月の下のティラミス
こちらはわたしが適当に思いついた文章の羅列(題名)にストーリーを付けたらこんな感じかな、という作品になっています。
短編です。楽しんで貰えると嬉しいです。
二週間に一回の満月の日、ティーナは恋人と会うためにナイト・ティーを用意する。
夕方に作ったティラミスにココアパウダーを振り、紅茶を淹れる。
二人分のティラミスと紅茶をテラスのガーデンテーブルへ運ぶ。
ナイト・ティーの支度が終わり、時計の針が中心に来るのを待つティーナ。
午前0時。約束の時間になると、柔らかい月の光が降り注ぎ、ティーナの向かいの席に恋人が現れる。
「こんばんは。ルカ。良い夜ね」
「こんばんは。ティーナ。会えて嬉しいよ」
「わたしも」
月の宮殿に住む月の精霊・ルカ。
魔女であるティーナと月の精霊であるルカは二週間に一度の逢瀬を噛み締めるように過ごしていた。
壁にかけた振り子時計が23時を知らせるベルを鳴らした。
ティーナは読んでいた本から顔を上げ、次いでカレンダーを確認する。
今日は第三土曜日。あと一時間で日付が変わる。
読んでいた本に栞を挟んで本棚に戻すと、ティーナは椅子の背もたれに掛けていたエプロンを着て台所へ向かった。
ケトルに勢いよく水を注ぎ、コンロにかけて湯を沸かす。その間に音を立てないように慎重にティーカップやティーポット、茶缶を取り出し、ナイト・ティーの準備を進めていく。
この家にはティーナ以外誰も住んでいない。それでも夜の静寂を破ってしまうのはどこか忍びない気がして、ティーナはゆっくりと、しかし馴れた手つきで紅茶を淹れていく。
ふと思い出したように冷蔵庫の扉を開け、夕方のうちに作っておいたスイーツを確認した。
「よかった。ちゃんと固まってる」
ガラスの小さなカップに入っている二人分のティラミスを見て、ティーナは満足げに頷いた。
冷蔵庫からティラミスを取り出し、表面にココアパウダーを振ってスイーツは完成した。
時計を確認すればもう少しで日付が変わる所だった。
ティーナは二人分のティラミスとティーカップ、紅茶の入ったティーポットをトレーに乗せ、テーブルクロスを用意してテラスへ向かった。
夜だというのに、テラスは仄かに満月で照らされ明るかった。
ガーデンテーブルに純白のクロスを敷いて、その上にナイト・ティーの用意をしていく。
ソーサーの上にカップを乗せ、湯気を立ち昇らせる紅茶を注ぐ。その横にティラミスとナプキン、スプーンを用意して、同じものを自分の向かいの席にも設置すれば完璧だ。
エプロンを脱ぎ、部屋にかけてテラスに戻ってくる。ゆっくりとテーブルの前の椅子に腰掛け、ティーナは静かにその時を待った。
部屋から秒針の進む音が聞こえてきそうなほどの静寂が耳に染み渡る。
カチ、カチ、と規則正しく刻まれる針の音。そして、秒針と時針は頂点に達した。
午前0時になったのだ。
その瞬間、柔らかく降り注いでいた月の光が仄かに強くなった。
やがて月の光は粒子となり、ティーナの向かいの席に降り注ぐ。光の粒子が集まり、一際強く輝く。光が和らぐとそこにはティーナの待ち望んだ恋人の姿があった。
「こんばんは。ルカ。良い夜ね」
「こんばんは。ティーナ。…会いたかったよ」
「…わたしも」
テーブルを挟んで向こうに座る恋しい人。実に二週間ぶりだ。
以前の自分ならば二週間という時間は短くすぐに過ぎ去ってしまうだけだったのに、逢瀬を待つ時間に変わってからというもの、たった二週間でも会えない時間が耐え難くなってしまった。
恋とは実に偉大で厄介だ。心の中で静かに苦笑し、ティーナはティーカップを手に取った。向かいの席でルカもティーカップを手に取り、柔らかく微笑む。
「この良き夜に感謝を」
「巡り会えたこの時に感謝を」
二人は夜空に輝く月へ静かに感謝を告げて紅茶を飲んだ。暖かな味が舌先に広がる。
「変わらず君は美しいね」
ルカが頬を染めてティーナへ微笑みかける。その笑みにドキっとしながらティーナもはにかんだ。
「またそれ?会う度に言っているじゃない」
「褒めるのはイケナイこと?レディを褒めるのは当然でしょ。それが、愛しい恋人なら尚更」
イタリア男顔負けな口説き文句を言うルカ。ティーナはルカの直接的な愛情表現に照れたように顔を伏せる。
ティーナとルカの出会いは今から十数年前に遡る。
満月の夜、悪意ある人間に傷をつけられ動けなくなっていたルカを助けたのがティーナであった。
ティーナは不老長寿の魔女でゆうに二百年の時を生きていた。
対してルカは月の宮殿に住む月の精霊。
精霊と魔女。本来相容れないはずの二人。しかし、ルカの朗らかな人柄とティーナの穏やかな性格が衝突を防ぎ、種族が違うとしても相手を好ましく思ったことがきっかけだったろう。やがて二人は時間をかけて恋仲となり、満月の夜の0時に逢瀬を重ねる関係となっていた。
「わぁ、このティラミス美味しい。ティーナの手作りでしょう?」
「ええ。ヨーグルトを使ったティラミスよ。チーズよりも口当たりが軽いから夜でも食べやすいと思ったの」
「へぇ!ヨーグルトかぁ。僕も作ってみたいな、あとでレシピを教えてよ」
「もちろんよ、ルカ」
他愛ない会話を重ね、二人は微笑み合う。会えなかった時間を埋めるように。互いが互いを想う気持ちを感じ取るように。
楽しい時間はすぐに過ぎる。ルカは月が真上から少しずれたのを確認すると真剣な面持ちで椅子から立ち上がり、ティーナへ歩み寄った。
「ティーナ。前にした話、覚えてる?」
ティーナはルカの真剣な瞳に、二週間前に言われた言葉を思い出す。
「僕と共に月の宮殿へ来て欲しい。僕の、生涯の伴侶になって欲しい」
二週間前と同じ言葉を繰り返し、ルカはティーナの手を取り、口付ける。
月の宮殿へ、月の世界へ行くということは、今まで培ってきた魔女としての生涯に幕を下ろすことになる。ルカの…精霊の妻になることが、どれだけ大変なことか想像がつかない。
二週間前、プロポーズされた時ティーナはすぐに答えが出せなかった。
そんなティーナを気遣ってルカは返事は次に会う時まで待つと言ってくれた。
今日まで、精霊の妻になることをずっと考えていた。どんな困難が待っているのか。月の世界では、今までの常識は通用しないのか、など。考えて考えて、そしてようやく決心がついた。
「ルカ、顔を上げて」
ティーナの声にルカが顔を上げる。不安そうにした澄んだ青いの瞳が揺れている。
椅子から立ち上がり、自分よりも頭一つ分高い恋人の顔を覗き込んで、それから柔らかく微笑んだ。
「お受けします」
ティーナの唇から紡がれた言葉にルカは息をするのを忘れたように目を見開く。徐々にその顔に喜びの色が差して、ティーナの脇に手を入れ、彼女を抱えたままその場でクルクルと回り出した。
「ちょ、ちょっと、ルカ!?」
「嘘じゃない?本当だよね?ああ、ティーナ!」
ティーナの足が地面に着くのと同時にルカに強く抱きしめられる。
「もう絶対離さないよ、僕のティーナ。大好きだ」
強くて、熱い抱擁。ああ、自分は恋しい人からこんなにも想われているのだ、この人と一緒ならきっと大丈夫だ、と実感した。実感するとくすぐったく、嬉しい気持ちで胸の中がいっぱいになった。ティーナもルカの背中に手を回し、彼への気持ちを紡ぐ。
「わたしも、大好きよ」
二人は見つめ合い、そして唇を重ねた。
夜空に浮かぶ満月の光が二人を祝福するように降り注いでいた。
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