紅茶の湖面にジャムを添えて
こちらはわたしが適当に思いついた文章の羅列(題名)にストーリーを付けたらこんな感じかな、という作品になっています。
紅茶が飲みたい、とセシールが呟き、アンドレーはその呟きに従って紅茶を淹れる。彼女が気に入っているアップルジャムを添えて。
1000文字超えたのでショートショートとは呼べませんが、短編です。
楽しんでいただければうれしいです。
「アンドレー。紅茶が飲みたいわ」
窓際に配置されたロッキングチェアがゆっくりと傾く。カーテンを揺らすそよ風と共にセシールの声がする。
アンドレーは静かにキッチンへ向かい、紅茶の準備に取り掛かった。
蛇口を捻り、水道から勢いよく流れる水をケトルへ注いでコンロへ置く。コンロの火を入れ、湯を沸かす間にティーカップとポットの準備を進めた。
水筒に保温していたお湯をカップと陶器のポットとガラスのポットの二つに注いで温めて、茶葉を用意する。
食器棚からセシールのお気に入りの茶缶を一つ取り出し、作業台へ持っていく。ケトルのお湯がサーっという音を出し始め、もうそろそろお湯が湧くことを知らせてくれた。
ティーポットのお湯を捨て、茶缶を開ける。セイロンとダージリンをブレンドした特別な茶葉で、セシールはこの茶葉で入れた紅茶をいたく気に入っていた。
茶葉を二人分の分量、ガラスのポットに入れ、沸騰したケトルのお湯をゆっくりと注いだ。
立ち上る湯気と紅茶の香り。アンドレーは微かに目を細め、手元に用意したキッチンタイマーを三分にセットし、ティーコージーをポットに被せた。
「紅茶はストレートかい?」
「ええ。それから、いつものアレを用意して」
「わかったよ」
言葉少なくセシールの言葉に返事して、アンドレーは冷蔵庫からアップルジャムを取り出す。それから食器棚からスプーンと小皿をそれぞれ二つずつ取り出した。キッチンタイマーが鳴り出したので止め、もう一つの温めていた陶器のポットに茶こしを使ってガラスのポットで淹れた紅茶を注いでいく。
最後の一滴まで注ぐと、白いトレーに陶器のポットと二人分のカップ、ジャムの瓶とスプーン、小皿を載せて、窓際のサイドテーブルへ運んだ。
「紅茶がはいったよ、セシール」
「ありがとう、アンドレー」
ロッキングチェアを揺らすセシールの声は、静かにアンドレーの頭の中に響いてきた。
テーブルにトレーを置いてティータイムが始まる。
「セシールはアップルジャムが好きだったね。ジャムによく合う紅茶を淹れてきたんだ」
「ありがとう、アンドレー」
「今度、スコーンを焼いてあげるよ。アプリコットのジャムも一緒に出して食べ比べをしよう」
「そうね、アンドレー」
「セシール…」
「なぁに?アンドレー」
「いい加減、寂しいよ…」
ロッキングチェアにアンドレーは話しかけた。
「いつ帰ってくるの?」
「…もう帰って来れないっていったじゃない」
「僕はずっと待つよ、いくらでも待つ。時間はいくらでもあるからね」
「…貴方が気の毒だから、もうやめて頂戴。わたしのことは忘れて」
「……やだ」
「新しい恋を見つけて」
「……いやだ!」
セシールの、思い出の中のセシールが悲しげな顔をしている。
分かっている、彼女はもういない。どれだけ面影を追い続けて、待ち続けるても無意味なのだと、分かっている。でも…それでも…。
「君以外に新しい恋なんて、見つけたくない!!」
アンドレーは悲痛に沈む。嗚咽を漏らして、かつて彼女がそこにいた軌跡を辿る。
妖精であるアンドレーを受け入れた人間のセシール。やがて二人は恋仲になり、この小高い丘の上に家を建て夫婦として暮らし始めた。だがセシールは…アンドレーを残してこの世を去った。結婚して5年。流行病だった。
悲しみに沈み、セシールが生きていた頃の幻影を追い続けて、アンドレーは一人きりの夫婦の家に住み続けた。一ヶ月、三ヶ月、半年、一年と時が経つにつれ、記憶の中のセシールは、新しい恋を探せと、自分を忘れろと、残酷なことを言うようになってきた。
忘れるなんてできない、新しい恋なんて知らない。セシールだけが…アンドレーの全てなのだから。
「忘れて、アンドレー。わたしがいない世界で、わたしに囚われないで生きて…」
ロッキングチェアに縋り泣き崩れるアンドレーは、そっと寄り添うセシールの影に気づかなかった。




