棚に隠したローリエの葉
こちらはわたしが適当に思いついた文章の羅列(題名)にストーリーを付けたらこんな感じかな、という作品になっています。
主人公のコヨミは毎朝同じメニューの朝食を食べるのが億劫だった。
同じ部屋にいるヨウくんに促され、食事は後にしてカフェオレを飲む。
二人でカフェオレを飲んでいると、ヨウくんはおもむろにこんなことを尋ねてきた。
「お前は、俺が幸せになるのは許せない?」と…。
1000文字超えたのでショートショートとは呼べませんが、短編です。
楽しんでいただければうれしいです。
寝巻きのまま、ベッドから這い出すようにダイニングへ向かうとテーブルに一人分の冷めきった朝食が置かれていた。
丸い皿に盛られ、ラップに包まれた…サラダや薄めに切られたベーコンに卵焼き。その横に添えられたバターロールが一つ。
味気ない、いつもの朝食。
「食べたくないの?」
テーブルの向こう側で、片手で頬杖をついたヨウくんが問いかける。
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、気分じゃない?」
「…わからない」
目の前の食事がどうしても美味しそう、食べたい、とは思えなかった。
食事が冷えきっているからじゃない。
食事の内容がいつもと変わらないからじゃない。
『なんとなく』食べるのが億劫なんだ。
息を一つ吐いて、食べるはずだった朝食を冷蔵庫の中にしまう。
サラダも、薄いベーコンも、卵焼きも、バターロールも、今は見ないでおきたかった。
「せめて着替えておいで。それからカフェオレを飲もう」
ヨウくんの提案に従って、そろそろと寝室に戻る。寝巻きを綺麗にたたんで、枕元に予め用意していた、クリーム色のTシャツと黒のパンツを履く。
再びダイニングに戻って、食器棚から適当なカップを二つ取り出す。
冷蔵庫で冷ましていたアイスコーヒーと牛乳を1:1の割合でカップに流し込み、自分の分とヨウくんの分をそれぞれ作って、テーブルの定位置に置いた。
「ありがとう」
ヨウくんがカフェオレを一口飲んだ。
それから、悲しそうな顔をして問いかける。
「なぁ、お前は…俺が幸せになるのは許せない?」
「そんなわけないよ。ヨウくんには幸せでいて欲しい」
「じゃあ、俺が幸せになって、俺の中からお前との記憶が薄れるのが怖い?」
何も答えなかった。答えられなかった。
ヨウくんは手を伸ばして、触れるか触れないかのギリギリで止めた。
「お前を忘れたわけじゃない。今でもお前を想っている。でも、ずっとお前を想いながら生きていくのは辛いんだ」
「…わたしを想い続けるのが辛いから、忘れたいんでしょ?わたしを忘れて、いま付き合っている彼女と幸せになりたいんでしょ?」
「いま付き合っている彼女も、俺がお前のこと想っているのを知っている。知ってて、いつまでも居なくなったお前に囚われちゃイケナイって、前を向くべきだって言ってくれたんだ」
ヨウくんの新しい彼女…。無条件に、彼と生涯を歩める子。わたしが、ヨウくんの隣を譲った子…。
「お前との記憶は宝物だ。ずっと忘れない。忘れたくない。この記憶を抱えたまま俺は生きる。どうか、もう少し待ってて欲しい。俺がお前の横にいけるまで。俺は俺の人生を歩んで、ちゃんとお前のとこにいくから」
そうだ、ヨウくんはこうだった。
真面目で、裏表が無くて、嘘が付けない…わたしが大好きになった人。
「ヨウくん、わたし、ご飯食べる」
え?とヨウくんが驚いた顔をした。
「ヨウくんは、今の彼女さんを大切にして。わたしのことは、偶に思い出してくれるだけでいいよ。それだけで十分。だから、幸せになってね」
ヨウくんの目が大きく見開いていく。
段々、顔がくしゃくしゃになって、目の端に涙を溜めて、彼は静かに泣き出した。
「ありがとう…」
嗚咽混じりの言葉。彼が、自分を許した言葉。わたしを、過去に流す言葉。
でも、いい。これでいいんだ。
彼は生きる人だ。いつまでも、居なくなった人間に囚われちゃいけない。
わたしは努めて笑顔を見せた。
「ヨウくん、元気でね」
笑えているだろうか、泣いていないだろうか。彼を送り出せているだろうか。
ダイニングチェアから立ち上がる彼を見上げる。
目元を拭って、涙をこらえて無理した笑顔を作った彼。
「コヨミ…」
「なぁに?」
「大好きだ」
「わたしも」
このやり取りもこれで最後だ。もう二度と交わされることはない。
ヨウくんは、そのまま夢から覚めた。
もうこの部屋には来ない。
夢と現実の狭間のこの部屋は、これで終わりを迎える。
わたしを過去に流せない彼が作った、わたしと、彼自身を閉じ込める部屋。
でも、彼がわたしを過去に流したから、この部屋は消える。
彼の罪悪感から留まったわたしも、これで…次へ向かえる。
冷蔵庫に入れた冷たい朝食を食べる。
ヨウくんの部屋に泊まると決まって出てきた朝食のメニュー。
サラダは乾いているし、ベーコンはカリカリに焼きすぎて、卵焼きは甘すぎて、バターロールだけマシな朝食。
でも、これがヨウくんの味なんだ。
「ちゃんと幸せになってね」
甘いはずの卵焼きが、ちょっとしょっぱかったのは、気のせいだったと思いたい。
bgm:カトラリー 有機酸
上記を聞いてこの話を書いていました。