が、真相は知らない。

俺が帰るとき、昌幸兄さんはいつものように教頭先生に怒られていた。日常茶飯事の光景だ。

ただ今日は、兄さんにしては珍しく顔が引きつっていた。

(絶対、内心イラついてるだろ……。)

昌幸兄さんは基本的に温厚だ。

けれど。


「昌幸兄貴を本気で怒らせるな」


兄さんたちは、なぜか全員そう言う。俺自身、昌幸兄さんが本気で怒っている姿を見たことはない。

だからどれほど怖いのかは知らないが……兄姉全員が言うのなら、たぶん本当なのだろう。


「待たせたな」

「おっ」


噂をすれば。昌幸兄さんが校門から出てきた。思っていたより早い。


「来るの早くない?」

「ちょっとな。……あと、今日は海人も来るらしいから」


昌幸兄さんは、わずかに口角を上げた。

(絶対、何かしたな。)

教頭先生に怒られていた件と、兄さんの妙に早い帰宅。どう考えても何かある。

……まあ、それは置いておくとして。


「海人さんが来るの!?」


俺は思わず声を上げた。海人さん。


本名――海瀬海人。


昌幸兄さんとは昔からの知り合いらしい。だが、この人には少々、いやかなり怖い噂がある。

――カタギじゃない。

実際、以前一緒に風呂に入ったとき。背中には立派な鯨が彫られていた。

しかもデカい。そして本人もデカい。

還暦を迎えているらしいが、全くそうは見えない。筋肉は今でも隆々。

顔も怖い。声も怖い。雰囲気も怖い。

……うん。普通に怖い。


でも。頼りがいは、めちゃくちゃある。

義理堅いし、一度決めたことは決して曲げない。

弱い者いじめが大嫌いらしく、以前はいじめっ子を締め上げたという話もある。

そのせいか、この辺りの学校では、


『いじめをしたら海人さんが来る』


という謎の都市伝説が生まれている。そして実際、この辺りの学校にはいじめがほとんどない。

……効果、絶大すぎない?


「問題があるのか?」


昌幸兄さんが首をかしげる。


「海人おじさん、優しいよ?」


彩花姉ちゃんも続ける。


「分かってるよ。ただ、珍しいなって思っただけ」


断じて、ビビっているわけではない。…本当に。

一度、俺が嘘をついたとき。


「……将也。何か、言うことはないか?」


と、海人さんに詰められた結果、おしっこをちびりそうになったことがある。

そのトラウマがあるわけでは、断じてない。……断じて。


公園の中を通り、会場となっている家へ向かう。誕生日パーティーでも開くのだろう。

そんなことを考えながら歩いていた、そのときだった。


「あれ、何?」


俺は、公園の奥を指差した。

そこには――黒い、何かがいた。

四本足。大きさは、ちょうどジャングルジムほど。

それが、公園の中をゆっくりと歩いている。


「……何、あれ」


彩花姉ちゃんの声が震えた。昌幸兄さんは、それをじっと見つめる。

数秒の沈黙。

そして。


「仕方ない。回り道をするか」


昌幸兄さんが静かに言った。

俺たちはその場で回れ右をする。


――その瞬間。


パキッ。


「……あ」


足元で、小枝が折れた。俺は恐る恐る下を見る。

……踏んだ。完全に踏んでいた。


(やっちまった……。)

ゆっくりと、視線を前へ戻す。


黒い何かが――こちらを見ていた。


「……やばくね?」

「こりゃ、死んだな」

「……」


誰も否定しなかった。そして…黒い何かが動いた。


「――っ!?」


こちらへ向かって、走ってくる。


「将也! 彩花を連れて走れ!」

「え?」


放心していた俺の意識を、昌幸兄さんの声が引き戻した。

……だが。


「聞こえなかったか?」

「聞こえたよ! でも、それは兄さんが――!」

「私はいい」


昌幸兄さんは即答した。


「誰か一人が犠牲にならなければ、あれは止められん」

「でも!」

「パーティーの主役は必要だ」


昌幸兄さんは、いつものように穏やかな声だった。そして冷静だった。


「それに、私では足手まといだ。彩花を逃がすための体力もない」

「だから、囮になる方がいい」

「……っ」


何も言い返せなかった。言葉が出てこない。


「姉ちゃん! 逃げよう!」

「えっ、ええ!?」


放心していた彩花姉ちゃんの手を引っ張る。

回れ右。

そして――走った。

昌幸兄さんの覚悟を、無駄にしたくなかった。


「ああ、そうだ」


背後から声がした。


「一つ、言い忘れていた。将也!」


俺は走りながら、ちらりと振り返る。昌幸兄さんが――笑っていた。


「誕生日おめでとう!」


そして。


「元気でな」


手を振っていた。

その瞬間。

巨大な黒い腕が、昌幸兄さんへ振り下ろされようとしていた。


「兄さん――!」


俺は顔を戻した。

走る。ただ、走る。


――ドォォォンッ!!!


直後。地面を震わせるほどの轟音が響いた。


「…………っ」


胸が、キリキリと痛い。叫びたかった。振り返りたかった。


けれど―俺は彩花姉ちゃんの手を引っ張って、無我夢中で走った。

どれくらい走ったのか。息が切れる。足が止まる。

恐る恐る後ろを見る。


……幸いなことに。

あの黒い化け物は、追ってきていなかった。


(……辛い。)


「姉ちゃん……ごめん」


気づけば、涙がこぼれていた。


「まさくん、大丈夫」


彩花姉ちゃんが優しく言う。


「お兄ちゃんも、きっと無事だよ」

「きっと海人さんが、どうにかしてくれるから」

「……うん」


情けなかった。耐えきれなかった。俺は泣いた。

そんな俺を、彩花姉ちゃんは優しく抱きしめてくれた。

温かい。落ち着く。


「まさくん」

「……ん?」

「一緒に戻ろう?」

「……うん」


しばらくして、俺は涙を拭いた。そして彩花姉ちゃんと、再び手をつなぐ。

今度は俺から、強く握った。


「行こう」

「うん」


再び歩き始める。


――そのときだった。


周囲が、急速に暗くなり始めた。


「……?」


空を見上げる。夜の帳が落ちようとしていた。


……いや。


(落ちようとしてた?)


違う。


「姉ちゃん」

「……なに?」

「おかしくない?」


俺は空を指差した。


「夜が……落ちてきてる」

「…………」


彩花姉ちゃんは何も言わない。

夜闇が。空から、ゆっくりと。まるで重力に従うかのように――落下していた。


「大丈夫」


彩花姉ちゃんが、俺の手を強く握る。


「お姉ちゃんが、ついてるから」


けれど、その手は震えていた。姉ちゃんも怖いんだ。

それでも、歯を食いしばっている。俺を安心させるために。


「姉ちゃん……」


夜が落ちる。空を覆う闇が。街を。公園を。世界を。少しずつ飲み込んでいく。

そして――俺と彩花姉ちゃんも、その闇に飲み込まれた。


「……っ」


息が苦しい。酸素が薄い。頭がぼんやりする。意識が、遠のいていく。


「姉……ちゃん」

「まさ……くん……」


もう、お互いの姿は見えない。唯一。

つないだ手だけが、そこにある。俺は必死にその手を握った。

離したくない。絶対に。


――けれど、その感覚さえも少しずつ曖昧になっていく。


「……姉、ちゃん」

「……まさ、くん」


声が遠い。手の感触が遠い。

そして。俺は、意識を手放した。


――この日。突如として。世界の終末が訪れた。

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